11 荒縄から脱する方法
「どうしたんですか、キュイールさん」
私たちがキュイールの元まで駆けよる。
するとキュイールは、私たちの首元の縄を見てため息をついた。
「やはりサンのスキルをくらってしまったみたいだな。一応忠告しておいたはずなんだが……」
いや、しょうがないでしょ。どんなスキルがあるのかも知らないのに対処しろだなんて無茶過ぎる。それにあの時脱出するためには、鍵を入手する必要があったのだ。キュイールがやってこられる隙は無かったし、あれ以上待っていたら攻め込まれて終わっていたはずだ。
「……まあ過ぎたことを言ってもしょうがない。その縄は外せそうか?」
「いえ、びくともしません。多分燃えないし切れないです」
「……そうか。俺が知る限りだとそのスキルを発動するとき、サンは対象者に質問を投げかけていた。その質問に応えるのと同時にその縄がどこからともなく巻き付いた。もしかしたら、そこに解除の方法があるのかもしれない」
もっと早くこの情報を掴めていたら、とキュイールはぼやく。
「キュイールさんのせいではないですよ。だってこんなスキルを予測できる方がおかしいんですもん」
そう、これは『服罪』のスキルなのだ。通常の魔法のスキル体系に当てはまらず、常時発動するスキルとも違う。発動するとわかるのだが、このスキルは魔力を消費しない。では、一体何を原動力に発動しているのか……。
それが全くわからないのだ。原動力が無くエネルギーを生み出す事などできない……と思う。
まだまだわからないことだらけのスキルだ。何が起こっても不思議ではない。
私は首の荒縄に触れる。このスキルはやはり、「質問に応えると発動する」で間違いないのだろう。いや、質問自体が契約なのかもしれない。あの時私は、ヘプタ盗賊団に協力するといったニュアンスで応えたはずだ。それがそのまま今の私たちの呪いになっている。
だが、だとしたら余計に疑問に感じる。それなら獄中で私が応えた時に発動したはずなのだ。むしろそっちで発動させていた方が、サンにとって好都合だったはずだ。
もしかしてその時は発動しなかったのではなく、発動できなかった……?
あの時私は獄中で魔力の流れを止める足枷を嵌められていた。それが関係しているのかもしれない。
「キュイールさん。もしかしたらこのスキルの解除方法が分かったかもしれません」
「何だと」
自身の髭を擦って思考を巡らせていたキュイールが驚く。
そう、今私たちが向かうべきは――先ほどの地下牢だ。
∇
恐ろしい……。
恐ろしい……。
恐ろしい……。
オレが何をしたって言うんだ。なんでこんな目に合っているのだ……。
全身が痛い。鈍い痛みが全身を隈なく襲っている。それと共に赤い痣がどんどんと拡がっていく。
恐ろしい……。
踏み込む足が痛む。折れたと錯覚するほどの痛みだ。しかし折れるどころかオレの足は赤く肥大化した。折れてはいないが、もはや人間の足でなくなっていった。
恐ろしい……。
足でバランスを取れなくなったオレは地面に手を付く。その手も赤く肥大化した。肉が膨らみ、足よりも長くなる。もはやこれも人間の腕ではない。
恐ろしい……。
両手両足で地面を這うように進む。すると背中や胴体が赤く肥大化する。内臓から何まで、全てが作り替わっていく。見た目はもはや怪物だ。自分が人間でなくなることを知覚してしまう。それが恐ろしい。
でもオレは止まらない。止まれない。
この痛みから抜け出すには……。この地獄から抜け出すには……。
オレよりも恐ろしい目にあっている人を見て安心しないと……。
オレは安らぎが欲しい……!
「なんだ、あのバケモンはっ!!」
遠くの方で声が聞こえた。
バンダナを頭に巻き付けた集団と、そうでない集団が争っているのが見える。そのうちの一人がオレのこの姿を視認して叫んだらしい。
「ひぃぃ、なんだあの魔獣!」
「なんでこんなところに魔獣がいるんだ!」
「おい、あれ人間の顔が引っ付いてないか?」
「きもちわりいぃぃ」
争っている最中なのに、そいつらはその動きを止めてこちらを口々に罵る。恐ろしい。人間のその汚さが恐ろしい。
オレは、四本の脚でそいつらの元まで駆けよった。
「……へ?」
そしてそのうちの一人の頭蓋を掴む。その掴まれた男は驚きと共に顔を恐怖の色に染めた。
お前も恐ろしいよなあ。オレも恐ろしい……。何もかもが恐ろしく感じる。
オレの手から黒い靄が滲みでて、掴んでいた男を包んでいく。
男は靄に包まれると、金切り声をあげながら必死にもがき始めた。
「あぁあああぁぁあぁあぁあああぁ!!!!」
オレの腕をつかみ、抜け出そうとする。しかしオレは手を離さない。
オレの腕を蹴り、抜け出そうとする。しかしオレは手を離さない。
その間も男は恐ろしい何かを見ているかのように暴れる。その瞳は白く濁っている。
暴れる男の力はだんだんと弱まっていく。腕はやせ細り、足は枯れ木のような姿に変わる。
男の髪は白く染まり、先ほどまであった健康的な肌も、茶色く変色していく。
やがて男は全身からすべてを抜かれたかのように枯れ果て息絶えた。なんだ、この程度の恐怖で「死」に逃げてしまうのか。オレはもっと恐ろしいものを見続けているのに……。
事の顛末を全て見ていた周りの男たちは、オレの手から滑り落ちた男を見て狂ったように逃げ始めた。
「バケモンだああああああ!!」
「こいつが俺らを襲った犯人か!! 勝てるわけねエ!!!」
さっきまで争っていたのに、同じような動きで一心不乱に逃げ出す姿は恐ろしく愛おしい。
あー、いい顔をしている。でもまだだ。まだその程度の恐怖だ。
もっといい恐怖を教えてあげたい。
「……恐怖の波動」
オレは全身からさらに禍々しくドス黒い靄を男たちに浴びせた。高速で襲い掛かる靄に誰も彼もが逃げられなかった。
逃げた男たちは先ほどの男と同じように、思うさまに恐怖で叫びながら息絶えた。
「あぁ……。いい声だ。だけどまだまだオレよりも恐ろしい目にあっていない……」
オレはオレよりも恐ろしい人を目にして、安心したい。オレはオレよりも恐ろしい思いをしている人間が見たい。オレは恐怖に打ち勝つ姿を見たい。
オレはオレはオレはオレは――。
オレは目を瞑った。
暗い暗い闇の中、そこに一つの文字が浮かび上がった。
『恐怖の大罪』
それと共に、全身に拡がった赤い痣が、痛みと共に鈍く輝いた。




