9 荒縄
私とアイリスは、サンの道案内に従って階段を上がっていった。
やはりここは地下牢だったらしく、周りはジメジメとして暗い。私たちがこうして歩いているのも、壁に埋め込まれた光る石のおかげだ。等間隔に壁に埋め込まれたこの石は薄くぼんやりと輝いていた。
その光る石を挟むように、同様の間隔で松明用の穴もあった。おそらく本来は松明での灯りに頼る仕組みなのだろう。普通に考えればこの明るさは不便だ。投獄されてから何日も経っている私たちは目が慣れてしまっているが、急にここに放り込まれれば真っ暗で見えないだろう。
「ほら、此処から先は戦場だ」
サンが言った通り、遠くから鉄と鉄の重なる音が聞こえてきた。階段を上りきった先は、小さな小部屋になっていた。小部屋には机と椅子、大きめの本棚と寝台が置かれていた。普段ならここに番兵を詰めさせていたのだろう。階段へ続く扉は鉄格子で固く閉ざされる。
小部屋を出た私たちは眩しさに目を閉じた。急な外界だ。ずっと地下に閉じこもっていた私には眩しすぎた。
「アンタらよ、ちゃんと逃げずにディゴン盗賊団を追い払ってくれるか?」
「わかった、努力はする」
「私もご主人様についていきますの」
サンは唐突に先ほどの質問を繰り返した。正直、隙を見て逃げるつもりではあるが最初は油断させるために、こう答えるのが無難だ。
私がサンに返事をすると、首筋に何かが巻き付く感じがした。
「え、なにこれ」
まだ視界がうまく確保できていない中、手探りで触った感触はざらざらとしていた。
もしかして……縄?
「そいつはアタイのスキルで作った縄だ。切れないし燃えないし、解けない。それはタダの保険だ。もしアンタらがアタイたちを置いて逃げるようならその縄はアンタらの首を吊る。これが『荒縄の服罪』の効果の一つさ。安心しな、ディゴン盗賊団を追い払ったなら解放してやらないでもないからよ」
なんだって!!? 騙された!
私は首に巻きつく縄を引っ張るがびくともしない。彼女のいう事は間違いないみたいだ。つまり私たちは、敵対組織であるディゴン盗賊団を追い払わなければ死ぬ。ただ追い払ってもこの縄から解放される保証もない。
サンは少女とはいえ、盗賊団の一員。もとより私たちを利用するためにここへ連行してきたやつらだ。そんなやつらがみすみす私たちを解放してくれる道理はない。しかしだとしたらなぜ最初からこの縄を使わなかったのだろう。
そうすればいちいち投獄する必要もなかったはずだ。もしかして発動に際し条件があるとか……?
例えば、回数制限だったり持続時間だったりもあるのかもしれない。私も『服罪』スキルを持っているが、あまり使用していないからわからないのだが、そういう制限がある可能性は十分ある。
だとしたら、その制限をうまく利用して脱する必要がある。ここはサンの様子を逐次見ながら探っていくほかないだろう。とりあえず今はサンの言う通りにディゴン盗賊団を迎え撃つしかない。
「あそこに武器が置いてある。好きなものを持っていきな。あ、くれぐれもアタイらを襲おうとするなよ。もしそうしたならそこがアンタらの処刑台になる」
「わかってるよ……」
攻撃手段は封じられたか。これがハッタリだとしても、私は試す勇気はない。長剣を持っていた私は、そっと元に戻す。
うーん、正直私は武器を持ったことがないんだよね。基本魔法重視で動いてきたから。でもこれを機に何かの武器を使えるようになったほうが今後のためかもしれない。
つい先ほど私たちは魔力を封じられて詰んだばかりなのだ。隠し武器とか暗器とか用意していた方がいいのは確かだ。私は武器がたくさん並べられているところを見た。
「おい、早くしないと防衛線が崩されちまうぞ。すこしでも早く手伝え。アタイは先に行っているからな」
「ちょ……待ってよ!」
「……なんなんですの。ご主人様に対してあの態度はよくありませんの。ね、ご主人様」
サンは足早に去って行ってしまい、アイリスが彼女に向かってべーと舌を出す。気持ちはわかるが私たちは今彼女の術中なのだ。下手に刺激しないでほしい。アイリスの首元には私と同じ縄が括り付けられていた。そういえば、どうしてあのタイミングで服罪スキルを発動させたのだろう。
別に牢屋の中でもよかったはずだ。あるいは眠っている間に着けることも可能だったはず。あそこでなかったらダメな理由はなんだろうか。私たちはあの時一体何をしていた?
眩しさで目を瞑っていた。
サンの質問に答えていた。
思い出せるのはその二つだけだ。
もしかしてだけど、サンのあの質問に答えると自動的に発動する仕組みなのだろうか。いや、それなら獄中で鍵を受け取るときに発動してもおかしくなかった。だとしたら、また別の要因が必要なのか……?
獄中と扉を出た後。その時の違いは一体なんだ……? 私が事態の解決を考えていると、アイリスがのんきな調子で鞭を振るっていた。
「ご主人様! 私はこの武器にしますわ!」
淫魔の状態のアイリスが鞭を振っている姿は、本当に様になっていた。うーん、私アイリスの人生をめちゃくちゃにしてしまっているよなあ、と改めて思ってしまった。
とりあえず縄の解決策は置いておいて、私は目の前にあった短剣を数本隠し持った。
「あ、そういえば……」
私はまだ一度しか使用していない空間魔法を唱えた。このアイテムボックスにこの武器たちをしまい込めば便利じゃね?
私は、目の前の武器をほぼ全てしまい込んだ。いざとなれば何かに役に立つだろう。
多分元はこの冒険者ギルドの所有物だけど、盗賊団にわたってしまっているなら貰っちゃってもいいよね。
さて、それじゃ状況を確認しにいきますか。
私たちはサンが去っていった方へと走り出した。




