幕間 とある男と少女、街を出る
俺は今無口な少女と共にこの街で金を漁っている。
この少女はこの滅びた街のとある屋敷の中で見つけた。彼女は洋服箪笥の中に閉じこもっていて震えていたのだ。屋敷の住人はこの子以外既に事切れていていた。しかし少女は逞しく、生きるために俺に付いてくることを決めたらしい。
そういえば、この少女の名前を俺は知らない。彼女は出会ってから一切しゃべらないからだ。
「おい、お前……。名前は何て言うんだ。俺は井上って言うんだが」
「……」
少女は応えない。いや、口を開きかけるが、喉から声が出ないようだった。もしかして声帯がつぶれているのか? しかし喉に外傷はない。
可能性として、この事件のショックで喋れなくなったことがあげられそうだ。この調子じゃ、名前を聞くことなどできやしないな。
この先、付いてくるのなら名前は欲しいところだ。どうしたものか……。
少女はこちらをじっと見つめる。
「おいおい、まさか俺に名前を付けさせる気か?」
「……」
彼女は無言で頷いた。なるほど、それなら名前を聞かなくても名前を呼べる。
だがしかし、俺の前世では子供はいなかったし、子供に名付けたことなんてなかったんだよな。
ずっと母親の面倒ばかり見ていたから……。
ついつい俺の心の闇が現れそうになる。しかしここはぐっと抑えた。今はこの子の名前を決めてやる時だ。
少女を見つめる。と言っても俺の目は包帯でぐるぐるに巻いているので実際には瞳を合わせてはいない。
目を閉じていても外の景色が見えるので、俺はこれで一切困っていない。
少女は、深い紺色の長い髪をしている。服装は、よくいるお嬢様然としたものだ。フリフリのドレスは、俺と共に金を漁っているうちに汚れてしまっていた。瞳は深い碧色をしており、全体的に落ち着いた雰囲気を思わせる少女だ。
「葵……なんてのはどうだ? お前の髪と目の色から決めてみた」
葵とは花の名前だ。読みが「あおい」ではあるが、実際はピンクや白色の花だったりするらしい。しかしまあ、俺にとってはどうでもいい話だ。
俺は少女の反応を伺う。
「……、……!」
少女は少し考えてから、首を縦に振った。そうか、ここの世界では少し特殊な読みだったかな。まあいい、本人が納得したならこれからこの名前で呼ぶことにする。
「よし葵。もう少し先の家まで行くぞ」
「……」
葵は俺に黙ってついてきた。
廃墟の街並みは蒼然としていた。時折死体がちょくちょく見えるが、進んでいくうちにその様子がおかしくなっていることに気付いた。
死体の数が減ってきているのだ。正確には、誰かに死体が片づけられているというべきか。
もしかしたら、今この街の復興作業を行っているのかもしれない。
もし俺たちがそいつらに見つかったら窃盗犯として捕まりかねない。俺は隠れるようにして、進むことに決めた。
この街は異常に広い。おそらくこの街全体を城壁で覆っているのだろうが、俺の位置から城壁は見えないほどだ。ここに入国してきたとき見た城壁の高さは15メートルほどだっただろうか。目算だから断定はできない。
それほどまでに広いのだ。復興はかなり時間がかかるだろう。そもどうしてこの街は滅んだのかは気になるところだがな。
そこそこ歩いてきた俺は、持っているズタ袋の重さに限界を感じ始めてきた。さすがに金目の物がたくさん入った袋は重い。
どこかで荷車でも盗んでこなければな……。俺がそう思っていると、前方で音がした。
俺は咄嗟に葵を背後に隠す。もし盗人だとバレたら、逃げるしかない。最悪『見殺しの罪人』を使わざるを得ないだろう。だが、俺の予想とは違ったものがそこに現れた。
「おいおい、まだ生き残りがいたぜえ。……っておっさんかよ。せめてムチムチなお姉さんとかだったら生かしてやったのによお」
「おい、待てよ。後ろにガキがいねえか? まだちっこいが、結構かわいいじゃねえの」
「そういえば、お前はガキ大好きだったなあ。よし、んじゃいっちょ剥いてやるか。おっさんのほうは、ジャラジャラと金袋背負ってるし、いいカモだぜ」
明らかに盗賊と思われる集団だった。頭にはバンダナを撒いており、そこには共通の紋様が描かれていた。その盗賊団は今、俺たちを標的にしている。
はあ、復興が開始しているかと思ったらこいつらのせいか。
ただ単純に邪魔だからどかしていただけで、復興なんて出来てないのな。慌てて損してしまった。
俺は、葵を自身の外套の中に隠す。できる限り俺の視界に入れないためだ。
「お前らは何者だ!」
一応名前を聞いておく。これで万が一、正規の復興委員会とかだったら申し訳ないからな。だが俺のこの質問も杞憂に終わったようだった。
「俺たちは天下のディゴン盗賊団だぜ! この街の住民なら知っているだろう? このマークをよお!」
男はバンダナを取り外し、大きく広げて見せる。そこには、楕円形をした模様の内側に正五角形の模様が描かれていた。まるで歪な形をした目のようだ。
やはり、正規の人間じゃないか……。俺は目に巻き付けている包帯を取り外す。
「おいおい、お前も何かの模様でも描いてあるのか? その包帯によ! ぎゃははは……あ?」
俺が直接睨みつけた男は白目を剥いてそのまま倒れる。既に息をしていないだろう。
その様子を見た他の連中は慌て始めた。しかしもう遅い。
俺は複数人いるそいつらを次々と睨んでいく。
その度にそいつらはその命を刈り取られていく。
最後の男が倒れた時、もう目の前に敵対する盗賊団はいなくなっていた。
「うぐっ!」
急に左手が痛みだす。見れば、赤い痣が発光しながた広がっていくではないか。その広がりは腕の方まで上っていき、そこで止まった。途端に先ほどまでの痛みも嘘であったかのように引いた。
「はあ……はあ……」
もしかして、この力を使うとこの痣が広がっていくのか……?だとすれば今後使用するのは控えたほうがいいかもしれない。俺は、先ほど解いた包帯を目に巻き付ける。
その時、服の裾がぎゅっと引っ張られた。葵が俺の服を固く握りしめている。
「どうした葵」
「……」
心配してくれているのか? だが、俺は心配ない。これ以上この力を使わなければいいだけの話なのだ。
俺は倒れた盗賊の近くまで歩み寄る。盗賊たちはそれぞれ金目の物を持っていた。どうやらこいつらも先ほどまで盗みをしていたようだった。
ちょうどいい、これらも貰っていこう。
盗賊団は馬車も持っていたらしく、馬と共にその場に停められていた。まさにカモだな。
だが、俺にこの馬車が使えるだろうか。まあなる様になるしかないな。
早速俺たちは盗みまくった金品を乗せていく。そしていくつかの食料も。
これでこの滅びた街から脱せるな。もっといい別の場所に行こう。
「よし、この街とはおさらばだ。葵、本当に俺に付いてくる気か?」
「……」
葵は迷わず首を縦に振った。わかった、それならいい。
葵は馬車の中に、俺は御者台に乗って馬を走らせた。なんとなくで馬を走らせてみたが、俺には才能があったらしい。俺たちは街を駆け抜け、城門を超え、そのまま踏み固まってできた道をひたすらに走り出した。




