6 ヘプタ盗賊団
ヘプタ盗賊団の族長の娘、サン。
彼女はそう名乗った。今このペンタゴンの街はヘプタ盗賊団が占拠しているのか?
「なあ、返事がないみたいだけど? アタイらの味方になるつもりはないのか?」
「状況が分からなさすぎて返答に困ります」
「……ふーん」
彼女はつまらなさそうにブロンズタグを指でくるくると振り回す。私たちが一生懸命頑張って得た冒険者の証を雑に扱っていることにカチンと来るが、今の立場上何かできるわけでもない。
私は歯噛みすることしかできなかった。
「やっぱ大事なんだねー、このタグ。冒険者ってみんなこれ大事にするよね。あんたらのツレの男もこれ盗ったら怒ってたよ」
ツレの男……というと、用心棒のことか。御者のおじさんとはどうやら牢が違うみたいだけど。
「二人はどうしてるの?」
私はサンに問いかける。捕らえた捕虜を別々に監禁するのは論理的に正しい。そのほうが精神的にダメージを与えられるからだ。この場合、男女で別々の監獄に分けたのだろうか。
「あいつら? 死んだよ」
「……え?」
こともなげに彼女はそう言い放った。死んだ?
「殺したのか? 罪もない二人を……」
「仕方ないだろう。あいつら起きてすぐ攻撃してきたんだからさ。せっかく催眠のお香でみんなまとめて眠らせていたのに、あいつら寝たふりしてやがったんだ。運んでた仲間が4人それで殺された。御者も冒険者だったよ。あんたら知らなかっただろ」
「そんな、御者のおじさんも冒険者だったの……?」
「やっぱり知らなかったんだな。まああの状況で間抜けそうな顔して寝てりゃわかる。二人のタグ見たら、シルバータグだったな。あとパーティタグもあった。『守護の御使い』って名前だ。あんたらはあいつらに利用された囮だったんじゃないのか?」
「利用なんてするわけないでしょ!」
「じゃあなんで寝たふりなんかしたんだ? あんたらは本当に寝てたから知らないと思うけど、あの二人は確実にこっちの正体を掴んでいたぞ。もしあんたらを護衛するつもりなら、攻撃じゃなくて逃げに転ずるはずだ。あいつらはわざわざ催眠のお香にかかったふりしてあたいらを誘き出してたんだ。確実に仕留めるために……」
サンは腰に巻き付けたポーチから銀色の冒険者タグを取り出した。そこに刻まれていたのは、確かに二人の名前だ。本当だったのか……。けど私たちが見た二人はとてもやさしかった。
廃墟で守り神の話をしていた時は、子供のような無邪気さだって見せていた。
それが嘘だったとは思えない。二人は別口で依頼された冒険者のはずだ。きっと訳があって依頼内容が言えなかったに違いない。
「まあそんなことはどうでもいいんだよ、アタイらにとっちゃね。あんたら空間魔法使えるんだろ。昨日の夜見てたぜ。それがあれば食料の保存ができるし、略奪もし放題だ。さっさとこの街からずらからねえと冒険者ギルドの本隊が来ちまうからな。それに騎士団の本隊も編成されてくるって話だ」
「なら私たちはそのギルドが来るまで待つ」
「それも選択の一つだな。抵抗する気が無いのなら、アタイはあんたらを殺すつもりはない。ただの魔族のガキ二人殺してもいいことないからな」
「その割には、魔力を封じる枷を付けてるんだね」
「ふん、それは念のためだ。なんとかって塔の中にあった魔術具らしいけどな。親父が最初に盗みに入った場所らしいけど、あそこが一番凄惨な惨殺死体が多かったらしいぜ。あんたらと同じ魔族がやったってんだから恐ろしい。魔族ってのは何考えてんだろな」
そういうと彼女は立ち去ろうとする。
「もし仲間になる気が有ったらアタイに言えよ。親父だったらとっくに殺してるところをアタイがその命拾ってやってるんだ。感謝してほしいくらいだぜ? 本来なら喜んで仲間になるのが当然ってのによー」
最後にそれだけ言い残し、サンは階段を上って行った。
くそ……。これからどうしよう。私は、考えることがたくさん増えて、頭を抱えた。
∇
「族長、また新しい死体が増えてやした!」
「そうか」
ペンタゴンでも一際大きい建物の中、屈強な男たちが数人ほど長テーブルを囲んで座っていた。
上座に座る族長に報告を終えた無精髭を生やした若い男も、新たにそのテーブルの席に着く。
「これで謎の変死体が30件ほどになりやしたね」
先ほど座った男とは別の、比較的上座に近い場所に座る男が族長と呼ばれる男にそう報告する。
変死体とは、ここペンタゴンの街で発見された顔が恐怖に歪んだ死体のことを指している。
と言っても、先日の魔族による事件のせいでペンタゴンの住民はほとんどが変死体へとなり果てている。
しかし、魔族の生みだした変死体は原型が跡形もない。だから原型を保ったままショック死している死体は謎なのだ。この街には三種類の死体がある。魔族による原型の無い死体、盗賊に斬られた死体、そしてショック死した死体だ。
魔族のおかげで、このヘプタ盗賊団はこの街を堂々と略奪に来れている。既に魔族がいなくなったこの街に脅威はないからだ。それを狙って他の盗賊団も続々とここに集まってきているのはこの男たちも知っているところだった。
魔族からの生き残りは決して少なくない数はいたのだが、運悪く盗賊団に見つかり殺される人も大勢いた。しかし、それでも地の利を生かして生き残る人間たちはいた。
だが、その人間をさらに襲っているものがいる。
それがこの謎の変死体だ。中には盗賊団の仲間も数人、同様の手口で殺されている。まるで何か恐ろしいものを見たかのような表情で死ぬ。顔の皺は硬く強張り、眼球は白く濁り、両手足は拘縮している。まるで恐怖を具現化したオブジェだ。
「他の盗賊団も対応せにゃならんが、こいつだけはやばいな」
族長がそう言い放つ。ヘプタ盗賊団は、かつてあったヘプタという小さな町の住民だった。その町の経営が悪くなって盗賊団となった。
盗賊団員は全て家族同然ともいえる。だからこそ、身内に危険が迫っているこの状況を族長はよく思わなかった。
「だが、この街でたくさんの金を手に入れさえすれば、また新たに町が作れるかもしれねえ。そうしたら誰かを襲う必要は無くなるし、平和に過ごせる。もう少しの辛抱だ……」
族長の言葉に、そこに座る全員が頷いた。




