2 廃墟の守り神
中央街からペンタゴンまでは大体二日ほどかかる。
既に一日を野宿で過ごした私たちは、おそらく今日の夜頃にペンタゴンへ着くだろう。
昨晩途中から用心棒と不寝番を変わったせいで、まだ少し眠い。アイリスなんかもウトウトしていた。
前回の馬車旅は緊張感がずっと続いていたので、こういう眠さは余り経験していなかった。
暇は暇で辛いね、これ。
そのため私たちは用心棒に任せて少し寝ることにした。お昼寝タイムだ。
そうして2~3時間、深い眠りに落ちそうになっていた私を用心棒が起こした。
「おい、ここで一先ず休憩だ」
辺りの景色はいつの間にか様変わりしていた。今まで、草原の中にあったのどかな道を真っすぐ進んでいたのだったが、今は草も生えない荒れ地に止まっていた。
たった数時間でだいぶ変わったなあ。
私たちが今止まっている場所は、何かの廃墟群だ。かつては建物だったのだろうそこは、今は見る影もなく佇んでいた。石でできた家のような建物は天井が大きく開いており、雨を凌げそうもない。
中には、まだ天井がしっかりしていそうな建物もあったが、今は晴れているのでここで問題ない。
「ご主人様! 廃墟ですよ廃墟! 素敵ですの!!」
またもやアイリスが念写しまくっている。アイリスは何でも念写しまくるなあ。それで紙が持つのだろうか。しかし一向にアイリスの持つ紙がなくなる気配がない。一体何枚の紙を空間魔法に仕舞っているのか……。
その時、アイリスがおかしな声をあげた。
「あれ、これなんですの?」
アイリスが指をさすのは、今撮ったばかりの念写真だ。そこには廃墟しか映っていない……。かと思ったら、遠くの方に人影らしきものが映っていた。
「これは、みんなに報せないとね」
私たちは用心棒や御者にこのことを伝えた。御者たちは、今日は料理を作っていてくれている最中であった。
「ふむ……。この姿は……」
「ああ、間違いないな」
二人はこの念写真を見て何かを納得しているようだった。もしかして知っている人物なのだろうか?
「コイツは大丈夫だ。だから安心しとけ」
「え。どういうことですか」
「それは飯でも食いながら話そうじゃないか。きっといい土産話になるぞ」
私たちは、せっせと食事準備を済ませた。そして、御者が運んできた料理の匂いでお腹を鳴らせる。
基本、朝は干し肉しか食べれない。朝早く出発するためだ。だから昼・夜のご飯はちょっと豪華にする傾向があるらしかった。
今日のお昼はお肉だった。肉に少しの塩と香草を加えた簡素なものだが、こうして屋外で食べるとめちゃくちゃおいしく感じる。いやあ、キャンプ飯ってこんな感じなんだろうか。アイリスもご満悦だ。
「それで、さっきの話なんですけど」
食べている最中も気になっていたさっきの話題を振る。そう、なぜこの念写真の人物は大丈夫なのか。やっぱり気になるじゃん。
「ああ、そいつはな。守り神なんだ」
「守り神?」
「そうだ。……どうしてここに廃墟があるのに、盗賊たちが住んでいないと思うんだ?」
「あ、それは確かに……」
ここは、中央街とペンタゴンの間に挟まれた廃墟だ。通行する馬車は多いだろう。そんな中、こうした安全地帯があれば馬車は避難してくる。当然、そこを狙うのが盗賊になるはずだ。ならば必然的にここに盗賊がやってくる、あるいは住み着いていてもおかしくないのだ。
「それはな、あの守り神様が守ってくれてるからなんだ。悪事を働く気のない人間にはこの場所を貸してくれるのさ」
「へえ、そんな優しい守り神様がいるんですね」
「昔ここはひとつの街だった。まあもう百年ほど前の話だがね。その時、世界は大きな戦争をしていた。魔族、神族、人族、亜人族の四大戦争だね。その時の戦争を収めた『十英雄』が一人、『占星術師』のパシアンが従えていた獣の一体が、あの守り神の正体なんだよ」
「ちなみに星詠みの塔は、その占星術師様が創設したんだぜ」
へえ、そうなんだ。なんかいろんなワードが出てきて頭がごちゃごちゃになりそうだ。昔大きな戦争があって、その立役者の一人である占星術師のパシアンが従えていた獣ってのが、この念写真に写る人なんだね。
あれ、獣って言ってるけど人の姿してるじゃん。
「それで、どうしてその獣がこの街に関係してたんですか?」
「それはこの街がその占星術師の生まれ故郷だったかららしいんだ。その戦争の余波で、この街はこうして壊滅してしまったんだけど、最期まで主人の願い通りに人々だけは救ったのさ、守り神様は。それから百年も経って、主人も自身さえもとっくに死んでるのに、魂だけはここを見守っているっていう悲しい逸話なんだよ」
「寂しいですね……」
「おう、だからこの物語が好きな御者なんかはこうしてここで休憩するらしいぜ」
あー、この御者さんもこの話が好きなんだ。確かに心打たれる話だ。
「泣けてしまいますの……。私、この念写真を取れて幸せでございますわ」
アイリスはこの話を聞いてボロボロと泣いている。いや、そこまで泣くことないでしょ。感受性豊かだなぁ。私はアイリスの髪をそっと撫でてあげた。アイリスの頭って巻角があるから、時折ゴツっと硬い感触にあたるんだよね。それが結構痛いんだけど、今は我慢してあげた。
「さて、そろそろ行きましょうか。早くいかないと到着までもう一日延びてしまいますぞ」
「それは大変ですね。早速行きましょうか!」
「おう」
「はいですの」
私たちは特に示し合わせてもいないのに、みんな同時に『守り神様』に一礼をした。
それをお互い見て、笑う。きっと守り神さまはこういう風景を守りたかったんじゃないかなって思う。私は、そっと鞄に潜ませていた予備の干し肉を置いていく。
「さて、あと少しでペンタゴンだよ! アイリス!」
「はいですの!」
私たちは再び、馬車の揺れに揺られることになった。




