29 模擬戦2
私はジェネルの前に立つ。
今のジェネルは、両手に片手剣を装備しており、双剣スタイルになっていた。
ああやって武器を入れ替えて戦うのが、ジェネルのスタイルなのだろう。
一つの武器に絞らず、数多の武器を使うことによって相手の意表を突く……。恐ろしい。
それに、教官とも言っていたね。色んな武器を使えるから、いろんな武器の使い方を教えられるんだろう。超有能じゃん。
私はアイリスに視線を送った。頷いた彼女は手を上にあげる。
「試合、開始!!」
そして叫ぶと同時に振り下ろした。
ダンッという音と共に、ジェネルが間合いを詰めてきた。先ほどのアイリスとの戦闘で行ったのと同じ戦法だ。ここは一旦回避。
私は、振り上げているジェネルの右腕をすり抜けるように攻撃を避けた。もちろん、追撃の左腕の攻撃は届かない位置になる。
「ほう、お前も強いじゃねえか。俺が双剣の恐ろしさを教えようと思ったんだけどなあ。追撃までしっかり考えてよけやがったか」
今度はこちらの番だ。本当は先生攻撃で撃ったほうがいいのだけど。
「淫魔魔法――魅了の魔眼!!」
そう、これさえ撃てればどんな人間でもイチコロ!
バチン!
だが、何か嫌な音が私の耳に届いた。
視界が揺らぐ。
「おい…い。ま…か自分か…自爆…ると…な」
目の前の男を見やる。なんだろう。めちゃくちゃイケメンに見える。先ほどまで、そこにはむさくるしいジェネルがいたはずなのに、今は魅力的な男性が一人こちらに熱い視線を送ってきているではないか。
なんとなく相手の声がぼやけて聞こえる。けれど、その声を聴くたびに脳がしびれて、力が出せない……。鼓動が早まる。ダメだ、何かおかしい……。
すると私の心の奥底から『屈服の服罪』がドクンと全身に廻った気がした。
「八ッ! これは自分の魔眼だ……ッ!」
私は慌てて魅了の魔眼を解除する。すると、先ほどまでの心の高ぶりは落ち着きを取り戻した。
もちろん目のまえにいるジェネルに恋慕は抱いていない。
あっぶねー!! 試合放棄するところだった!!
「私に何したの!!」
私は怒りに任せて怒鳴る。相手が一体何をしてきたのかわからなかったのだ。魔法が跳ね返された?
「俺は何もしてねえぞ。ただ、俺の装備が勝手に反応しただけだ。この銀のプレートは、精神系魔法を自動で跳ね返す能力が付与されてんだ。お前、俺に何か放ってきただろう。でもまさか、自分で解除できるとは、大した精神力だな」
違う。今のは『屈服の服罪』の能力のおかげだ。確か、これには精神系の攻撃に対する耐性があるはずだ。ハイドに魔眼を放った時に、無効化されているから知っている。
そうか、精神魔法を跳ね返す装備が存在するのか。これは、不用意に放っていいスキルじゃなくなったね。今みたいに簡単に自分に飲まれてしまう。
冗談抜きでジェネルが超絶イケメンに見えたもん。まじ怖い。
私は若干の恨みを込めて、『屈服の服罪』を放つ。
「うおっ!」
ジェネルがその重量に思わず膝を付く。その間に私は魔法を発動させた。
「光魔法――ホーリーアロー」
光の弓を引き絞り、数十本打ち放つ。シャワーのような矢の雨にジェネルは成す術もないはずだ。
しかし、私が撃ち終わったときに、ジェネルはその場にいなかった。
「ッ!?」
何処に行った!?
さっきまであそこにいたはずなのに、一体どこへ!?
「後ろだ」
背後から聞こえた声に思わず振り向き、右腕に強い衝撃を受けた。私はそのまま思いっきり吹き飛ばされる。ゴロゴロと土の上を転がりながら、闘技場の壁に衝突し、勢いは収まった。
「痛いッ……」
中央にいたジェネルからかなり引き離されてしまった。しかも、右腕がどうやら折れてしまったのか動かない。どうやらみねうちをしてきたのだろうけど、めちゃくちゃ痛い。けど、なんだろう。本来はもっと痛いはずだって感覚がある。
あ、そうか。私には「痛覚低減」スキルがあるんだった。これが無かったら、喚き散らしていただろう。
それにしても、どうして『屈服の服罪』の術中にいたジェネルが一瞬で背後に回ってこれたんだろう。私は分析を開始する。
考えられるのは、そもそも攻撃を受けていなかった説。これは動けないフリか、幻惑を魅せられていた可能性だ。しかし、私は確かに相手に当たった手ごたえを感じていた。不意の一撃だったのだ。しっかりと命中していたはずだ。
もう一つが、高速で抜け出した説。しかしこれは却下だ。あの『速度の服罪』を持つサンクシオンすら逃げ出すのに苦労する技なのだ。これもないだろう。
そしたら一体どうやって……。
私は遠くに見えるジェネルがまた武器を持ち替えているのを見た。今度は槍だ。先端が鋭くとがっている。
ああやって、空間魔法でいろいろと武器を持ち替えて……。
あっ! そうか!
ジェネルは空間魔法が得意なんだ。だから、空間魔法で自分を転移させたのではっ!
だとしても、対策が出てこないっ。
テレポートしてくるような奴にどうやったら勝てるんだ……。
そうしているうちに、はるか遠くにいるはずのジェネルが目の前に瞬間移動してきた。
やっぱりテレポートじゃん!
その槍は私の胴を狙っている。私は『飛翔』スキルで空へと逃げる。しかしフラフラと墜落してしまった。
そう、私『飛翔』スキルで空を飛べるんだけど、右翼が小さいから制御できないんだよねっ!
地上に着く前になんとか受け身を取って着地する。
「俺の攻撃がどんなものか分かったのか。そうだ、俺は空間魔法を駆使して近距離武器で戦う戦士だ。遠くたって、転移で距離を詰められる。生半可な拘束じゃ、俺には通用しないぜ」
「ずるいよ、そんなのっ! というかそろそろ時間なんじゃないの! 私を合格にしてくださいよ! 右腕が全く動かなくて痛いんですけどっ!」
「いいや、まだだ。ちょっとお前の強さが気になってきてな。もう少しだ、辛抱しろ」
ジェネルはそういうと、またもや一瞬で距離を詰め、槍を上から振り下ろしてきた。今度は転移じゃない。純粋な歩法だ。その勢いがしなる槍に伝導し、先端が見えない凶器と化す。
私はバックステップで所劇を避けられたが、追撃の刺突は避けきれなかった。また右腕に槍が刺さる。
「痛覚低減」のスキルがあるとはいえ、かなり痛いんだ。涙がちょちょ切れるくらいには。
先ほどから防戦一方だ。ここらで反撃を開始しないと、永遠に攻撃され続けてしまうだろう。
今私ができる魔法と言えば……。
「淫魔魔法――触手召喚!」
私は空中に触手を召喚し、ジェネルの持つ槍にまとわりつかせる。これで、槍は封じた!
しかしジェネルはすぐさま槍を手放し、弓に持ち替えた。
私に矢を放ってくる。
「火魔法――ファイア!」
それを炎の弾で撃ち落としていく。ファイアに当たった矢は、燃えて勢いを無くし、地に落ちていく。
「反応速度があがってるじゃねえか。いいぜいいぜ。もっとだ」
今度は鎖鎌に持ち替えている。分銅のついた部分を振り回し、私に投擲をしてきた。
「土魔法――サンドウォール!!」
目の前に土壁を形成。しかし、こうするとジェネルの姿が見えない。
つまり転移して来たかどうかがわからないのだ。この状況下では、私は前か後ろかどちらから攻撃されるのかわからなくなる。不利な状況に追い込まれてしまったのだ。
一か八か、私はおそらく転移してくる前提で後ろに振り向き、火炎魔法――フレアを構える。
運が私に味方をしてくれた。目の前にジェネルが転移してきたのだ。
「おおっ!?」
「火炎魔法――フレア!!」
私の目の前で炎の渦が大爆発を起こした。




