28 模擬戦1
「よお、紙は書いてきたか?」
「はい、どうぞ」
私たちはジェネルに用紙を手渡す。ジェネルはそれにサーっと目を通した。
そして、その紙を突如消した。
いや、あれは「空間魔法」のアイテムボックスだな。別次元に収納したんだ。アイリスも使えるスキルだ。
「よーし、お前らのことは大体把握した。これで準備完了だ。で、どうする? 一人ずつか? それとも二人まとめてくるか?」
ジェネルはいつの間にか大きい斧を握っていた。柄が身長並みに長く、先端に刃物がついている。頂点にも刺突用の刃物がついていた。ハルバードとか言うんだっけ?
またもやアイテムボックスから取り出したようだった。しかし、いつ取り出したのかわからなかった。あんな大きな得物なら、取り出すのに時間がかかりそうなものなのに。
「一体今から何をするんですか?」
私は問う。ジェネルが今から一体どんな試験を行ってくるのだろうか。私的には、ギルド長がOKだしてるんだから、そのまま冒険者に慣れるんだと思ってたけど、やっぱり試験がいるのかな。
『銀の鎧』のメンバーに聞いた話だと、冒険者登録は毎度試験内容が違うらしい。
前回は、そもそも試験内容を知る前に私が逃亡してしまったけどね。
「俺と模擬戦闘だ。冒険者をするにはある程度戦闘力が求められる。戦う力が無けりゃ、あっちゅう間にあの世行きだからな。親切な俺が、その前に鍛えてやってるってわけだ」
「模擬戦って……、大人に私たちが勝てるわけないじゃないですか!」
「そうですの! 卑怯ですわ!」
「だーから、聞いたんだよ。二人まとめてくるか? パーティで一定の強さがあるなら、俺は認めてやってもいいぜ。ま、これで合格できなくても俺が今度は教官として戦いを教えてあげてもいいけどな。ちなみに二人でかかってくる場合、俺は手加減しねえぜ?」
うーん。正直二人がかりだと助かるんだけど、それって大丈夫なのかな。手加減無しになったら勝てないんじゃないかな。それならまだ手加減してくれる一対一のほうがいいのかな。
ぶっちゃけ私、対人戦闘に特化してる淫魔魔法というのがあるし。
「アイリスはどうする?」
「ご主人様の思う通りでかまいませんの。私としても、ここで勝てなければご主人様を今後お守りできませんし、鍛えてもらうのも良いと思いますし」
よし、それなら決まりだね。
「一対一でお願いします」
「おう、わかった。それじゃあ……、そこの金髪角! お前からだな」
「えっ? 私からですの!?」
私は二人の邪魔にならないように隅の方へと移動する。
「そこの白髪が、開始の合図を送れ。俺に一発でもダメージを与えるか、触れるかすれば合格だ。あるいは俺がいいと言うまで逃げ続けるのも合格にしてやろう」
アイリスを見る。覚悟が決まった表情をしていた。アイリスは、私に視線を送ってくる。
それじゃ、頑張ってね。
「試合、開始!」
私が叫ぶのと同時に、ジェネルが間合いを詰める。早いっ!
一瞬で5メートルくらいの距離を縮めたぞ! 目の前に立っていたら、私じゃ対応できなかったかもしれない。しかしアイリスはその直線的な攻撃をあらかじめ読んでいたらしく、即座に避ける。
「ほう、やるじゃねえか。大抵のやつはビビッて伏せちまうのによ」
「私もアヴリル家の長女としてただ安穏と暮らしているわけではございませんでしたの」
「アヴリル家って領主の……お前まさか――」
「よそ見はいけませんのよ! 光魔法、ホーリーアロー!!」
ジェネルが呆けている間に、アイリスが光で形作られた弓を射る。数十本の矢がジェネルを襲った。
いくつか地面にあたって土煙が舞う。勝敗が決したかのように思えた。
「やりましたのっ!」
「いいや、まだだ。気を抜くんじゃねえよ」
しかし、その矢はジェネルには届いていなかった。土煙が晴れた時、ジェネルの身体には傷一つついておらず、矢は全て地面に刺さっていた。なんと、あの数の矢をハルバードの刃で撃ち落としていたのだ。
おいおい、これで手加減してるとか言わないよね。普通に避けられるような攻撃じゃなかったよ?
「弓ってのはこうやって使うんだぜ」
またもやいつの間にか武器を持ち替えていたジェネル。今度は弓だ。ジェネルはそれを思いっきり引いている。
放たれた矢は、咄嗟に側転したアイリスの横を通り過ぎる。
「へえ、お前戦闘のセンスはあるやもしれんな。危険察知が得意と見た。それを鍛えればスキル化するから、もっと鍛えておけよ。とりあえず、俺の攻撃を一定時間凌いだから合格だ」
はあはあ、と息を切らすアイリス。しかしその表情は晴れやかだった。
「ご、ご主人様! 私やりましたの!」
「おめでとう! アイリスー!」
私はアイリスに駆け寄り、抱きしめる。めちゃくちゃ鼓動が鳴っているのがわかる。そりゃあんな実戦形式の模擬戦なんかしたら、こうなるよね。弓とか、あれ確実に殺しに来てたよね。
当たってたら怪我じゃすまなかったでしょ。
今から私もあれやるの?
正直嫌なんだけど。
「ご主人様、もう大丈夫ですの」
アイリスが照れたように私から離れようとする。おっと、抱き着いたままだった。でもよく頑張ったね。私はアイリスの頭をなでであげた。
「えへへ……」
うーん。照れてるアイリス可愛い。これ、サキュバスなんだぜ……。男とかイチコロでしょ。
「おいおい、まだお前が残ってるぞ。さっさとやろうじゃねえか」
そうだった。次は私の番だった。名残惜しそうに私の手を見つめるアイリスを背に、私はジェネルに向き合う。
さて、尋常に勝負だ!




