21 魔族
間一髪だった。
振り向きざまに体勢を崩したシェリルは、影の攻撃を寸でのところで回避していた。
シェリルはすぐさまポケットから何かを取り出し、影に投げつける。
小さい種子だ。
「植物魔法、グロウアップ! ウィップバインド!」
種子はものすごい速度で成長し、空中でその長いツタを伸ばし始めた。ツタは生き物のように影に取りつき、締め上げる。
「一体何なのコイツ」
急に現れた謎の影。
私たちは、シェリルの近くまで走っていった。
影は苦しそうにもがいているが、ツタが影を離そうとしない。
拘束された影に対し、サンクシオンが短剣で切りつけた。ツタごと切り裂かれた影は、あっという間に霧散してしまった。
「こいつは魔法生物だな。影魔法の召喚獣か何かだろう」
魔法生物とは、この世には存在しない人工的に作られた魔物らしい。そして今倒されたのは二足歩行の巨大なかぎ爪を持った巨人。影魔法のジャイアントシャドウというそうだ。
それが一体なぜシェリルを襲ったのだろうか。
「大丈夫? シェリルさん」
「ええ、大丈夫。それより、フラムちゃんが追われてるらしいから助けに来たの? フラムちゃんこそ大丈夫?」
「うん。私重犯罪者として追われちゃってるみたいなの。多分ハイドを倒してしまったからだと思うんだけど」
「……ああ、失念してた。私たちが証人となって付き添うべきだったね。ごめんなさい」
シェリルはこうして謝ってくるが、彼女が悪いわけではない。単純に運が悪かっただけだ。
それに、私は全然つらくないよ。シェリルにこんなふうに心配されているだけで、うれしいくらいなんだし。
「気を付けろ、ヒルルク、サンドリア。影魔法の召喚獣ということは、近くに召喚主がいるはずだ。もしかしたら星詠みの塔を壊滅させた敵かもしれん。数だって未知数だ。サンドリアは確実に姫様を守り抜けよ」
「「はいっ」」
ヒルルクとサンドリア、サンクシオンは円形になって周囲を警戒する。
何かに反応したのか、サンクシオンが一点を睨んだ。
「そこから見ているのだろう。出てこい」
サンクシオンが路地裏の方に言葉を投げかけると、そこからぬらりと人が現れた。
いや、人じゃない。
頭の両脇から上に伸びた角。灰のような色のボサボサとした髪。肌は青白く、瞳は真っ黒に染まっていた。背中には蝙蝠のような真っ黒い大きな羽が生えており、指の先からは鋭い爪が見えていた。
おそらくこいつは、魔族だ。
「お前は誰だ」
「クックック。攻撃してきた相手にまず対話を試みようとするなんて、人間は甘いなあ」
シュンッと隣で音がした。気づけば隣にいたサンクシオンが、魔族の背後に回り込んでいた。そして短刀を魔族の首元に当てている。
「これでいいか? お前は誰だといっている」
「おいおい、それでまさかこの俺を拘束できていると思い込んでいるのか?」
「何っ?」
魔族はその体をドロリと変形させ、足元の影に落ちた。影は石畳をうねうねと高速で這いまわり、アイリスを背負っているサンドリアの近くで再び元の姿を現した。
そして今にもアイリスを攻撃しようとする。
アイリスの喉元に手が伸びそうになる瞬間、その腕は投げられた短刀で霧散した。
「反応速度はいいじゃないか」
すぐさまサンクシオンが魔族を切りつけるも、また影に潜られてしまい、最初の立ち位置にまで戻ってしまった。
「くそっ、厄介だ」
「クックック。ようやくわかったか。さて、こんなところでいいか。お前らにはそろそろ消えてもらうか」
魔族は、手にしていた書物を広げる。それをぱらぱらとめくって、ひときわ面白そうな顔をした後こちらを振り向いた。
「その本はなんだっ!?」
「これはあの塔にあった書物だ。面白いものが書かれてるぜ? 例えば……新しく開発された"魔法陣"とかいう魔法体系とかな」
「ッ!!」
サンクシオンが驚きに目を見張る。相当やばそうなものが記されているのだろう。尋常でない焦りを感じているように見える。
「試しに一度使ってみるかぁ」
魔族は人差し指の先に光を灯すと、空中に光で紋様を描き始めた。円形に出来上がるその幾何学模様は、前世でも漫画とかでよく見た魔法陣そっくりだ。
「これは、とあるドラゴンの魔法陣だそうだ……。クックック、一体どれだけの威力が出るんだろうな」
「やばい、みんな逃げろ!」
サンクシオンが叫ぶ。
私は咄嗟に攻撃を防ぐための魔法を発動させる。
「土魔法――サンドウォール!! 水魔法――アイスウォール!!」
氷と土の壁が私たちの目の前に出来上がる。
それと同時に壁の向こう側から、魔法陣の出来上がる音が聞こえた。
「魔法陣――ドラゴンブレス」
直後ものすごい熱量を持った突風が私たちを包み込んだ。
ドラゴンは、あらゆる魔物の中でも最強と言われている。その巨体を支える強靭な足と尾。その重さを浮かせることができる頑丈な翼。そして何より、保有する魔力量。
その膨大な魔力の塊を口から吐き出すドラゴンブレスは、万物を融解させる力を持つとされる。




