20 信号弾
「えっ!? 星詠みの塔が壊滅してるってどういうことですかっ!」
「わからん。いつもは開いている正面扉が固く閉じられていたから、俺は裏の出口を破壊して侵入したんだ。そしたら、中は凄惨な状態だった。辺り一面の血の海。原型を留めていない職員たちが、まばらに落ちていたんだ」
私は思わず想像してしまい、吐き気を催す。なぜこんな街中でそのような状態になっているのか。
一体誰がやったのか。何を目的にそれを行ったのか。
ただどんな目的にせよ、そのようなことを平気で行えるやつなんて人間とは言えまい。
「済まない。少し詳細に伝え過ぎてしまったようだ。気分は悪くないか?」
「大丈夫……です」
サンクシオンは私を気遣ってくれている。正直、まだ気持ち悪い感情が心の内を渦巻いているが、今は対応を迫られている時だ。何かしら行動しないといけないと、心が警鐘を鳴らしている。
「塔の中は、争った形跡が若干あった。おそらくだが、襲われたことに気付いたが、ほぼ抵抗することができずに殺されたのだろう。今は襲った敵がどこにいるのかを探すのが先決だ」
サンクシオンは、腰につけていた銃のようなものを取り出す。それを上空に向けて打ち放った。
野太い煙を吐きながら飛んだそれは、上空50メートル程で破裂し、赤い火花を散らせた。
信号弾だろう。
「今騎士団の応援を呼んだ。緊急事態だからな。フラムは俺から離れずにいろ。皆にお前の誤解を解いておきたい。冒険者も集まってくる恐れがあるだろうが、そこは俺に任せておけ」
「はい……」
空を見れば、別方向から黄色の信号弾が赤い信号弾の飛んでいた場所に向かって放たれていた。
その数は複数ある。おそらく今からここに向かってくる騎士団の数だけ飛んできているのだろう。
やがて、黄色の信号弾が飛んできた方向から騎士団が集まってきた。
一番早く到着してきた騎士団を見る。先頭には大きな長剣を携えた全身鎧の壮年の男がいた。
「騎士団長、お久しぶりです」
「おお、信号弾を頼りに来てみればサンクシオンではないか。お前がソイツを捕らえてくれたんだな。それにアイリス姫様も一緒だ。さすが"瞬殺の騎士"というわけか」
騎士団長は私に警戒心を持つ瞳で睨みつけてくる。私、そんな悪いことしてないですよ!
アイリスを攫って、眠らせてるだけ……めちゃ悪いことしてるね。
「それについては、あとで誤解を解きたいと思います。今はそれよりも、塔をご覧ください」
「ん? どういうことだ? 星詠みの塔が一体どうしたというのだ……いや、おかしいな。今日は正面扉は開いていてしかるべきだ。何かあったのか?」
「はい、俺が軽く確認したところ、中の職員は全員殺されていました。それもかなり真新しい死体です。犯人はまだ近くにいるかもしれません。現任務を塔の調査に変えるよう進言致します」
「なんだと……。わかった。現時点でもってアイリス姫様の確保及び白髪の魔族捕獲の任を解除する。そして新たに、アイリス姫様の保護と塔の調査を平行して行う。先ほど戻ってきたマルクには悪いが、これを全騎士団に伝令、冒険者ギルドの手配も頼む」
「はいっ!」
隊の中で一人だけ疲れてる男が無理やり声を出して返事をした後、慌てて他の場所まで走っていった。なんだか大変そうな人だなあ。
「よし、俺たちは塔に乗り込む。サンクシオンはどうする」
「俺は一部の隊をお借りして、アイリス姫様とこの娘――フラムを保護します」
「ふむ、そのフラムという娘は保護する必要があるのかね」
「――それも後程説明します」
騎士団長は隊のいくつかの人に命令を下し、塔の中に入っていった。迅速な動きだ。
後に残ったのは、合流するための留守番を頼まれた二人、サンクシオンが借りた兵二人だった。
「君たちが協力してくれるのか」
「は、はい! あの、"瞬殺の騎士"様に協力することができて光栄です! 私はヒルルクと申します!」
「私はサンドリアと申します!」
二人はサンクシオンを目の前にして緊張しているようだった。"瞬殺の騎士"というのはなんだろう。サンクシオンの二つ名みたいなものなのかな。
ヒルルクと名乗った青年は、髪が短く切りそろえられ、緑色に近い色をしている。頬にはそばかすがあり、わんぱくそうな印象を受けた。
サンドリアの方はというと、紫に近い赤色のウェーブが掛かった髪を持つ女性だった。なんだかやり手のキャリアウーマン的な鋭い眼光を持っている。
二人とも騎士団長程ではないが、重そうな鎧を着ていた。
そういえば先ほど走っていったマルクという青年は、一人だけ軽装だった。使いっぱしりの役なのだろうか。
「それじゃ、よろしく頼む。今からアイリス姫様のお屋敷まで同行してもらおう。サンドリアは、アイリス姫様を負ぶってくれ。俺とヒルルクで護衛しつつ進んでいこう。いつ襲撃者が来るかわからないからな」
「「はっ」」
私は負ぶっていたアイリスをサンドリアに託した。その際、眠っているのにも関わらず、アイリスは私をぎゅっと掴んでいたため少し苦戦した。
「準備は出来たな。それでは行くぞ」
私たちは、警戒しながらその場を立ち去ろうとした。
その時、遠方から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「おーい! フラムちゃん!」
走ってくる姿には見覚えがある。シェリルだ。
シェリルは『銀の鎧』の冒険者だ。私が追われていることに気づいてくれたのだろう。そして信号弾のあった場所まで私を探しに来てくれた。
嬉しさで涙が出そうになる。そうだよ、私には頼れる人がいたんじゃないか。
冒険者ギルドから真っすぐ逃げてくるんじゃなくて、『銀の鎧』のメンバーを探していればすぐに事態は収まっていたかもしれない。
でも、そうしなくたって、こうして彼女たちは私を心配してくれていたんだ。
シェリルがこちらに向かって走ってくる。
私は見た。
その走ってくるシェリルの背後に、巨大な影が出現したことを。
「シェリル危ない! 伏せて!」
「えっ?」
振り向いたシェリルに、影の巨大なかぎ爪のような腕が襲った。




