15 食事をしましょう
「アイリス姫様を解放しろ」
私は今大ピンチに陥っている。
首元にはナイフが突きつけられ、今にも私の首を掻き切らんとしている。少し揺れただけでも、出血しそうなほどの距離だ。微動だにできない。背後の男は緊張感をもって私に脅しをかける。
ここはアイリスの教えてくれた屋敷の中。前方には自分の首に小刀を突きつけるアイリスがいる。その顔はどこか誇らしい。私の首も危ないが、アイリスの方も危険な状況にある。
「はあ、はあ……。フラムぅ……」
アイリスの吐息が荒い。その目は狂信者のように私を見つめている。
「私、フラムのためならこの命捨てられますの……」
一体どうしてしまったんだ……。
事態は少し前に遡る。
∇
私とアイリスは屋敷の庭で念写真の練習をしていた。
私が念写真をもっと撮ってみたいと言ったところ、アイリスが喜んで教えてくれると言ってくれたのだ。世界を巡るのが夢だった私にとっては、願ってもない魔法なのだ。
是非にと教えてもらうことになった。
いくつもの紙に庭の花が映し出されていく。私は既に四枚の花の念写真を作成していた。しかし、どれも彩りに欠けている。
いや、綺麗に映ってはいるんだけど、センスの問題なのかアイリスの念写真の躍動感みたいな迫力が出ないのだ。
「そんな難しく考えないでくださいませ、フラム。ただ楽しく撮るのが一番ですの」
「そっかぁ」
楽しく撮る、かあ。
私は屋敷を見る。この屋敷は見た目が凄くボロい。私の前世にこんな大きな建物は近くに無かった。しかし迫力だけで言うなら、この屋敷は私に感動を与えたと言っても過言ではないだろう。
世界を巡りたいというのは、あらゆる物事に感動したいという事の裏返しだ。極端に言えば、別に世界を巡らずとも、足元に咲く花に心動かせるのならそれで事足りてしまうのだ。
私は屋敷をまじまじと見つめる。日本にはなかった洋風の館。敷地はかなり広い。壁にはいくつかツタが生え延びている。ガラスはすり減って奥がよく見えない。
昔はこの館に人が住んでいたのだろう。
私はこの屋敷の昔の風景を思い起こす。
ああ、走ってる女の子が見える。女の子は玄関から出てきた男に抱き着く。家族なんだろう。幸せな光景だ。よくある家庭。その風景がとても眩しく思えた。
私は自然に念写を発動させていた。紙には古びた屋敷が移されていた。
「屋敷を念写したんですの?」
「うん。なんだか撮りたくなっちゃって」
私が撮った念写真は、やはりボロボロの屋敷。そこに思い起こした情景は映っていない。しかし、私はこの念写真が凄くいいもののように感じた。
「この念写真、とてもいいですわ。なんだか、気持ちが乗っていますの」
「ありがとう」
私はこの念写真を綺麗に折りたたんでポーチにしまった。
「さて、時間も時間ですので屋敷に戻りましょうか。冷えてしまいますの」
「そうだね、ご飯とかどうしよう」
「それならご安心を。この屋敷にいつでも泊まれるように、私が食事を用意しておりますの。私、空間魔法に暖かいご飯を入れて持ち歩いていますのよ」
「空間魔法?」
それは一体どんな魔法なんだろう。アイリスの言い方からするに、物を収納できるとか……?
「空間魔法は、光魔法系統の魔法ですわ。空間を操る能力が主なスキルとなっていますの。生憎と私はアイテムボックスしか使えないのですが、これがなかなか便利なのですよ。アイテムボックスという亜空間に物を仕舞えて運べますし、アイテムボックス内は時間が停止しているみたいで、温かい物は温かいまま取り出せますの。もちろん生モノも入れられますわ」
アイリスは自身ありげに説明する。確かにそれは凄い。どこにでも運べて、保存可能だなんてすごすぎる。私もほしい!
「私もできるかなあ」
「多分難しいんじゃないかしら。光魔法を扱えても空間魔法に適性があるかはわかりませんし、ある程度上位の魔法はスキル化するのに時間がかかりますのよ」
「むぅ、残念」
光魔法の系統をとりあえず練習しておくことにしよう。空間魔法はぜひ欲しい。密かに決意する私だった。
アイリスは先ほどの綺麗に整った部屋に私を案内する。
テーブルにクロスを敷き、彼女は空間魔法を発動させた。すると、何もない空間から食事が出現した。それと共に、いいにおいが部屋を充満させた。
この匂いは……知ってるぞ?
「カレーとナンですわ!」
「なんで!?」
私は驚いた。なぜカレー! そしてナン!
前世、日本にあった料理ではないか! いや日本料理ではないけど。もしかして私みたいに転生してきたインド人が広めたとか……?
「これはかの国からレシピを教えてもらって私が作ったおすすめの料理ですのよ。少し匂いと辛さが強いですが、とてもおいしくてよ」
自然と涎が出そうになった。こちらの世界に生まれてから初めて食べる前世の食べ物。しかも、カレー。これはやばいよ。
「それじゃ、いただきます」
「いただきますわ」
私は思いっきりカレーを口に運んだ。うまい! うまい!
「うまい!」
「はしたないですわよ、フラム。ですが、やはり私自らこねたナンですわ。大変おいしゅうございますの」
私はぱくぱくとカレーを食べる。このナンが何ともおいしい。いや、駄洒落じゃないよ。
心なしかこころがぽかぽかとする。この辛さが身体に染み渡るぅ。ルーだけに。え、今度ははっきり駄洒落だった? いいじゃない、久々の美味しいご飯なんだからテンション上がってもいいでしょ!
私が食事をあと少しで終わらせようとしているとき、アイリスの手が止まっているのが見えた。
「どうしたのアイリス。食べないの?」
「あ、いえ。食べますの。ただ、なんか心がぽかぽかするのですわ。なんででしょう」
「カレーを食べてるからじゃない?」
「そうですわね」
彼女はそういうと再び食べ始めるも、またぼーっとし始めた。
「フラムって、かわいいですのね」
「え、唐突にどうしたの!?」
「え!? 私、何か言ってしまいましたかしら!?」
アイリスが顔を紅潮させて手で表情を隠す。なんでそこで照れる!?
こっちが恥ずかしいんだけど!
急にどうしたんだろう。かわいいって言われるのはうれしいけど、何かそれとは意味が違う気がする。
パリンッ!!
「――ッ!」
その時、屋敷のどこかから窓の割れる音がした。もしかして、冒険者たちに私たちの場所がバレた!?私は、即座に臨戦態勢を取った。




