9 到着、中央街
ほどなくして馬車は山を越え、目的地の中央街近くまで差し掛かっていた。
御者が前方へ覗きに来るように促す。
私は言われた通りに、荷物をかき分けて御者台まで向かった。
「わあ……」
私の視界には、巨大な城壁が円形の形をして街一つを丸ごと覆っているのが見えた。
この光景は山の中腹という高さからでなければ見られなかっただろう。この山を完全に下りきってしまえば、その高すぎる城壁で街の中まで覗けなかったはずだ。
「大きいですね」
語彙力を持ち合わせていない私は、それだけ言うのが精いっぱいだった。御者は満足そうに笑っている。
「いい景色だろう? 本当はあっちの道から通るはずだったんだけどね」
御者は山から見て左側にある道を指さす。その道はよく踏み固められており、遠くからでもはっきりとその形を主張していた。
本来、私たちはあそこを通る予定だった。それを変更したのは、故郷のラーストから出発して一日も経たずについた町の様相が原因だった。
その町には誰一人として生存しておらず、死体だけが積み重なっていた。その死体も不自然なほど原型が留められており、死因が全くの不明という恐ろしさがあった。
そのため私たち一行は道を変更し、山を越えるルートを採択したのだ。
そしてハイドの裏切り。『銀の鎧』たちの傷は、未だ完全には癒えていないだろう。しかし、このパーティはしっかりやっていけると私は確信していた。
風が結構当たる。御者台は私が思う以上に過酷な場所だなあと思いつつ、私は馬車に戻った。
馬車の中には、目を瞑ったまま腕を組むテラスと、窓の外を覗くアダマン。
涙で目許を赤くしたシェリルとアンバーは、肩を寄せ合いながら眠っていた。
御者台から戻ってきた私を見たアダマンは、私に話があると告げる。
「なあ、フラム。もし中央街で冒険者になったらさ、俺たちとパーティを組まないか?」
なんとパーティのお誘いだった。驚きだよ。
「え、なんで私なんかを……?」
アダマンは理解できないといった表情でこちらを見る。私はまだ十歳の子供だよ?
ぶっちゃけパーティに入っても、足手まといにしかならない。穀潰し確定コースだ。
正直、他人に迷惑を掛けないレベルにまで自分のペースで成長したいと思っている。
「俺が言うのもなんだが、フラムは既に強い。それは単純なステータスだけじゃなくて、その精神力も買ってるんだ。並の人間なら、あのハイドに正面から太刀打ちできなかっただろうよ。あとこれは打算的な話になるんだが、俺たち『銀の鎧』はただでさえ人数が少なかったのに、一人欠けちまった。それを補填したいと思うのは当然だろう?」
確かにそれもそうだ。私がハイドを殺めてしまったがために、『銀の鎧』は三人だけのパーティになっている。ハイドを殺したことは悔いてはいない。そうでなければ私自身が殺されていたことは明白だったからだ。それに、シェリルを恐怖で支配していたのは許せることじゃない。
でもやっぱり私はまだ一人でやりたいことがいっぱいある。
「ごめんなさい。誘ってくれるのはうれしいんですけど、私はまだ半人前なんです。これから自分のペースで経験を積んでいって、その先にもし私が『銀の鎧』に釣り合うことが出来たなら、また誘ってくれますか?」
これでいいだろう。私には、このパーティを立ち直らせる力を持ち合わせていない。一人欠けたばかりなのだ。最低でも彼らには癒す時間が必要だ。そこに、一人欠けた原因である私がいるのは良くないことだ。
「いや、フラム。君は今のままでも十分――」
「そこまでにしときなよ、アダマンとやら」
今まで口を閉ざしていたテラスが話に入ってきた。
「三人になって心細いと思って焦ってるのかもしれねえが、今は時間を置いておいた方がいい。今お前らのパーティを支えなければならないのはアダマン、お前だろう。決して嬢ちゃんの役目なんかじゃねえよ。それによ、嬢ちゃんは釣り合うパーティじゃないと誘いを蹴るって言ってるんだぜ?」
「……そうか、そうだな。俺たちがフラムに釣り合うパーティにならなきゃいけないってことだよな
……」
「……ふん。やっぱり若いってのはいいな。懐かしくなるぜ」
なんだか二人が謎の掛け合いをして納得してしまった。私の発言が曲解されてるようだったけど、まあでもお誘いを断れたんだから、それで良しとしよう。
御者から声が掛かる。
「魔獣が出たから追っ払ってくれねえかー」
馬車はその動きを止めた。それを聞いたテラスとアダマンが馬車から降りて魔獣を倒すのに十分も要しなかった。戻ってきた二人はお互いの健闘を称え合う。
馬車はこうして時折、魔獣と遭遇する度にその進みを遅くしたが、ついに中央街の門が見える場所まで到着した。
「長かったですなー」
御者から声がかかる。
皆その言葉に頷く。シェリルとアンバーはその言葉に目を覚ます。
「あー、よく寝た。久々に眠っちまったよ」
「ごめんなさい、アンバー。私の涎が服に……」
「いいってことよ。なんか今まで他人行儀だったとこもあるし、シェリルのこの可愛い顔見れてあたしはうれしいもんさね」
シェリルがアダマンの胸に顔をうずめて泣いた後、アンバーもそこに身を寄せ合って泣いていたのだ。彼女も何か思うところはあったのだろう。二人して号泣して寝入ってしまったのだから。
馬車が門の前まで近づくと、馬はその足を遅くする。
やがて馬車は止まった。どうやら門の検閲が始まったらしい。
門番らしき人が二人、御者と話をしている。いくつか話し終えた所で、門番の一人が馬車の幌をあけた。
「一人、二人……、ん? 魔族もいるのか。えーと……、御者含め六人だな」
人数を確認したあと、荷物を確認される。私は肩さげ鞄一つしかないので、直ぐに終わった。
ほどなくして入場に許可が下りた。
カツコツと石畳を打つ蹄の音、先ほどとは違う馬の足音を聞きながら、私たちは中央街へと踏み入れたのだった。
テラスもかつてはパーティを組んだ冒険者だった。歳のせいもあってか、派手な行動が出来なくなったため、用心棒として独立をしている。かつての友の一人は、中央街で働いていたりする。




