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ブックカフェの店長はアライグマで神様でした  作者: 日野 祐希@既刊9冊発売中
第二話 親子と落語と特製カレーライス
29/47

5-1

 翌朝。店が開店する一時間前の午前十時。


「おはよう、おっかさん」


「おはよう、明日香。昨日の夜は、よく眠れた?」


「うん、まあ……」


 明日香と紗代は、あらいぐまの店内で喧嘩後に初めて顔を合わせていた。

 クールダウンの時間を挟んだとはいえ、ふたりの互いに対する態度は、まだぎこちない。

 そんな親子の様子を、志希と荒熊さんはカウンターの中から見守っていた。

 志希たちが見つめる中、まずは明日香が口を開く。


「おっかさん、ごめん。あたし、昨日の夜、おっかさんが荒熊の旦那に話してたこと……聞いてた」


 明日香が盗み聞きしていたことを告白すると、紗代は「そう……」と短く応じた。

 紗代の反応を受け止めながら、明日香は続ける。


「おっかさんが落語を遠ざけた理由はわかった。――でも、ごめん。あたしは、やっぱり落語を捨てられない。おっかさんにも捨ててほしくない。あたしは……おっかさんも落語も好きだから」


 そう言って、明日香はニッと笑った。


「その顔、お父さんそっくりね」


 明日香の笑顔に、紗代は肩の力が抜けた様子でフッと笑う。どうやら一晩の時間を置いたことは、一定の効果があったようだ。

 そして、おそらく母が笑うところを久しぶりに見たのだろう。明日香の方もうれしそうに瞳を輝かせている。


「でも……ごめんなさい。私は、まだ心の整理をつけられないの……」


 だが、笑顔がふたりをつないだ時間は、実に短いものだった。悲しげに目を伏せ、自分を抱くようにした紗代が、震える声で言う。


「昨晩、店長さんと話して、一晩ひとりで考えて、私も反省した。もう、あなたに落語をやめろとは言わない。けど、私の方は時間をちょうだい……」


「おっかさん……」


「ごめんなさいね、明日香。弱い母親で……。本当に、ごめんなさい……」


 何度も「ごめんなさい」を繰り返す紗代。その姿は、まるで迷子になってしまった小さな子供のようにも見えた。

 そんな母を前に、明日香はゆっくりと首を振る。


「ううん。おっかさんは悪くない。大丈夫だよ。きっと何かのきっかけさえあれば、心の整理がつけられるさ」


「ええ、そうね。ありがとう、明日香」


 明るい笑顔と前向きな言葉で明日香が紗代を励まし、紗代も娘の励ましに心からの感謝で応える。

 ――と、その時だ。


「――だったら、そのきっかけを今から掴みに行きませんか?」


 唐突にそんな声を掛けられ、明日香と紗代が声のした方を振り向く。

 ふたりが振り返った先には、明日香の本を手にした志希が微笑んでいた。その足元では、荒熊さんが任せとけと言わんばかりにサムズアップしている。


「旦那? 姐さん?」


 志希からの唐突な提案に、明日香は頭の上に“?”を浮かべて首を傾げる。

 どういうことかわからない。明日香の顔にはそう書いてあった。いや、明日香だけでなく紗代も同じ顔をしている。

 そんな親子に、志希は手に持っていた本を差し出した。


「口で説明するよりも、実際に体験してもらった方が早いです。おふたりとも、この本に手を置いてください」


 志希が促すと、明日香と紗代はわけがわからないといった顔のまま、素直に本に手を置いてくれた。

 同時に、志希が足元にいる荒熊さんを見た。


「荒熊さん、お願いします」


「ほいきた。任せといて!」


 荒熊さんが志希の体をよじ登り、本を持つ彼女の手の上に、自分の手を重ねる。

 その瞬間、志希は源内の時と同様、体の中から何かが荒熊さんの方へ流れ出ていく感覚を抱いた。

 そして――世界が光に包まれ始める。


「姐さん、旦那! これは!」


 明日香が驚きに声を上げ、紗代が息を呑んだのが気配で伝わってくる。


「大丈夫です! 私と荒熊さんを信じてください!」


 だから志希は、ふたりを安心させるようにできる限り優しく、明るく言葉を紡いだ。


「聞きにいきましょう。おふたりが大切に思っている人が、何を思っていたのか――いえ、何を願っていたのかを」


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