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月と星の子守唄

剣士とロットバルトが城へ急ぐ中、城から多くの人が走り去っているのに出くわした。

 「魔物だ! 魔物が出た!」

 そう口々に叫んで逃げている。ロットバルトは嫌な予感がした。悪魔の王はロットバルトが魔法の森から逃げ出したことに気付いたのだ。ロットバルトを罰するために、魔物を放ったのだろう。

 二人は急いで城へ向かった。入り口は騒然としていた。皆、魔物から逃れようと城の外へ走って行く。二人はその流れに逆らい、城の中へと入る。魔物は大広間で暴れていた。結界を守っていた魔物より数倍、大きい。衛兵たちが王と王妃を守り、魔物に槍を向けている。だが、歯が立たない。大広間には、王に呼ばれていた客人たちが残っていた。その中にオディールもいた。

 この大広間は、あの時、舞踏会が行われた場所だった。ロットバルトが悪魔の王に操られ、オデットの幻影をつれて来た舞踏会だ。あの時と全く同じ人々がここにいる。違っているのは、ロットバルトは娘を守ろうとここへ来たことと、剣士が傍にいることだった。

 魔物はオディールに飛びかかろうとした。それを見て、ロットバルトは梟へと姿を変えた。黙って見ていることなんて、できない。ロットバルトは激しい鳴き声をあげると、羽ばたいて魔物に飛びかかった。飛びかかられた魔物は攻撃の矛先をオディールからロットバルトに変えた。ロットバルトは鍵爪で、襲ってきた魔物を抑えつける。

オディールは、はっとして突然、現れた巨大な梟を見た。梟が自分を守ろうと戦っているのが分かった。魔物の攻撃は激しかった。たちまち、梟の身体は傷だけになった。魔物に噛みつかれ、梟の翼から血が流れた。魔物に引き抜かれた羽が辺りに散らばった。それでも、梟は必死に魔物に飛びかかった。魔物は以前よりも段違いの強さだった。それでも、ロットバルトは諦めなかった。諦めれば、娘が傷つくことになると分かっていたから。

 剣士は精霊の長からもらった剣を抜いた。魔物は剣士の何十倍も大きい。それでも、自分にできることが何かあるはずだ。剣を抜くと、刀身が光を放っていることに気付いた。魔物の力に対抗する精霊の力が宿っているのだ。剣を掲げると、魔物は精霊の光にひるんだ。ひるんだ魔物がやみくもに振り下ろした腕をかわし、斬りつける。魔物の動きが鈍くなった。その機を逃さず、ロットバルトは魔物に畳みかけた。魔物は大きかったが、ロットバルトに身体を上から抑えられ、頭が低くなった。

 剣士は以前と同じように、戦っているロットバルトの身体を登り、頭の上に出た。そこから、魔物の頭が狙えそうだった。だが、飛び移って攻撃するには動きが激しすぎる。剣士はロットバルトの頭にしがみつきながら、タイミングを必死で計った。

 オディールは剣士が、ロットバルトの頭上から攻撃しようとしていることに気付いた。そして、うまく飛び移れないでいることも。オディールは自分の幻術なら、何とかできるかもしれないと思った。オディールは、精霊の長のもとにいる間に彼から、魔法の力の使い方を学んだ。もともと黒鳥の化身は精霊に近い存在なので、力の使い方が似ていたのだ。力の使い方を教えてもらいながら、幻術の腕を磨いていたのだ。あの時は、父と別れ、泣きじゃくる無力な小さな子どもだった。今は、そうではない。

 オディールは幻術で魔物の視界を奪った。魔物の目に全く何もない空白の空間を見せた。魔物は急に、誰もいない、何もない場所に放り込まれたと感じただろう。魔物は、暴れるのをやめ、自分がどこにいるか確認するように立ち止まり、辺りを見回した。

 そのタイミングで、剣士は魔物の頭に飛び移った。剣を構えて魔物の頭に跳んで、剣を魔物の頭に深々と突き刺した。魔物は断末魔の叫びをあげ、暴れた。剣士は魔物の頭に刺さった剣に、ぶら下がった状態になった。振り落とされそうになりながら、剣を手離さなかった。今、ここで手を離したら、魔物が倒せない。ロットバルトは必死に戦っているのだ。自分も頑張りたかった。剣士は、うまく反動をつけて、腕の力だけで魔物の頭の上によじ登った。そして、剣に全体重をかけた。剣が強い光を放った。

魔物の身体が暴れるのをやめた。そして、身体の下から塵になって消えてしまった。魔物は倒れた。精霊の力の宿った剣は塵にならなかった。

 「パパ!」

 オディールが傷だらけの梟の足元に駆け寄った。そして、梟の大きな翼に抱きついた。ロットバルトは鍵爪で娘を傷つけないように、じっとしていた。

 「パパでしょ? 帰ってきてくれたんだよね。いきなり帰ってくるんだもん。びっくりして、パパだって分からなかった」

 話しながら、オディールの目から大粒の涙が零れ落ちた。梟は俯いて、愛おしそうに娘の様子を見守っていたが、すぐに元の姿に戻った。それから、しっかりとオディールを胸のうちに抱きしめた。ロットバルトの目からも涙が零れ落ちた。やっと会えたのだ。二度と会えないと思っていた娘の元に帰って来たのだ。それだけで、幸せだった。これ以上の幸せはなかった。

 「ひどい怪我……」

 オディールは青ざめてロットバルトの方を見た。魔物と戦ってできた傷が、あちこちにあった。オディールは魔法で傷を治そうとしたが、どんなに頑張っても血が止まっただけだった。血は止まったが、傷は完全に塞がらなかった。

 「大したことはない。心配いらない」

 彼は気丈に振る舞っていたが、深手を負っていることは誰の目にも明らかだった。宮廷つきの医者が呼ばれ、精霊の長も来てくれた。二人は彼の傷の深さを診た。痛みと出血で、とっくに気を失っていてもおかしくなかった。娘を動揺させたくないという気持ちだけで、意識を保っていたのだ。二人がかりで、城の一室へ連れて行った。精霊の長の魔法で傷が塞がりかけると、安心したロットバルトは気を失ったように深い眠りに落ちた。

医者の薬草の知識と精霊の長の魔法で、ロットバルトは快方に向かった。動けるようになると、精霊たちの森の領域で静養した。オディールはずっと心配して、ロットバルトの傍にいた。ロットバルトが、どこかに行きはしないかと、何度も確認することもあった。

 ある夜、ロットバルトのベッドが、もぬけの殻になっていた。元気になっていたので、どこか遠くへ旅に出てしまったのかと、オディールは心配になった。だが、ロットバルトはすぐ見つかった。外に出て、月を見ていたのだ。オディールは胸をなでおろした。

 「どこかに行っちゃったかと思った」

 「何も言わずに、出かけないよ」

 そう答えたロットバルトは、オディールが薄着であることに気付いた。今度は彼が娘を心配する番だった。

 「そんなに薄着にしていたら、風邪をひくだろう」

 「別に薄着じゃないよ。大丈夫」

 そうは言っても夜の森は冷え込む。それに無意識だろうが、オディールは少し寒そうにしている。

 ロットバルトは梟から元の姿に戻る時、様々な服装になる。あまり服にこだわらないので、どこかで見たような服装がその時々で再現されるのだった。ロットバルトは時折、引きずるぐらいに丈の長いマントを身につけていることがあった。そのマントを身につけて歩くと、梟が翼を広げているように見えるのだ。恐らく梟でいた時の名残であろう。今はたまたま、そのマントを身につけていた。彼はマントを脱いで、娘の身を包んだ。オディールは梟の羽に包まれているようで、何だか暖かく感じた。

 「これからは、ずっとここにいるよね? 魔物はもう、いないんだから」

 ロットバルトは頷いたが、ずっと娘といられる確信が持てなかった。自分が悪魔でいる限り、悪魔の王の眼からは逃れられない。魔法の森を逃げ出したことに腹を立て、追手を差し向けるかもしれない。

 「本当は、ずっとそうしていたい。でも、もし魔物がやって来たら、戦いに行かないといけない」

 「その時は、連れて行って」

 「だめだ。危険な目に遭わせたくない」

もう子どもじゃないと言おうとするオディールの目を、ロットバルトはじっと見つめた。

 「この前、戦っていた時に、お前が魔法で助けてくれたのは知っているよ。だけど、もう二度と、あんな危険な場に居合わせてほしくない。お前が、世界のどこかで静かに安全に暮らしていると分かっていたから、私は魔法の森で、一人で戦えたんだ」

 「でも、しばらくは、ここにいるよね?」

 ロットバルトは何と答えていいか、分からなかった。そこへ精霊の長がやって来た。二人の話し声がしたので、様子を見に来たのだ。傍で話を聞いていたが、放っておけなくなった。

 「これは憶測じゃが、悪魔としての性質が変わったのではないかね」

 ロットバルトは何か変わったところはないかと問われ、思い当たる節があった。心に空いていた穴は、もうなかった。寂しくなくなった。今はただ、穏やかな暮らしを望んでいた。

 「もしそうなら、いずれは、お前のことを悪魔の王は見つけられなくなる。そうなったら、自由に生きていけばよい。希望的観測かもしれんが」

 少なくとも、この精霊の領域にいる限りは、悪魔の王に見つかることはないのだ。ロットバルトは初めて安堵した。オディールの傍にいてもいいのだ。

 あの剣士は、どうしただろうか。剣士は魔物を倒したことで、多くに人々から感謝された。それはありがたいことだったが、剣士はそこまで大変なことをしたと思っていなかった。一人で戦ったわけではない。ただ、ロットバルトが困っていたから、剣の腕を役立てただけだ。

 剣士は精霊の力の宿る剣を置いていくことにした。この剣はここにあって、魔物から皆を守ってくれる方がいい。それを聞くと、王と王妃は立派な細工のある剣を贈ってくれた。その剣に精霊たちは守りの魔法をかけてくれた。その魔法の中にはロットバルトとオディールの魔法もあった。

 きれいに晴れたある日、剣士は旅立った。皆が見送ってくれた。剣士は行ったことのない地へ旅するつもりだった。剣士は、まだ世界を見てくるという姫との約束を果たしていないのだ。剣士はいずれ、今回の旅のことも姫に語って聞かせるだろう。

 ロットバルトとオディールは精霊たちの領域で静かに暮らした。精霊の長の言った通り、彼は自由に生きてみようと思った。悪魔の務めを離れて。これから、どうすればいいか分からなくても、いつか答えが見つかる気がした。

ロットバルトの心に二度と、穴は空かないだろう。彼はもう、孤独ではなかった。

Fin.


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