表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

幻影の踊り

その日から、ロットバルトはオデットの魂を奪うために出かけることが多くなった。オディールが寂しがらないように、彼女が眠ってしまってから出かけた。家に誰も入れないように、この家を見つけられないように厚い結界を張った。これで高位の悪魔自身でなければ、家さえ見つけられないだろう。

 ロットバルトは梟の姿に変身すると、オデットの住む城まで飛んでいった。彼が変身する梟はただの梟ではない。身体の大きさは何百年も生きた巨木と同じくらいあり、飛べば平原に大きな影を落とす。そのような怪鳥の姿で姫の城の近くまで飛び、そっと城の中へ忍び込んだ。魔法を使い、城の家臣の一人であるように周りの者に思い込ませたので、ロットバルトは誰にも邪魔されずに、城の中を歩き回れた。そして、バルコニーで一人、物思いに耽っていたオデットに近づいた。

 ロットバルトは他の人間の魂を奪う時のように、どんな望みでも叶えてやると持ち掛けた。だが、オデットはその甘言をきっぱりと跳ね除けた。

 「わたしの望みは、この国で平和に暮らすこと。悪魔に叶えられる望みはありません」

 噂通りの高潔な姫である。それだけでなく意志の強さも持ち合わせている。悪魔の王が魂を欲しがるわけだ。ロットバルトは今度は、巨大な梟の姿に変身し、姫をおどかした。それでも姫は全くひるまない。しびれをきらしたロットバルトは奥の手を使うことにした。姫に呪いをかけたのだ。昼は白鳥の姿になり、夜の間しか人に戻れないという呪いを。そして、白鳥にした姫を捕まえて、隣の国の大きな湖まで連れて行った。そこはオデットの住む城からもロットバルトの住む森からも距離があった。オデットにかけた呪いは強力だったが、弱点があった。今まで誰にも愛を誓ったことのない者が姫に永遠の愛を誓うと、呪いは解けてしまうのだ。その弱点のことをロットバルトは気にしていなかった。そう簡単に愛を誓う者は現れないだろう。なにしろ、姫が人の姿に戻るのは夜の間だけ。夜更けに湖に来る、もの好きは少ない。それに、一度、愛を誓っても、その誓いを破ってしまうと呪いは解けなくなってしまう。呪いを打ち破るのは難しいのだ。その間、いくら意志の強い姫でも白鳥の姿でいることに疲れてしまうだろう。それで、魂を奪ってしまえばいい。ロットバルトはオデットのいる湖を見張りつつ、その時を待つことにした。

 だが、オデットは白鳥にされても、その意志は強いままだった。ロットバルトは頻繁に湖を訪れて、オデットを見張った。家を空けることが増え、焦り始めた。

今日はいつもより、長く湖にいすぎて、太陽が昇ってきてしまっていた。慌てて帰宅した。もしオディールが起きて、自分がいなかったら怖がるだろう。そう思うと、辛かった。

 家に戻り、戸を開けると予想だにしなかった光景が広がっていた。家の中だったはずの場所には、代わりに花畑が広がっていた。太陽の光が木々に遮られ、木漏れ日を作っている。ロットバルトは呆気にとられた。誰かが侵入した気配はない。結界は破られていない。花畑の花は見たこともないほど美しかった。色とりどりに咲き乱れている。中には水晶でできていると見紛うような透き通った花もあった。どの花も淡く光っている。目の前を蝶が通り過ぎた。その蝶は光そのもので出来ている。

 ロットバルトは花を摘んだ。手で触れていると、わずかに魔力を感じる。これは幻だと、それでようやく気付いた。精巧な幻術がこの家全体にかけられている。家には娘しかいない。オディールの力に違いない。黒鳥の化身として使える魔法。それがこの幻術なのだろう。

 彼はオディールを探した。花畑の真ん中。花に囲まれて眠っている。ロットバルトは、ほっとした。娘は無事だ。穏やかに眠っている。ロットバルトか近づくと、その足音にオディールが目を覚ました。

 「パパ、帰ったの?」

 「今、帰ったよ。仕事に行ってたんだ。寂しい思いをさせて、すまなかった」

 「そっか。起きたら、誰もいなかったから。お花畑の中で待ってたら、怖くないかなって」

 幼いせいか、無意識に魔法を使っていたらしい。ロットバルトがオディールを抱き上げて立ち上がると、森も花畑も消え、元に戻った。オディールなりに寂しいのを我慢したのだろうと思うと、胸が痛かった。早くこの仕事を終わらせなければならない。そうすれば、また、娘と穏やかに過ごせるはずだ。

 だが、そううまくいかなかった。オデットに愛を誓う若者が現れたのだ。それは、オデットの住む隣の国の王子ジークフリートだった。王子は狩りの途中に帰り道が遅くなり、偶然、湖で人の姿に戻ったオデットと出会った。元来、優しい気質の王子はオデットの呪いを解きたいと思った。ジークフリートは一目でオデットに恋をしてしまった。自分が愛を誓えば、姫の呪いは解けるとオデットに言う。数日後、ジークフリートの誕生祝いの舞踏会が行われる。その日、王子は成人する。そこで未来の花嫁を選ぶことになっていた。そこで皆の前でオデットに愛を誓うというのだ。

 「僕は舞踏会で、あなたに永遠の愛を誓います」

 オデットもジークフリートに惹かれていたので、王子の申し出を嬉しく思った。王子と姫のやりとりをロットバルトは聞いていた。こんなに早く呪いを解こうという者が現れるとは。何とかしなければ、姫の魂を奪えなくなる。だが、どんな手を使えばいいのか、ロットバルトは思いつかなかった。オディールと温かい時間を過ごし、空虚感がなくなってから、ロットバルトは人の魂を奪うことに気が進まなくなった。心に穴が空いていた頃、それを埋めようと必死に人の魂を奪っていた。だが、それでは埋まらなかった。むしろ、心の穴はどんどん大きくなっていったのだ。オディールはそんな自分に、かけがえのない時間を贈ってくれた。自分も娘に同じ時間を贈りたかった。悪魔である自分に、それができるか分からなかった。せめて、娘が幸せでいてほしいと願った。

 そんな時、また、悪魔の王に呼び出された。何事かと、慌てて駆け付けた。仕事には励んでいる。何も言われないはずだ。

 「呪いを破ろうという人間が現れたようだな。姫に呪いをかけ、魂を差し出すのを待つだと? 消極的な手を使いおって」

 「しかし、姫の意志は堅いのです。あのままでは、とても」

 「案ずるな。我に考えがある」

 悪魔の王は跪いていたロットバルトの頭に触れた。途端、意識が混濁する。

 「王よ、何をなさいます……」

 「我自身が動くことにした。お前は傍で見ているがいい」

 


 悪魔の王は使い魔たちの報告と自身の千里眼でオデットの呪いが破られそうなことを知った。そして、ロットバルトが何も行動を起こそうとしないことも。みすみす上質な魂を逃がすのは、惜しい。

 そこで、悪魔の王はロットバルトの娘の力に目をつけた。ロットバルトは家に結界を張り、使い魔が家を見つけられないようにしていた。だが、そんなものは悪魔の王の千里眼にとって意味はない。王はオディールが精巧な幻を作り出せることを知っていた。その力を利用してやろうと思った。

 ロットバルトはオディールがこの件に巻き込まれることを恐れている。だから、これはロットバルトへの罰でもあった。魂を奪い取れない悪魔には、ちょうどういい罰だろう。

 ロットバルトの意識を失わせると、王はロットバルトの家に向かった。オディールは遊びながら父の帰りを待っていた。森は既に昼になりかかっていた。オディールは家の中にいるようだった。悪魔の王は小鳥を操り、少女を庭先におびき出した。オディールは父が留守の間は、絶対に外に出てはいけないと約束していた。だが、つい小鳥に気を取られて、庭先に出てきてしまった。オディールは庭先で小鳥と遊び始めた。

 悪魔の王は人に姿を変えた。森を通りかかった親切そうな旅人に見えるように。王は自然な素振りで、オディールにしゃべりかけた。森で迷ったふりをして。オディールは始めこそ警戒していたが、王としゃべるうちに、だんだんと慣れてきてしまった。

そして、打ち解け始めた頃、魔法の話を持ち掛けた。始めに王が魔法を使ってみせた。そして、オディールが魔法を使いたがるように仕向けた。オディールは様々な幻を作り出した。その中には人とそっくりの幻影を作り出す魔法もあった。一人でいる時、幻の人形を作り出して、ごっこ遊びをすることもあった。

 「じゃあ、お姫様の姿も呼び出せるかな。どうしても、会いたいお姫様がいるんだ」

 「本当? どんな人?」

 悪魔の王はオデットの肖像画を見せた。

 「うん、できるよ。会わせてあげる」

 オディールが魔法を使うと、オデットと全く同じ幻影が現れた。

 「おお、素晴らしい」

 悪魔の王は幻影が消えないように魔法で強固にすると、幻影と共にその場を去って行った。

準備は整った。悪魔の王は次に、ロットバルトを操った。人間の貴族の姿に見えるように装わせる。ロットバルトとオデットの幻影をジークフリートの待つ舞踏会に送り込んだ。この幻影は人には、見分けることはできない。本物と全く同じなのだから。

 オデットの幻影は始め、姫と同じ白いドレスを身につけていたが、悪魔の王の魔力の影響でドレスが黒くなっていた。それは大きな違いに思えるが、悪魔の王は王子が姫の幻影に愛を誓うよう魔法で誘導するつもりだった。誰も逆らえない魔法で、その場を支配するのだ。悪魔の王が魔法を使い終わるまで、ロットバルトの意識は失われたままだろう。

ロットバルトはオデットの幻影をつれて、うまく舞踏会に入り込んだ。ロットバルトの優雅な振る舞いに、周りの人々はどこか遠くの国の高貴な身分の者だと思い込んだようだ。悪魔の王は二人を花嫁選びの場につれて行く。ジークフリートはオデットの幻影を本人だと、思い込んだようだ。ジークフリートは幻を踊りに誘う。シャンデリアの明かりがほのかに揺れる大広間で王子と姫の幻影が踊り始める。その幻想的な雰囲気に乗じて悪魔の王は、その場にいる全ての者に魔法をかけた。踊りが終わると、王子は何の疑いもなく、姫の幻に永遠の愛を誓った。



 悪魔の王にだまされ、オデットの幻影を作り出した後、オディールは家でずっとロットバルトの帰りを待っていた。だまされたと露ほども思っていない。ただ、姫に会いたいという人に会わせてあげられたと思っているだけだ。

 日が沈んで、いくら待ってもロットバルトは仕事から帰ってこない。昨日の夜には出かけたのに、おかしい。いつもなら朝には帰っていて、傍にいてくれるのに。オディールはだんだん心配になってきた。そう思った矢先、強い風が吹いてきて、窓が、がたがたと揺れた。ロットバルトは梟の姿になって帰って来る。パパだと思って、オディールは窓の外を覗いた。夜空に巨大な梟が飛んでいた。やっと帰って来たのだと思ったが、家の前に降りてこない。そのまま通り過ぎて、どこかへ行ってしまった。

 オディールはびっくりして、外へ飛び出した。どう考えても、おかしい。追いかけなきゃと思って、少女は黒鳥の羽を取りだし、頭につけた。少女の姿はみるみる黒鳥の姿に変わっていく。

 オディールは黒鳥たちとも友達だった。彼女が生まれた湖にも何回も遊びに行っていた。ロットバルトが連れて行ってくれたのだ。

オディールには、鳥の言葉が分かった。遊んでいる時に、黒鳥たちが教えてくれたのだ。

 『オディールも僕たちと同じ姿になれるよ』

 「そうなの?」

 『うん。羽があればね。仲間だもん』

 オディールは自分が黒鳥の化身だとは知らなかった。でも、仲間だと言ってくれたのが嬉しくて深く意味を考えなかった。他の鳥たちと同じように友達だという意味だと思っていた。

黒鳥たちが言っていたように、オディールは彼らと同じ姿になった。慌てて遠くを飛ぶ梟の後を追う。やがて梟は全然、知らない城の敷地へ降りた。オディールもそこへ降りていく。オディールが少し遅れて着いた時には、もうロットバルトの姿はなかった。城の中へ入ったのだろう。城は多くの人で賑わっていた。皆、着飾っている。多くの人に紛れて、オディールは城の中へ入った。子どもは一人もいない。大人ばっかりだった。不安になりながら、オディールは城の中を進む。周りの大人たちの中にロットバルトがいないか見回すが、どこにもいない。

 「どこ、行っちゃったの」

 泣きそうになりながら、周りの大人たちの流れについて行く。

 「あれ、子どもじゃない?」

 「どこの子?」

 「どこから入り込んだんだろう」

 周りにいた大人たちが、オディールに気付いて、こっちを見る。怖くなって、ドレスを着た女性の集団に紛れた。ドレスの裾が広がって、小さな少女の姿を隠してくれた。やがて、一団は大広間に入る。そこには玉座があり、王子と王子の母の王妃がいる。その前には花嫁候補の姫君たちがいて、順に王子とダンスをしていた。状況がよく分からないオディールはただ、姫君のドレスをきれいだと思って、見とれていた。

すると、最後に黒いドレスを着た姫をつれて、貴族の男がやって来た。オディールは、びっくりした。その男は、ロットバルトだった。いつもと服装が全然、違うけど、間違いない。ロットバルトは黙って、姫を王子と王妃の前につれて来た。

 「パパだ!」

 オディールは一生懸命、呼びかけたが、小さな少女の声は楽団の演奏にかき消された。ダンスの曲の演奏が始まると、黒いドレスの姫と王子が踊り始めた。その途端、妙な強い魔力を感じた。それこそ、悪魔の王の力である。幼いオディールは怖くなって、大広間から走り出した。それでも、やっぱり気になって遠くから大広間の様子を見た。ロットバルトはどこか上の空だ。まるで何も見ていないみたいだ。普段なら、すぐにオディールの傍に来てくれるのに、オディールのことにも気づいていない。

 じっと見ているうちに、オディールは黒いドレスの姫が、自分が昼間に作ってみせた姫の幻とそっくりだと気づいた。しかし、その姫の幻がなぜ、ロットバルトといるのか全く分からなかった。父のいつもと違う様子と相まって、不安で泣きたい気持ちになった。

 いつの間にか音楽がやんでいた。ダンスが終わる。王子は王妃の前に立ち、何か話していた。そして、黒いドレスの姫の手を取って、皆の前で愛を誓った。その途端、大広間に突風が吹き荒れた。周りの大人たちが悲鳴をあげて逃げ出す。そして、その大広間に悪魔の王の声が響いた。

 「王子は幻に愛を誓った。もう呪いが解けることはない。さあ、ロットバルト。悪魔としての務めを果たせ。姫の魂を奪ってこい」

 オディールはその声が恐ろしかった。その声がなぜ、パパの名前を呼ぶんだろう。それ以上にロットバルトを悪魔だと言ったことが、頭から離れない。信じられなかった。オディールはその場でうずくまると、我慢できずに泣きだした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ