ゼンマイの国の王子さま
とある世界のとある所に、ゼンマイの国がありました。
ゼンマイの国では、みんながゼンマイで動いていました。ゼンマイの国の朝は、背中のネジを巻く事から始まりました。
みんながゼンマイで動いていますから、ネジが切れたら大変です。だから、この国の挨拶はお互いのネジを巻く事でした。
「おはようございます」 カリカリカリ
「ごきげんよう」 キリキリキリ
いつもどこかで、誰かが誰かのネジを巻いていましたのでネジを巻く音が消える事はありませんでした。
でしたが、それでもゼンマイが切れる事がありました。
森に木を伐りに行った木こりが、オノを構えたままで止まってしまったり、狩人が山の中で弓を構えたままで止まってしまったり。
ある者は、山道で誰にも気づかれずに三日間も過ごした事もありました。
“ゼンマイは止まるもの それは大昔から決まっている”
ゼンマイの国では、これが当たり前の事でしたしみんながそう思っていました。
だけれど、この国の王子さまだけは違っていました。
いつもいつも、ゼンマイが切れなければ良いのになあ。と考えていました。
そんなある日、ゼンマイの国に旅の商人がやって来ました。珍しい品物を持った商人は、王子さまのいるお城にもやって来ました。
王子さまは、旅人から旅のお話を聞くのが大好きでしたから、この商人の話も王子さま楽しみにしていたのです。
そこで、王子さまは商人からとんでもない話を聞く事になりました。
「とある所にある国では、誰もネジを巻く必要がありません。みんな、一人でできる秘密の方法があるそうなのです!」
これを聞いた王子さまは、いてもたってもいられませんでした。
早速、王子さまは五人の家来たちと一緒に旅に出る事にしたのです。
十の昼と十の夜が過ぎた頃、王子さまの一行は見た事も無い国に着きました。
その国は、『電池の国』でした。
この国では、誰も背中にネジを着けていませんでした。代わりに、丸い電池を着けていました。
「どうやって、動いているんだろう?」
王子さまは不思議に思いましたが、すぐにその方法が判りました。
この国には、あちこちに不思議な箱が置いてありました。その中に人が入ると背中の電池に力が送られて、出て来る頃にはみんな元気になっているのです。
「これはすごい!」
「我が国にも取り入れましょう!」
家来たちは、口々にそう言いましたが、王子さまは浮かない顔をしていました。
王子さまは、気づいてしまったのです。
この国のみんなは、誰も誰とも“あいさつ” をしていなかったのです。
「この国の人々は、誰ともあいさつをしないし、みんな知らない顔で通り過ぎてしまう。この方法を持って帰ったら、ゼンマイの国は誰も知らない者どうしになってしまう。そんなのはダメだ!!」
ゼンマイの国に帰った王子さまは、王さまにお願いして国のあちこちに兵士を巡らせてもらう事にしました。
おかけで、誰も森や山の中で動けなくなる事はなくなりました。
また、王子さまも街を巡ってたくさんあいさつとネジ巻きをする様になりました。
みんなも、王子さまに倣ってあいさつとネジ巻きをたくさんしました。
今では、ゼンマイの国は知らない人がいなくなりました。誰もが一度は誰かのネジを巻いた事があるからです。
今日もカリカリカリ。
明日もキリキリキリ。
ゼンマイの国からは、ネジを巻く音とあいさつをする声が消える事はなかったのでありました。
とある世界のとある所の物語です。




