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七人の少女とたった一人のバッドエンド  作者: 灯月 更夜
第三章 幸せな結末を探して(下)
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3-20 お茶会騒動(1)

 星雲寮第四土曜日恒例のいつものお茶会。

 色々と手を尽くして、イレギュラーにも柔軟に対応できるようにと、考え得る限りの仕度を整えた茶会場。

 身動きのとりやすいしゅっとしたスタイルのドレスに身を包んだエイネシアだったが、その顔は早くもお客様を出迎えた時点で、見事に引きつることになった。

「お邪魔しまーす」

「お招き有難うございます、エイネシアお義姉様」

 ニコニコと満面の笑みで現れた、可愛らしいペアルック姿の双子。

 それから。

「私達もよんでいただけるなんて、光栄ですわ、エイネシア様!」

「まぁ。これが星雲寮。聞いていた以上に素敵な寮ですわね」

「私は去年も来た」

「まぁ。ではダリッド様。ご案内してください」

「私もお願いしたいですわ」

 ぞろぞろ。ぞろぞろぞろ……と続いて入ってきた、人、人、人。

 その玄関ホールが一杯になろうかというほどの凄まじい客人の数には、同じ主催者側のアンナマリアも、ポカンと呆気にとられて、エイネシアの背中を引っ張った。

 言いたいことはものすごく分かる。

 これは……しょっぱなから、想像のはるか斜め上をいかれてしまった心地だ。

 常識に倣って用意した招待状の数は二十人。

 寮内で催す茶会としては、それでも多い方だ。

 双子を筆頭に、一応は双子と親しく、かつ寮長と副寮長にあたるアイラとダリッドにも招待状を出し、しかし星雲寮の茶会の伝統として、客層を偏らせないことが慣わしであるからと、あとは他寮から様々な立場の方々へと招待状を送っていた。

 いっそこの機会に、日頃フレデリカ派と接点のないような方々。あるいは中立となっている方々などをお呼びして、エイネシアが決して彼らと反目していないところでも見せるつもりだった。

 だがそれがどうしたことか。

 呼びもしていないはずの大勢の七星寮の住人達が、メアリスを筆頭に、次から次へと星雲寮に入って来るではないか。

 それはもう、良識というか、常識を逸脱した人数だった。

 彼らだけで二十人近くなるのではなかろうか。

 多分、アイラ派の寮生を全員引きつれてやって来たに違いない。

 そして何より、彼らの先頭で「どうだ」みたいなドヤ顔をしている双子の面差しが、ギリリ、とアンナマリアの顔を引きつらせた。

 だがそこはそれ。エイネシア様に手抜かりなんてあるはずがない。

「ようこそ、アイラ嬢、ダリッド卿。随分と大所帯でいらっしゃったのですね、フリージア嬢、フレイゼン卿」

「何? もしかしてやっぱり七星寮の連中なんてもてなせなーい、って追い返さないの?」

「そうよそうよ。私達、何なら帰ってあげても良いのよ」

 そう徴発してくる二人には、更にニコリと笑みを深くして見せて。

「あら、折角いらして下さったのに、もうお帰りになってしまうの? 残念だわ」

 わざと挑発的な物言いをすれば、「帰らないし!」と、むっとしたフレイゼンが不機嫌そうな声をあげた。

「良かったわ。沢山のお客様にも対応できるように、裏庭にも席をご用意していますのよ。そちらに案内いたしますわ」

 どうぞ奥に、と誘ったところで、ここぞとばかりに、「えーっ、この炎天下の中、外で?!」と、フリージアが声をあげた。

 その声に、はた、はた、と、あちらこちらで好き勝手に話していた子女達の目が向く。

 紫外線が大敵なのはどの世界、どの場所でも変わらないようで、ましてや真夏の炎天下。皆が嫌な顔をするのも無理はない。

 だが当然、そこも手は打ってある。

「そう言わず、裏庭にいらして下さいな。とても“涼しく”なっておりますのよ」

 ホホホ、と笑って見せながら、内廊下経由で寮の奥を目指す。

 当然当初は南棟中央のサロンで催すつもりだったのだが、念のためにと裏庭にも設えをしていたのはやはり正解だった。

 サロンの方で待っていたエドワードや寮生、他のお客様方も、流石にエイネシアが引きつれてきた客の量には引きつった顔をしたけれど、寮生達にはその可能性を伝えてあったため、すぐにもエイネシアの意を汲んで皆を裏庭へ誘導する役を買って出てくれた。

 庭には木々の間を渡した陽射しを遮る薄布がかけられていて、更に四方には寮の倉庫で発掘した大き目の水盤が置かれている。

 布のおかげで日陰にはなっているものの、これだけでは別段涼しさなど感じないわけで、訝しげにするお客様方。

 だがメインイベントはここからだ。

 水盤の一つに歩み寄ったエドワードが、水盤に手を当ててポツポツと詠唱魔法を語りかけると、みるみる水が満ちて行き、さらには水芸よろしく高く天幕まで美しくうねりをあげながらせせり立って行く。

 その光景だけでも十分に幻想的で、まぁ、とお客様方の感嘆の声が満ちたけれど、これで終わりではない。

 高く上り詰めた水に、今度はエイネシアがそれに手を掲げて、魔法をかける。

 するとたちまち、水の造形物は氷のオブジェとなり、その形のままピシリと凍りついた。

 その光景に、益々零れ落ちる歓声。

 別に余興にする予定ではなかったのだが、エドワードがただ水の柱を作るだけではなく、オブジェ風に遊び心を持たせてくれたおかげで、すっかりと見世物になった。

 でもそれは中々好評だったようで、星雲寮に良い感情を抱いていないであろう七星寮の面々も、それ以外のお客様の感嘆の声に煽られたように、思わず素直に食いついて、「素敵ね」だなんて声を溢し合った。

 そしてそれは一つで終わりではない。

 二つ、三つ、四つと、四方すべての水盤に同じような氷の造形物を立たせると、途端にその中に囲まれた空間が、ひんやりと心地よい気候になった。

 これには思わずアンナマリアが、「こんな便利な技を隠し持っていたの?」と、エイネシアに囁くほどで、エイネシアも肩をすくめる。

「実は裏でちょっぴり、アルにズルをしてもらっています」

 そう囁き返したエイネシアに、なるほど、とアンナマリアも俄かに笑う。

 アルフォンスは日頃あまり魔法は用いないが、なかなかに優秀な風魔法士である。

 薬室のシーズリースのように、一定区域内の気候調整を出来るほどの大きな魔法は使えないが、こうして氷の柱を建ててさえやれば、漂っている風の勢いを少し強くしてもらうだけで、自然と風が冷やされながら、天幕に覆われた中を涼しくしてくれるという寸法だ。

 それで、問題の双子はどうかしら、と窺ったところで、案外素直に、「いいなぁ、これ。涼しくて」と氷の柱を突いていて、どうやら良い印象を持ってくれたらしかった。

 ひとまず、第一段階はクリアだ。

「皆様、本日はお招きに応じて下さって有難うございます。お客様も多いことですし、立食式で色々とご用意いたしました。お部屋の中には冷たいアイスティーや、シャーベットなどもご用意していますから、どうぞ心行くまで楽しんで行ってくださいね」

 そう開催の挨拶をしたところで、「シャーベット!」と目を輝かせたのは、アイラだった。

 うんうん、そうだろう。冷蔵庫はともかく、冷凍庫なんてものの存在しないこの世界では、アイスの類は存在しない。

 現代日本の便利社会で育ったアイラには、エイネシアやアンナマリア同様、エアコンも無く、手軽にコンビニにアイスも買いに行けないようなこの世界の夏が一体どれほどの苦行であったことか。

 裕福な貴族は屋敷の地下や井戸を利用して氷室を作り、夏でも氷を蓄え冷たい食べ物や飲み物を用意することができるが、とても貴重であることには変わりなく、夏でも熱いお茶と焼き菓子を食するのが一般的だ。

 それこそ、氷魔法士でもいなければシャーベットなんて贅沢な氷菓子は用意できたものではなく、ましてやこんな大人数が招かれている茶会でそんな高価な菓子が出るなんてまずありえない。

 だがそこはそれ。この寮には、エイネシアという氷魔法士がいる。

 何ならこの場で即席かき氷を作ることもできるわけで(但しものすごく疲れるのでやりたくないが)、まさにエイネシアならではのおもてなしといえた。

 中には氷菓子を食べるのが初めてという人も少なくはなく、「夏と言ったらアイスよね!」と駆けて行くアイラの反応に、そんなに素晴らしい物なのかしら、と、沢山の人が付いて行く。

 貴重なものだと……理解してくれていたら、有難いのだが。

「ふぅん。急な増員にも即対応して、最初の見世物で人心を掌握し、さらに物で釣る。完璧だね」

「機転がきくじゃないの。流石、“元”王太子妃候補よね」

 わざとなのだろうか。きっとわざとなのだろう。

 氷の柱の周りに拵えていた椅子にどんっと腰を下ろした双子の言葉は、エイネシアにも充分聞こえる声の大きさで、視線の先でエドワードがみるみる恐ろしい笑顔を浮かべた。

 それがむしろエイネシアを冷静にしてくれる。

「フレイゼン卿、フリージア嬢。何をお飲みになりますか? ご希望のものが有りましたら、お淹れしますよ」

 そんな二人に声をかけたところで、んー、と少し考えるそぶりを見せて。

「じゃあ私は初摘みのサイランがいいわ」

「僕はタイナー」

 二人の注文に、別のお客様の相手をしてくれていたシシリアがギョッとした顔で目くじらを立てて振り返った。

 サイランはメイフィールド領で産出される希少な紅茶で、しかも初摘みと呼ばれるのは初夏の僅かな期間に摘まれた更に貴重なものを指し、メイフィールド家中でしか出回らないような品である。一方のタイナーは、南方からの輸入品であり、その国交も乏しい国からの品の希少性はサイラン以上で、価格もかなりのものである。

 何処からどう考えても、嫌がらせのような注文。

 だがしかし、これにはアンナマリアと、それからシシリアの隣にいたセシリーが、揃ってニヤリと頬を緩めた。

 この双子の事だ。絶対に希少で珍しい紅茶の注文を付けて来るに決まっていると、前もって色々と準備していたのだ。

「ちょうど良かったわ。先日、お母様にお願いして譲っていただいた初摘みがあるのよ」

 そうお微笑み遊ばされたのはアンナマリア王女。メイフィールド家の血を引き、サイランを手に入れるのに苦もないお生まれの王女殿下。

「タイナーは私がご用意させていただきますわね。王女殿下とエイネシア姫がお気に召しているというお話をしたら、お祖父様が沢山譲って下さいましたのよ」

 続けてそう言ったのは、セシリー・エット・ランドール。

 どうやら双子は存じていなかったようだが、そもそもタイナーという希少な紅茶は、このセシリーの祖父にして、大貿易伯という異名を取る前ランドール伯が南方から持ち帰った物なのだ。

 このタイナーとレディグラムを半分ずつブレンドするととても美味しい、と教えてくれたのはセシリーの姉のレナリーで、それ以来、アンナマリアとエイネシアは、レナリーやセシリー経由で時折タイナーの茶葉を取り寄せてもらっている。

 当の大貿易伯も、二人が自分の土産物を気に入ってくれたことを大層喜んで下さり、とりわけ質の良い物が手に入った時には優先的に回してくれるのだ。

 だから少しも臆した様子も無く二人が紅茶を用意しようとする様子には、ぎょっと双子の方がたじろいで、顔を歪めた。

「あー……でも僕、マスキュート産のクローバー蜜がないと飲めないんだよねー」

「私もお砂糖が欲しいわ。白いのじゃなくて、ほろ苦い黒砂糖にして頂戴」

 咄嗟に付け足した二人に、更にシシリアがぎょぎょっ、と目を瞬かせたが、そこはエイネシアがニコリと微笑んで、その向こうで顰め面をしているエドワードを見やった。

 それはもう不機嫌そうに、とても忌々しそうにしていらしゃるエドワードさんを。

 でもエイネシアがニコニコと微笑み続けてやると、やがて仕方なさそうに、重たいため息を吐きながら歩み寄ってくる。

「あぁ……マスキュートで取れるクローバーの蜂蜜は絶品ですよね……。南方から入ってくる黒砂糖は、それだけで食べても楽しめる味わいで……」

 そう言う笑顔も忘れた沈んだ声色がものすごく可哀想で、でもそれが珍しくて、逆にエイネシアはクツクツと笑ってしまった。

「え? あ、うん。え?」

 まさか日頃クールで知的と称されているエドワードが砂糖や蜂蜜の話題に答えたことに驚いたのか、フレイゼンがパチパチと目を瞬かせながら首を傾げる。

 ええ、ええ。そうでしょうとも。知らないでしょうとも。

 この甘い物の一つも食べなさそうな顔をした弟が、実は超甘党で、全国各地の蜂蜜という蜂蜜を食べ比べ、希少な物を毎年密かに買い集めてストックしているだなんて。

 黒砂糖についても言わずもがなだ。

 こちらも南方からの輸入に頼った希少な品だが、元々、大貿易港を領地に擁するラングフォード公爵家が独占権益を握っている品であり、そのラングフォード家出身の母の好物でもあるから、アーデルハイド家にも常備されている。

 この黒砂糖を煮詰めて飴にして食すのが母と弟の昔からのお気に入りなのだが、“砂糖を舐める”なんて子供っぽいからと、この事はアーデルハイド家家中だけの秘密なのだ。

 というわけで、エドワードの部屋にはこの黒砂糖飴も常備されているのであり、当然原材料の黒砂糖も持ち込まれている。

 貴重なエドワードのコレクションを割いていただくのは大変申し訳ないが、ここは是非、潔く提出していただきたいと思う。

 ふふふ……と、どこか気が抜けたような怪しげな微笑みを浮かべながらふらふらと自室に向かう後ろ姿は、本当に本当に申し訳なかったけれど。

 後でお詫びの品を考えることにしよう。

 そうして呆気なく用意された、貴重品に貴重品をブチ込んだお紅茶。

 それに文句の付けどころなどあるはずも無く、大人しく紅茶を啜る双子の姿は、なんだかちょっと可愛くさえ思えた。

 無論、そうほくそ笑んでいたら、「何油断なさっているのかしら」とアンナマリアに背中を引っ張られたけれど。

 でもまぁこれで、第二段階はクリアという事で良いだろう。

 さぁ、次は何かしら、と待ち構えたところで。

「ていうか私達、エイネシア様が構って下さるというからやって来たのだけれど。何もして下さらないの?」

 どうした事か、そんな無茶ぶりをしてきたフリージア嬢に、アンナマリアがあからさまに、ハァ? と顔をお顰めになる。

「そうそう。何かゲームでも用意してくれてるのかと期待してきたんだけど。何もないの?」

 がっかりー、と、フリージアに引き続いて声を大にするフレイゼン。

「貴方達……お茶会を何だと思って……」

 フルフルと拳を震わせながら、アンナマリアが注意しようとしたが、そこはエイネシアがすぐにもさっと言葉を遮って、ニコリと双子に微笑んでみせる。

 その余裕のある微笑みが、なんだか近頃の腑抜けていたエイネシア様とはまるで打って変わった懐かしくも頼もしい感じで、あらっ、と、アンナマリアも目を瞬かせて口を噤む。

 この様子なら、フォローなんて必要ないだろうか。きっと今までのように、やんわりと上手いことを言って、彼女たちを諌めてくれるはずで……。

「いやですわ、お二人とも。誤解なさっていて?」

 だがエイネシアが口にしたのは、どこか嘲るような声色で。

「え……」

「私は、“構ってほしいなら、もう少し賢い方法で話しかけて頂戴”としか言っていないわ。どうして私が自ら、貴方達を楽しませて差し上げなければならないのかしら?」

 うふふ、と大層美しいお顔でお微笑みあそばされた公爵令嬢のお言葉に、その声が聞こえていたすべての彼女を知るはずの人達が、ポカン、と呆気にとられた顔をした。

 はて。この人は、こんなことを言う人だっただろうか、と。

 案の定、見る見る顔を真っ赤にしたフリージアが、なっ、なっ、と、言葉もなくパクパクと口を動かして。

 それから憤ったように立ち上がると、がちゃんっ、と、飲み干した紅茶のカップをテーブルに乱暴に置いた。

「そうでしたわね! えぇ、えぇ! もっと賢い方法で楽しませて差し上げますわ!」

 行くわよ、フレイゼン! と背中を向けて、どしどしとサロンに向かうお嬢様に、「はいはい」と、フレイゼンも紅茶のカップを置いてそれを追う。

 まるで逃げるように、でも扉をくぐりながら、「今に見ていなさいよ!」という捨て台詞をわざわざ吐き捨てて下さったフリージア嬢に、暫し皆はポカンとそれを見送って。

「まぁまぁ。なんて可愛らしい反応」

 そう微笑んだエイネシアに、ちょっっ、と、慌てて駆け寄る。

「な、何を仰ってるの、シア様! あんな、無駄に煽るようなことを言って!」

「そうですわよ、姫様! 今いい具合に此方が勝ち手を掴んでいたのにっ」

 アンナマリアとシシリアが真っ先にそう口にしたが、しかしエイネシアはそれに、うーん、と苦笑して答えただけで、特に反論するわけでもなく、むすっとして硝子扉の向こうのサロンで、アイラやダリッドと何やら話している双子を見やった。

 一体何をたくらんでいるのやら。

 それは分からないけれど。

「見て、この紅茶。最後の一滴まで、しっかりと飲み干されているわ」

 ふと、そう二人が置いて行った紅茶のカップを見る。

「はぁ? シア様、何を言っているの? そんなことは今はどうでも……」

「紅茶を飲んでいる時の二人のお顔を御覧になった?」

「だからそんなこと……今は……」

「とっても不機嫌そうな顔をしてらっしゃったわ。きっと無理難題を言って私を困らせたかったのに、当てが外れたのね。でもその顔がね。私には、少し楽しそうにも見えたわ」

「はぁ?」

 意味が解らない、といった様子のアンナマリアだったけれど、エイネシアは何事も無かったかのように、エニーを呼び寄せてからのカップを回収させた。

「アン王女が教えて下さったのよ。“怒る”のも大事だ、って」

「な、何よ。突然」

 思わずたじろいだアンナマリアに、エイネシアは少し肩をすくめて笑って見せる。

「方向性は違うけれど、あの子達も同じではないかしら。ずっと本音を隠して生きて来た。だからあの子達に必要なのは、きっと自分の感情を素直に発露することなのよ。私と一緒」

「それは……」

 確かに、そんな風なことは言ったけれど、と、アンナマリアは困った顔をした。

 いつも大人しく引き下がり、ヴィンセントの許嫁としての体裁を表において、アイラに一つの反論もしなかった去年のエイネシア。そんな彼女に、文句の一つも言うべきだ、と説教をしたのは、確かにアンナマリアだ。

 でもそれは、この双子の例とは全く違う。

 エイネシアの場合は、そうすべきだと思ったから、そう言い諭した。でも双子の場合は、そんなことをされたら絶対に悪いことになる。

 そうさせるべきではない相手だ。

 「そうじゃない?」と問うたけれど、生憎とエイネシアは、「そうかしら?」と、逆に疑問形で答えた。

「皆がそう思っているから、あの子達は誰からも構ってもらえなかったのよ。喧嘩も売ってもらえない。叱ってももらえない。だからもっと悪いことをする。誰かを傷つける。でもそれでも誰も彼らを叱らないから、更に悪いことをする。そんな悪循環よ」

「それは……」

 でもそれで被害があるなら、仕方がないじゃないか。

 そう思うのだけれど、エイネシアはそれにも首を横に振った。

「あの子達と円滑な関係を築くために必要なことは、お茶会やゲームで彼らを打ち負かすことではないわ。そもそも、勝ち負けでは駄目なのよ。彼らとの間に必要なのは、“普通”に会話をして、“普通”に関わって、“普通”に接っすること。彼らが求めているのは、そういう相手なのではないかしら?」

「普通に……」

「そもそも、大して親しくも無い私が、どうしてあの子達のために趣向を凝らさないといけないの? そんなことはしないわ。でもあの子達が私に何かをするというのであれば、それに対して“適切”な対応を取るつもりです。先ほどの一件も、今日は私が主催のお茶会。だからお茶会が失敗に終わらないように、出来る限りのことをしただけ。別に、あの子達の無理難題に“勝った”わけではないわ。ただ、お客様に満足していただけるように、その要望に応える努力をしただけ。そうではない?」

 問うたエイネシアに、アンナマリアもシシリアも、言葉を失って口を噤んだ。

 その人の言い分はとんでもなく真っ当で、ちっとも反論なんてさせてくれない。

 どうして最初にエイネシアは、その飲み干されたカップを見て微笑んだのか。

 彼女はただ、“お客様がお茶に満足した”ことに、満足したのだ。

「これでもしあの子達が何か私にとんでもないことをするのだとしたら、私はそれを窘めることにします。それがもし許されないような大きな事だったのならば、叱ってあげることにします。それが年長者としての、普通ですから」

 だから当然、自分から喧嘩を売ってあげる必要だって無い。

 そんなのは普通ではないから。


「何でかしらね。私、あの子達が何故か余り嫌いになれないのよ」


 なんだか可愛くって、といったエイネシアには、「言いたいことは分かったけれど、でもその感想だけは無いわ」と、アンナマリアが呆れた顔をした。




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