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七人の少女とたった一人のバッドエンド  作者: 灯月 更夜
第三章 幸せな結末を探して(下)
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3-18 メイフィールド家の双子(1)

 シシリアは、エイネシアにとってはアイラのことなど些細なことなのだと言ったけれど、現実問題、そう簡単な話でもない。

 確かにアイラがどうなろうが、この後玉座がどうなろうが、もはやあまり関心はないのだけれど、それでもそこに実害が伴うとなれば話は別だ。

 それはエイネシアないしアーデルハイド家への実害だけではなく、“友人に対して”の実害も、勿論含んでいる。

 先だってシシリアを襲った事件は、大事にはならなかったものの、内容だけを鑑みれば大変な出来事だった。

 この国の根幹をなす貴族の子女子弟が通う学院で傷害事件が起きたのだ。下手をすればシシリアはもっとひどい怪我をしていたかもしれないわけで、さらに現場の近くではアンナマリア王女殿下も歩いていた。

 万に一つの事態を考えれば、それを子供の悪戯だ、ただの脅しだといって見過ごすことなどできようはずもない。


「ただ犯人の目星がついているからこそ、表だって動けないというのはあるわね」

 すっかりと台所に立つ姿が様になるようになってしまった王女様が、昨夜お手製したスコーンをバスケットから摘まみながら、一つため息を吐いてそう呟く。

 いつものランチタイム。エイネシアへの周りの目が緩和されたとはいえ、流石にアンナマリア王女とエイネシア公爵令嬢の二人きりのランチタイムに声を掛けられるような強者はいないようで、木陰のベンチに二人並ぶとやや遠巻きに周りとは距離ができ、アンナマリアの口も軽くなる。

 おっとりと穏やかそうな面差しとは裏腹な剣呑とした声色に、エイネシアも如何ともしがたい思いで首肯した。

「学院内は一種の治外法権ですから。エドも、近衛に捜査権はない。外部の介入は許可しないと、学院側に断られたとか」

 それでも勝手にアルフォンスを動かして事件を探らせたエイネシアに対し、学院側から何のお咎めも呼び出しも無いということは、アーデルハイドに慮ったというよりは、彼らの動きを黙認したということ。

 即ち、フレデリカ派の起こした事件を問い詰めない変わりに、それを探るエイネシア側の越権行為も咎めない。あくまで学院は中立である、という立場を示したことになる。

 無責任といえば無責任だが、下手に首を突っ込まれて学院秩序が揺らいででしまう方が問題なのは確かで、冷静に見れば、それが最も賢明な判断であるとも言えた。

 歯がゆいことではあるが、学院が中立の立場を貫き動かないでくれていたことは、大局としては幸いなのである。

 だが、“咎める大人がいない”というのは、何かと恐ろしいものである。

「アルには七星寮……特に双子の周辺でわざと姿を見せるようお願いしています。これが少しでもあちらへの牽制になればいいのだけれど……」

「シア様、ご存知? 牽制というのは、どうして牽制されているのかを理解できる人にしか意味がないのよ」

 手にしたハム巻きゅうりを振りながら言うアンナマリアの言葉に首を傾ける。

 それって要するに、と問おうとしたところで。

「アン姉様!」

 遠くから、実によく通る幼さを残した声がかけられたかと思うと、遠巻きにする人々の中を突っ切るようにして小さな爆弾が二つ、びょんと二人の前の前に飛び出してきた。

 こげ茶色の長いツインテールを弾ませた青い瞳の印象的なフリージア嬢と、良く似通った面差しのフレイゼン卿。件のメイフィールド伯爵家の双子だ。

 それを見た瞬間、「げっ……」とアンナマリアが眉を顰めた。

「やっとお会いできましたわ。対して広くもない学校なのに、ちっとも会えないんですもの」

 そう可愛らしい顔を一層可愛らしく微笑ませて無遠慮にアンナマリアとエイネシアの間に割って入ろうとしたフリージアだったが、そこはアンナマリアがすかさず昼食の詰まったバスケットを置いて阻んだ。

 そこにフリージアの視線が釘付けになったが、少しも違和感など感じさせることなく穏やかな面差しを緩ませて見せたアンナマリアは、「ごきげんよう、お二人とも」と取り繕った声色を出す。

「ご挨拶くらい、ちゃんとなさって下さるかしら?」

 そう言って見せたところで、フリージアは「あぁ。お食事中失礼しますわ、アン王女」と、ちゃんと様になった礼をとってみせた。

 アイラと違って、流石はちゃんと伯爵家でお育ちになったお嬢様だ。そういうところはきちんとしていて、想像とは少し違っていたから、エイネシアもこれには若干驚いた。

 まぁ勿論、格上にあたるはずの公爵令嬢へのご挨拶は一言も無かったわけだけれど。

「ところで、こんなところでご昼食ですの?」

 いささか粗末ともいえるランチの光景に首を傾げるフリージアに、エイネシアとの気楽な砕けた時間を過ごしていたアンナマリアの面差しがあからさまに歪む。

 それでも双子と表だって諍いを起こすわけにはいかないことは百も承知だから、「たまには良いでしょう?」などと取り繕って見せた。

「先ほどお食べになっていた、串に刺さったものは何ですの?」

 どうやら遠目に“ハムきゅう”という、かつての世界ではお弁当のおかずとしてメジャーだった庶民的ひと品を目撃してしまったらしい。興味を引かれたようにバスケットを凝視する視線に、アンナマリアもむずむずと口元を歪めた。

 流石に何とも答え辛い。

「そんなことより、何か御用?」

 取りあえず話を変えることで追及をはぐらかす考えらしいアンナマリアが、そう作り笑顔で問うて見たところで、フリージアは首を傾げながら、「ですから、アン姉様が食べていらっしゃるものが気になって」と言ったものだから、思わずバスケットに視線が集まってしまった。

 このお嬢様……噂よりも手ごわい。

「こんなものより、貴女達も早くランチをしに行かれては如何かしら? お昼休みが終わってしまいましてよ」

 体よく追い払う言葉を組み込みながら、ごく自然を装って退席を促したアンナマリアだったが、それはすぐにも、「ではご一緒にサロンに参りましょうよ」というフリージアの空気を読まない言葉にバッサリと切り捨てられた。

「参りましょう……と言われても。私はもう食事は済ませてしまいましたし……」

「ではお茶に致しましょう。私、アン姉様とは沢山お話したかったのに、お誘いしてもお茶会にも一度も来て下さらないのだもの!」

 えぇ、えぇ。毎回毎回、色々な理由をつけて断っていますから。

「でも……」

 いささか強引にアンナマリアの腕を引っ張るフリージアに、アンナマリアが困惑気にエイネシアを見やった。

 王女殿下にご無礼な、と咎めの一つも口にしてしゃしゃり出るべきだろうか。だが仮にもフリージアがアンナマリアの従妹である以上、エイネシアが下手に咎めることはできないし、かといってアンナマリアの意に反して、どうぞどうぞ、とアンナマリアを送り出すなんていうのももってのほかだ。

「お待ちになって、メイフィールド嬢。アン王女は、私と先約がありますのよ」

 だから多少自分が悪役に立つことになっても、アンナマリアを立てつつやんわりと救いの手を差し伸べる選択をしたところで、思った通りの忌々しそうなフリージアの視線が投げかけられた。

 さて、どんな反応を返してくるか、と、ニコニコと待ち構える。

 だがどうしたことか、いつまでたっても反論はなく、むしろプイとエイネシアから視線を逸らしたフリージアは、まるでエイネシアの存在などなかったかのように背中を向けて、「ほら、はやく行きましょうよ!」とアンナマリアの腕を引っ張って立ち上がらせるものだから、えーっ、と、その新しい反応に内心動揺した。

 真正面から嫌味や敵意をぶつけられた方がはるかにましだ。こうも完全に無視されては、突っ込みようがない。

「っ、ちょっ。待って頂戴。エイネシア様の言葉をお聞きになったでしょう!? 私は今シア様とランチを……」

「それって、ヴィー兄様に楯ついて叔母上を怒らせた人の事でしょう? アン姉様、あんまりその人といると、叔母上に捨てられるよ」

 クスと笑って傍らで恐ろしいことを囁いたのはフレイゼンで、その言葉には思わずアンナマリアが眉を顰めた。

 母にどう思われるかなど今更気にしていないが、何しろこの双子は、その母のお気に入り。下手をすれば、双子がフレデリカに対して、アンナマリアを貶めるような虚言妄言を吹き込むやもしれない。そして母は、きっと実の娘であるアンナマリアの言い分よりも、耳触りのよい双子の言うことを信じるだろう。

 そのせいで王女という身分が形骸化してしまっては、もはや今のようにフレデリカ派に対する抑止力としての力も失うことになる。そうなれば守りたいものも守れず、それどころかアンナマリアの存在自体に害を被る可能性もある。

 アンナマリアにとって最も望ましくないこと。それをフレイゼンは、実によく分かっている。

 だが勿論、それであっさりと言いくるめられるようなやわなアンナマリア王女ではない。

「変ね、フレイゼン。お母様は、シアお義姉様を蔑ろにして良いなどといつ仰ったのかしら? 勘違いなさっているのは、貴方ではない?」

 クスと微笑んで見せて余裕たっぷりに言ったその言葉には不思議と真実味があって、エイネシアまでもが「あれ、そうだったっけ?」と丸め込まれそうだった。

 双子に対してもその効果は覿面だったようで、チラとエイネシアを気にした視線を寄越したフレイゼンは、「ふぅん、そうなんだ」と、エイネシアに向けた矛先を収めた。

「わかったのなら、手を離して頂戴」

 アンナマリアは、いささか痺れを切らせたように、ぶんと強引にフリージアの腕を振りほどく。

 意表を突かれたせいか、手を振り切られたフリージアはそのまま一歩二歩と踵を浮かせて後ろによろめいた。

「っ、と、っと」

 数歩引きさがって足を止めたところで、くしくも木陰から折悪く出てきた通りがかりの女子生徒の肩に、ドンッと背中が触れた。

 それはもう、ほんの偶然の僅かな接触で、むしろ突然のことに、ただ歩いていただけのはずの女子生徒のほうが、きゃっと短い悲鳴を上げたはずだったのだが。

「痛っ。ちょっと、誰よ! この私にぶつかるなんて、信じられない!」

 相手も確かめず、眉を吊り上げて金切声をあげたフリージアに、一瞬にしてぶつかった女子生徒の顔が青ざめた。

 折悪くも、その子はフリージアと同じ一年だったらしい。怯えたように視線を彷徨わせ、だが一緒にいたらしい数人のクラスメイト達もまた、権勢をほこる側妃フレデリカの姪を前に、たじたじと視線を逸らして彼女を助けてはくれなかった。

 それが一層、少女を弱気にさせる。

「ッ、申し訳ございませんッ! 私の不注意でっ」

 慌てて腰を低く頭を下げる様子に、ふんっ、と、不機嫌そうに鼻を鳴らすフリージア嬢。

「私、今“アン姉様”とお話しているの! それを邪魔しておいて、謝罪だけで済むと思っていらっしゃるの!?」

「王族との会話に割って入ったら、何だったっけ? 極刑だっけ?」

 クスクスと、傍らでフレイゼンが口を挟む。

 ざわざわと顔を見合わせたクラスメイト達が、おもむろに少女から一歩距離を取った。

 その怯えきった少女の面差し一つで、この学院の一年で、今どのような勢力関係が築かれているのかはすぐにわかった。

 アイラの時は、アイラ自身の身分がまだ高くなかったこともあって、周りがアイラに何をしでかそうとも大げさな事態にはならなかった。だがこの二人は違う。伯爵家の子女子息とはいえ、フレデリカの縁者であり、そのフレデリカに大変気に入られている双子だ。彼ら自身に大きな力が無くても、彼らに関する物事はすべてフレデリカの耳に入る可能性があり、彼女が遺憾に思って厳しい処罰を下す可能性は大いにある。それを恐れるのは当然で、「本当に、本当に申し訳ありません! お詫びはいかほどにも」とおもねる少女の気持ちも分からないではなかった。

 だが流石にそれを見て黙っていられるエイネシアではない。

 今にも拳を振り上げそうなアンナマリアを制しながら、「お待ちになって」と、すぐにもエイネシアが席を立った。

「少しぶつかっただけで、お詫びを求めるほどの大事ではないわ。お顔をお上げなさい」

 そう女子生徒に手を差し伸べたところで、「何を勝手なことを!」とフリージアが声を荒げたが、そこは本来長い間、王太子妃となるべく育てられてきたエイネシアだ。忘れかけていたとはいえ、身に沁みついた“上に立つ者の余裕と気迫”というやつで、フリージアを黙らせた。

 思わず息を呑んで、僅かにたじろぐフリージアに、恐る恐ると顔をあげた女子生徒が首を傾げる。

 きっと彼女も、そんなフリージアの姿なんて見たことが無かったのだろう。だがエイネシアにしてみれば、こんなのは可愛いものだ。かつて宮中で、王侯貴族、それも曲者揃いの大人とばかり渡り合ってきた経験を思い起こせば、欠伸でも溢しそうなくらいだった。

「お怪我がなかったのであれば、もうお行きなさい。メイフィールド嬢も。それで宜しいわね?」

「なっ!」

 宜しいわけないでしょう、といきり立とうとしたフリージアだったけれど、すぐにもエイネシアがそのフリージアに背中を向けたせいで、口を挟み損なう。

 その上エイネシアが早々と、さぁ、と促して女子生徒を遠ざけようとするのを見ると、完全に主導権を握られたことを察したフリージアが、おもむろにギリリと拳を堅く握りしめた。

「貴女……この私に喧嘩を売ろうだなんて、いい度胸を……」

 ポツリ、と背後で溢される剣呑な声色。

 でもエイネシアも、それをフォローなんてしてはあげない。

 きっとこの子はこうやって、昔から甘えに甘やかされ続けたのだ。

 宮中の華であったフレデリカに可愛がられ、皆がそれに慮り、大人も子供も媚びへつらって。

 エイネシアだって、父が厳しい人でなければ。はたまたかつての記憶が戻らなければ、そんな子供になっていたかもしれない。

 それは必ず、どこかで誰かが正してあげねばならないのだ。

 それはエイネシアと、エイネシアを取り巻く世界の為にも必要なこと。

 だから今ここで、それを窘めてあげるべきなのだと、そう振り返ろうとしたところで。


「もういい加減になさってくださいッ。フリージア様!」




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