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七人の少女とたった一人のバッドエンド  作者: 灯月 更夜
第三章 幸せな結末を探して(下)
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3-14 畑と温室と夜の森(1)

 あの日のお茶会は結局、皆で少しずつ手を尽くして片づけをして、散らばってしまった花を拾い、出来る限り花瓶に植え直して木々花々の命を拾った。

 お茶会場として裏庭を整備し直す時間はなかったが、しかし万が一に備えて中庭にもお茶会の準備をしていたのが役に立ち、急いで中庭に会場を移した。

 中庭では少々手狭だったが、急遽サロンだけでなくその横の音楽ホールなども解放して、お茶会というよりはイブニングパーティー風に改めた会は、少し変わっていて、けれどいつもと違って面白い、と、お客様達にも満足していただくことができた。

 庭を荒らした犯人は結局わからなかった。

 だがこのどうにものっぴきならない情勢をとくと自覚した寮生達は、ますますこの件の標的になっている三階の住人達を気にかけるようになり、望らくも無く、星雲寮と七星寮の対立は深まって行った。

 とりわけ変わったといえば、シシリアだろうか。



「ですから、どうしてこう貴女はすぐにお一人でフラフラといなくなるんですか!」

 かつての少しよそよそしかった関係はどこへやら。声を荒げたシシリアは、肩をすくめて小さくなっているエイネシアに、繭を吊り上げて説教をする。

「今日はアルフォンス卿がアンナマリア王女についていらっしゃるので、くれぐれも大人しく、寄り道などせずに真っ直ぐと寮にお帰りになるようにと、そう今朝散々言われていたのをお忘れですか!?」

「シシーっ、ごめんなさい。分かっているわっ。分かっているのだけれど……」

「分かっているのであれば、どうしてこんな薄暗い小道に入って行こうとしているんです?」

 そうビシリとシシリアが指を指した薄暗い小道は、つまりは大学部の研究林へ向かう道のことで、この先に何があるのかを知っているエイネシアにとってはもはや通い慣れたただの小道である。だがシシリアには、薄気味悪く見えるらしい。

「でも今日は実験の定期報告が上がる日で……」

「この先には森しかありませんよ!」

「この森は、大学の研究林で……」

「研究林であろうと何であろうと、お一人で人気のない森になど、不用意ではありませんか!」

「は、はい……」

 シシーってこんなに過保護だったかしら、と瞠目しつつ、エイネシアはチラ、チラと森を見やる。

 考案した複合式魔法陣の実験結果が気になってここ最近は夜も眠れなかったというのに、まさかこんなところで足止めを食うとは思いにも寄らなかった。

「あの。それでシシー……。研究報告を受け取りに行きたいのだけれど……」

「私の話を聞いていなかったんですか!? 早く寮に帰りますよ、エイネシア様!」

 そう言ってカツカツと踵を返して歩き出したシシリアには、えーっ、と困惑しつつ。けれどそのまま放っておくわけにもいかず、しぶしぶと肩を落としてその後を追った。

 仕方ない。こうなったら一度寮に帰ってから、もう一度抜け出して……。

 そんなことを考えていたのがばれていたのか。寮に帰ってからもシシリアはちっともエイネシアから目を離してはくれず、それどころかセシリーやイザベルまで一緒になって、「お茶をしましょう」と引き止められてしまった。

 結局、公務で外出していたアンナマリアがアルフォンスを伴って寮に戻ってくるまで、ちっとも解放してはもらえなかった。



 そんな話をアンナマリアにしたら、「頼もしいボディーガードが一杯で羨ましいわ」と笑われた。

 だが如何せん、エイネシアには笑っている暇などない。ちゃくちゃくと次の国王勅命の研究に関する定例報告会の期日が迫る中で、正直アイラ達に構っている余裕なんてものは少しも無かった。

 外ではすっかり星雲寮と七星寮とがピリピリした空気になっており、学院内もどこか剣呑とした雰囲気が漂っているのだが、それもエイネシアには関係のないこと。元よりエイネシアも今更アイラからヴィンセントを奪い返そうなんて微塵も考えていないし、いっそあちらもエイネシアのことなど、もう無視してくれたらいいと思っている。

 むしろアイラとヴィンセントが駆け落ちルートとかにならないように、きちんと王太子と王太子妃に成ってもらわなければ困るし、そしてその両方に、もはやエイネシアの関心はない。

 だと言うのに、アイラ側がむやみやたらに突っかかってくるものだから、どうにも互いの間に温度差があって、現実味がないのだ。

 どうにも危機感もわかない。大変なことになっているといっても、そんなのはエイネシアのあずかり知らぬところの事であって、今はそれよりもよほど麦畑の事の方が重要だ。

 それはもう、毎日のようにアルフォンスには図書館に通ってもらい、時には王宮の大図書館にまでお使いを頼むほどで、アルフォンスには「私は一応護衛なのですが」と苦言を呈されているが、しかしそれでもまだ手が足りない。

 そうエイネシアが日々慌ただしく研究に勤しんでいる様子はアルフォンスはじめエドワードやアンナマリアもすぐ近くで見ていて、彼らも最初は「もっと警戒して」「何か対策を」だのなんだのと言っていたが、次第にエイネシアが事実“それどころではない”ことを理解してくれたようで、何も言わなくなっていった。

 だからその日も、アルフォンスにはお使いを頼み、かつシシリアが教室を離れた隙に急いで荷物をまとめて教室を出ると、人目につかないようにとせっせと研究林を目指した。


 ◇◇◇



「私、最近、護衛をまいて逃げ出すアレク様のお気持ちが分かるようになってきました……」

 深いため息を吐いて麦畑の傍らにしゃがみ込んだエイネシアに、ハハハ、と笑ったのは、そのアレクシス様だ。

 相変わらずふらっと出かけては行方不明になるこの王子様とは、時折、この王立第三薬学研究室の研究林で遭遇するようになった。アレクシスも、国王陛下から正式にイースニックの農場再編に関する内政面での政務を任されているようで、こうして度々実験畑の様子を見に来るのだ。

 元々アレクシスは、従兄弟であり師弟であり友人でもあるハインツリッヒをよく訪ねて来ていたらしく、ただ以前と違って遠方まで視察に行かなくなった分、薬室に入り浸る時間が増えているらしい。そのため、エイネシアも偶然、一、二度ほど、ここでその人に遭遇した。

 この日もそうで、温室に寄らず直接実験畑の方に様子を見に来たところ、麦畑の中にしゃがみ込んで麦と同化していたこの王子様に遭遇したのである。

「今日はアルフォンスはどうしたんだい? まいてきたの?」

 そうエイネシアの傍らにかがんで、青々と育った麦の状態を確かめるアレクシスに、「まさか」と肩をすくめながら、解析用に手折られた穂を受け取る。

「あぁ見えてアルは、とっても怖いんですよ。“まく”なんてできません」

「おや。君にも怖いものがあったんだね」

「ええ。アルの無表情と、エドの笑顔はとっても怖いですよ」

 そう冗談めかして口にしたものの、実際、あれはとても怖い。

「あー……私もね。ジルは怖い。一言もしゃべらない時なんかが、特に、怖い……」

 そういうアレクシスはあからさまに身震いなどしているが、一体今度は何をしでかしたのだろうか。

「今日はアルは図書館にお使いです。そういうアレク様こそ、いつもこちらにはお一人でいらっしゃいますよね?」

 そうチラリと周囲を見やってみたけれど、やはりどこにも彼の護衛を兼ねているはずのリカルドの姿はなかった。

「私も同じ。リックはお使いだよ。イースニック領まで」

「……」

 いや、それはもう、お使いというレベルの距離をはるかに超えている気がする。

「もう。身の回りには気をつけてくださいって、いつも言っているのに」

「ふふっ。心配してくれるの?」

 声を溢して微笑んだ蕩けそうなほどに柔らかな面差しが、エイネシアの頬を無意識に赤く染めさせる。

 そんなのは当たり前で。でもそう素直に口にするのが妙に恥ずかしくて、言葉がすんなり出てくれない。

「ん? 心配じゃなかった?」

 でも口ごもっている内にそんなことを言われたから、「心配です!」と慌てて口にする。

 その自分の言葉と慌てぶりに、益々頬が赤らんでしまう。

「もう……」

「あ、シア。こっち見て。もう収穫できそうだよ」

 エイネシアの困惑なんてそっちのけに、ざくざくと奥のおまけの野菜畑スペースに足を踏み入れて行くアレクシス。

 相変わらずマイペースなその人に膨れ面をしつつも、こっちこっち、と手招きされると不思議と心が躍る。

「日当たりのさほどよくないこの試験畑でこの成長は目覚ましい。畑の方は魔法陣の固定範囲の外にしてあると聞いていたけれど……影響は色濃く出ているように見えるね。特にこのあたりはすごい」

 そう冷静に分析しながら奥へ進むアレクシスに、確かに、と、エイネシアも辺りの様子を見ながら後を追う。

「ユナンが、魔法陣の周りには陣に向かってくる“精霊の通り道”が出来ている、と言っていました。その影響でしょうか」

 ユナンの目を持っていない以上、一体それがどういうもので、今現在どこにどう存在しているのかはわからない。だがアレクシスが言うように、麦畑の側面一杯に作った野菜畑の中でも、影響が色濃い場所とそうでない場所が顕著に見て取れるようだった。

 特に西側、右奥。すっかりと大きく成長したホウレン草の集団がその筆頭で、害虫の影響も無く、少しの葉欠けも無くみずみずしく育ったホウレン草は、いち早く収穫の頃合になっていた。

 わざと間引きなどをせずに為すがままに放置栽培してみたのだが、所狭しとぐんぐん育った野菜は、びっくりするほど頑丈に土に根を張っていて、存分に栄養を吸い取っている。

「古式魔法はバランス(むら)が出やすいというが、それはその“精霊の通り道”の影響なのかな。だがそれにしても……こんな狭い畑に何種類もの野菜を同時に植えるとかいうハインの極悪非道な栽培状況で、よくもここまで逞しく……」

「誰が極悪非道だ。合理的だと言え」

 すかさずかけられた声に、はた、と二人揃って顔をあげる。

 その高貴な身分のはずの二人が畑のど真ん中にしゃがみ込むという光景には、思わず、やって来たハインツリッヒもため息を吐く。

 この二人にイースニックの生産性の改善という仕事を与えている国王陛下も、まさか二人が自ら畑仕事までしているとは想像していまい。

「ハイン。このホウレン草、そろそろいいんじゃないかな?」

「我々は収穫を心待ちに、畑に作物を植えているわけではないのだがね……」

 そう目をキラキラとされると、目的を違えそうになる。

 この畑はあくまで魔法陣の効果を確認するための実験畑であり、しかも本来の目的は野菜畑ではなく、その横の麦畑だ。陣の周囲への影響を調べるにしても、収穫物はもれなく品質解析に回され、実験材料となるべきただの素材であるはずなのだが。

「これ、畑の方も結構な収穫量になりそうだよ。シアにはこの実験成果を是非有効活用してもらいたいんだけど」

「えーっと。蒸しパンに致しますか? キッシュとか、ケークサレでもいいですね」

 そう呑気な話をしている二人に、ハインツリッヒがもう一度ため息を吐く。

 なんだかもう、それでいい気がしてきた。

「取りあえず立ちなさい。お茶でも淹れよう」

 そう温室に矛先を向けると、はぁい、と大人しく二人揃って腰を上げた。




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