3-10 陰謀(2)
うっすらと目を開いた時、ぐわんと頭を揺さぶるような目眩がして、思わず頭を抱えた。
ガヤガヤ。ザワザワと周囲が妙に賑わしい。
眠らされて、どこかに連れていかれて。
誰が何の目的で誘拐したのかは分からないが、それにしても最初に耳に届いたのが喧噪というのは実に奇妙だった。
辺りはとても薄暗い。
しかし周りを見渡せば何となく部屋の広さや形が見える程度にはほの暗い明るさがあり、それは多分、目に留まった非常に重厚なベルベットのカーテンの向こうから僅かに零れている明かりなのだろう。
日が高い。時間はまだ余り経っていないらしい。
それから、と自分を見下ろしたところで、その体のどこにも異常がないのを見て取った。
変だ。どうしようもなく変だった。
格好は少しも変わっていない。怪我をしたところも無ければ、誰かに誘拐されたはずなのに縄の一つも掛けられていない。
まさに着の身着のまま、立派な一人掛けのソファーに置かれているという状況で、意味が解らなかった。
再び周りの様子を見回す。
高い天井と、火は消えているが多分シャンデリアがかかっている。
床には立派な織物か絨毯。部屋は広くはないが狭くも無く、多分、かなり煌びやかな装飾が施されている。
「シロン……」
そっと声をかけてみる。
しかしキョロキョロとしたところで人が動く気配どころか、人の気配も無かった。
これは一体どういうことなのか。
ただ一つ、カーテンの向こうではただただ楽しげに大勢が会話をしている様子が見て取れて、もしかしたら寝ている間に誰かに助けられて、ここに寝かされていただけだろうか、なんて思ってしまった。
そのくらい、変な状況だった。
それに何故だろうか。この部屋は少しも見知らぬ部屋なのに、なぜかちっとも不安にならない。
多分、かなり裕福な類の貴族の屋敷か何かだと思うが。何処の貴族の屋敷も似たようなものだから、既視感があるのだろうか。
だが少なくともアーデルハイド家ではないな、と思いつつ、ゆっくりとソファーから足を降ろしてみる。
まだ少し薬の余韻で体に気だるさが残っていたけれど、鼻にツンと届いた苦い薬草の匂いは、気付け薬の類だ。
匂いの出所をきょろきょろと探してみれば、部屋の隅で小さな香炉のようなものが焚かれていた。
誰かが、スースラの薬から目を覚ますようにとやってくれたことなのだ。
はて。やはり、すでに助けられた後なのだろうか。
そもそもあの女性は何が目的で、あんなことをしたのだろう。
今エイネシアを狙う何かがあったとすれば、フレデリカ派の貴族達の誰かというくらいしか思いつかないが、しかしその彼らは今日はフレデリカ妃主催の大茶会で忙しいはずだ。
あるいは参賀に個人の馬車で赴くような豪商か何かの馬車を狙った物取りとか、身代金目当てとかの賊だろうか。
そういえば馬車には御者と、近衛の騎士が一緒だったはずで、もしかしたら彼らが助けてくれて、ここは上王陛下のところなのかもしれない。
だがあの離宮とは部屋の趣も随分と違う。
どうしたらいいのか、と、取りあえず人の気配がする出入り口にかかる垂れ幕の方へと近づいて行った。
『そうなの。この首飾り、無理を言って旦那に取り寄せてもらったスカーレット産で』
『今年の劇場の演目はお聞きになりました?』
『うちの娘はまたお見合いに失敗したのよ。まったく……』
ちらほらと耳に届く会話に、目を瞬かせた。
はて。何だろうか、これは。
ご婦人方……それも、貴族の婦人方の会話に聞こえるが。
『見て。今あちらを通った近衛の殿方。素敵じゃない?』
『本当。あぁ、でもあの麗しいザラトリア候のご子息に適う御方はいないわよね』
そうクスクスと声を潜めて会話をする少女達の声。
はて。アルフォンスの名前が出てきた。
そうなると一気にこの場所への既視感が深まって、でも安堵感というよりはどことなく不安な気持ちの方が強く過った。
何故こんなにもハラハラと焦るのだろうか。
『お茶会ではヴィンセント様とダンスが踊れないのが残念です』
さらに耳に届いた聞き覚えのある声と名前に、ドッと背中が寒くなった。
嘘だ。そんなはずがない。どうして。
『楽師ならいる。ワルツでも奏でさせようか?』
クスクスと笑いながら言う優しげな声色も、知らないけれど知っている声。
しかも段々とその声がカーテンに近付いてくるものだから、慌てて一歩、一歩と引き下がった。
信じられないが……もしかしなくてもここは、“王宮”なのだろうか。
しかもこのカーテンの向こうでは、大茶会が執り行われているのではあるまいか。
それに気づいた瞬間、改めてこの部屋を見回した。
そうか。既視感があるのは当たり前だ。この部屋の設えは確かに見覚えのない豪奢な作りだが、この部屋自体は知っている。
この広さ、この窓の位置、この天井の形、この出入り口の場所。大茶会の開かれる庭に面して並ぶ幾つかの吹き抜けサロンの一つで、少し腰を下ろして話し込んだり休憩をしたりと用いられる類の部屋。その中でも一番真ん中にあるこの部屋は、王家の者達が腰を下ろすサロンだ。
王子の許嫁だったエイネシアも何度もここに腰を下ろして茶会の間の骨休めをした。
だがそれは今や王子の許嫁ではなくなったエイネシアには無縁の場所のはずで、しかもこんなところにいるのを見られたら大変なことになる。
慌てて部屋の奥に駆け寄ると、一番奥の窓のカーテンをばさっと捲った。窓のように偽装してあるが、この一番奥の窓だけは扉の役割を兼ねていて、奥の内廷への廊下に繋がっているのだ。
ここから出てなんとか外廷までいければ、そこには王国誕生祭だろうと何だろうといつもと変わらず仕事をしている父がいるはず。
だからなんとか、とドアを押したが、どうしたことか、ガチャガチャと音がするだけで扉が開かない。
そんな馬鹿な、と扉を見上げる。
ここには内鍵しかなく、その鍵は確かに開いている。
なのに扉はびくともしない。
『ヴィンセント様。ここ、薔薇の模様だわ。王家のお部屋なの?』
やがてピタリとカーテンの向こうで立ち止まったアイラの声がして、顔を青くして振り返る。
どうする。どこかに隠れるか。
そう見回したところで隠れられそうなものはない。カーテンの影だって足が見えてしまう。この扉のカーテンも扉にぴったりと張り付く類のものだから、隠れたらこんもりして目立ってしまう。
テーブルの下? 無理だ。ソファーの後ろ? すぐにばれる。暖炉の中? 煤だらけの中に飛びこんで、万が一見つかったらどうする。
そう懸命に考えている内にも、「見てみるか?」と言いながらパッと開かれたカーテンに、途端に目に飛び込んできた光がまぶしくて、うっ、と眉をしかめる。
眩い外の灯りと外気。
思わず目の前を覆って。
しかしそれから少しの間もおかずに、「エイネシア……?」と、その人の声がした。
あぁ。やっぱりウィッグを付けて来るべきだったのだ……。
そんな馬鹿馬鹿しいことを思ったのは、まだ頭がぼんやりしていたせいだろうか。
そろそろと手を降ろして、眩しさに細めた視線が俄かにヴィンセントの姿を見た。
少しも変わらぬひと月半ぶりの王子様と。
それからその腕に抱き着いている、ピンクのドレスのアイラ嬢。
やはり間違いない。ここは、“大茶会”の席なのだ。
「えっ。エイネシア様!? どうしてこんなところにいらっしゃるの!?」
無駄に大きなアイラの声に、ざわざわっ、と、カーテンの周りに人が集まるのが分かった。
その瞬間に理解した。
この件には、アイラが関与している。
「どうしても何も……」
そう喋ろうとして、くらっ、と目眩がして頭を抑えた。
いけない。まだ少し薬が残っている。
ぼやっと一瞬目の前が歪んで見えたのは、きっとスースラの幻覚作用だ。
しかしそれに気を取られている瞬間にも、グッと誰かに腕を掴まれたものだから驚いて顔を跳ね上げた。
薄暗さの中でははっきりとわからなかったけれど、「この恥知らずが!」と声を荒げたその声には聞き覚えがある。ダリッド・バレル・シンドリーだ。
その強引な腕がぐいぐいとエイネシアを引きずり出して、おぼつかない足取りのまま、ドンッと部屋の外に投げ出された。
ふらりとした足がもつれて、思わずその場に膝をつく。
痛い――。
土の上でなかったのは幸いだが、石造りの外廊の床に思い切りぶつけた。
だがその光の中に連れ出されて、ようやく頭がはっきりしてきた。
グルリと自分を取り囲む、沢山の煌びやかな装束のご婦人や子供達。その奥の貴賓席で一際豪華に着飾り、こちらを見やったフレデリカ妃。ヴィンセントにアイラ、ダリッドに、メアリス、それからマクレス・シグノーラ。
他にもどこかで見覚えのある面々がずらりと並んで、ヒソヒソとエイネシアを見る。
惨めに投げ出されたせいか。
いや、それだけではない。今のエイネシアは町娘風の装いをしていて、大茶会に赴くどころか登城するのにさえ礼を失した格好をしている。
そうか。だから犯人は、エイネシアをこの格好のまま放置したのだ。
ゆっくりと見やった先で、ヴィンセントの背中に隠れたアイラが、クスリと口元を緩める。
この場はまさに、“仕切り直し”された、エイネシア断罪の場所。思った通りの結末が得られなかったアイラが望む、二度目の裁判の場だ。
そしてこの場所は前回と違って、エイネシアの味方をしてくれる人物が誰一人としていない。エドワードも、アルフォンスも。ビアンナ達寮の皆も。それにもう一度ざっと見回したところで、アンナマリアの姿が無いことにも気が付いた。
ここは完全なる、アウェーだ。
侯爵令孫が無礼にも公爵令嬢を投げ飛ばしたところで、誰一人として非難の声も上げない。ましてや嘲笑うようにしてエイネシアを取り囲んでいる様子は、見世物小屋の見世物を楽しむ客のようで、公爵家の姫の惨めな姿を楽しむ余興でも催されているかのような有様だった。
油断していた。
これはエイネシア、ひいては公爵家を貶めるための余興なのだ。
「これは一体……どういうことなのですか?」
だからといって相手のペースに飲まれてなんてあげない。
エイネシアだって、『王宮は怖いところですから』という沢山の教師や家の者達に教えを受け、つい先日も上王陛下や母に『逞しくなければ』と言われたばかりなのだ。
侮られてはならない。
ふらつく体をしっかり立たせながらも立ち上がり、パッパッ、と裾を払うと背筋を伸ばす。
どんな格好をしていたって、エイネシアはエイネシア。母が『可愛い』と絶賛してくれた、町娘風公爵令嬢だ。
「どうもこうも……何故お前がここにいる。エイネシア」
そう口にするヴィンセントの様子を伺う限り、ヴィンセントは知らなかったように見える。
いや。演技という可能性だってなくはない。
「私が知りたいくらいです。馬車で出かけていたところをスースラの眠り薬をかがされて、気が付いたらここに。あぁ。そうだわ。シロンは? シロンは何処にいるのですか?」
そうキッ、とアイラの方を見やったところで、「何を仰ってるの?」と怯えたようにアイラがヴィンセントの影に隠れる。
「何のことだ。それよりも、何故この“薔薇の間”にいたのかを聞いている。エイネシア!」
そう声を荒げたヴィンセントに、いえ、だから、と言いかけた口を噤んだ。
卒業パーティーの日、少しは目を覚ましてくれたかと思っていたのだが、やはりエイネシアの言葉は上手くこの人に届かない。
エイネシアが絶対にこんな格好で茶会に現れるはずがないことも、彼の頭の中からはすっぽりと忘れ去られている。
フレデリカ主催の茶会を貶めに来たとでも思われているのだろうか。
貶められているのがむしろエイネシアであることは一目瞭然であるのに。
「ですから殿下。私には身に覚えのないことです。薔薇の間を良くお調べに。おそらくココクイン系の気付け薬が焚かれています。誰かに私がスースラを盛ったことは、木精霊士を呼んで調べていただければすぐにわかります」
「何?」
わずかに訝しむような顔をしたヴィンセントは、しばし己の口元に手を添えると、部屋の方を見た。
彼も先ほど一瞬薔薇の間に足を踏み入れたはず。その時鼻腔をついたいつもと違う匂いには気が付いたはずだ。
「明かりを!」
そう促したヴィンセントに、エイネシアは僅かにほっとした。
大丈夫だ。以前よりは、ちゃんと言葉が届いている。
「危険です、ヴィンセント様!」
そうアイラがぎゅっとヴィンセントの腕を引っ張って窘めたけれど、「ココクイン系の気付け薬は体に悪いものではない」と言って、侍女が持ってきた明かりを手に取る。
その明かりを手に部屋に入って行ったヴィンセントに、続いて侍女が立ち入って、次々に窓のカーテンを開けてゆく。そうして部屋が明るくなったところで、「私も」とダリッドやマクレス達が入ってゆく。
こんなことで解決すればいいが……だが奇妙だ。気付け薬が見つかったとして、だとすると計画がお粗末すぎる。犯人の狙いは何なのか?
それから程なくして顔を出したヴィンセントは、手に香炉を持っていた。ココクイン系の薬は燃え尽きた後にも独特な葉の繊維が残る特徴があるので、蓋さえあければすぐにわかるはずだ。
そう安心しようとしていたところで、しかしヴィンセントはとても厳しい顔をすると、エイネシアの前にガシャン、と香炉を投げ出した。
その仕草にも驚いたが、一体どういう事だ、と、割れてしまった香炉の灰に手を伸ばそうとしたところで、すぐに気が付いた。
ポソポソと完全に燃え尽きた、ほのかに甘い香木の香りを漂わせた灰。イリアの離宮などでもよく焚かれていた、ただの嗜好品としてのお香だ。
「ッ、まさかっ」
そんなはずがないッ、と部屋の中を見たところで、先程まで頑なに閉まっていたはずの裏扉から薄らと明かりが漏れているのを見て愕然とした。
そうか。爪の甘い計画だなんて油断した。この短い時間に、香炉を持ち出してすり替えたということか。
でもそんなこと、“アイラ”にはできない。アイラはずっと目の前にいたし、それにアイラがあの扉の存在を知っているはずがない。だが……だがもし犯人が、“フレデリカ”と通じているのであれば。
できないことはない。
この隠し扉のことは王宮勤めの高位な侍女や侍従なら存じているはずで、内廷側からであろうとも彼らなら出入りはできる。いや、むしろこの扉は彼女達のための扉なのだ。
実際に振り返った先で、何処からかパタパタと駆けつけてきた侍女がフレデリカに何かをひそひそと耳打ちするのが見えた。
やはり間違いない。彼女がこの状況に関係しているのだ。
「私に薬草学の知識がないとでも思ったのか?」
「ッ、違います! そうではなく、確かにッ」
実際に、このドレスにも髪にもその匂いがしっかりとしみついている。
だがだからといってこの場でヴィンセント王子に、このドレスの匂いを嗅げだなんて言えるはずがなく、ぐっと言葉を飲み込んだ。
慎重にならねばならない。
これはアイラがしでかした頭の悪い突発的な出来事なんかじゃない。
もしこれが王宮の裏の諍いに長年かかわってきたフレデリカが絡んだ、“計画された”犯行なのだ。だとすると、少しでもその思い通りになったら負ける。エイネシアならば次にどう行動するか。何を言うか。そういうのを全部考えて、先手を打っていると思った方がいい。
ここは王宮であり、大茶会場。この場はすでに、フレデリカの支配領域だ。多分ここで薬室の者を呼んで私を調べろ、と言ったところで、あちらの息のかかった薬師が遣わされてくるに違いない。そんなことをされては、余計に立場が悪くなる。
考えろ、考えろ、と思考をめぐらせる。
犯人の目的はなんだ。
アイラの考えそうなことはすぐにわかる。きっと誰かにもう一度エイネシアを嵌める機会があると言われて、良いタイミングであの薔薇の間にヴィンセントを誘導する役回りを宛がわれたのだろう。
前回失敗したエイネシアの失脚……学院の追放か社交界からの追放か、あるいは国外追放なのかは知らないが、とにかくエイネシアを徹底的に自分の周りから排除し、ゲームシナリオ通りにしようとしているのだ。
だがフレデリカの狙いは何だ。
いくらフレデリカが反権門の象徴的存在であるとはいっても、アーデルハイドは権門公爵家でありながら権門と非権門とを調停する中立の立場を貫いており、必ずしもフレデリカに反感的な勢力ではない。
それゆえに非嫡出のヴィンセントの許嫁に娘を差し出したのであり、その婚約が破棄された今も、離反問題などなかったかのように粛々と政務に戻り、今回の騒動で感情的になっている権門貴族達を諫めてさえいると聞く。
フレデリカがアーデルハイドを敵に回すのは決して彼女にとっての得策ではなく、わざわざエイネシアを連れ去るような真似までして貶めるのに意味があるとは思えない。今アーデルハイドを怒らせることは、我が子ヴィンセントの王太子の地位を脅かしかねないと、フレデリカが知らないはずがないのだ。
では何故だ。なぜエイネシアを狙ったのか。
もはやヴィンセントにアーデルハイドの後見は意味をなさないというデモンストレーション。それとも単なるシルヴェスト公爵家の血を引く娘への意趣返しなのか。
少なくとも絶大な後見と王太子の許嫁という立場を有していたエイネシアは、今現在、“王太子殿下への失礼があった”という理由で婚約を破棄された、非常に“不安定”な状態なのだ。
下手をすれば不敬罪で罪人扱いすらされかねない立場であり、ただアーデルハイドの離反を避けるためだけに穏便に済まされ無罪になったかのような目で見られる可能性もなくはなく、周りがエイネシアに対して自粛を求める空気であることは間違いない。
即ち、エイネシアを貶めるには今の機会しかないのだ。
絶大な権威を持ちながらも、今その権威にもっとも不信感が募り、脆弱になっている今、これまで散々に自分たちを抑圧してきた権門の象徴を、中傷し、嘲笑い、日頃のうっぷんを晴らすのに最高のタイミング。権門に対し、『もはや権門など地に落ちた』と主張する絶好のチャンス。
権門の象徴として立てられていたエイネシアを貶めることで、さらに権門を追い詰め、非権門派の結束を高めさせようということ。自分はそれに、利用されたのだ。
周りを見渡せば、そこにいるのは敵ばかり。
下手な反論をしたところで、おそらくは誰も良識的な判断を下すとは思えず、エイネシアが薬がどうのこうのと主張したところで、エイネシアの虚言という結果になれば、気でも触れたのか、と言われかねない。
彼らに必要なのは事実じゃない。エイネシアが多大な非礼を働いて恥をかいた。そんな“噂”だけでいいのだ。たったのそれだけで、権門の威厳は地に落ちる。
そしてエイネシアがそんなことをした理由は多分、ヴィンセントをアイラにとられたことへの嫉妬、ということになるのだろう。これでは今までかろうじて保ってきたエイネシアの立場と尊厳さえ挫かれることになる。
それは絶対に嫌だった。
だから今ここですべきは、相手の思惑にのせられる前に、とにかく味方を集めることだ。
エイネシアが馬車で町に出かけるはずだったことは、上王陛下を始め多くの人が知っていて、アレクシスだって待ち合わせの場所に向かっていたはず。御者や、陛下がつけて下さったシロンや護衛などもいた。馬車が町へ向かっているのを見かけた、一般参賀に向かう乗合馬車もあったはず。
きちんと調べれば、ちゃんと誤解は解けるはずだ。
だから大丈夫。落ち着け、落ち着け、と、自分の暴れる心臓をなんとか宥める。
一つゆっくりと深呼吸をして。
それから改めて、落ち着いた様相で顔をあげヴィンセントを向くと、その茶会には不釣り合いなワンピースドレスの裾を摘まんで、恭しく礼を取った。
「殿下……私の話した事情に嘘偽りはありません。誰かが私を連れ去り、この場所に放置し、この状況に追い込んだ。私にもまだ、自分に何があったのかが理解できていません。ひいてはすぐにも近衛を呼んで、取り調べていただきたく思います」
「近衛を呼ばれても……後ろめたいことはないと?」
「ございません。ただ……今のこの格好はあまりにも礼を損なっておりますので、どうか一度退出をお許しいただき、場を改める機会をいただけませんでしょうか」
そう至極冷静に口にしたところで、しばしヴィンセントが口を噤んだ。
感情的になるよりもこうして冷静に訴えた方が、この人には効果がある。そのことを、卒業パーティーでとくと学んでいた。
「……証拠があるのか?」
「今日私がこのような格好をしている理由は、家の者だけでなく、上王陛下もご存じのことです。陛下におかれましては、陛下付きの近衛とご侍従まで付けて下さり、同じ馬車に乗っていました。私が王宮になど向かおうはずもないことは、彼らが証明して下さるはずです」
「上王陛下が?」
流石に目を瞬かせたヴィンセントが、思案の顔をする。
だがそれに痺れを切らせたのか、「何をやっているの」と、フレデリカの厳しい声が飛んだ。
「事情など何とでも口裏を合わせられます。そんなことよりも、そのような恰好でいらして皆を惑わしお茶会を滅茶苦茶にするなど、私への侮辱に他なりません。公爵家の姫君は、私ごときの催す茶会は、大茶会と認められないと思っていらっしゃるのかしら。それともエルヴィア様が仕組んだことなのかしら?」
そう吐き捨てるフレデリカに、思わず否定の声を荒げそうになったのをぐっとこらえた。
駄目だ。落ち着け、落ち着け。
「とんでもございません、フレデリカ様。栄えある大茶会の場を騒がせましたことには謝罪をいたしますが、エルヴィア王妃が何かなさるなど妄言もよいところでございます。私は何も仕組んでなどおりませんし、ましてや王妃様にも長いことお目にかかってはおりません。侮辱などもっての他です」
「けれど貴女は私の開く大茶会に欠席して蔑ろにした上に、そのような格好で出かける所だったと言うではないの。ヴィンセントに愛想をつかされて我をお忘れになったのかしら。そこまで常識知らずになっていらっしゃるとは思ってもみなかったわ」
欠席の件を言われると、少し困る。
だがそれには正当な理由が無いわけでもない。
「大茶会に欠席いたしましたのは、先だって殿下に大変な失礼を働いたことを慮って、遠慮したまでの事でございます。それに……何かの“手違い”でしょうか。招待状も、届かなかったものですから」
そうニコリと微笑んで見せたところで、あからさまにフレデリカが眉を吊り上げた。
四公爵家に招待状が無い大茶会など、前代未聞。いや、むしろ大茶会は、すべてのありとあらゆる貴族に招待状が送られるはずなのだ。
だが今回アーデルハイド家にはその慣例であるはずの招待状が届いておらず、これには母も眉を吊り上げて、『喧嘩をお売りのようだから、高値で買って差し上げましょう』などと言っていた。
この茶会場に集まった夫人の顔ぶれを見れば、あるいはアーデルハイド家ばかりでなくほかにも招待状が届かなかった権門貴族や権門派閥の家があるのかもしれない。
「招待状が届かなかった? そんなはずないわ。まさかそう勘違いなさって、私の茶会を辱めにいらしたの?」
「繰り返しますように、フレデリカ様を辱めるつもりなどございません。これ以上失礼を重ねるのも、私の本意ではありません。ですから、どうか退席をお許しいただきたく」
そう頭を下げたところで、フレデリカが深く眉間に皺を刻んだ。
冷静に返され続ければ、つけ入る隙が出てこない。
「もしかして……似たような恰好で、私が殿下と何度か町にお忍びに行ったことをどなたかからお聞きしたのですか?」
だがそこに突如として、アイラが恐ろしいことを言い出した。
クルリとアイラを振り返ったエイネシアは、思わず顔を顰めて眼を細くした。
「一体何のお話しかしら? アイラさん」
「そんな恰好をすれば、殿下のお心をもう一度引けると……まさか、そんなことを思っていらっしゃるの?」
そんなまさか、と口が引きつる。
「ヴィンセント様っ」
うるっ、とヴィンセントを見上げたアイラに、「心配いらない」と、ヴィンセントがその手を握って見せる。
「エイネシア。もしもそういうつもりなら……」
「違います!」
これには流石に腹が立って、声を荒げてしまった。
ヴィンセントのため? 冗談じゃない。これはジェシカ達が先んじて仕立ててくれていたお忍び用のドレスで、ヴィンセントという許嫁がいなくなったからこそ、身に着けることのできた代物だ。
王太子の許嫁という制約を失い、初めて自由に外を歩き回れるようになったからこそ、身に着けたもの。
ヴィンセントのためなんかじゃない。これは、“アレクシス”と出かけるための服。
それを誤解されたことが、無性に腹立たしかった。
「ご無礼を承知ながら言わせていただきますが、“殿下を中心に回っていたエイネシア”は、もうおりません! 殿下のお気を引こうなどとは、もはや少しも思っておりません!」
「まぁっ。どうしてエイネシア様はそんなヴィンセント様を傷つけるようなことを仰るの!?」
その僅かな感情の高ぶりにつけ入るようにしてアイラが悲痛の声をあげる。
「傷つける? いいえ、普通の事しか言っておりません。むしろ殿下とアイラさんのためには良い事ではございませんか」
もう許嫁ではないのだ。それを捨てたのは、ヴィンセントの方なのだ。なのに、どうしてヴィンセントに振り回されるままのエイネシアでいなければならないのか。
そうではないと口にすることは、失礼なことなんかじゃない。ごく当たり前のことだ。
だがどうしたことか、ヴィンセントの顔はあからさまに不機嫌に歪んでいて、その顔にはエイネシアの方がびっくりしてしまった。
何故だ。間違ったことを言っただろうか? 何もおかしなことなんて言っていない。
「殿下ッ」
「エイネシア。婚約を破棄したからと言って、君と君の家が王国の臣であることには変わりない」
「そんなの分かっておりますっ。ですがっ」
そう身を乗り出したところで、「殿下に近付かないで!」と、アイラが目の前に立ちはだかった。
近づかないでって、と目を瞬かせたけれど、そのアイラの行動は効果的だったようで、ざわざわと周りの冷たい視線がエイネシアを突き刺した。
その視線とざわめきが、アイラの味方をする。
「もう、どうかヴィンセント様に近付かないで! 私ならどんな罰でも受けます! 貴女からヴィンセント様を奪ったのだものっ。恨まれて当然だもの!」
どこかで聞いたようなことをまたも口にするアイラには、ボキャブラリーというものが無いのだろうかと呆れる。だが如何せん、何度口にしてもその言葉はアイラを“憐れな少女”に仕立て上げ、周りの同情を誘ってやまないのだ。
「恨んでなんていませんわ。罰を与えるつもりも。一度だって、そんなことをしたことは無いでしょう?」
「ええ、ええ。エイネシア様がいまだにそう主張なさるのであれば、それでもかまいません。私は何をされても、貴女を責めたりなんていたしませんっ。でも、恨めしいからといってヴィンセント様まで貶めようとなさるのは、私、流石に許せません!」
「アイラ……」
少し驚いたように、でも何となく“惚れ直した”みたいな顔でアイラを見るヴィンセントの視線が、今はまだエイネシアの胸にはズキリと痛い。
どうしてアイラの言葉の軽薄さが、彼には伝わらないのだろうか。
きっとアイラはこれまでもこうやって、ありもしないエイネシアからの圧力を周りに吹聴してきたのだろう。周りの様子を見ればそれは一目瞭然だった。
そしてエイネシアの知らない場所で、こんな風に人々の不信感は煽られていたのだ。それを思うと、今更ながらに少し恐ろしい心地がした。
「アイラさん……私はアイラさんや、ましてや殿下のことを貶めたりなど致しませんわ。仕返しなども、微塵も考えたことはありません」
そうきっぱりと言ったところで、「口では何とでも言えるわ」と、ギャラリーからボソリと声がした。
それに、ハッとエイネシアも視線を向ける。
何処から聞こえた声かはわからない。
だが確実に何処からか聞こえた声。
「あれほど殿下とお親しかった方だもの。諦めるはずないわよね」
「ああやっていつもそ知らぬふりをして……裏では何をしているのか」
コソコソ、コソコソと拡大してゆく誹謗。
「アーデルハイドはきっと権門以外のすべての貴族を排斥するおつもりよ」
「私たち弱小貴族は、あのように高圧的されたらこうべを垂れて口を噤むことしかできないのよ。それを良くご存知なのですわ。あぁ、怖い」
いわれのない中傷と、ここが敵陣の中なのだということを知らしめるじわじわとした追い打ち。
「先だってメイフィールド家のご縁者のイースニック伯が宰相府から招請命令を受けたというのも、事実なのかしら」
「イースニック伯領は飢饉からこの方、とてもお辛い状況が続いていて、税収が滞っておられるとか」
「酷いッ。それで、まさか強引な徴税をなさるつもり!?」
「私たちはいつも上に振り回されてばかりだわ」
さらに大きくなりだした会話には、エイネシアもギリッと拳を握った。
今ここで声高らかに、招請は当たり前だ、と叫んでしまいたい。
イースニック領の状況がどれほどに悪いのかは、アレクシスが昨日教えてくれたばかりだ。その状況も知らず、メイフィールドの縁者だからとイースニックを庇う彼女達の物言いがどれほどに軽率なのか。今この瞬間もイースニック領では飢えて苦しむ民がいることを、彼女たちは微塵も分かっていない。
宰相府が強制介入せずに招請したというのであれば、それはむしろかなりの譲歩で、きっと父が、大事にしたくないという陛下の考えに説得させられて取った苦肉の策なのだ。
「やめて、皆様っ。それは宰相様のなさったことで、エイネシア様のせいではないわ!」
そんな周りの言葉に、先程とは一転してエイネシアを庇うようなことを言うアイラに、またざわざわと周りがなる。
「まぁ。どうしてお庇いになるの? 一番酷いことをされていらっしゃるのに」
「本当に優しい方だわ。アイラ嬢って」
そう話す夫人方の言葉を受けながら、アイラがおもむろにエイネシアに手を差し出したから、エイネシアはぎょっとした。
「何の……おつもり?」
「私、エイネシア様とこれ以上揉めるつもりはないのです! ただ、もう私は何も持たない男爵令嬢ではないわ。お義母様が調べてくださって、私、シンドリー侯爵家の血を引いていることが分かったの」
「……ええ。お聞きしているわ」
とてもじゃなく信じがたいお話しだけれど。
「だからもう、泣いて諦めたりなんてしません。ヴィンセント様のお傍に立ちたいの」
「そう……」
だから何だというのだ。頑張ってね、とでも言えばいいと?
「だから私は身を引いたわ。それ以上に、私に何をお求めだというの?」
「エイネシア様が何をなさっても、それに堂々と立ち向かって見せます。私の方がヴィンセント様に相応しいと、それを認めていただけるように努力いたします! だから本当にエイネシア様が後ろめたいことなく思ってくださっているのであれば、握手をしてください! 皆様の疑いも、こうすればきっと晴らせるはずです!」
これは一体何の茶番だ。
さんざんエイネシアに文句を言っておきながら、今度は握手? この思考に一貫性も見えないような行き当たりばったりの行動には、もはや呆れかえる。
口論となったのならば、とりあえず可哀想な自分とひどいエイネシアを印象付けて。かつまわりがエイネシアを悪く言えば、途端にエイネシアを庇護するようなことを言って人々の崇敬と同情を誘う。
そのことにしか意識が向いていないから、行動がひどくチグハグになる。
どこからどう見てもおかしいのに、誰一人そんなアイラを変に思わないのは、きっと今そこで傍観している誰しもが、自分も“アイラ”になりたいからなのだ。
アイラに集まる同情は、自分への甘美な同情であり、アイラに集まる優しさへの称賛は、自分への心地よい称賛にすり替わる。アイラは彼女達にとって、自分を投影して酔いしれる“物語の中のヒロイン”なのだろう。
それで、アイラにとって、この握手にはどんな意味があるのだろうか?
公衆の面前でエイネシアを折れさせることで、名実ともにエイネシアに勝利するという実感を得られれば満足なのか。
いや。エイネシアを執拗に貶め、極悪人に仕立てねば気のすまないアイラのことだ。彼女は勝利の愉悦なんてものに興味を抱いていないし、それでエイネシアと和解しておしまいだなんてかわいい性格はしていない。
たとえば、もしここでエイネシアが握手をするふりをしてその手を振り払ったなら。そしたらどうだろうか?
そうだ。それを狙っているのだ、と、思わずグッとアイラの手を睨みつけた。
もう何度もその手に騙された。
エイネシアに突き飛ばされたふりをしたり、エイネシアに向かって紅茶を投げ出しながらも紅茶を掛けられたふりをしたり。
まさかエイネシアが三度も同じ手に引っかかると思っているのだろうか。
だけど……。
「エイネシア。まさか、そのつもりがないと。そう言うのか?」
ピリッとした厳しいヴィンセントの声色が、エイネシアを追い詰める。
そう。ここではその手を取らない事もまた不味い。
「私ももう君を疑いたくない。ここできっぱりと清算して、アイラを認めるんだ。それが君のためだ」
でももしも。もしもここでアイラが、エイネシアに振り払われたような態度を取ったら?
そしたらこの場はどうなる?
また、不敬罪だなんだと言われるのだろうか。
こんなところで、何の言い訳も許されず。きっと今も待ちぼうけしているアレクシスにも、家で待っているであろう母や弟にも、何も言い残せずに。こうやって。
あぁ……やっぱり運命は、変わらないのだろうか。
「いい加減にッ」
声を荒げようとしたヴィンセントに、ふっと顔をほころばせて視線を投げてよこした。
その顔に、ヴィンセントも驚いたように口を噤む。
「私は殿下とアイラさんの邪魔をしたことなんてありませんわ。これまでも、それにこれからも。でもアイラさん。貴女が差し出したその手を私が取りたくても、貴女が握り返してくれなければ意味がないのよ」
「当たり前です。手を、取ってくれますか?」
そう言うアイラの顔がニヤリと歪む。
この子は最初から、エイネシアの手を取る気などないのだ。
でもだからと言って、為されるがままというわけにはいかない。
「アイラさん。どうぞ貴女から、私の手を取って」
差しのべた手に、アイラが眉を顰めた。
さぁ。どうする?
エイネシアから手を取るのではなく、差しのべられた手であれば。一体どうする?
それはエイネシアの、最後の賭けだ。
もしもそれでもアイラがエイネシアに振り払われたふりをしたとして、それで周りが皆それを信じたのであれば、今この場所で、エイネシアにはもうそれ以上どうすることもできはしない。
そもそも薔薇の間にいたことの潔白を証明できていない今、その上アイラの手を振り払ったなどということになれば、とてもじゃないがいいことにはならないだろう。
だがこれ以外に、為すすべがない。
「では認めて下さるのですね?」
声を弾ませてみせるアイラに、コクリと頷く。
「有難うございますッ。エイネシア様! 私、私、きっとヴィンセント様を貴女より立派に支えて見せます!」
いらない余計なひと言を付け足しながら伸びてきたアイラの手。
避けたくなるその手を、でもしっかりと握って掴み止めることが、今のエイネシアにできる唯一のことだ。
案の定、お互いの手が振れるかどうかという所ですぐにもアイラが手を払ってよろけるようなモーションを取りかけたから、一歩踏み出して強引にその手をギュッッと握りしめた。
だがその瞬間、「痛いッ!!」と言うアイラの声が、エイネシアの眉を顰めさせた。
あぁ、なるほど。掴んだら掴んだで、そう来るわけか。
「ッ、いやっ、離してッ。痛いッッ!」
さらに続けるアイラに、「エイネシア!」と声を荒げたヴィンセントがエイネシアに手を伸ばす。
ヴィンセントに触られたくなくて、思わずパッと手を離したところで、急に解放されたアイラは「あっ!」と声を上げて体をよろめかせた。
まったく。二重にも三重にも、どれほどにエイネシアを貶めれば気が済むのか。
ふつふつとたぎる苛立ちの中、いっそ本気で突き飛ばせばよかったなどと思いながらも助ける手を伸ばそうとしたところ、ヴィンセントの手がパンッとその手を弾いた。
一瞬の痛みと、それよりも大きな驚きに足がもつれて、ぐらりと体が傾ぐ。
ヴィンセントの腕に抱き留められたアイラと。
ゆっくりと、ゆっくりと傾いで行くエイネシアの体。
ふっと視線に入った天井と空の青さに、あぁ……、と、なんだかどうしようもない虚しさが募った。
まったく。本当に。
なんて茶番だ、と。
もはや打てる手などない。
ただただ諦めたように目を閉ざして。
傾いで行く体のままに、その衝撃に堪えようとして。
けれどドンッ、とエイネシアの体がぶつかったのは、床なんかよりもはるかに暖かくて柔らかい布地の感触で、傾いだままにとまった体と、フワリとそんなエイネシアの体を支えた腕に目を丸くした。
何だ。誰だ。
まさか誰か支えてくれたのかと、慌てて見上げて。
益々、キョトンッ、と目を瞬かせた。
ざわざわと騒がしくなるその場と、あからさまに呆然として気を高ぶらせたヴィンセント。
相も変わらず、いつもいつも絶妙なタイミングで現れるその人。
あぁ……まったく。
本当にいつも、いつも……どうしてこう泣きそうな時にばかり現れるのか。
「アレク……様」