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七人の少女とたった一人のバッドエンド  作者: 灯月 更夜
第三章 幸せな結末を探して(上)
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3-9 上王陛下の催し(1)

「いーやーよっ。まだ帰りたくないわ」

 そう駄々をこねた母を説得するのには、五日を費やした。

 所領運営にのめり込んで書斎にこもり続けた父には先んじて王都から『お願いですから帰ってきてください!』と沢山の使者がやってきて、五日前にしぶしぶ一足早く帰って行ったが、その場で笑顔で夫を見送った母はそれからも王都への旅路を嫌がって、実にのんびりとフィオーレハイド城での日々を満喫したのである。

「何ならもっと沢山こっちで過ごせばよかったわ。私、すっかり気に入ってしまったのよ。領民たちも皆快く分け隔てないし、リンゴは美味しいし、家族で一緒に過ごせる時間も沢山あって。何ならもう本当に王国から離脱してしまえばいいのにとさえ本気で思っているのよ」

 そうため息を吐く母には、いや、この人は一応その王国の王女様の娘だったよな、と愕然とした。

 かくして実に頑固に所領に居座り続けた母だったが、しかし流石にもう出ないと上王陛下のお招きに間に合わない! というギリギリの段階になって、ようやく重たい腰を上げてくれた。

「陛下にお会いしたら、またこちらに戻って参りましょうよ。そうだわ、それがいいわ!」

 そうウキウキと肩を弾ませてそんなことを計画する母には、娘も息子も、「いや、王国誕生祭が終わったらすぐに学院の新学期が始まるんですが……」とは言い出せなかった。

 そんな経緯で、なんとか母を連れ出すと、風魔法のかかった馬車で八日ほどの旅路を急いだ。

 行きよりも旅程が短いのは、御者がものすごく飛ばしたからだ。

 そのくらい、日程がやばかった。

 かくしてエイネシアは約ひと月ぶりに、すっかりと暖かくなった王都へと帰ってきたのである。


 ◇◇◇



「お姉さまー!!」

 淡いシルバーのドレスに身を包んで現れたエイネシアに、そうドンッと抱き着いてきたのはアンナマリア……であるはずがなく、もっと小柄で小さな少女。アンジェリカ・ダレン・ラングフォードだった。エイネシアの従妹。アーウィンの妹だ。

 この日は上王陛下のお開きになるサロンの日。場所は小さな頃によく女王陛下にお目にかかっていた、王都郊外の夏の離宮。そこに集まった少ない招待客の中、真っ先にこの小さな爆弾が飛びついてきたのだ。

「ごきげんよう、アンジー。とってもお久しぶりね」

「お会いしたかったの、シアお姉さま。お兄さまから、大変なことが沢山あったとお聞きして、心配していたの」

 そうきゅるんと可愛らしい金色の瞳がエイネシアを見上げる。

 これぞまさに“アンジェリカ”。天使だ。エイネシアは初めてこの小さな天使を見た時から、エドワードと並んで天使認定しており、すっかり小悪魔に成長したエドワードと違って、今なお純真無垢で可愛らしいアンジェリカは、もはや四公爵家の中でも天使ポジションである。エイネシアにもとても懐いてくれていて、会うたびにこう抱き着いてくるのが可愛いくて仕方がない。

 そんな調子で皆が甘やかしているものだから、年齢の割にはちょっと子供っぽい。

「アンジー。君ももう大きいんだから、そんな風に姉上に抱き着いたら姉上が倒れてしまうよ」

 そんなアンジェリカに、さり気なくエイネシアの背を支えながら窘めたエドワードが声をかけると、アンジェリカはあからさまにポポッと頬を赤くすると、エイネシアに抱き着いていた手を解いて居住まいをただした。

「ごきげんよう、エドワードさま」

 エイネシアへの挨拶とは打って変わって、チョコンとドレスをつまんで一礼して見せた姿は、まるでお人形さんのように愛らしかった。

 アンジェリカは昔から、エドワードに弱いのだ。

 家格的にもエドワードは将来、アンナマリアないしこのアンジェリカと結婚するであろうことは皆が漠然と知っていたことで、きっとアンジェリカも昔から、いつかはこの人に嫁ぐかもしれない、と、そう言われながら育ったのだろう。

 アンジェリカにとってエドワードは、かつてのエイネシアにとってのヴィンセント。王子様なのだ。

 ただ如何せん、問題が一つ。

「おいっ、エドワード! それ以上うちの可愛いお姫様に近付いたらぶっ殺す」

 そう慌ててアンジェリカの前に立ちふさがった大人げない大人、アーウィンお兄様が付いてくる……ということ。

「ははは。何言ってるんです、アーウィン。そういう貴方こそ、それ以上姉上に近付いたらぶち殺しますよ」

 ニコニコと何故かそれに反論するエドワード。そのバチバチとほとばしる火花に、「何あのシスコン共……」というアンナマリアの呆れた声に、エイネシアは早々と白熱する二人を放置して振り返った。

「アン王女」

 思ったより元気そうな顔色だ。摘みたてのみずみずしい白薔薇を髪にあしらい、淡い黄色のドレスを纏った姿はとてもよく似合っている。

「ごきげんよう。お変わりないようで何よりです」

 そう王女殿下への礼を尽くしたところで、「そんなことしなくて構わないわ」と、早々とアンナマリアに手を引かれて顔をあげた。

 次いですぐ傍らにビアンナがいるのを見つけて、またさらに顔をほころばせる。

「ビアンナも戻っていらしてたのね」

「ごきげんよう、姫様。私も、ラングフォード公爵夫人にこちらの会にご一緒にとお誘いいただいたんです。心配していたけれど、とてもお元気そうで良かったですわ」

 そう礼を尽くしてくれたビアンナに、エイネシアもまた「顔をあげて」と促した。

「それで……アレは、宜しいの?」

 そうアンナマリアが指を指したエイネシアの背後では、「お前にはまだうちの可愛い妹はやらんぞ」「いい加減、アンジーがうっとおしがってるのを理解したらどうなんです、お兄さん」と、二人が言い合いを続けていた。

 なんだか昔からこうだからエイネシアにとっては今更なのだが、やはりはたから見たら微妙な光景なのだろうか。

 エイネシア的にはそんなものより、エイネシアの背中にぎゅうっと抱き着いていてうっとおしい兄にため息をつくアンジェリカのことが天使すぎて、もう他の事なんて正直どうでもいい。

「うわっ。可愛い……。何この天使」

 そう思わず呟いたアンナマリアに、「でしょう」とどやってしまうくらい、どうでもいい。

「ビアンナはしばらくラングフォード家に滞在していたのでしょう? アーウィンはちゃんと許嫁に許嫁らしくしてくれた?」

 そう不安そうに言うエイネシアには、ビアンナも一つ困った顔をする。

「まぁ……それは充分に。でも私も、彼の妹への溺愛っぷりはもうすっかりと見慣れてしまったわ。正直、もうアンジーが可哀想で可哀想で……」

「私、ビアンナ姉さまのこと、大好きになりました。早くあの愚兄を貰ってほしいです」

 そうボソリと背中で呟いたアンジェリカには、つい笑い声がこぼれてしまった。

 昔はいつもどこへも兄の後ろを着いて回って、本当にお兄ちゃんっ子という感じだったのに、そろそろ十四歳という年頃になって、あの兄がうっとおしく思えて来たらしい。そういう年頃だ。

「今日のお茶会は他にどなたがいらしてるの?」

 そうエイネシアが問うたところで、アンナマリアが手招きをして奥の部屋へと誘ってくれた。

 上王陛下の姿は見当たらず、代わりにエイネシアより先んじて離宮へ赴いた母のエリザベートと、それからラングフォード公爵夫人のアデリーン王女の二人がホスト役を務め、奥様たちをもてなしているようだ。

 その傍らで何人かの見知った若い顔を見かけ、エイネシアと視線が合うと、すぐにもこちらに集まってくれた。

 懐かしい。一年先に卒業したファビアンやジュード、スティーシア。同級のジュスタスは勿論、イザベルなど、星雲寮の面々が多くいる。どうやら上王陛下は近縁であるアーデルハイド家とラングフォード家とその縁者。それから、エイネシアを助けてくれた友人達を中心に招いてくださったらしい。

 きっと招待客のリストを作ったのはアンナマリアに違いない。

「生憎とエブリルはお見合い地獄の最中だそうで欠席よ。王都に戻る時間が取れなかったことを嘆く分厚い手紙が来ていたわ」

 ついでにそうビアンナが友人の惨状を苦笑交じりに教えてくれる。

 でもそんな彼らとの再会を楽しむよりも、エイネシアの視線はただ一点。彼らの後ろからゆっくりとやって来た、視線を落とした少女にのみ釘付けになった。


 春のお茶会にはちょっと似つかわしくないディープブルーのドレス。

 きつく一つに結い上げた紺の髪。

 すらりと背が高くて、深い色のドレスが良く似合う女の子。


「シシー……」

 いつも堂々とした彼女らしくも無く、下を向いて、ぎゅっと拳を堅く握っている様子は、ひどく思い詰めているようで。そんなシシリアの隣で背中を押して誘う少女にも見覚えがあった。同級生のセシリー・エット・ランドールと、逆隣にいるのは、先に卒業をしたセシリーの姉のレナリーだ。

「エイネシア様……私」

 おずおずと困惑気に言葉を探すシシリアに、エドワードが咄嗟にエイネシアの側に駆け寄ろうとしたけれど、それを「待って」と、ビアンナが引きとめた。

 その様子だけで、エイネシアも何となく、この状況を察した。

 シシリアが何を言おうとしているのかも。

「シシー……」

「あのッ。ごめんなさい! 姫様!」

 けれど先んじてそう深く頭を下げたのは、セシリーだった。

 いつもおっとりと大人しく、争いごととは無縁な様子の女の子。そんなセシリーがエイネシアから離れたのは入学して程ない頃からで、しかしそれは何かと噂の中心にあったエイネシアの傍に居辛かったからであり、グループ課題などでは相変わらず声をかけてくれていた子だった。

 ただ去年、アイラが入学してきてからはあからさまにシシリアと共にエイネシアから距離を置くようになって、夏前にはもうアイラの取り巻きと化したシシリアの後ろでおどおどとそれに従っている、という状況になっていた。

 根っからのお嬢様といった様子のセシリーに人を貶めるような真似が出来るとは思わない。所謂彼女は、加害者というやつなのだろう。見ているだけで止めることもできず、いつも困った顔であの集団と一緒にいた。そういう印象だった。

「貴女がやりたくて私を貶めていたわけではないことは分かっているわ。顔をあげて、セシリー」

 だからそう促したけれど、これにはすかさず実の姉のレナリーが、「いいえ、駄目です」と、それを留めた。

「エイネシア様。どうかご容赦ください。うちの妹がとんでもないことをしでかしたことを、私はついこの間知ったのです」

「どういうこと? レナリー」

「姫様の印章の押された入寮許可証を盗み出したのは、グエン・キール・ラグズウィードです。グエンが寮監事務室の禁書庫に忍び込む間、マダムスミスの足止めをしたのはうちの妹でした。卒業パーティーの日、妹はどうして自分がマダムを引き止める役をやらされたのかを知って、自分の罪を知り、私に全部告白したのです」

「あぁ……」

 そうか、と。ゆっくりとエイネシアは息を吐いた。

 これで……あの印章の謎が解けた。

「ごめんなさい。本当にごめんなさいっ。あのようなことになるなんて、私、ちっとも思っていなくてッ。どうしてグエンが寮監事務室になんて忍び入ったのかもッ」

「それでも貴女のしでかしたことが大きな罪であることに違いはないわ」

 そうピリッと厳しい声色で言ったレナリーに、びくっと肩を揺らしたセシリーは再び深く頭を下げた。

「もう、いいわ。実際に盗んだのは貴女ではないのだもの。それに盗まれたのが本物の印章ではなくてよかった……」

 これには心から、ほぅと安堵の息を吐いた。

 自室にまで誰かが忍び込んで、この印章を使ったのだと思うととても恐ろしかった。けれどそうではなく、事務室に保管されていた書類の印章を模写しただけの偽物だったのだ。そうと知れたことで、少しはこの不安も消えるというものだ。

「話してくれてありがとう、セシリー。今ここで、皆を証人に、貴女を許す、とそう言うわ。だからどうか顔をあげて。レナリーも。私はちゃんと謝罪を受け入れましたからね」

 そう言ったところで、レナリーも仕方なさそうに息を吐きながら、妹の背中を撫でて身を起こさせた。

 すっかりと涙ぐんで目を真っ赤にした様子は可哀想で、「涙を拭ってあげて」と言ったエイネシアに、レナリーは妹の背を促して化粧室へと誘った。

 そしてそれからもう一人。

 ぎゅっと拳を握って立つシシリアは、先にセシリーが真っ直ぐと謝罪したのを見たおかげか、先程よりも顔色がよくなっているように見受けられる。


「それで、シシー。シシーは何をしたの?」

 そう問うて見たところで、いささか驚いたような顔が跳ね上がった。

「貴女から……そんな、言葉が聞けるだなんて、思っていませんでした」

 これにはエイネシアも肩をすくめた。

 そうだろう。シシリアと関わりの有った頃のエイネシアは、ただただ“いい子”だった。誰が何をしても責めたりせず、こんな率直な言葉でシシリアを追い詰めたりもしなかっただろう。

 けれどその言葉はかえってシシリアをほっとさせたようで、「すべてお話します」と、落ち着いた声色を続けた。

「アイラさんの心根の悪さには、初めから気が付いていました。けれど彼女は、エイネシア様はいつか必ず没落して、その類は周りにも及ぶ。そういう未来が自分には“見えている”と言っていました。私はそれを信じて、アイラさんの言うがままに。実際に次から次へと貴女には悪い噂ばかりが流れ出して、殿下のお心も……」

 その先は言わずともわかっていたから、頷いた。

「噂の出所は、シシーではないの?」

「違う……といって信じていただけるとは思っていません。しかし噂の大半は、メアリスやシンドリーが吹聴した事です」

「そう……」

「それにはすぐに気が付きました。噂があまりにも私の知っている貴女と違っていたし、噂の出所もいつも一年の方から聞こえてきていましたから」

「それで貴女は止めなかったの?」

 そう口を挟んだのはアンナマリアで、その厳しい視線を受けながら、シシリアは困惑気に、しかし確かに頷いた。

「その時にはもう……姫様方はご存知ないでしょうが、殿下はよくアイラさんと図書館裏で逢引を。芝生にシートを敷いて昼食をご一緒したり、休日に町へ出かけたり、親しくなさっていたのです。ちょうど、そう……サロンで、アイラさんが殿下に菓子を差入れした。あの日くらいからです」

 あぁ、そうだった。アンナマリアと二人で沢山のケーキを焼いて、それで始めてこちらからヴィンセントを誘ってお茶の準備をして。でもその待ち合わせの場所で、アイラの差し出した菓子に手を付けたヴィンセントに、絶望して背を向け、逃げ出したのだ。

 それを離れた席で、シシリアも見ていた。

 去ってゆくエイネシアのことも。

「だから、アイラさんの言っている未来は本当だ。このまま姫様といたら、私も巻き込まれる、と……」

「保身に走ったのね」

 それを咎める気にはなれなかった。

 きっといじめる側とそれを傍観する側というのは、そういう関係なのだと思う。

 自分が苛められるのが嫌だから黙って見て見ぬふりをする。

 これも同じで、どんどんと追い詰められていくエイネシアの様子に、一緒にいたら自分も不遇を被ると、そう恐れたのだ。

 当然だ。

「私も何度か、寮内で見聞きした姫様の動向をお伝えしたり……いたしました。ですが誓って、それ以上の加担はしていません。むしろあの夏の舞踏会の日には、アイラさんがひどい常識破りのドレスを着て現れた時、『いっそこのまま恥をかいて社交界を追放されてしまえばいい』と思っていたのです。でもそれがまさか、貴女を貶める理由に使われるだなんて思ってもみなくて……」

「私が貴女の予想を裏切り、アイラさんの格好を咎め、正そうとおせっかいを焼いたせいね」

「え、ええ……その。正直、よくもまぁそんなことができるものだと……」

「私もあれは軽率だったと、心の底から反省したわ」

 でもあの事件のおかげで、少し踏ん切りがついた。ヴィンセントの目が閉ざされてしまっていることに気が付くこともできた。

 きっと周りからしてみれば、それはとんでもなく“遅すぎた”のだろうけれど。

「それで。シシーが今ここにいる理由は?」

「卒業パーティーの日。アイラさんの言った通りには、ならなかった」

「そうね」

 エドワード、アンナマリア、アルフォンスにビアンナにアーウィン。そして星雲寮の皆のおかげだ。

「遅すぎるとお笑いになるかもしれません。けれどそれで私もやっと気付きました。アイラさんの思い描いている通りにはならない。“未来は変わっている”のだと。それまでは、たとえエイネシア様に理があろうがなかろうが、すべて殿下の一言で納まるのだと思っていましたが、そうではないのだと」

「納まるはずだったわ。エドがあんなことをしなければ」

 そう見やった先で、エドワードがふと顔をほころばせた。

 何もかも。あの日あの場所で、エイネシアの運命が変わったのは、なによりもエドワードのおかげなのだ。

「でもそれでも、殿下はアイラさんを許嫁になさったでしょう? それなのに、この一年のすべてを捨てて、私に謝罪をするの?」

「こんなことを言っても信じてはもらえないと思いますが……この一年、私にも葛藤はあったのです。いつまでこんなことをしていないといけないのか。早く終わってほしいと、そればかり思っていました。だというのに、もしアイラさんの言う未来が“確実”でないのだとしたら、私の一年は何だったのでしょう?」

「……」

「もう、自分の行いに毎日後悔して腹を立てるのは嫌です。慎重に慎重にと周りの様子ばかり窺って自分を見失うのは嫌です。これからは、自分が正しいと思えることをしたいのです」

 こんなことを今更言っても、もう遅いのは分かっていますが、と、そう不安そうに深く頭を下げたシシリアに、エイネシアは僅かに口を引き結んで佇んだ。

 “いい子ちゃん”なら、すぐに手を差し伸べて、シシリアを許すべきなのだろう。

 でもそう簡単に気持ちの整理はつかない。

 だってそれで、エイネシアを油断させておいてさらに貶めるつもりだったらどうする?

 そんなことに考えがまわらない程馬鹿じゃない。


「ごめんなさい、シシー。今すぐに、信じることはできないわ」

「分かっています。ただ、私が謝罪をしたかった。私がやり直すために。その自己満足のためにここにいます」

 そう少しも頭をあげないシシリアに、エイネシアはそっと息を吐く。

 彼女の事は、根は善良な人間だと思っている。少なくとも、一桁の年齢の時から見知った間柄であるし、父親同士も友人だ。出来ることなら、親しくしたい。

 そう思う気持ちもあるけれど、やはりそれを受け入れられない気持ちもある。


「私達、またいちからやり直しましょう。信頼できるかどうかは分からないけれど。またこの春から、新しい関係を築いてみるの。それでも、いいかしら?」


 だから導き出したのは、この謝罪により過去を清算し、そしてまたまっさらなところからやり直すこと。

 それで友達になれるかどうかなんてわからない。なれない可能性だってある。

 それでも良い? と言ったエイネシアに、ようやくほっとしたシシリアの顔が持ち上がって、「感謝します」と、深い深い安堵の顔を見せた。

 その始めてみる顔に、あぁ、この子はこんな顔もするんだ、と驚いた。


 自分はそれほどまでに、シシリア・ノー・セイロンという人物を知らなかったのだ。






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