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七人の少女とたった一人のバッドエンド  作者: 灯月 更夜
第二章 エデルニアの雪融け
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2-19 やりたいようにやってみた

「……という結論から、バースレイ先生の仰る移動式方陣論には方陣の安定性の見直しを主張したサンプレイ氏の『固定式方陣の重要性』に対する考察が欠如しており、その後のクリンクス博士が訴える双方を融和させた移動式固定方陣の有用性と新たな可能性の提唱をもっと重要視し、推論してゆく必要性を感じます」

 前期末課題の宿題として出された移動式方陣学に関する見解の報告。

 後期の最初の授業でバースレイに名指しされた数人が見解を述べて行く中、一人その批判見解を主張したエイネシア・フィオレ・アーデルハイドに、クラスメイト達は皆キョトンと目を丸くして目を瞬かせた。

 はて。この人はこんな人だっただろうか、と。

 それから彼らは皆揃って、厳しい顔をしてじっと黙って報告を聞いていたバースレイを見て、恐る恐ると、二人を見比べる。

 だが微塵も揺らぐことなく毅然とたつエイネシアに、撤回する様子などあるはずも無く。かと思うと唐突に、はっはっは!! と、ひどく豪胆に声を上げてバースレイ教諭が笑い出したものだから、皆、そしてエイネシアもまた、驚いて目を瞬かせた。

「タイラス・クリンクスは、ある日私の部屋の扉を叩いて、こう言ったのだ。『ざまーみろ。先生が為し得なかった固形狭小物への移動式方陣の定着に成功したぞ!』と」

 え? え? と、皆が困ったように顔を見合わせる。

 だがただ一人、その言葉の意味が分かったエイネシアだけは、思わず恥ずかしげに顔をほころばせた。

「申し訳ありません、バースレイ先生。今回の課題に関する報告について、一つ、訂正させていただきます。推論をしてゆく必要性があるのではなく、その推論に至ることが、今回の課題の論点であったのですね」

「宜しい。大変に素晴らしい!」

 そう思わず手を叩いたバースレイに、皆も段々と、何かがおかしいことに気がつきはじめた。

「さて。アーデルハイド嬢。貴女はクリンクスの論文にどこで行きついたのかな?」

「まずは己の見解のように話してしまったことを謝罪いたします。その論文は、先に卒業なされたブラットワイス大公殿下が、今は私が使っている部屋の書棚に残して下さっていただけのことでございます」

「アレクシス殿下か。あぁ。彼は非凡であった」

 うむ、と一つ頷く。

「だが私とクリンクスがかつて師弟であったことは何処にも書かれておらず、私の授業とも直接的な関連性はなかったはずだ。それをオーリー・サンプレイの著書から関連付けた貴殿のレポートは、実にすばらしかった。それとここでは口頭報告しなかったようだが、レポートの最後に推論していたクリンクスの固形狭小物への方陣固定が非常に成功例の少ないもので、これだけでは汎用性に足らないとする懸念も実に的確で、その根拠にも説得力があった。私はこのレポートを、是非クリンクスの部屋の扉を叩いて叩きつけてやりたいと思っている」

「恐れ入ります。夏の休暇の間、自ら実験して得たつたない推論です」

「自分で実験したのか! それはすごい! 狭小物への固定は、一流の魔法士にも難しい!」

 今手元に実験の成功例はあるかね、と足早に駆け寄ってくるバースレイに、「授業中にお出しするには少々忍びないものですが」と、お昼のオヤツにと持ってきていた小袋を取り出す。

 中には小ぶりなケーキが収まっていて、小袋の裏側に小さな氷の方陣を描き、中を軽い冷蔵庫状態にしてある。

「完璧だ! これは氷魔法の術式だな。しかも何だと? まさか布製品に定着を?!」

「はい。しかし普通の市販の布袋には定着できませんでした。これは王立第三薬学研究室のグレンワイス卿の協力の元、方陣定着率の高いコリの葉を練り込みマダルの樹木の繊維を織り込んだ糸を用い、熟練の侍女であるエニーの非常に緻密で正確な優れた技術で編まれたものです。コリもマダルも希少性が非常に高く、しかも有用な繊維の抽出には王立研究室の優秀な土魔法士と木魔法士、風魔法士が三人がかりで、三日三晩かかりました。それでいながら方陣の持続時間にもかなりの限界があり、到底汎用性には向きません」

「いや、だがこれはすごい。箱や革はともかく、布に定着させた例は王国史上初のものだ。これは例えば非常に狭小なものや、壊れやすいもの運搬。あるいは医療品分野においてかなり有効的な代物だ。貴殿はこの布包みに関して、早々と学会報告するべきだ」

「いえ、それは第三薬学研究室にお任せしました。グレンワイス室長は私を共同研究者として参加させて下さるそうですが、実際に完成と成功を実現したのは薬室ですから」

「あぁ、彼もまた非常に生意気で優秀な学生であった」

 先生を褒められるのはなんだちょっとくすぐったくて、エイネシアもクスと口元を緩めた。

「さぁ、学生諸君。君達はとても幸運だ。私はもしも前期の授業を受けて、誰一人として私の移動式方陣の不安定性に気が付かなければ、このまま延々と後期も役に立たない机上の空論を話すつもりでいた。だが幸いにしてアーデルハイド嬢のお蔭で、これから私はその何が空論であり、それが今どう是正されているのか、最も新しい見解を君たちに語ることができるのだから」

 そう教壇に戻ってゆくバースレイに、ほぅ、と、エイネシアも息を吐いた。


 まったく、アレクシスも人が悪い。本当はバースレイがこういう人物であることを知っていながら、わざと隠しておいた便箋にはそんなことを書かず、まるでバースレイを師事するに値しない人物であるかのように書いていたのだから。

 前期の終わりにアンナマリアがエイネシアを諭してくれなければ、うっかりバースレイを侮ったままに適当で当たり障りのない、お行儀のよいレポートを提出してしまうところだった。

 二人にはどんなにか感謝してもしきれない。


 それから程なく、王立第三薬学研究室の名前で出された『限定織布物への方陣固定技術の成功例とその応用課題』との論文において、エイネシア・フィオレ・アーデルハイドはこの発案者兼最初の実現者として名を挙げられ、大学のインデックスに名を連ねることになった。

 これを受けてバースレイをはじめとする三人の教師から、学期の途中でありながらも彼らの授業に関する“単位受領”の認可を受けた。

 なるほど。アレクシスはこういう形で、たった一年半で単位満了したわけか、と、その裏側を知ったのもこの時だ。

 過去に例のない飛び級なんて、一体どんなことをしでかしたのかと思ったが、思えばその一年半の間にアレクシスが発表した論文の数は、古薔薇の部屋の机の天板の下にぎっしりと詰まっていた論文の下書きを見れば明らかである。

 そこには政治、経済、歴史、地理、精霊魔法学のありとあらゆる分野に関する見解が詰まっていて、それを大学で日々議論を交わすような人達と同等のレベルで提出されては、“どうぞさっさと学院なんて卒業して大学へ行ってください”と言われるのも当然だ。

 まぁ、そのアレクシスは大学には行かず、今なお何処で何をしているのかも分からぬ行方不明状態なのだが。

 ちなみに良い機会だからと図書館でアレクシスの名前で出されている論文を片っ端から見たところ、その複数箇所において共同研究者として勝手にエイネシアの名前が出ていたことに驚いた。これにより、入学時、なぜか自動的に幾つかの単位が免除されていた理由を知ることができた。


 少しでも自分を“自由”にすることを心がけるようになったエイネシアは、それからも学問上で、実に有意義に教師たちと議論した。

 ここでは学ぶべきことなどないと思っていたのは、単にエイネシアが粛々と授業を聞いてそれに答えるだけの“いい子”だったからであり、意欲的に議論すれば、教師たちの誰もが、実に有意義な見識を持った人たちだったことがよく分かった。

 それもそうだろう。学院の教師たちは、一部のマナーや作法などの教師を除いては皆、現役で大学部に籍を置いている研究者たちなのだ。

 そう思うと、これまでつまらない時間だった授業も中々に面白くなり、だがやはり汎用性の高い教科書通りの授業などつまらなかったから、その内の幾つは先んじてレポートを提出して単位を取り、空いた時間で、直接教師と議論を交わすようになった。

 一対一による教師との議論を求めたエイネシアは、最初はそんなことをしては失礼だろうかと思って恐る恐る大学部を訪ねたのだが、彼らはそんなエイネシアにちっとも嫌な顔をすることはなく、「直接やって来たのはグレンワイス卿とブラットワイス大公殿下に続いて三人目だ」と、笑って出迎えてくれた。

 なるほど。師匠の無礼は脈々と弟子達に受け継がれてしまっているようだ。

 そのご縁もあり、教師たちの勧めもあって、時折大学部の授業に混ぜてもらうことも増えると、流石にエニーが顔を青くして、「くれぐれも、くれぐれもあの方たちと同じ過ちだけは犯してはいけませんよ!」と、所謂“行方不明騒動”を心配してくれたけれど、そこはそれ。エイネシアが“女の子である”という事実が、むしろ教師たちを慎重にさせ、いつも適当な時間で、彼らの方からエイネシアを送り出してくれた。

 それは少し残念だったが、おかげさまでエニーに睨まれる事態にはならずに済んだ。






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