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七人の少女とたった一人のバッドエンド  作者: 灯月 更夜
第一章 定められた配役
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1-2 悪役令嬢の大切な役割

 翌朝、たった一人の弟が、ちょっぴり恥ずかしそうに頬を赤らめながら「おはようございます、姉様」と言った姿は、正直とても可愛くて、天使だと思った。

 だがいかんせん、思い出してしまった事実に、エイネシアは顔を青ざめさせただけで、まともな返事を返すことさえできなかった。

 その様子にエドワードはとても不安そうな顔をしたが、間もなく顔を出したお付筆頭侍女のエレノアに連れて行かれてしまった。

 正直今は、それが少しほっとする。



「まだあまり顔色が宜しくありませんね、お嬢様。もう少しお休みになりますか?」

 そう心配そうに問うてくれたネリーの申し出はとても有難く、そうするわ、と再びベッドに潜り込んだ。

「しかし……どういたしましょう。先ほど旦那様より、本日は“殿下”がお見舞いにいらっしゃる、と言付かったのですが……」

 その言葉に、すぐにもエイネシアは肩を跳ね上げて顔色を濁した。

 殿下……というのは間違いない。先ごろエイネシアの許嫁になった、この国の王子、ヴィンセント・ルチル・エーデルワイス殿下だ。

 王太子ウィルフレッド殿下の長男で、いわゆる次々代の国王候補。

 許嫁にと定められた時には、正直ちっとも何も感じず、まぁ“私”なら当然でしょうね、くらいの感想しか出てこなかった。

 前世の記憶がなくとも元々聡明で冷めたところのあったエイネシアは、八歳にして実に的確に自分の存在価値を理解しており(女性も賢くなくてはと思っている母が選りすぐってくれた優秀な教師のお陰だ)、王子殿下との婚約が、彼を取り巻く政治的かつ血縁的な情勢に関係していることも、実に的確に把握していたからだ。


 即ち、この国の王太子ウィルフレッドにはシルヴェスト公爵家から嫁いだ正妃エルヴィア様と、その後自由恋愛によって妾妃としたメイフィールド伯爵家のフレデリカ嬢という、二人の妻がいらっしゃる。だが正妃エルヴィア様に子供はなく、ウィルフレッドの世継ぎはフレデリカ妃の産んだ子しかいない。

 もし今後ウィルフレッドが国王として戴冠したならば、その次の王太子をどうするのかというのはもはや重大な懸念事項であって、昨今はただでさえ、妹エルヴィアを蔑ろにされたとしてシルヴェスト公爵が政治の舞台を退き所領に引きこもって長いのに、この上側妃の子など立太子しようものなら、ますますのシルヴェスト公爵家の離反を招くことは必至だ。

 当然、王家としても公爵家の離反は望ましくない状況である。

 そもそもこの国の慣習では、世継が正妃の子ではない、即ち“王族”や“四公爵家”の血縁でないというのはそれだけでも後見を脆弱にする。

 これは、古くは公爵が独立した一国であったことの名残だそうで、それらの国と血縁関係を結ぶことによって同一国化させてきたエーデルワイス王国の歴史上、王妃を四公爵家から輩出するのは、王国と公爵家との関係を保たせるための脈々たる慣習であった。

 だがヴィンセント王子の生母はそうではない。

 ウィルフレッドの子がフレデリカの所生子しかいない以上、ヴィンセントの王位継承権は確かに最も高くなるが、これにより公爵家の離反が進み、もとより反権門意識の強いメイフィールド伯爵家が権力を握ろうものならばどうなるのか、と……昨今はただでさえ、この手の暗雲が貴族社会に立ち込めている。


 そんな中で白羽の矢を立てられたのが、アーデルハイド公爵令嬢エイネシアであった。

 両親ともに王家の近縁で、四公爵家の一つ、しかも宰相という地位にあるジルフォードの娘。

 母が現女王陛下の姪である上に、現ラングフォード公爵の姉で、王族・公爵家ともに縁の深い人物であるというのは勿論、何より、父ジルフォードの母――つまりエイネシアの祖母が、シルヴェスト家の出身で、王太子正妃エルヴィアの年の離れた実の姉に当たることが最も重要なのだ。

 エルヴィア妃から見れば、ジルフォード公は甥。エイネシア嬢は甥の子供ということになる。

 そのエイネシアを未来の王太子妃に据えれば、次期王妃エルヴィアの面目も立つ上にシルヴェスト公爵家への義理も立ち、かつ王太子ヴィンセントにも双璧どころか三壁といえるほどの強力な後見を据えることができる。

 そういう、完全なる政略結婚だ。




 社交界デビューもまだの幼いエイネシアが許嫁の王子と会ったのは、婚約式が執り行われた一度きりで、簡単な自己紹介の挨拶と、婚約の為の定型文と決まり文句しか交わしたことはない。

 勿論、相手からも『四公に認められるよう勤めるつもりだ』という、実に子供らしからぬ言葉しかかけられたことはない。

 そのすべてが、二人の関係の形を如実に表していると言えるだろう。

 そんな王子様が、まさかお見舞いにいらっしゃるとは……驚いた。

 いや、一応は許嫁なのだ。公爵家のタウンハウスは王城からほど近い場所に居を置いているし、大した距離でもない。社交辞令としてのお見舞い。むしろ大人に言われて仕方なく、といったものなのではないだろうか。

 だが問題はそこではない。

 思い出してしまった記憶が正しければ、自分の死亡フラグは二人の人物――“ヴィンセント王子”と、そして弟“エドワード”によってもたらされるのである。

 絶望的だ。

 これを回避すべく立ち回ったところで未来が変わるのかどうかは知らないが、少なくとも未来を知っている以上、何かしら最悪の事態を避けることはできるかもしれない。

 努力はするべきだ。

 だとしたら……自分はあの王子様と、距離を取るべきなのだろうか。

 かといって、お見舞いに来て下さろうという殿下に、『結構です』とは言えない。そんなことをしたら余計に死亡フラグが立つ。

 最悪だ。


 そんなことを考えて益々顔を真っ青にしていくお嬢様に、ネリーがとても困った顔で、「お断りなさいますか?」という助け舟を出してくれた。

 一瞬それに食いつきそうになったけれど、しかしそんなことをしてはネリーが父に何を言われるか、そして王太子にエイネシアがどう思われるか。その辺が余計に心配になる。

 だから大人しく首を横に振って、「大丈夫よ」と答える。

「殿下はいつ頃いらっしゃるか分かる?」

「旦那様が登城して、先んじて陛下にお嬢様の様子をご報告なさるそうですから、早くてもそれより後。お昼過ぎではないでしょうか」

「だったら昼前に起こして頂戴。きちんと身支度をして……でもご無礼でなければ、ベッドに入ったままお見舞いを受けても良い?」

 正直怪我の具合は多少痛む程度でなんともないのだが、しかしベッドに入ってさえいれば相手も遠慮して、早く切り上げてくれるに違いない。

 そういう打算があったのだが、ネリーは素直に体調が芳しくないからと受け取ったようで、「そのように奥様に申し上げておきます」と言い、ポンポン、と布団を引き上げてエイネシアを寝かせてくれた。

「何かございましたら、すぐにお呼び下さい。今日はずっと隣室に控えておりますので」

 そう言って窓のレースカーテンだけをさっと引いて部屋を薄暗くしたネリーが、丁寧な一礼をして、居間の方へと続く扉から出て行った。


 ◇◇◇



 扉が閉まり、しばらく隣室で何か作業をするような物音がしていたが、それも間もなく鳴り止むと、エイネシアは跳ねるようにして身を起こした。

 八歳の体には昨夜眠れなかったことが大層堪えていて、今すぐにでも熟睡したかったが、しかしそれ以上に、少なくとも十八年間生きてそれなりに成熟していた元の自分の精神が、『寝てる場合じゃないわよ!』と幼い体を叱咤(しった)した。

 ひとつごしごしっ、と目元をこすって、ネリーに気が付かれないようにベッドを降りる。

 ベッドサイドの白いレースを縫い込んだ綿の部屋履きにちょこんと小さな足を突っ込んで、そそくさと寝室の脇の壁に備え付けられた立派な本棚へと歩み寄る。

 本当なら奥にある書斎に行きたかったのだけれど、そこに行くにはネリーのいる部屋を通過しないといけないから諦めた。代わりにこの部屋の書棚から、眠る前の勉強の復習用にと置いているノートと、綺麗な箱に納まっている筆記具を取り出した。ここにある筆記具はどちらかというと装飾的に凝った非実用的なものだが、背に腹は代えられない。

 書机もないので仕方なくドレッサーの台にノートを広げて、少し甘い香りのするブルーインクに、半透明でキラキラとした美しいガラスペンの先を浸す。

 そして開いたまっさらなノートに、“日本語”で、覚えていることを書きだした。

 まずしなければいけないのは、情報整理だ。



 まず一つ。この世界はどうやら、地球の日本という国でそれなりの人気をはくしていたらしい、アマチュア制作有料PCゲーム『エーデルワイスの聖女物語』の世界観を踏襲しているらしいということ。

 生憎と前世のエイネシアは、このゲームを自分でやったことはないが、腐という字の付く例のものに半ば足を突っ込みかけていた三つ年下の妹がやり込んでいたゲームだということは覚えている。

 そして当時受験勉強にいそしんでいた姉(妹曰く「勉強し過ぎ」な姉)のために、彼女は姉の部屋で、姉のパソコンで、姉のベッドに寝転がってそのゲームを実況してくれた。それはもう、頼んでもいないのに実に事細かに説明してくれた上に、何が楽しいのか。何が熱いのか。何がかっこよくて、どこにときめいたのか。そういうものをそれはもう熱烈に語ってくれた。

 正直、乙女趣味の過ぎる絵柄と、イケメンを通り越してもはやファンシーすぎるキャラクターの甘っあまな言動に引いていたため話半分にしか頭に入れていなかったけれど、はしゃいでいる妹は可愛かったし、一生懸命自分の好きな物を理解してもらおうと語りかけてくる様子は愛おしくもあり、勉強の手を休めては一緒にベッドに寝転がって、色々と聞いてあげたりしていた。

 だから完璧にではないが、多少の知識はある。


 ヒロインの名前はアイラ。

 乙女ゲームの大半がそうであるように、“平凡”で、“余り身分が高くない”が、しかし“特別な力”を持っているという少女だ。

 当然、平凡という言葉を裏切る可愛らしい外見で描かれている。

 この世界では当然人物は皆リアルな姿形をしていて、まったくゲームのイラストとは似て非なるものなわけだが、少なくともエドワードやエイネシアの造形の完成度の高さを考えれば、ヒロインも相当可愛い姿形をしているのであろう。

 ゲームの攻略対象は五人。

 この内、妹が一番推しだと言っていたのが、あろうことかエイネシアの実の弟である“エドワード”だ。

 道理で……名前を聞いて、妙にしっくりきたはずだ。前世での妹に、一体何度そのフルネームを連呼されたことか。

 そして妹の二番目推しが、世間一般で言うところの一番推し。メインヒーローでもある、王太子ヴィンセント様。

 今のエイネシアの知識ではまだ“王太子の子”だが、ゲームでは確かに“王太子”と呼称されていたはずだから、今からゲーム開始時点までの間に現王太子ウィルフレッド殿下が即位し、ヴィンセントも王太子になるのだろう。この方が、エイネシアの婚約者殿だ。

 こうなればもう、エイネシアがどういう役割の人物であったのかは想像に難くない。

 当たり前だが、ヒロインと王太子の仲を邪魔する悪役お邪魔虫。それ一択だ。


 とはいえ、ただ決して無意味に悪役なわけではない。

 確かにエイネシアは中々にお厳しい性格で、身分なんて関係ないとばかりに攻略対象を射止めて行くヒロインに対し、圧倒的身分と血筋によってヒロインを悉く卑屈にさせる、いかにも王妃になるために育てられたかのような、“正しくて毅然とした”お邪魔姫として描かれている。

 王太子以外の人を人とも見ていないような傲慢な性格を見せるシーンも多々あるが、今となって思えば、それが“エイネシア”にとっては普通だったのだなと同情してしまう。


 王太子ヴィンセントの後見は弱い――それも、恐ろしく弱い。


 今のこの王国の現状を考えれば、エイネシアの存在……いや、エイネシアの身の内に流れている“血”は、王家にとって絶対に手放せないものであり、エイネシア自身もそれを弁えて、この血を捨てようとするヴィンセントに苦言を放ちまくったのだ。

 そりゃあ、ヒロインに過酷ないじめの一つや二つ、するだろう。

 弟エドワードルートの場合も、エドワードは、ヒロインを公爵家の跡継ぎに相応しくない人物だと邪険にする姉のことを、『姉上が正論を仰るのも当然ですが』との理解を示されている。

 まぁ勿論、それでも弟はヒロインを選ぶわけだが。



 そんなゲーム『エーデルワイスの聖女物語』の主題は、いわゆる身分を乗り越え「愛が勝つ」ってやつだ。

 どこからどう考えても結ばれえないような格差を乗り越えヒーロー達と結ばれるヒロイン。それに対して“正論”と“分相応”ばかりを説くエイネシア姫。

 なるほど。最初から何もかも持っているエイネシアより、何も持たないアイラが主人公なのは当然だ。

 そうでなければ、大恋愛は成立しえない。

 だが身分秩序を崩壊させるような大恋愛を皆が皆していたら、それはもう国の体制を根幹からぶち壊す、ただただ無秩序な世界の完成だ。

 だからあくまでもヒロインの恋愛は、“特別”でなければならない。

 そのため、ヒロインがエドワードを選び公爵家の世継ぎに嫁ぐことになった場合、エイネシアは何事も無く王太子妃にならねばならない。

 次期宰相候補でありながら身分にそぐわない恋人を得て公爵家の格を(おとし)めた弟のしりぬぐいに、姉がせっせと王太子に嫁いで、公爵家の名誉と王国貴族社会の秩序を守ってさしあげるわけだ。


 逆にこれが王太子ヴィンセントルートだと、その高貴な血筋ゆえに物語上邪魔でしかないエイネシアは、あっさりと死亡ルートをたどる。エイネシアの死無くして、王太子がヒロインと恋愛することなど不可能だからだ。

 なのでこのルートでのエイネシアは愛しい婚約者が心を離してしまったことを恨み、狂ったようにヒロインを付け狙った挙句、魔法というこのゲームのおまけみたいな力でヒロインを傷つけてしまうのだ。

 ここでヒロインを殺してしまったら、エイネシアも一緒に死亡ルート。ヒロインを言い負かして勝利してしまったら、ヒロインと王太子が駆け落ちし、国家転覆イベントまで発生して、何故かエイネシアも投獄ルート。ヒロインを殺さなくても、力を暴走させたエイネシアに殿下の味方をする実の弟エドワードが姉への失望の言葉を叩きつけ、その手で実の姉を討ち取ってしまう。

 あとは娘を婚約破棄されたアーデルハイド公爵家に対し、王家からヴィンセントの妹のアンナマリア王女がエドワードに降嫁(こうか)すれば、秩序を保つための補填が完了だ。

 そう。ヴィンセントルートの場合、エイネシアには死ぬか投獄されるかのどちらかしか未来が無く、三分の一の確率であの天使みたいに可愛い弟に剣で心臓を貫かれるというバッドエンドを迎えるのだ。


 何が最悪かって、ただ死ぬだけじゃない……それがまさかの、“前世の自分と同じ死に方”であるということだ。

 もっとも、以前の死因が本当にそれであったのかどうかなんてことは知らないが、包丁か何かで体中を何か所も突き刺されたその恐怖は、今なお身を震わせるほどの恐怖として記憶に刻み込まれている。

 この世界のヒロインが誰を選ぶのかは知らないが、もしもヴィンセントを選ぶというのなら、その結末は最悪だ。

 どうにかして……そんな最後にだけはならないようにしないと。

 そう願うのは、何も大きな野望や、生きたいという強い意志が有るからではない。

 もう二度と……“殺される”だなんて恐怖を、体験したくないからだ。

 もちろん、あの可愛い弟の手を汚させるなんてことも絶対に嫌だ。

 そうなるくらいなら、さっさと婚約者殿をヒロインに譲り渡してあげるべきだ。


 だがもしもヒロインがヴィンセント以外を選んだならば、自分はこのまま王太子妃になる可能性がかなり高い。

 ヒロインが誰を選ぼうが気にせず、王太子を捨てちゃえばいいじゃない、なんて単純な話ではない。エイネシアは総じて、ヒロインの“特別な大恋愛”に対し、その秩序破壊を“修復”するための存在意義を担う存在なのだ。

 つまるところ、エイネシアと王太子の結婚は、緊張状態にある王族と公爵家との関係を復活させるための契約であり踏絵ということだ。エイネシアの決定は、国の未来を左右しかねない。そしてエイネシアがその責任を負っているということを、周囲から重々叩き込まれている。短絡的な個人的理由で投げ出していいなどという甘っちょろい教育も受けていない。

 だからもしもヒロインがヴィンセント以外のルートを選択したとしたら、その時点でいかなる理由があろうとも、エイネシアはヴィンセントに嫁ぐことになる。

 とすると、その許嫁殿との関係を険悪、ないし冷ややかな物にしていた場合、その後夫婦生活が最悪なものになるのは明白だ。


 冷めきった夫婦生活。

 政略結婚で仕方なく一緒になった者同士。

 お互いがお互いに求めているのは利害だけ。

 きっと行く行くは跡継ぎ問題とかで揉めるに違いない。


 これでもしまたヴィンセント王子が公爵家の姫を蔑ろにして側妃など娶ろうものなら、間違いなく今度こそシルヴェスト公爵家が王家から離反する。ついでにアーデルハイド公爵家も離反するかもしれない。下手をすれば外戚のラングフォード公爵家も。

 四公爵のうち三公爵が王家から心を離してしまったら、それはもう内乱だ。

 そんなことはまったく望んでいなければ、エイネシアにはちゃんとエイネシアとして生まれ育った記憶も根付いており、それなりにこの国とこの家を愛しているのだ。

 ではどうしたらいいのだろうか。

 王太子ともそれなりに上手くやって。でももしも彼がヒロインに惹かれるようであれば、その時は潔く身を引くとか? 極力国も実家も巻き込まないように、かつ断罪もされないように潔く……。

 そんな器用なことが本当にできるのだろうか?


 ノートに覚えている限りの彼らを取り巻く色々な人物の名前や、うろ覚えの知識をポツポツと書きだしてゆく。

 他にも攻略対象は三人いて、王太子と主従関係にある騎士様と、所謂体育会系に部類されるであろう将軍のご子息殿。それと途中で増員される、ポヤンとした研究者っぽいイレギュラールートが派生したはずだが、生憎このルートは妹からも話しか聞いたことが無くて、詳しいことは知らない。

 どのルートをたどったとしても、エイネシアの役割は変わらない。

 王太子ヴィンセントルートでは死亡フラグまでたつエイネシアも、その他のルートでは、総じてイレギュラーなヒロインの存在を認めさせるための秩序補正要員だ。

 そう色々と書きだしたところで、なにやらもうただただため息が零れ落ちた。

 余りにも自分の役割ががんじがらめで、(あらが)余地(よち)がない。



 ゲームの開始は、今から八年後。

 王侯貴族の子弟がこぞって通う王立エデルニア学院にヒロインが入学するところから始まる。エイネシアはヒロインの一つ年上に当たるから、エイネシアが二年生の時だ。

 そしてそのヒロインが誰を選ぶのかによって、ようやくエイネシアも身の振り方を前もって知ることができるというわけで、しかしそれから死亡フラグが達成されるまでの期間は僅か一年。その時になってから対処したのでは、絶対に遅い。かといってエイネシアに、前もってヒロインについて調べられるだけの原作知識はないし、すでに自分のことで手いっぱいだ。

 要するに今するべきは、ゲームを思い出して自分の今後を憂い、いざという時の対処法を考えることではない。今この場所、この世界、自分が得ている知識や家柄、この身分という現実を容認して、今後誰が何を選ぼうとも、それに柔軟に対応できる“自分自身”を成長させること。

 今後ヒロインというこの現状をかき乱す存在が現れることを知っている、という意味では危機感の有り方が変わってくるだろうが、しかしそれはそれ、これはこれ。自分は自分らしく、エイネシア・フィオレ・アーデルハイドとして、即ちアーデルハイド家の令嬢として、為すべきことを為せばいい。自分が“アーデルハイド”である限り、間違えたりしないはず。

 少なくともそうであれるようにとの教育を受けている。


 ただ一つ。身内に裏切られるという最後だけは絶対に回避したい。

 それだけは譲れない。

 故にこの自問自答の果てに得た結果はただ一つ。


 『とりあえず、弟とは仲良くしておこう……』である。


 もっとも……改めて考えずとも、弟は可愛い。

 仲良くしたいし、前世での弟にはしてあげられなかったことも、沢山してあげたい。

 一緒に遊んだり、一緒に勉強したり。



 かつての弟との最後の会話はとてもつまらない喧嘩だった。

 『僕の誕生日だから今日は早く帰って来てね』と言われていたのに、友達の悩み相談をどうしても断ることが出来なくて、すっかり遅くなってしまった。

 そんな姉に、『遅い。何してたの?』と頬を膨らました弟に、“あなたのために走って帰って来たのに”だなんて身勝手な不満を募らせて、『あんたの誕生日に私は関係ないでしょう!』なんて言って、部屋に閉じこもってしまった。

 誕生日だったのに。プレゼントだって用意していたのに。なのにそれを渡すことも、お祝いの一言も云うことができずに……その日の夜に、その大切な家族を失った。

 ごめんなさいも言えず。必死に姉を守ろうとしてくれた弟を、守ってあげることもできず。

 ただ一人、後悔だけを抱えて生き残ってしまった。

 “関係ない”なんて、言ってしまったから――。

 関係のない、“悪い私”だけ一人ぼっち――。


 だから今度は、関係ないなんて言わずに、ちゃんと話をして、理解しあいたい。

 ゲームでの姉弟は終始他人行儀な感じがあって、妹の隣でゲームを見ていた時も、ヴィンセントルートの終盤が近づいてようやく『え、この二人姉弟だったの!?』と驚嘆の声を上げたくらいだ。できればそんな稀薄な関係ではいたくない。

 そう思わず吐息をつきながら、パタン、とノートを閉じた。




 結局のところ……やはりバッドエンドは、自分なのだろうか。



 というかそもそも、こちらへ送られたであろう七人は、本当にみんな同じ世界に転移させられているのだろうか。もしもそうならば、皆が皆、誰かしらの役割を与えられているのであろうか。

 あるいはその中にはヒロインもいるのかもしれない……。

 大体、転移させられたのは全部で“七人”。

 このゲームの攻略対象は全部で“五人”。

 二人あぶれている。

 バッドエンドは一人らしいが……ではもう一人は何なのだろうか。

 どちらにしても、ゲームで最も悪役に近い扱いをうけているエイネシアがそれである可能性は非常に高いわけだ。

 これは“アフターデスケア”であるはずなのに。

 平和な日本では最悪な部類に入るであろう人生を送り、最悪な死に方をしたはずの自分が悪役令嬢って……。


「他の皆は、一体どれだけ悲惨な死に方をしたのかしら……」


 考えただけでも恐ろしい、と。

 そんなことを思う自分に、自嘲を溢した。



 あぁ。

 何でそんなことに、“安心”しているのだろうか――。






説明だらけですみません。

 挿絵(By みてみん)

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