1-14 祝宴と月(2)
「っ、あーーーっ!! エイネシア・アーデルハイド!」
そういきなり呼び捨てられたものだから、流石に顔が引きつった。
ええっと。まてまて。落ち着けエイネシア。ちょっとおさらいしてみようじゃないか。
かのゲームのヒロインの名前はアイラ・キャロライン。お父様はキャロライン男爵。
繰り返す。お父様は、キャロライン男爵。
母は庶民の出身で、しかしこの世界では最も希少価値が高いとされる聖魔法士であったことから、領主の男爵に召し上げられ、手籠めにされて生まれたのが、男爵家の庶子、アイラだ。庶出ということもあり幼少期は病がちな母と二人、苦労をしたが、優しく慎ましやかに育ち……厳しい幼少期の経験から、とても控えめで大人しい性格をしてい……るはずなのだが。さて、これはどうした事だろう。
そこで身分も憚らぬ様子でアーデルハイド公爵令嬢を指差して呼び捨てるという無礼を働いたご令嬢は、この祝宴に相応しいだけのきちんとしたピンクのドレスを纏っていて、決して冷遇されているようには見えず、どんなにか言い繕ってみたって、“控えめ”で“大人しい”ようには見えない。
別人? いや、そんなはずはない。
あるいはゲームとこの世界が違っていることはもう分かっているから、彼女も何かイレギュラーな影響を受けて、変わってしまったのだろうか。
でもだとしたら、何が原因で変わったのだろうか。
「探してたのは貴女じゃないんだけど。でもいいわ。貴女! 会ったら一言言っておこうと思っていたのよ!」
そう喰ってかかってきたアイラは、ずかずかとエイネシアの目の前まで来ると、腰に手を当てて見下すようにして胸を張る。
「私はアイラ。アイラ・キャロライン。王子はいずれ私のものになるんだから。今のうちに精々、王子から手を引いて大人しくしておくことね!」
「え?」
きょとんっっ、と。多分これまでで一番の驚嘆という驚嘆を体現した顔で、パチパチと目を瞬かせた。
何だろう。今何を言われたのだろう? この子は一体、何を言ったのだろう?
「聞こえなかったの? ヴィンセント様は、私と結婚するの!」
何だこの子、ただの痛い子か……なんてなりそうなところだが、しかしエイネシアは違った。
顔はみるみると青ざめ、手はふるふると怯えたように揺れる。
「貴女が私に何をしようと、勝つのは私よ。だって私、全部知ってるんだもの! 貴女の企みなんて全部暴いて、地獄送りにしてあげるんだから!」
これは……もしかしなくても。
「覚悟しなさい! 悪役令嬢!」
もしかする。
この子は間違いない。“転移者”だ――。
「あの……アイラ……さん?」
震えるかな、と心配した声だったけれど、思ったよりもずっと平静な声が零れ落ちた。
「突然何の事だかわからないのだけれど……私、貴女に何かしたかしら……?」
私達、初対面ですわよね? と首を傾げたエイネシアに、「だって王子が私を好きになるからよ」と、勝ち誇ったように笑うこの子は……どうしよう。話が通じる気がちっともしない。
ヒロインってこんな性格でいいんだっただろうか。
いや、エイネシアだって転移をきっかけにして、すでに物語はゲームとはかなり違う方向に進みつつあるが、今のところ何とかなっている。
姉弟の気配も微塵も無かったようなエドワードとはすっかり仲の良い姉弟関係を築いていて、間違っても姉を刺し殺したりしないような天使ちゃんに育っているし、アルフォンスだって……まぁ、あまり自信ないが、少なくとも手作りパウンドケーキを文句も言わずパクパク食べてくれるくらいには良好な友人関係を築いている(ただの餌付けだとか突っ込んではいけない)。意図したわけではないが、多少の変化は見受けられつつも、彼らと“幼馴染”という公式設定については、ちゃんと守られている。
だが学院生活が始まったところで、エイネシアがアイラをいじめる予定は勿論ない。というか、普通に“いじめ”とは縁のない生活を送って来たから、そういわれても何をしたらいいのかがさっぱりわからない。
それとも……嫉妬に駆られたら、自分でも我を忘れた行動をとってしまうのかしら、と、そう思ったところではっとした。
ヒロインの攻略対象は五人。まだヒロインが誰を選ぶかなんてわからない、と、そう思って成り行きに任せてきたこの数年間。けれど今そのヒロインが目の前に現れて、“ヴィンセント王子は私のもの”と言った。
そう。エイネシアがずっと心に思い、苦しさも切なさも全部飲み込みながら、それでも愛おしいと思うようになってしまった、その人の名前を言ったのだ。
あぁ。
なんて馬鹿なエイネシア――。
分かっていた。分かっていたはずなのに。忘れていた。
いや。忘れたふりをしていた。
その人はとても厳しくて、二人の関係には次第にいくつもの義務や責務が付いて回るようになっていったけれど、それでもいつも、傍に寄り添うことが当たり前になっていた。
表舞台ではとても手厳しい彼だけど、幼馴染たちと過ごす深い森の奥の離宮では、とても優しい顔をするのだ。
エイネシアに王家の妃としての資質を求めてやまないその人も、裏では、到底それにはそぐわないであろうエイネシアの手作り菓子を、美味しいといって食べてくれる。
二人の間にはしがらみという厄介なものが絡まりあっているけれど、そこには確かに取り繕わない感情が存在していて、それが無意味で無価値だなんて、思うことはできなかった。
たとえそれがどんなにか不確かなものであったとしても、私たちは“うまくいっている”。エイネシアの作ったお菓子を、ちょっと仏頂面で、でも少し優しい顔で食べてくれるヴィンセントは、義務的な許嫁であるだけではなく、義務無き友人でもあるのだから。
そんな安堵が、いつか訪れるかもしれない現実から目を背けさせていた。
それが一瞬にして崩れ去るかもしれないという……この一つの可能性から。
あぁ、本当に馬鹿なエイネシア。
だから王子とはいつでも距離を取れるようにと、誓ったはずなのに。
そんなこともすっかりと忘れて。
この手を重ね、共に茨の小道を歩いたその人の顔が、今も胸を離れない。
この手を握り、くるくると踊ったワルツが、今も耳を離れない。
「お話は分かりましたわ……アイラさん。ですがごめんなさい。私にはあなたの言うことがよく分からないわ。それよりもどうしてこのお庭に?」
早く。早く追い返さないと、と。彼女を追い出すべく口にする。
ここは女王の庭。許可なき者が立ち入ることを禁じられている禁苑だ。どうやって立ち入ったのかはわからないが、少なくとも彼女はここにいていい人物ではない。それを理由に早く追い返してしまおう。
「ヴィンセント王子を探しているの。確かにこっちの方に来たはずのだけれど。貴女、知らない?」
王子を奪ってやる宣言をしておきながら、ライバルにそれを聞くその神経は一体どうなっているのだろうか。
それにヴィンセントが女王の庭に? 礼儀と立場を重んじる彼が、エイネシアでもあるまいに、新国王と新王太子の誕生を祝う祝宴を中座してこんな所に入るはずは無い。
だからそう首を傾げると、「あれ?」と、アイラもまた首を傾げた。
「嘘、このイベントじゃなかったっけ? でも確かにアイラは王子と王宮の庭で……」
そうブツブツと呟くアイラに、なるほどと納得した。うろ覚えだが、確かヴィンセントとの回想シーンか何かでそんな感じのスチルがあった気がする。学院で出会った時に、『前に会ったことがあるな』的な展開で王子様がアイラに興味を抱くのだ。
あのスチルと言葉だけでは確かに“前”がいつなのか分からないが、今日アイラが纏っているピンクのドレスは、言われてみればそのスチルのドレスと同じ色な気がする。
だが多分そのイベントは、今日ではない。スチルでの王子の衣装は“白”。そのいかにもな王子様な姿に、妹に『こんな少年時代からザ・王子様なのね』と言って、『そこがいいの!』という妹の理想の王子様論を語られたことを覚えている。だが今宵、王太子として立った彼は、王太子の正装カラーである青を纏っていて、そのスチルの色ではないのだ。
「とにかく、早くここをお離れになった方がいいわ。近衛に見つかったらお咎めを頂いてしまうから」
「あれ、そういう展開だったっけ? あ、もしかしてそれでヴィンセント様が助けてくれるとかだった?」
何か外しまくっている見解を並べて首を傾げていらっしゃるが、この子は本当に大丈夫なのだろうか。
ここにいるのが同じ転移者のエイネシアでなく本当にゲームのエイネシアであったなら、まず間違いなくブチ切れて近衛を呼び寄せたに違いない。
「……もう宜しいから。何なら出口まで案内しますから……」
なんだろう。ものすごく疲れる。
ため息付きながらゆったりと噴水の淵から腰を浮かせたところで、ドンッ、と肩を押されて再び淵に背中をぶつけたエイネシアは、一瞬何が起こったかわからず、パチクリと目を瞬かせて呆然と顔をあげた。
腕を組んで、ふん、と鼻を鳴らしてこちらを見下す大きな瞳の女の子。
もしかしなくても、突き飛ばされた……のだろうか。
「そういう王子の許嫁面は、今だけなんだから。私、貴女のことが大っ嫌いなの。特にそういう、上から目線なところ。何でもかんでも自分の思い通りだからって、イライラする邪魔ばっかりしてくるところも。それだから王子に愛想つかされるのよ。でも平気よ。私が王子を助けてあげるんだから! ふふっ、そしたら貴女はおしまいよ!」
「可哀想なエイネシア」と、嘲笑うような声で笑い声をあげたその少女に、見る見るエイネシアは顔を青ざめさせていった。
エイネシアはゲームのエイネシアではないのだから、邪魔した覚えはないし、何でもかんでも思い通りだなんてことも思っていない。むしろ思い通りにならない事ばかりだ。
でもその言葉の中には、的確にエイネシアの胸を突くものもあった。
エイネシアが周りに王子の許嫁として相応しいようにと振舞えば振舞うほどに、なぜか王子との距離は開いてゆく。それでもその人が褒めてくれるためならばと自制してみても、最近は小さな笑みの一つさえ中々見ることができない。
でもそれは周りに隙を見せないようにと、そうヴィンセントが振舞っているから……。
そう……自分で自分に、言い聞かせているけれど。
「精々私たちのために踊って自滅して下さることを楽しみにしてるわ」
すでに勝ち誇ったように笑うその少女への反論なんていくつでもあるはずなのに、ちっとも喉から声が出なかった。
怖い。あと何年だ。ゲームが始まるまで、あと何年ある?
自分は本当に、“あの”エイネシアと違う選択が出来ているのだろうか?
ヴィンセントはアイラを選ぶのだろうか?
エイネシアは“また”……殺されるのだろうか?
冷たくなってゆく指先と、冷たくなってゆく頬。
言いようのない不安が身じろぎの一つもさせてくれず、指先一つ動かせない。
考えたことも無かった。
ヴィンセントを失って、そしてその後、自分がどうなるのかだなんていう未来――。
いや。“どうするのか”という、未来。
未来のない死なのか。所領の別邸に幽閉されるのか。それとも物語はバッドエンドを迎えて、ヴィンセントを失い、自分は牢獄に閉じ込められるのか。
牢獄……。牢獄……?
いや、まて。どうして、そうなった?
ヴィンセントとアイラが駆け落ちし、追手に追われて心中するのがバッドエンドだったことは覚えている。
彼らを追わせたのは、ウィルフレッドだっただろうか? いや? そんな大柄なシルエットだったか?
不義をおかして逃げたヴィンセントに捨てられたはずのエイネシアは、何故投獄されたのだろうか?
ヴィンセントのせい? いや、ありえない。エイネシアはこの場合、被害者であるはず。なのに、何故投獄されたのだろう?
「ふふっ、言葉も出ない、っていった感じね。案外手ごたえないのね、悪役なのに」
クスクスと笑うその声が、興味深そうにエイネシアを見下ろす。
「本当に残念。なんだか押したらそのまま噴水に落ちちゃいそう」
今なら簡単に、倒せちゃうんじゃない?
そんなことを言ったアイラの指先が、トンッッ、と、おもむろにエイネシアの肩を小突く。
気が付いて息を飲んだ時にはもう遅い。
油断しきっていた体はグラリと揺らいで。
長い髪の端が水を打つ噴水の水面に濡れ、その重みに引きずられるかのように、体が傾ぐ。
落ちる、と。そう目を瞑った瞬間。
「水浴びにはまだ早いよ」
背中に触れたほのかに暖かい大きな掌に、びっくりとして目を開いた。
すっかりと暗くなった夕闇に、仄かな光の釣りランプ。
ぼんやりとした明かりの中に柔らかな髪がチカチカと揺れ、影を落とした面差しの中できらめく瞳が、たっぷりの蜂蜜を溶かしたミルクのように、甘やかで柔らかい。
その顔を見た瞬間、泣きそうになってしまった。
どうしていつも貴方はこうもタイミングが良くて、どうしていつも音もなく現れて私を驚かせるのか。
背中に触れたその手の平から、全身が温もりに包みこまれてゆく。
また光魔法だろうか。そうだ。きっとそうに違いない。
「アレク……さま」
やっと、会えた。
一日探して、ちっとも会えなかった人。
大聖堂では一緒に参列したが、言葉の一つだってかわすことは無く、そしてそのままどこかへ行ってしまった困った王子様。
いつもふわふわと取り留めがなくて、ちっとも捕まらない。
なのに一番いて欲しい時に必ずいる、困った人。
「さて。これは一体どういう状況なのかな。シアが祝宴をさぼっていることについてはいいとして……」
それは、その、と口ごもる。
こんな時にまで、そんな冗談めかしたことを言って気を緩ませないでほしい。
「君は誰?」
そう口元は笑みを象りながらもどこか鋭い眼差しが、警戒したような面差しのアイラを見やる。
そのアイラは口元に指先を添えると、ぶつぶつ、と何か独り言を囁いた。
まだ、何かあるというのか。
「私はアイラ・キャロラインですわ。そういう貴方はどちら様ですか?」
まてまてヒロイン。いや、キャロライン男爵令嬢。
もしかして君はこのまま、この無礼千万な態度でゲームクリアを目指すのだろうか。
そう別の意味で顔を青ざめさせるエイネシアのことなどお構いなく、何故かクスリとお微笑みになった王子様は、「なるほど、どちら様、か」と言う。
それはそうだろう。いかに規格外の王子様とはいえ、今までそんな態度を取られたことは無いはずだ。
「私はブラットワイス大公。アレクシス・ロゼル・ブラットワイス」
「え?」
ポカン、と……目を瞬かせて声を漏らしたのは、エイネシアの方だった。
アイラを見る目とはまるで違ういつもの温厚な笑みが、チラリとエイネシアを見る。
どういう事だろうか。
彼の名は、アレクシス・ルチル・エーデルワイス。
上王となられた先の女王陛下の養子で、新王の義弟。
いや、まて。
王の兄弟ということは、ゆくゆくは王の分家、“大公家”を称することになるはず。
だけどアレクシスは王子様で。出会ってからずっとそうだったから、少しもそれが思い当たらなくて。
混乱した頭でその人を見る。
何故だろうか。
意味が解らない。
意味が解らないのに、何故かどうしようもなく聞き覚えのある“嫌な名前”。
「ブラット、ワイス……大公?」
自然と口から零れ落ちた名前に。
「あぁ、そういうこと」
ふふっ、と笑うアイラの勝ち誇った声色に、頭の中で何処からともないけたましい警報音が鳴り響く。
「なぁんだ! バッドエンドで貴女を投獄する張本人じゃない! ヴィンセント様から王太子の地位を奪おうとする“悪役大公”に庇われるだなんて、なんて可笑しいの!」
アハハ、アハハハハハ、と。
そう高らかに笑うその少女の声に。
これまでで一番真っ青に。
触れられた手の温もりも忘れるほどに凍り付き。
愕然とその人を見上げる。
その人はいつも優しくて。
ふわふわとして気取らなくて、裏表がなくて。
冷たいヴィンセントに悩んだり、つれないアンナマリアに肩を落としたり。
でもどこかいつも微睡むような柔らかな空気を纏っていて、辛い時はなぜかいつもそこにいてくれる。
図書館の古書とインクの匂い。それから仄かに甘い薔薇の香りの中で、微睡むように本を捲り。
何故か時折なだれ込んできた本の下敷きになっているところを発掘されたりするけれど。
その掌に浮かべた仄かな光の粒のように、温かで、安心する。
なのに今エイネシアの脳裏に浮かんだのは、ガラガラと目の前で閉ざされた重たい鉄格子と。
エイネシアを見下した、冴え冴えと冷たい氷の眼差し。
そんな。そんなはずがない。
この穏やかな人が。あの冷たい顔をしたその人であるはずが。
ヴィンセントを追い詰め、この国の王座を奪った……その人であるはずなんて。
「シア?」
何がなにやらわからず困った顔で。でも様子のおかしいエイネシアを気にして、そっと頬に伸ばされかけたその手に、パンッッ! と、気が付いた時にはもう、その手を振り払って立ち上がっていた。
少し驚いたように目を瞬かせた王子……いや、大公。
どうしよう、と眉尻を下げるその顔は、偽りの顔なのだろうか。
この人はいつも何を考え、何を思って。
どんな意図で、三公家の血を引く“アーデルハイド公爵令嬢”に近付いたのだろうか。
もしかして自分はずっと。
この人に、騙されていたのだろうか。
そう思った瞬間、もうこの世のなにもかもが信じられなくなり、じりじり、じりじり、と、歩を後ろへ、後ろへと下げた。
「シア、待って。突然どうして……」
落ち着いて、と再び伸ばされた手を、パッと避けて。唇を引き結んで、その人を見上げる。
この人はもう。エイネシアの知っている、アレクシス王子ではない。
エイネシアを処刑台に送る、ブラットワイス大公だ。
そう理解した瞬間。
あとはもう訳も分からず、一目散に走り出していた。
春の夜風が肩を撫でる。
濡れた髪が頬を濡らす。
ぽろぽろ、ぽろぽろととめどなく。
どうしようもなく頬を濡らす。
たまらぬ憤りに振りかざした手が茨を掠め、苛立ちに踏みしめた地面に足を取られて土の上に倒れ込んだ。
ぽろぽろ、ぽろぽろと地面が濡れる。
ぽろぽろ、ぽろぽろととめどなく濡れる。
ジワリと滲んだ指先の血と。
いつの間に脱げてしまった綺麗な靴。
ガラスの靴を、拾ってくれる王子様はいない。
賑やかな喧騒を背にうけながら、小さくうつ伏して肩を震わせる。
待てど待てど。
もうその隣で頭を撫でてくれるその人はいない。
冷たい地面の感触と。
ハラハラと落ちた白百合と。
ただただ呆然と見上げた空のまんまるのお月様が、ただただエイネシアを嘲笑う。
なんて馬鹿なエイネシア。
お前は騙されていたんだよ。
お前の価値に、血以外の何がある。
お前の役目は、ただの秩序。
お前はやがて――死ぬんだよ、と。
そのさめざめとした銀の光が降り注ぎ。
あぁそうか。
これが私。
エイネシア・フィオレ・アーデルハイドの役割なのだと。
そのぽっかりと浮いたまんまるの月に。
ぽっかりと空しく、心を奪われた。
第一章 BAD ENDING




