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七人の少女とたった一人のバッドエンド  作者: 灯月 更夜
第一章 定められた配役
20/192

1-14 祝宴と月(1)


「エーデルワイスに、栄えあれ!」


 新王陛下の掲げた盃に幕を開いた祝宴は、エイネシアがこれまで体験したどの社交をも凌駕する圧倒的なものだった。

 一体どれだけの広さがあるのだという内廷舞踏館の大ホールが、貴族という貴族でいっぱいに溢れかえり、華やかな音楽と華やかな香水、華やかなドレスで、めくるめく大人の世界へと巻き込まれていった。

 本来夜会デビューは十八からだが、この日は新たな王の即位式ということで特別だ。

 時間もかなり早い時間から始まり、およそ十歳を過ぎる子供達も皆参加しているため、おそらくは一年で最も華やかだという王国大夜会以上の人出なのではないかと思う。

 上座には新王ウィルフレッド陛下と、譲位して上王と称することになった先の女王陛下。それに王妃エルヴィアと側妃フレデリカに、ヴィンセント王子とアンナマリア王女。

 臣籍に下っているアンナベティ王女やアデリーン王女は下座で息子ないし夫であるラングフォード家の皆と共に出席しており、ここではエイネシアも王子の許嫁という立場ではなく、アーデルハイド公爵令嬢としての出席であるから、弟のエドワードにエスコートしてもらった。

 社交界デビュー前の身とはいえ宰相という地位を持つ父と、社交界の華と呼ばれている母が一緒なものだから、とにかく目立つ。

 母は父のことを“鉄壁”と称したが、お酒が入って気分の良くなった貴族達は、父のさめざめとした怖い顔などものともせず、いつもより一歩突き進んで、たちまちに二人を取り囲んでしまった。

 当然彼らの目的は、父や王家の近縁である母との既知を得ることであるから、人垣に取り込まれて、大人たちの間でおっかなびっくり小さくなってしまった子供たちの事なんて、目に入っていない。

 たとえエイネシアがこの日いかに立派に王太子の許嫁という役割を演じたとしても、所詮それも両親の威光に照らされただけのこととばかりに、気が付けばエドワードと二人、人垣の中から押し出されてしまっていた。

 中には脇目も振らずに「エリザベート様!」と母に駆け寄るご夫人もいて、その重量感のあるドレスが、バサッと強烈に幼いエイネシアの半身を打った時には、ちょっと大げさなくらいにくらっとしてしまった。

 いや……痛くはないけれど。それでも勢いに巻き込まれて傾いた体と、惨めに曲がった背中がどうしようもなく空しかった。

 所詮自分の価値は、この血筋だけ。今の自分には何の力も無く、真ん中にただ佇んでいたところで、誰にも気になど止められない存在なのだ。

 そんな惨めさにぐっと拳を握っていたら、「大丈夫ですか?」と、エドワードが手を差し伸べて支えてくれたから、なんだか急に寒々しかった胸の内が温まった。

「平気。有難う、エド」

「失礼な方ですね。子供だってもう少し気を利かせられますよ」

 そんなことを小声で言って見せるエドワードに少しクスクスと笑いながら、言っては駄目よ、と人差し指を口元にそえる。

 すると今度はワインを片手に上機嫌になったらしい紳士が二人、ふらふらと頼りない足取りで笑い声をあげながらエイネシアの背後に近付いてくるから、またも「危ない!」とエドワードが手を伸ばす。

 だが今度はそれより早く、スッとエイネシアの背中を押して紳士たちから離してくれたアルフォンスのお蔭で、ぶつからずに済んだ。

 一体いつの間に現れたのか。ちっとも気が付かなかったから、驚いた。

「有難う、アル」

「いえ。この辺りは人が多いのでお気を付けください。少し、壁際に寄りましょう」

 そう言ってくれたアルフォンスに一つ頷いて、エドワードと三人、少し壁際に寄る。

 そこには同じような少年少女が多くいて、なるほど、大人たちにもみくちゃにされないようにと安全な場所を探した結果、子供達はここに集まってしまったらしいことが分かった。

 両親の側を離れるわけにはいかないから、あくまで壁際に寄りすぎない場所で立ち止まったけれど、大人が少ない分視界も開けて、ちょっと安心だ。

「夜会に子供が出席できない理由は、危険だからに違いないわ」

 そう思わず口にしたエイネシアには、「同感です」とエドワードも苦笑する。

 大人たちも小さな子供達がうろちょろしている夜会というのは不慣れなのだろう。色々なところで、おっと! と子供を避ける紳士の姿が見受けられて、なんだかおかしな光景だった。

 その内、流すように奏でられていた音楽が一度鳴り止み。一転して華やかなワルツが奏でられ始める。

 祝賀会は序章を終えて、舞踏会の時間になったらしい。

 それに色々な人達が、おや、おや、と顔を向け、少しずつホールの真ん中ではダンスが繰り広げられるようになってゆく。

 国王陛下もまた王妃をエスコートして上座を降りてくると、短い一幕を踊った。

 相変わらずエルヴィア王妃の面差しは少しも楽しそうではなく、見ていて辛いほどであったけれど、そのダンスは間違いなく素晴らしいものだった。

 ポキリと折れてしまいそうなほどに華奢なエルヴィア妃の、金糸を縫い込んだ純白の衣装が、ふわりふわりと大理石の上で踊る。

 結あげられた髪から零れ落ちるプラチナの髪が、これでもかというほどに灯されたシャンデリアの明かりに照らされて、まるで宝石のようにきらりきらりと輝いて見えた。

 なんて素敵な光景なのか。

「見て、エド。きっと今日この場にいる誰よりもシンプルなドレスを纏っていらっしゃるのに……」

 なのに目が離せない、と、どこかうっとり囁いたエイネシアに、「ええ、本当に」と、エドワードもそれに頷いてみせた。

 あのニコリともしない美しすぎる王妃様が、姉の目には一体どんなふうに見えているのだろうか。

 目が離せない――あぁ、確かにその通りだ。

 今にも儚く溶けて消えそうなほどに幽玄としていて、これでもかというほどにきらびやかなシャンデリアの下で、誰よりも哀悼に満ちた冷たい顔だ。

 その髪、その瞳が姉と似ているせいだろうか。

 いつかこの姉もあんな風になるのではと思うと、ひどく恐ろしい気がした。


 だがそんな不敬なことを思っているのはエドワードだけだったのか。短い一幕が終わると、そのダンスは惜しむことない人々の拍手に包まれて、今にも露と消えそうだったエルヴィアは、少しも迷うことなく陛下のエスコートの手を取って上座へ戻っていった。

 せっかく下座に降りてきたというのに、今そこで父と言葉を交わしているシルヴェスト公に、チラリとさえも視線はむけられなかった。

 同じく妹をチラリとも見ないシルヴェスト公も、一体どういうつもりなのか。

 そうしてジッとシルヴェスト家の者達を視線で追っていたら、突如として近くで「エイネシア」と呼びかける声がして、エイネシアは驚いて顔を跳ね上げた。

 声の主は、陛下と入れ違いに上座を降りてやって来たヴィンセントで、いつの間にやらエイネシアへ元までぱっくりと人垣が割れ、皆の視線が集まっていた。

 そんな中で、スッと、おもむろに差し出された手を、凝視する。

 はて……この手は、なんだろうか。

「ダンスを」

 そう囁かれた言葉の意味が、分からなかったわけではない。

 この日正式に王太子となったヴィンセントが、国王に次いで許嫁とダンスを踊るのは、“儀礼”としてのことだ。

 そうわかっていたはずなのに、その手にドキリと頬を染めてしまった。

 誘ってもらえるだなんて思わなかった。

 いや、儀礼だということは分かっているが、それでも……この状況が、俄かに信じがたい。

 同時に義務だからこそ、緊張が募る。

 今この瞬間、すべての貴族の視線が、エイネシアを見ている。

 それが本当に、王家にふさわしい人物なのかを見定めようと、精査している。

 私も、エルヴィア様みたいに踊れるかしら?

 それを思うと、すぐにも間の抜けた顔を取り繕って、王妃様の血縁に恥じない笑顔をかたどってみせると、ドレスの裾を摘まんだ恭しい一礼を返した。

「光栄でございます、殿下」

 ささやかに触れた指先が緊張で冷たくなっていたけれど、それはグローブが隠してくれる。

 何も隠すもののない顔だけは、しっかりと気合を入れて引き締めて、“王太子の許嫁”の仮面をへばりつかせた。

 導かれるままにダンスホールの中央に招かれて、互いに手を添える。

 腰を支えた手は、例えばいつもイリア離宮へ行くときにヴィンセントの馬に乗せてもらった時なんかにも触れられた場所であるはずなのに、これがダンスだというだけでとんでもなく緊張した。

 しかしそれをおくびにも出さず、新たに奏でられ始めた優しいワルツに、ゆっくりとステップを踏み出した。

 分かっていたけれど、ヴィンセントはダンスまでとんでもなくお上手で、エイネシアだって相当家では練習させられたはずだけれど、しかしそれを頭で反芻(はんすう)するまでもなくとても自然にエスコートされた。

 それでも数多の視線にさらされて見定められることへの緊張とプレッシャーはすさまじく、思わず硬くなった表情に、「笑え」と囁かれた小さな声が、さらにエイネシアの緊張を高めた。

 失敗は許されない。

 人々を感嘆させたエルヴィアのように。

 たとえこの笑顔がどんなにか偽りに塗り固められたものであったとしても、このダンスだけは人々の賞賛を得うるものでなければならない。

 その一心のもとで、今にも不安がこぼれ出しそうな面差しを熟練の笑顔で多い隠し、ニコ、とはにかむような微笑みを携えて見せれば、満足そうな王子様の笑みが返ってきた。

 そのめったに見ることのできない外向きの微笑みが、どうしようもなく麗しくて。

 何やら切なさに、緊張とは別の意味で心臓が脈を打った。

「あの……ヴィンセント、さま」

「何だ」

 ダンス中におしゃべりだなんて怒られるかと思ったけれど、囁くように返ってきた声音が、いつもより近い場所から聞こえてドキドキする。

「立太子、おめでとうございます……」

 余りにも緊張しすぎて、声をかけたのは自分なのに、何を話したらいいのかさえちっともわからなくて。

 ただただかろうじて絞り出せたお祝いの言葉に、すぐには返事はなかった。

 だから、何か良くないことでも言っただろうか? と顔を上げたけれど。

「あぁ」

 やがて返ってきた短い返事と共に、クルリと、小さな子供には難しい華麗なターンを促されて、その見事なエスコートに踊らされた完璧な足取りに、ぽぅと頬を染めてはにかんだ。


 きっと周りには、自分が今この場所で一番幸せな女の子に見えているのだろう……。

 えぇ、その通り。それでちっとも、間違っていない。

 出来る事ならば、そうであってほしい。


 花のほころぶような可憐な笑みを(かたど)りながら、幸せなのだと主張して。

 その瞼の裏では、チラリチラリと、自分とエルヴィアが重なって見える。

 どんなにか必死に笑って見せても、不安ばかりが頭を占める。


 それでもどうか、もう少し。

 もう少しだけ、夢を見ていたい。

 その短い曲が終わってしまうのが嫌で嫌で。

 偽りでいいから、このままもっと、踊っていたいと。

 クルクルと踊るワルツに思いを馳せるその時間は、エイネシアにとって特別な時間だった。


 だがそれでも終わりは来てしまうもので。

 終わった曲に、どちらともなく手が離れ、互いに礼を交わす。

 パチパチと拍手をしたり、「素敵ですこと」と声をかけてくれる大人たちの賛辞などどうでもよい。

 終わってしまったダンスを、ヴィンセントが“よくやった”と言ってくれることだけが、エイネシアにとっての唯一の願いであり……安堵だ。

 そしてそれは、「合格だ」と差し出されたヴィンセントの手に集約されていて、ほっとしながらその手を取り、エスコートを受けた。

 すぐにも二人の周りには沢山の大人が取り巻いたけれど、彼らが何を言っていたのかなんてさっぱり頭には入って来なかった。

 ただ自然とにこやかに受け答えをしながらもずっと、指先が触れるヴィンセントの腕の事ばかりが気になっていた。

 合格だと言われたその言葉ばかりが頭の中を占めて、つい浮ついて頬が赤く上気してしまったけれど、その緩んだ面差しが、程よく大人たちを満足させたようだった。

 そうやって少しばかり大人たちに対応してすぐ、何の感慨も上座へと戻ってゆく許嫁の後ろ姿を見るのは寂しかったけれど、そんな思いとは裏腹に、ヴィンセントの姿が遠ざかるや否や、ほぅぅ、と、安堵の吐息が零れ落ちた。

 ようやく、呼吸の仕方を思い出したような気がする。



 そうして一息吐いたところで、目立たぬようにときょろきょろ辺りの様子を見回した。

 歓談しているアルフォンスとエドワードの姿はすぐ傍に確認できたが、父や母は何処へ行ったのだろうか。

 それにチラリと上座を見たところで、いつの間にか王妃エルヴィア様の姿が無くなってしまっていた。

 結局、まともにご挨拶の一つもできなかった。

 それからもう一つ。ずっと気になっていることが有るのだ。

 王家の居並ぶ上座。陛下に上王陛下。退出されたエルヴィア様の姿はないが、側妃フレデリカ様と、ヴィンセントにアンナマリア。

 けれどそこに、王弟となったアレクシスの姿がない。

 先ほどの式典の時もそうだったが、今日はちっともその人に会えないのだ。

 まさかこの祝いの席で、欠席ということは無いと思うのだが、何処にいるのだろうか。

 ハインツリッヒには、この祝宴が始まってすぐに挨拶をした。だが今はその彼の姿も見当たらず、アレクシスの事を聞きたくとも聞ける相手が見つからない。

 というのも、エイネシアはこの予想外のアレクシスの不在に、未だに約束したチェリーパイを渡すことが出来ていないのだ。

 このままだと、渡しそびれてしまう。

 折角、約束したのに。


「エド、アル。私は少し外に空気を吸いに行ってくるわね」

 賑やかな会場の中、そう二人にこそっと声をかける。

「姉上。着いてゆきましょうか?」

 すぐにそう気を利かせたエドワードに「大丈夫」と答える。

 それと呼応するかのように、「エドワード」と呼び寄せる父の声がしたから、エドワードもまだ少しエイネシアを気にする様子を見せたけれど、「分かりました」と頷いて父の元へと向かった。

「では私が」

 すると今度はアルフォンスがそう言ったけれど、そんなアルフォンスにも、「女王の庭で一休みするだけから、平気よ」と断った。

 ちょっと外へ、などと言っては不安がらせてしまうかもしれないが、女王の庭であれば、勝手知ったる場所だ。

 それにあそこは許可のない者は入れない場所であるし、エイネシアも行き慣れている。

「しかし……」

 それでも万に一つも何かあってはとアルフォンスは気にするそぶりを見せたけれど、肩をすくめて一人になりたいことをアピールして見せれば、すぐにも空気を読んだアルフォンスが、「分かりました」と引き下がった。

 そんなに警戒しなくてもと思うのだけれど、その心遣いは有難い。

 だからお礼だけ言って、一人でこっそりと会場を抜け出した。


 ◇◇◇



 舞踏館の大ホールには両脇にテラスがせり出していて、その端から庭へ降りれるようになっている、と教えてくれたのはアレクシスだっただろうか。

 そこを降りて、テラスで涼む大人たちの視線をかいくぐりながら庭を進む。

 この辺りはまだ内廷と外廷の境のような場所で、垣根の低い草花と、会場を出て静かに談笑をするための簡易なガーデンサロンになっている。

 今宵はまだそのあたりに人気はなかったけれど、エイネシアはそこからさらに奥へ行き、高い垣根とアーチの扉に仕切られた場所まで向かった。

 その入口には近衛が立っていたけれど、エイネシアの姿を見ると何も言わずその女王の庭の扉を開けてくれた。

 そうやって喧騒から離れた緑の中で一人きりになると、途端にホゥと、深い安堵の吐息が零れた。

 なんだかんだと、気を張り続けていたから、それなりに疲れていたのだろう。

 沢山緊張もしたし、この小さな心臓を何度も慌ただしく二転三転させてしまった。

 少しだけ。少しだけね、と、自分に言い聞かせながら、いつもとは異なる場所から入った女王の庭に、ゆっくりと歩を進める。

 もう外は薄暗くなり始めているから、あまり遠くまで行くのは良くないだろうか。

 しかし道なりの華奢な釣鐘式のランプにはすでに灯が入れられていて、ほんのりと温かな色を放っていた。

 はて。自分は今来たばかりなのに、先んじて明かりが入っているという事は、誰か先客がいるのだろうか。

 それはもしかしたら。

 会場にいなかった人。

 アレクシスなのではないかと。

 はっとして、辺りを見回しながら奥へ足を進めた。


 少しずつ暗くなってゆく空と、優しい色合いのランプ。

 仄かな香りの花々のアーチを潜り抜けて、そう、たしかこの先には小さな噴水と四季咲きする薔薇のアーチを四方に配した、開けた場所があったはず、と、アーチを飛び出す。

 しかしサワサワと流れる噴水の水の音の他に、そこに誰に姿もないのを見て肩を落とした。

 まぁそう都合よく、この広い王宮で探し人に出会えるわけもない。

 あまり遠くまで行っては戻るのが大変になるから、もうこの辺りで休むことにしよう、と、噴水の外周にせり出した冷たい大理石のベンチに腰を下ろした。

 さわさわ、さわさわ、と、心地よい水の音。

 水にさらされてほんのりと冷たくなった夜風がヒヤリと肩を冷やしたけれど、今はその冷たさが火照った頬を冷ましてくれてちょうど良い。

 高い野薔薇の垣根に囲まれた空間だから、なんだか安心感もあった。

 薔薇の香りは芳しく、きつい香水ばかりに囲まれて息の詰まりそうだった舞踏会場と違って、気分もよい。

 何ならもうここで祝宴が終わるまでオサボリしたいくらいだったけれど、そんなことをしたらアルフォンスたちが心配するだろうから、ちゃんと戻らなければいけない。

 でももう少しだけ。もう少しだけ、と、瞼をおろして。

 なんだか少し、うとうととさえしだした所で。



 ガサガサ。

 ガサガサガサ、と。


 どこからともなく耳に届いた垣根を掻き分ける音に、ふと、閉じかけていた目を開いた。

 その瞬間、バサッ! と目の前の薔薇のアーチ……ではなく、その傍らの垣根の間から出てきた“ピンクの髪”に。


「あぁ、もうっ。なんで途中で道が無くなるのよ!」


 そう叫んだその声に。


「やだ、葉っぱだらけ!」


 パンパン、と裾を払って挙げたその顔に。



 そのすべてに、呆然とした。


 それは勿論、道なき場所から見知らぬ少女が突然現れたからというのも勿論だが、それよりもその色。その声。そしてその顔。

 見知っている造形よりもずっと幼いけれど、しかし間違えるはずもない。

 彼女はアイラ――アイラ・キャロライン。

 この世界を舞台にしたゲーム『エーデルワイスの聖女物語』の主人公にして、聖女さま。その人。


 そのヒロインの顔がパッと持ち上がり。

 まるで春そのものを体現したような、ピンクの中で一際印象的な鮮やかな緑の大きな瞳が、先客を見る。

 そしてその造形を、不躾にもじぃっ、と、上から下まで見下ろして……。



「っ、あーーーっ!!」






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