余談 乙女達の本音とその趣向
※キャラの崩壊にくれぐれもご注意ください。
「えーではお集まりの“元”乙女の皆さん、こんばんは。これより、第一回、六人の少女といい加減ちょっとあのクソ女神の件について愚痴りたかったんだよね女子会をはじめます」
そうふかふかの絨毯の上に置かれた淡いイエローのクッションに身を鎮めたアンナマリアに、パチパチパチ、と、無機質な拍手が三つ、続いた。
さらに慌ててその隣でカレンナが場の空気にあわせて手を鳴らす。
「いやいや、待って。女子会? なの? 突然皆揃って王宮に押しかけてきた理由は」
そう静止を求めたのは、アンナマリアの隣で白とミントカラーのクッションに身を鎮めていたエイネシアさん。
「そりゃあ女が六人も集まれば女子会でしょう」
「場所が元アン王女の部屋なのは、元王女様が主催者だから?」
「いや、発案者というべきかしら?」
「というかアマリアさん……でしたっけ? どうやって王宮に入って来たんですか?」
オレンジのクッションに座るカレンナは、紺のクッションに座るシシリアを挟んで隣の、紫のクッションの女性にそう問うて首を傾げたが。
「それは聞いては駄目よ、カレンナ・ネイスアレス。企業秘密だから」
ニコリと微笑む迫力のある大人の笑顔に、「お、おぉっ」と、思わずカレンナの隣で、栗色のクッションに座るメアリスが顔を引きつらせた。
ちなみにその隣のピンクのクッションには、アンナマリアの部屋に元からあったウサギのぬいぐるみが置いてある。
七人の少女の内たった一人の欠席――アイラさんの席だ。
「ところでさ。ちょっと本音ぶっちゃけ女子会をするに当たって一つ提案なんだけど」
ピョコと手をあげたアンナマリアに、何? 何かしら? と皆の視線が向く。
「本音で話すのに、王女とか元王女とか姫とか呼ばれてたんじゃあ落ち着かないし、皆今だけはタメ&元本名でいかない?」
「あー、それもそうか」
「私は構いませんよ」
「私も別に」
「異議なし」
メアリスにカレンナ、シシリアにアマリアまで同意したとなると、皆の視線を投げかけられたエイネシアも頷かざるを得ない。
「じゃあまずは自己紹介タイムね。私はなぎさ。静川なぎさ。アンナマリアやってます」
よろしくね! と元女子高生らしくピースサインを決めた姿は、大変可愛らしいが、アンナマリアの姿でやられると違和感がハンパじゃなかった。
「じゃあ時計回りってことで、私ね。ヴィンセント王子付の影……まぁ諜報部員みたいなことやっていました。アマリア、こと大原皐月よ。皐月でいいわ」
「諜報……?」
「そんな人が七人目だったんだ……」
「ゲームには出てませんでしたよね?」
「いやいや、いたよ。王子の“侍女”でしょう? スチルはなくて、人影だけだったけど」
あぁそういえば、とか盛り上がっている彼女達のやり込み具合に付いていけず、エイネシアさんは少しばかりおろおろとする。
「次は私ね。シシリア・セイロン役の漆川律子よ」
「え、名前かっこいいッ」
「小説家とか、音楽家とか? なんか、そういう名前の人いそう」
あー、それそれ、と盛り上がる外野に、「いや、ちょー二流大学のちょー理系だったから」と付け足す。
「私は山内友香です。カレンナ役でした」
続けて少し緊張気味にカレンナがそう言ったところで、隣のメアリスから、「ちょっと、何でさっきから“役”になってるのよ」と突っ込んだ。
確かに、まぁ役ってのは違う気がしないでもないが。
「私は奥谷菜穂。菜っ葉の菜に稲穂の穂ってかいて、“ナオ”ね。ナホじゃないから宜しく」
さらにそう続けたメアリスの視線が、で、と隣の兎をチラ見してから、そのまま素通りしてエイネシアを向く。
「あー……えっと。小宮雫です……」
「雫ね。あれ? 小宮雫……なんかその名前、どっかで聞いたことあるような」
「そう言われてみたら……なんだか、私も。誰だったかは分からないんだけど……」
「もしかして元有名人?」
そうメアリス菜穂と、カレンナ友香が首を傾げたところで、「お互いのためにもそういう詮索は止めにしておきましょう」とアマリア皐月が口を挟んだ。
その横で何かピンと来たらしいシシリア律子も、「そうね」と頷く。
カレンナ友香は二人の反応にキョトリと首を傾げていたけれど、触れられたくない過去を持つメアリス菜穂については、すぐにもあーっ、とうなり声をあげて頭を抱えながら、「そうよね」と頷いた。
自分の過去のトラウマも思い出してしまったようだ。
「で、自己紹介はしたけれど。一体何を話す会なの?」
取りあえず流れを切り替えようと、エイネシア雫が話を切り出してみた。
「そうね、何でもいいけど。あ、紅茶淹れる?」
「私、クッキー持ってきたんです」
アンナマリアなぎさに続いてそうカレンナ友香が大きなクッキーの包みを鞄から取り出すと、自然と真ん中に置かれたそれを目当てに、ごそごそと皆の輪が縮まる。
ついでに元王女様のお部屋備え付けの続き間の簡易キッチンで、アンナマリアなぎさが手ずからお茶を淹れて皆に配ると、すっかり女子会っぽくなった。
「まぁぶっちゃけさー。私って転生物ってゲームとかラノベとか、結構見てたんだけどさ」
雰囲気に慣れて来たのか、そう貴族のお嬢様らしくもなく寝転んでバリボリとクッキーに手を付けるメアリス菜穂が会話の火ぶたを切る。
「記憶戻って最初に思ったのって、皆、何?」
すっごい聞きたい、というメアリス菜穂に、「そういえば確かに」と、皆も視線を巡らせる。
「ちなみに菜穂は?」
「『ゲッ、最悪。取り巻きツーじゃん。詰んでね?』かな?」
「あー……私も同じかも。『私捨て駒になってフェードアウトする役だ』って落ち込んだかな……」
ふふふ……と俄かに遠い目をしたカレンナ友香に、確かにこの二人の役回りって……と、思わず皆同情の眼差しを向ける。
「律子はどう? シシリアって、取り巻きの中でもちょっと特別感がある役回りでしょう? 結局ルートによってはヒロイン側に寝返ったり、エイネシアの代わりに悪役筆頭になったり」
「いや、正直あんまりシシリアの役目って覚えてなかったから、『あれ、どうだったっけ?』みたいなことの方が多かったわよ。ていうか元々私、ヒロインよりエイネシア様派なのよね」
「え、そうなの?!」
これにはエイネシア雫の方がびっくりした。
「元々、頭が軽そうなヒロインて好きじゃないのよ」
「えー。でも“エー女”は見るからにそれ系じゃん」
エー女、ことエーデルワイスの聖女物語は、確かにヒロインの頭が軽い系のストーリーだ。まぁ、この世界のアイラさんほどじゃないが。
とはいえ、それでもなお……。
「ヒロインはどうでもいい! エドワードよ! エドワード様のヴィジュアルが超好みだったのよ! 私はそのためにエー女を極めたといっても過言ではない!」
突如、グッと拳を握りしめたシシリアお姉様の雰囲気をぶちこわしにした律子に、皆が一斉に、「わかるー!!」と声をそろえた。
そう。あのゲームの魅力はヒロインじゃない。そこじゃないのだ。
「ご、ごめん。何が、分かるの? エドって人気なの?」
ただ一人そうおどおどと手を上げて説明を求めたエイネシア雫に、「え、マジで言ってる?」と、皆の視線が向く。
その様子に、アンナマリアなぎさが、「あー、ダメダメ。この子は私達とは違う人種」と注を入れる。
そう言われると何だか仲間はずれみたいでムスゥとしてしまったのだが、実際、皆と会話がかみ合っていないのは理解しているので、大人しく「教えてください」と頭を下げる。
「いや、まぁようするに、好みの攻略対象がいるから、ヒロインの件については目をつむって、その後の二次創作でうはうはするために取りあえずやっとく、みたいな?」
「に、二次……?」
「ようするに、攻略してゲーム内容だけ把握して、あとは好き勝手に同人誌とかで好みのヒロインないし好みの“男”と絡ませて楽しむってこと!」
「からっっ///」
ぼふっ、と顔を真っ赤にしたエイネシア雫に、「あれー、既婚者がなんか顔赤くしてるよー」と、皆の冷めた視線がチラ見した。
「ちなみに私は最初からアル一択よ」
そうグッと拳を握ったアンナマリアなぎささんには、皆が「いや、聞かずとも」「見るからにねぇ」と冷めた顔をしたものだから、さすがのなぎさも、「え、あれっ、そう?!」と頬を掻いた。
まぁ実際に、そのアルフォンスさんと相思相愛になったわけでありますから。
「皐月さんは誰派?」
「あー……私もエド様かなぁ。騎士物好きだから、アル様キター! て感じで手ぇ出したんだけど、もう結局最後まで、エドワード様萌えだったわね!」
なにしろエドワード様と来たら……。
「「「「「王子様より王子様!」」」」」
だよねー! と皆ではもっているのは大変仲が宜しくて良いのだが、一応それが“実の弟”であるエイネシアにしてみると、なんだかちょっぴり恥ずかしくて、頬を染めてもじもじしてしまった。
うちの弟ったら……過去に一体、どれほどの女の子たちの心を奪ったのやら。
「いやぁ、でもシナリオ的にはアル様、良かったよねぇ」
「なんだかんだ言って一番壮大だった気がする」
「ヒロインを拉致した侯爵家に一人乗りこんで! ってやつね。うじうじうだうだした挙句エイネシア様捨てて、お前が好きだ! で終わるヴィンセントルートよりはるかにイケメンっしょ!」
「そうそう! 正直、なんで世間の一番推しがヴィンセントなのかわからない」
「賛成!」
「私もそれに一票!」
「正直私も思ってた!」
「う、うーんっ、確かにヴィンセントのラストスチルは超キレイだった! でもやっぱシナリオうっすいよねぇ、ヴィールート!」
ちょっと、私達気ぃあいすぎじゃない?! とか賑わっている彼女達の言葉に、何かちょっと気になる単語があったのだが……。
もしかしてその侯爵家って、シンドリー侯爵家だったりとか……しないのかな……。だったら怖いんですけど。
「いやいや、まぁ正直なところ、ヴィンセント人気はゲームじゃなくて、“その先”のせいだと思うのですよ」
突如そう声を潜めて真面目な顔で言ったのはアンナマリアなぎさで、途端に皆がごくんっ、と息を呑んで顔色を引き締める。
「そ、それはなぎささん……まさか」
「い、言っちゃう? 言っちゃう?!」
「ここでカミングアウトッ?!」
そわそわする皆の様子に、一体何事だ、とエイネシア雫がキョロキョロとしていたら。
「ずばり……ヴィーエド!」
「えッ!? いやいや、ヴィーアルでしょ!」
「俄然、アルヴィー! これ一択!」
「ちょっとっ、私の好みを言ったんじゃなくて、今のは一般論! ヴィンセント二次の一番人気って、ヴィーエドでしょ?!」
「えーっ。エドヴィーじゃない?」
「人気度かぁっ……」
「うーん、私はBL読まないからなぁ」
のんびりと付け足したカレンナ友香さんの言葉に、「え、あっ、そういう話なの?!」と、ようやく理解したエイネシア雫が声を裏返す。
「ま、待って待ってっ。説明ぃぃ!」
そうぐいぐいとアンナマリアなぎささんのクッションを引っ張る。
「あーもう、めんどくさいわねぇ、非腐女は!」
「ごめんなさいぃ。でも何ッ? どういうこと?!」
「ようするにかつての日本の巷では、ヴィンセント攻め、エドワード受けのBL二次創作が大流行りしてたのよ!」
「……ごめん。やっぱり聞かなかったことにする」
そうクッションをポスンと頭の上に乗せて完全に引き籠ったエイネシア雫に、「よしよし。ブラコンお姉ちゃんはそこでしばらく耳を塞いでいなさい」と、アンナマリアなぎさが背中を撫でてやった。
「いや、私は断然、アルエド派なんだけどさ。ヴィー様一筋のエド王子をアルに襲ってもらいたい派ね。でも某サークルの、許嫁のシア様と間違えてエド襲っちゃったヴィンセントの話、アレはやばかった……」
さらにぎゅぅとエイネシア雫の被るクッションを抑えつけつつ、若干声を潜めて呟いたアンナマリアなぎささんに。
「私もそれ持ってる! アレ! あれだよね、あれ! あの受けエド、激萌えだった! そして王子が無駄にエロかった!」
「間違いない。絶対それがヴィーエドの火付け役よね……という私も持ってるわ」
「っ、思い出したら読みたくなってきたぁぁ! あのサークル、作画がマジ神だよね!」
「えー、あー、嬉しいなぁーそんなに人気だったぁ? 皆買ってくれてありがと~」
はははー、と笑って見せたアマリア皐月さんに。
「え……」
「は?」
「ちょっっ!」
「うそ!」
「どもー、改めまして。サークル五月びよりの代表、作画担当の五月病でーす」
ふふっ、笑ってみせたアマリア皐月に、「「「お前かよ、神!」」」と、皆の声が再び重なった。
「いやいや、読んでくれてうれしーよー。でもなぎさクン。菜穂クン。うちのサークルの本、製本版は全部“18禁”なんだけど。どうやって入手したの?」
そうジロッと皆を見回した視線に、生前すでに二十歳になっていたシシリア友香さんを除く二人が、どきんっと肩を跳ね上げて粗放を向いた。
当然、年齢詐称して入手したに決まっている。
「あ、あのー。そろそろイケナイ話、終わりましたかー」
そんな中、クッションの下でバタバタとエイネシア雫さんが暴れるのを見て、「おっと、いけない」とアンナマリアなぎさも手を離す。
そのままふはっ、と顔を出したエイネシア雫は、クッションの下でほてったのか、ほんのりと頬が赤らんで、髪が乱れてしまっていた。
そんな様子に、ほうぅ、と見惚れたのはカレンナ友香さんだった。
「う~んっ、やっぱり私はこっちだなぁっ。ノーマルで、断然ヴィーシア応援派っ。いや。むしろエドシア応援派!」
うっとりと呟くカレンナ友香に、「え、あ、ちょっ!」と再びエイネシアの顔が赤くなる。
「あーっ、エドシアかぁぁっ」
「それねぇ。正直ノーマル興味なかったけど、こっち転生してきてから五十回は想像したわー」
「ちょ、シシー?!」
何言ってるの?! というエイネシア雫に、「いやぁ、実は私も」と、アンナマリアなぎさも、ちょっと視線を逸らしつつ頬を染める。
「ゲームでは全然そそられなかったんだけど、コッチのチビっ子時代のリアル姉弟はヤバかったわ。もうマジ影からガン見でメモしまくってた!」
「同感! 私もそれだわ!」
「えぇっ、何それ、尊いッ! 私もリアルで見たかった!」
何故か妙に意気投合しているシシリア律子とアンナマリアなぎさプラスカレンナ友香に、エイネシア雫も愕然とした。
あぁ……清純さんだと思っていたカレンナ友香ちゃんまでソッチだったとは……。
「もっ、もうっ。この話終り! 別の話!」
そう訴えたエイネシア雫に、えーもうー? と皆揃って口をとがらせたけれど、「じゃあ面白い話題提供したら変えてあげる~」と、ニヤニヤするメアリス菜穂様に、うぅんっと一つ唸って。
「え、えーっと。えーっと……あー、っと。そういえばメモといえば……」
何やら大して思い浮かばないのだが、そういえば昔からちょっと気になっていたことが一つ。
「なぎさに聞きたかったんだけど……その、“小さな頃”にさ。私、アン王女が女王の庭に置き忘れていたノートを拾ったこと、あったじゃない?」
「えっ。あ、その話題?」
「そう、だけど……何か、問題があった?」
「うーん……」
少しばかり宙を仰いだアンナマリアなぎさだったが、間もなくニヤリと笑うと、「いや、まぁいっか。で?」と続きを促す。
「いや。あれ、何だったのかなーって。ていうかね……」
チラリと、エイネシア雫が見やったのは、このアンナマリアさんの部屋の壁際の本棚に綺麗にぎっしりと納まった、見覚えのある黄色の薄い背表紙のノート。
それだけじゃない。綺麗に複数の束ずつ、青とかピンクとか、同じようなノートが整然と並んでいる。
本ならともかく、ノートがこれだけの数並ぶというのはどうなのだろうか。
「薔薇に囲まれたガゼボに一冊のノートと折り紙で織られた薔薇、だったっけ? 誰の仕業だろうって近付いたのよねぇ」
「そうそう。で、あの時は私、貴女に中を見られたんじゃないかって焦って、慌てて貴女を庭の奥深くに追いやったのよねぇ。懐かしい」
そして見事にエイネシアさんは迷子になりました、と……。
「あれ、何書いてたの?」
「気になるなら、見てみる? ちょっと……いや、ていうかかなり恥ずかしいんだけど」
そう頬を染めつつ、ムクリと起き上がったアンナマリアなぎさのようすに、「おやおやおや!」と最初に飛び起きたのはアマリア皐月さんだった。
「これはこれはなぎさクン。もしかして、もしかするのかにゃっ?!」
「ふふふっ。さすがは五月病大先生。鼻が利きますにゃぁ」
にやにやと本棚に向かったアンナマリアなぎさに続いて、「そういうこと?!」と、一斉にみんなが立ち上がった。
その様子に、え? 何?! 何?! と、慌てふためくエイネシア雫さん。
「雫はちょっとそこでじっとしてて!」
「えっ、あ、はいっ!」
何故かそう言いつけられて、言いだしっぺなはずなのに正座して待機するエイネシア雫さん。
その内にも、皆が一斉に本棚に駆け寄って、「どれ!? どれがオススメ!?」とか騒いでいる。
「言っとくけど、私は大先生みたいな凄腕のアマチュアプロとかじゃないからっ。ほんと、こっち来てからやることなさすぎて始めた素人趣味だからっ。それは勘弁して頂戴よ!?」
「いいから早く! 内容より数よ、数! もう飢えまくりだったんだから、何でもいいわよ!」
「あー、じゃあそんな飢えまくりの律子さんには、一番の長編、アルエド超大作を進呈するわ!」
「えー。アルエドかぁ」
「まぁまぁいいから。これを機に律子クンもアルエドにはまるといいわ!」
そうグッ、と上の段を制覇していた青い表紙の本を抜き取った。
「次私、私! とにかく今すぐ満足できるやつで、ヴィーエドで!」
「そんな菜穂クンにはこれを進呈しよう!」
背表紙の色のまばらに並んだ下段から抜いた黄色い背表紙の本。
「あ、ちなみに前半ヴィーエド。後半エドヴィーね」
「一冊で二度おいしいってやつかよ!」
もはやキャラ崩壊はなはだしいお顔で戦利品を高らかに掲げるメアリス菜穂様。
「私は自分で選んでいい?」
「どうぞどうぞ、大先生! 長編上の方、短編下の方。攻めで色分けしてて、ヴィー青、エド黄、アル赤、その他ピンクね。一番下の橙のはエー女以外」
「豊富過ぎじゃん!」
「大先生に気に入っていただけたなら、是非挿絵を!」
いただけたなら家宝にします! というアンナマリアなぎさに、「いや、むしろ気に入るの有ったら漫画にしていい?」とかアマリア皐月が仰ったものだから、「神様!」と一斉に皆の視線が向いた。
「いやー、私、絵は描けるけどシナリオ全部相方が作ってたから、自分じゃ駄目なのよ」
「五月病大先生。私達、良い商売できると思いませんか?」
「なぎさクン。これからも是非いい関係を築こう」
ぐっ、と手を取り合う謎な利害による友情関係が結ばれている横で、「うーん、私はBLはなぁー」と、カレンナ友香さんが適当に一つ抜いてパラパラと捲る。
かと思いきや。
「……あ、いや、えっと……でも、ちょっと、読んでみてもいい、かな?」
そうぎゅっと胸元にピンクの背表紙を抱きしめて振り返った様子に、ニヤニヤと皆のほくそ笑む笑顔が贈られた。
そうして皆が思い思いに、ふたたびゴロンと寝転がりながら本を広げる中で、どうやら自分の質問がまたも話題を引き戻してしまったことに気が付いたエイネシア雫は、再度クッションの下に潜り込んでいた。
あぁ……まさかあの天使のように可愛らしかった、わずか七歳のアンナマリア王女様がこしらえた、メルヘンな空間のノートが……よりにもよって、弟と題材にしたイケナイ小説だっただなんて……。
「ごめん、エド。お姉ちゃんは罪を犯したよ……」
あの時中を見ていたら……絶対燃やしてたのに。
いや、でも……他人の趣味をどうこう言うのも……。
「まぁまぁ、引き籠ってないで、シア様」
ポン、と肩に置かれた手に、ゆるゆるとエイネシア雫はクッションから顔を出す。
そんなアンナマリアなぎささんの手には、一冊の白い背表紙の本が持たれていて。
「……し、ろ?」
「まぁ何も言わず。これを読みなさい」
「……」
「私を信じて、お義姉様」
そこでキラ可愛いアン王女フェイスでお義姉様呼びとかズル過ぎだろう……なんて思いながら、おずおずと手を伸ばして、ノートを受け取る。
表紙には何も書かれていないけれど。
一体、何なのかしら……と思いながら一枚目を――。
二十分後――。
「アレク様受け総ハーレム、マジ尊いッ!」
ガバッ! と身を起こして叫んだ一人の少女の声に。
「「「「「ようこそ、私達の世界へ!」」」」」
この日、六人の間に、なにやら今までにない強い絆が生まれたとか、生まれなかったとか――。
白い薔薇の刻印の扉を前に、ふと視線を向けた殿方が一人、ふらふらっ、と吸い寄せられてゆく。
中から漏れ聞こえてくる、何やら楽しそうな女子達の声。
きゃっきゃと賑わう声色の中に、一際耳に響いた愛しい声。
おやっ、と、扉に手を伸ばそうとして……。
「お待ちを、陛下」
そっと手を差し出して制した、扉の脇に突っ立っていた忠実なる近衛に、はたと目を瞬かせてそちらを見やる。
「んっ? 何ごとだい、アル。王宮内で、近衛が国王の行く手を阻むだなんて」
「……申し訳ありません……ですが、その……」
「ははっ、責めてないよ。興味深いだけ。私はただ、なんだかシアに名前を呼ばれた気がして……。君がいるってことは、シアはこの中なんでしょう?」
私の話でもしてるのかなって、と微笑むその人は、国王陛下……アレクシス様。
だがそうであるがゆえに、先程からずっとこの場所にいた騎士、アルフォンスさんは、益々賢明にドアの前を死守せざるを得なかった。
「陛下……恐れながら、王妃陛下がおいでとはいえ、女性達の秘密の会話を盗み聞くのは如何なものかと思われます」
「君はずっとそこで聞いているのに?」
「い、いえっ。その……自分は……近衛として、常に貴人方のお話の内容については一切記憶しないようにしておりますので」
そう言いながらも妙に耳まで赤くするアルフォンスの様子には、はて? と、アレクシスも首を傾げる。
アルフォンスが真っ赤になるだなんて。
一体全体……中で何が……。
『雫さんっ、雫さんっ。次、それ私!』
『私も読みたい!』
『だ、駄目ッ。もう一回読み返すんだから!』
『はいはーい、皆さんご安心を~。アレクシス受けならまだこーんなに沢山ありますよ~』
『出た! 神様なぎさ様!』
『回そう、読み回そう!』
『私はもう一冊、エド様受けがいい! エド様に泣いてほしい! アルエドないのっ? アルエド!』
『あ、律っちゃん、それもう二巻? 一巻貸して~。私も長いの読みたくなった~』
『うーっ、なぎさ様のエドアレ尊い! はまりそうっ』
『いや、エドアレは駄目でしょっ、駄目! お姉さん、許していいの、これ!?』
『可愛いエドならうちの旦那様を襲っても許す! 私が許す! むしろ襲え!』
『うわっ、お許し出ちゃったよっ。公式許可でちゃったよ!』
『先生、新作はアルアレなんていかがでしょうか! 新国王と新筆頭護衛騎士、最近ちょっとリアル萌えなんですけど!』
『ネタきた! アル攻め、アレク受けッ、それ尊い!』
きゃーーーーっ、と、何やら盛り上がる声色に。
ドアノブを掴んだまま、笑顔で……だがダラダラと冷や汗を流す、国王陛下……。
「……陛下……」
「……だ、大丈夫。大丈夫だよ、何でもないよ。何でも……ない、けど……」
その青ざめた顔に、「あぁ、だから……」と、一つ吐息を溢すアルフォンス。
「……え、っと。なんか……うちの奥さんが、弟を使って……私を弑逆する相談とか……してる?」
「……い、いえ……どうやら、そういう“襲う”ではないようです」
「え?」
何それ。
意味不明過ぎて余計に怖い……、と。
そう囁きあっている男達がいることも知らず。
いつの間にか主旨を見失った女子会は、夜遅くまで続いたらしい。
今度……獄中のアイラさんにも、新作を貸し出してあげようかなと思います。




