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七人の少女とたった一人のバッドエンド  作者: 灯月 更夜
最終章 一人の少女とその物語のエンドロール
187/192

6-19 そしてすべては掌の上

 そろそろお時間です、というジェシカとネリーに促されて、アンナマリアと共に馬車に乗りこんだのは、そのすぐ後の事だった。

 一際立派な白と金とミントカラーの、百合の家紋の馬車。

 とってもメルヘンで可愛らしい馬車に、アンナマリアが大興奮してくれている内は良かったのだけれど、段々と会話が無くなり、大聖堂前に駆け付けた民衆の歓声に取り囲まれると、流石に緊張が募って肩に力が入ってしまった。

 そうと分かっているのだろう。目の前から隣に席を移したアンナマリアが、ずっと手を握ってくれていた。

 やがて赤い毛氈の敷き詰められた広間に馬車は進み、大聖堂前のピロティに停止すると、一斉に居並んだ近衛達が威儀を正した。

 黒と赤の正装に身を包んだアルフォンスが、いち早く馬車の前まで駆け寄って扉を開けてくれる。

 今日は誰もかれもキラキラといつも以上に麗しくていらっしゃって、珍しい恰好のアルフォンスにも、思わず、まぁっ、と顔がほころんでしまった。

「アン、見て見てっ。アルが正装をしているわっ」

 初めて見た! と興奮するエイネシアに、「もう先程アーデルハイド家でみかけましたわ」と淡泊なことを言ったアンナマリアは、クスクスと笑いながら、ちょっと困り顔のアルフォンスの手を借りながら馬車を降りた。

 そのまま脇に避けて、次いでアルフォンスはエイネシアへと手を差し伸べる。

「緊張などはなさっておられない様子で、安心いたしました」

「アルの顔を見たら、一瞬で緊張なんてとけてしまったわ」

 そう笑って見せたら、「ご冗談を」なんて真顔をされたのだけれど、その仏頂面がむしろいつも通りで、安心させてくれる。

 だからとても落ち着いた面差しで、その手を借りながら馬車を降りることができた。

 ちょうど正面からは、戴冠式への参列を終えた父が出てきたところで、エイネシアが少し歩を進めると、すぐにもジェシカやネリーがその花嫁衣裳の裾と煌びやかなアーデルハイドのマントを正してくれた。

 そんな二人に教わりながら、少したどたどしく、アンナマリアがトレーンの端を取り上げる。

 そうしてもらうだけで、ずっと肩が軽くなる。

 やがて目の前まで来た父が、「では行こうか」と腕を差し出すのを見て、少し気恥ずかしい思いをしながらも、そっと、その腕に手を回した。

 こんな風に父にエスコートされるだなんて初めてで、おかしな気がする。

 もっと適当に、ただの添え物みたいなエスコートをなさる方なのではとばかり思っていたのに、思いの外近くに寄り添って、控えめに手をかけたエイネシアの手を、ぐっと何も言わず強く掴ませるようにした仕草には、実の娘ながらちょっとときめいてしまった。

 だから有難く。最後の我儘とでもいうように、しっかりとその腕に抱き着いて、大聖堂までの道のりを歩いた。

 やがてその正門で、すっかりと金の冠を戴き、国紋の刻まれたマントを翻した“国王陛下”が、ニコリと微笑んで手を差し伸べる。

 一度だけ。きゅっ、と、大恩ある二度目の人生の父の腕を抱きしめて。

 チラリと見やった先で、父がとても穏やかな顔で微笑んでいるのを見て、顔をほころばせた。

 こんな父の顔を見るのは初めてで。なのにちっとも、違和感なんて感じなかった。

 さぁ、お行き、と背中を押されるようにして歩み出して。

 差しのべられた手に、手を重ねる。


 高い天井。居並ぶシャンデリア。煌々と焚かれた蝋燭の火と、だだっ広い聖堂を覆い尽くす、すべての貴族達。

 古めいた深紅色の毛氈に、長い長い裾を引く純白の花嫁衣裳と、重なり合った、アーデルハイドのマントと国王陛下のマントが、ゆっくり、ゆっくりと二人の後ろをたなびいた。

 ステンドグラスから注ぎ込む光が眩く、目の前をチカチカと幾つもの光が照らしたけれど、それでもちっとも足はすくまない。

 ありとあらゆる視線にさらされながら、それでも恐怖は微塵も無かった。

 厳かな空間の中で、ぐすりと一際響いた涙を啜る声色の犯人は誰だろうか。

 メアリス……はきっと、ツンとした顔で笑っているだろうし、シシリアも、きっとあの大人びた面差しで静かにセイロン伯の隣に佇んでいることだろう。だったら、カレンナかもしれない。

 エイネシアの体を慮るように、ゆっくり、ゆっくりとエスコートするアレクシスに手を引かれて、一歩、一歩と前に進む。

 大人しく斜め下を見つめる視線の端々で、見知った顔が幾つもよぎって行った。

 ジュスタスやセシリー。星雲寮の皆。それに先に卒業した、スティーシアやレナリー、ファビアンにジュードにエブリル。

 それだけじゃない。随分と数を減らしたとはいえ、幾つもの学友達の顔がちらつくのは、もしかしたら皆が気を使って、内側にそんな彼ら彼女らを集めてくれているからなのだろうか。

 そうして上座の近くまで来たところで、公爵家の面々が視界に入ってくる。

 出ずがりのダグリア家からも、夫人とリードス。永い間ラングフォード家に引き籠っていたアデリーン王女も、すっかりと穏やかな面差しで参列してくれていて、ビアンナも、アーウィンの隣で、公爵家の人間として参列してくれていた。

 シルヴェスト家の列にも、末っ子以外の皆が一家総出で居並んでいて、そわそわと身を乗り出す一際小さなハドリック少年の可愛さといったらなかった。

 そして最前列には、アーデルハイド家の皆と。

 それから王家の席には、『絶対に参列なんてしてやるものか』と眉をしかめていたお師匠様が、仏頂面で正装に身を包んでいらっしゃった。

 それがどうにもおかしくって、つい肩を揺らして笑ってしまった。

 やがて父がアーデルハイドの列へ。そっとエイネシアの背を押してくれたアンナマリアがシルヴェストの席へと居並ぶと、再びアレクシスに手を取られて、一番高い、王族のみが登壇しうる祭壇へと登る。

 花嫁の入場を言祝いでいた厳かなパイプオルガンの音色が、空気を震わせて体中を駆け抜けてゆく。

 いつだったか、アーデルハイド領の小さな別荘地で、今とは打って変わったくたびれた茶色のコートを被いて、髪をふわふわさせながら指揮棒を振っていたアレクシスが、聖歌隊の子供達と奏でていた聖歌だった。

 その時とは随分とちぐはぐな荘厳な音色だったけれど、不思議となんだか懐かしい。

 やがてその音楽が途絶えると、見事な刺繍の神官装束をまとった老齢の最高司祭が、祭壇で、分厚い王籍が綴られている譜を開いた。

 日頃人々に慰めの言葉をかけている司祭様の、低く穏やかで、しかしとても凜とした声が、良く良く聖堂中に響き渡る。


「エーデルワイス王国国王アレクシス・ルチル・エーデルワイス。汝、この国の伴侶、この国のすべての民の母、そして己が片翼として、エイネシア・フィオレ・アーデルハイドを生涯慈しみ、愛することを誓うか――」

「誓います」

 少しの迷いもない穏やかな声色が、どきりと胸の内を揺さぶる。

「エイネシア・フィオレ・アーデルハイド」

 そして引き続いて向けられた視線に、ピン、と背筋が伸びる。

「汝、この国の片翼として、この国すべての民の父であり、国の礎たる、国王アレクシス・ルチル・エーデルワイスを生涯支え、愛することを誓うか――」

 すべての民の父だなんて。

 ちっとも似合わない、と、思わず笑って笑ってしまったエイネシアに、「私だって笑うのを我慢しているのに」と隣でアレクシスが囁いたものだから、もっと笑いそうになってしまった。

 いや、分かっている。ただの定型文なのだけれど。

 でもほら。最高司祭様まで、なんだかちょっと眉尻を垂らして笑っていらっしゃる。

 なんだかとってもちぐはぐだけど。

 それでも、答えは最初からたったの一つ。


「誓います」


 ニコリ、と微笑んだ司祭様が置いた制約の書類に、並んで綴った見慣れた文字と、その人の名前と。

 それを手に、司祭様が自ら王籍譜にエイネシアの名前を綴ると、それが高らかに掲げられた。

「ここに、国王の結婚は承認された! この国に仕え、この国を富ませるご列席の紳士・淑女、すべての者達よ。国王の正妃の誕生を、貴殿らは承認するか!」

 途端に、わぁぁ、と歓声を上げた列席の者達の声に、エイネシアもきゅっと口を引き結んで、彼らを見やった。

 その歓声が、承認の証。

 この人の正妃たることを認められた、証である――。

「シア」

 アレクシスの促す声色に、ふとそちらを向いたエイネシアは、アレクシスの傍らでニコリと微笑んだ助祭神父の面差しに、つい顔をほころばせた。

 色々と、司祭様としてはどの過ぎた行動をとらせてしまった、アレクシスの被害者――ヴィヴィ司祭だ。

 そんなヴィヴィが、その手のクッションに、立派な銀の冠を携えていた。

 それを見るや、エイネシアもゆっくりとその場で、国王陛下の御前に膝をついて、首を垂れる。

「エイネシア・フィオレ・アーデルハイド。我が妻を、王妃の位に叙す」

 定型文と共に、この頭上に冠を戴き、被くマントを王国の紋へと改めれば、この儀式は終了だ。

 だから頭にのしかかるであろう重みを、静かに待ち構えていたのだけれど。

「シア。立って」

 突如手を取られて引き上げられたものだから、驚いて顔を跳ね上げた。

 ニコニコとしているヴィヴィの手元に、未だ銀の冠は置かれたままで。

 何だか訳が分からなくて首を傾げていたら、そんなエイネシアの目の前で、ようやくアレクシスが冠を手に取った。

 でも確か伝統としては、王妃は跪いてその任を受けねばならないはず。

 だからそう困惑してしまったのだけれど。

「シア。私を王にしたのは君で、私を逃げられなくしたのは君だ」

「……」

「そしてそんな私に、跪く必要はない。同じ目線で、同じ高さで、同じものを見つめてくれると誓ってくれたのは、君の方だ」

「……あ」

 あぁ。そういえば、確かに。

 跪いて、ただのアレクシスとして、ただのエイネシアにプロポーズをしてくれたその人に、自ら膝をつき、同じ目線で有りたいと望んだのは自分だ。

 でもそれは、あの夏の離宮の、夜の湖畔の、他に誰もいない、私と貴方だけのやり取りだったからで……。

「跪かないで、シア。この冠は、私と同じ目線で。その顔を上げたまま、受け取ってほしい」

 それはとんでもなく胸をずくりと疼かせる申し出ではあったけれど。

 でも、と、不安そうに俄かに最高司祭様を窺ったなら、その温厚な面差しの老人が、ニコリと微笑んで頷いてくれた。

 それで、いいのか、と見やった壇の下の面々に、皆の顔がとても優しげであるのを、見て取った。

 もしも。

 もしも皆が、それでいいと言ってくれるのであれば。

「私に、その資格があると思っていただけるのであれば」

 そうほころばせた顔に、「勿論だよ」というアレクシスの指先が、少しだけ目線を伏せたエイネシアのプラチナの髪に、そのとても良く映える銀の冠を被かせた。

 すかさず歩み寄ったアンナマリアが、くるりとエイネシアを振り向かせて、その胸元のブローチを外して、アーデルハイドのマントを引き取る。

「まったく。お義兄様もお義姉様も。最後まで色々と規格外なんですから」

 そうクスクスと笑いながら、女官長の差し出した純白と、豪奢な王家の紋の施されたマントがかけられる。

 雪国のアーデルハイドのものよりも少しだけ軽く、けれど権威の象徴のように立派な純白の毛皮があしらわれた、金糸の織り込まれたマントだ。

 それは同じくらいに。いや、きっとそれ以上に、重たいマント。

「とても素敵よ、シア」

 そうパチリとブローチをとめたアンナマリアに、「こらこら、アン。それは私のセリフだよ」と、アレクシスが慌ててエイネシアを引き寄せる。

 それにクスクスと笑いながら手を振ったアンナマリアに、エイネシアもちょっと頬を染めながら振り返る。

 この人は相変わらず……。

 まだ、皆が見ているんだから。

 ちょっとは遠慮してほしいのに。

 でも司祭様はそんな様子、ちっとも気にした様子なんてなくって。


「ここに、新たな王を抱いた我らが国に、新たな王妃が誕生した!」

 声を張り上げた最高司祭様が、恭しく奥の祭壇に王籍譜を置くと、その手を組んで、高く、高く、天を振り仰ぐ。

「この国のますますの繁栄と、“幸福な物語”を、お捧げ致します」

 我らをお見守り下さる、慈愛と草創の女神よ――。


「大主神――フィンデルフィア・エーデルワイスに黙礼!」


 声を張り上げた大司祭の声に、皆が厳かに目を閉ざし、祈りを捧げ……なければ、成らないその状況で。

 促されるようにして、天を仰いだエイネシアは、思わずその目をキョトンッと瞬かせ、呆然とした。

 天まで伸びる厳かな硝子窓。

 降り注ぐ眩い太陽の光と、薔薇窓を背景に、大きく翼を広げた、見慣れたはずの女神像――。

 でも。

 でも……そんなことって。

 そんなことが、あるだなんて……。



「ッ、ぷっ……」


 厳かなはずのその場所で。

 おもむろに、噴出したアンナマリアの笑い声が、密やかに響く。

 かと思うと途端に、会場のあちらこちらで一斉に三人のクスクスとした笑い声が広がって。

 それをちょっと呆れたように見やったエイネシアの口からも、「ふふっ、ふふふっ」と、こらえきれない笑い声が漏れだした。

 なんだ? 何事だ? と、思わず目を開いて首を傾げる貴族達の間にざわめきが広がると、今度こそ、こらえきれずに五人の少女達が声を上げて笑った。

 あぁ、まったく。なんて馬鹿げたことか。


 光降り注ぐ場所にご鎮座なされる、この国の大主神。

 大理石で彫られた、厳かすぎるくらいでちょうどいい、大きな翼の女神様。


 でもどうしてだろうか。

 慈愛の女神様との評判のその石像は、何故かふざけた顔で口を開いて笑いながら、ピースサインを突き出していらっしゃった。




 なるほど。

 あぁ、まったく。

 本当に何もかも、全部フィンデルフィア様の。

 “フィー様”の、掌の上か――、と。


 どうしたの? と首を傾げるその人に、内緒です、と笑いながら。

 ねぇ、神様。

 今、私。とっても、幸せですよ、と。

 なんだかちょっぴり恨めしい、呑気な顔の女神さまに、ご報告を申し上げた。






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