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七人の少女とたった一人のバッドエンド  作者: 灯月 更夜
最終章 一人の少女とその物語のエンドロール
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6-18 巣立ちの日(2)

 ちょっと気恥ずかしくて、ふふっ、と微笑んだところで、コンコン、と、控えめなノック音がしたものだから、「エドかな」なんて言いながら、アレクシスが呆れた顔で振り返る。

 けれどそこからチョコン、と顔を出したのはアンナマリアで、「おやっ」と、揃って目を瞬かせた。

「あら。本当にここにいたの? お義兄様」

「やぁ、アン。いつアーデルハイド家に?」

「今よ。部屋の外でエドワードが時計を片手に舌打ちをしていたから。いるのかなぁとは思ってたんだけど」

 そうチラリと後ろを振り返るアンナマリアに、エイネシアも思わず、ふはっ、と声を出して笑ってしまった。

 なんだか急に、昔、時計を片手にイライラする父に追い立てられていた上王陛下の様子が思い起こされた。

 エドワードったら……本当に、父に似てきたようだ。

「もう五分かな……?」

「良く分からないけれど。後ろで、あと二十秒、とか言ってるわよ?」

「う、うん……」

 まさか本当に、きっかり五分しか猶予をくれないつもりだったのか。

 これは、引きずり出される前に、ちゃんと約束を守った方がよさそうだ。

「ではアレク様。また」

「あぁ。また。気を付けておいで」

 そう、ちゅっ、と額を掠めていった唇に、パッと頬を染めて硬直していたら、「時間です!」と、アンナマリアの横からエドワードが怖い顔を見せた。

 それにカラカラと笑いながら、「はいはい。わかったわかった」とエドワードの背中を押しながら、アレクシスも出て行った。

 エイネシアと、それから今日、ブライダルメイドを務めてくれることになっているアンナマリアを除いて、皆はいち早く大聖堂に赴き、国王の戴冠式に臨むことになる。

 本当ならエイネシアも皆と一緒に大聖堂に赴いて戴冠式に臨席するべきだが、身重ということもあって、長時間の儀礼は避けた方がいい、というハインツリッヒの提言のおかげで、後入りすることになっているのだ。

「まさか本当にお義兄様がいらっしゃっただなんて。相変わらずの溺愛っぷりね」

 そうクスクス笑いながら部屋に入ってきたアンナマリアは、すぐにもエイネシアを椅子に促すと、自ら化粧台からメイクパレットを手に取って歩み寄ってきた。

 崩れてしまっていただろうか。

「下で、アルがそわそわした顔をして立っていたから、もしかしてって思ったのよ」

「あら。アルも来ていたの? それは、お邪魔してごめんなさい」

 からかい返しにそう口にしてみたのだけれど、ちっとも効いた様子のないアンナマリアは、むしろ呆れた顔で、「今日はそれどころの気分じゃないわよ」と突っ込まれた。

 まぁそうだろう……。

 近衛にとっては、新王即位という国を挙げての大きなイベントに、いつも以上に気を張って警戒をしているであろうし、アンナマリアだって、初めて務めるブライダルメイドなんて役目に、それなりに緊張している。

「エルヴィア様に……お義母様に、一応ブライダルメイドのお仕事について色々と聞いたんだけど。ただの付添だから、安心しなさい、みたいなことしか教えてもらえなくって。これでも不安なのよ……って、もっと不安な花嫁さんに言う話でもないけれど」

 そう笑うアンナマリアは、ポンポンと軽く白粉をはたいて、涙の痕を綺麗に消してくれた。

「よし。遅くなったけれど……とっても綺麗よ、シアお義姉様」

「ふふっ。ありがとう、アン。アンも、とっても可愛いわ」

 今日のアンナマリアは、エイネシアの介添えということで、シンプルな白と、小さな百合の生け花を直接ドレスに縫い合わせた、可憐なドレスを纏っている。

 ラインはシンプルで飾り物も控えめだけれど、花冠を被いたアンナマリアは、まさに春の妖精の如き可愛さだった。

「褒めていただけるのは嬉しいけれど。今日の主役は貴女なんだからね」

 そうちょっとため息なんてつくアンナマリアに、くすくすと肩を揺らしながら、「取りあえず座って頂戴」と、隣の席へと促した。

 その内、ネリーとジェシカが、「今しがた、旦那様方がご出発なさいましたよ」と知らせてくれたものだから、急にドキドキが増してきた。


「結局。一応はこれが、エイネシアの物語のエンディングロール、ってことになるのかしらね」

 そんなハラハラとするエイネシアにかけられたアンナマリアのおっとりとした声色が、少しばかり気持ちを落ち着けてくれる。

「貴女には、感謝してもしきれないわ。アン」

「ふふっ。それは私も同感よ」

「最高に幸せな、結末です」

 ありがとう、と頭を下げたところで、「あぁ、こらこら。あんまり動かないで」と、アンナマリアの手がエイネシアの体を起こさせて、ついでにハラリと零れ落ちた髪を丁寧に整えてくれた。

「でもこの幸せはきっと、これで終わりじゃなくて。明日も明後日も。五年後も、十年後も続くのよね」

 そう続けたアンナマリアに、エイネシアも頷く。

「アン。私ね、最近思うの……」

 話しておきたかった。最近なんだか、思っていたこと。

「私はもうすぐ十九になるけれど。今の私の年齢って、ちょうど、私が命を落とした年齢と同じくらいなの」

 以前も、十八歳で。誕生日を前に、亡くなった。

 おかしなことで、もう、あの頃と同じ年齢になったのだ。

「だからかな。明日があって、明後日があって。五年後も、十年後もあるというのが、なんだか不思議で」

 そして多分。

「きっとこの先があるということが、すべて。神様がくれたケア……祝福なんじゃないかな、って。そんなことをね。思っているの」

 かつての人生はバッドエンドだった。

 東京の、都心の、とある住宅街で育ち、とある事件に巻き込まれて家族を失い、そして自らも事件によって死んだ、憐れな少女のバッドエンドだ。

 でももう今度は、そうじゃない。

 この先があるということが、ただただ嬉しくて仕方がない。

「あぁ……そう言えば私。アンに、話してなかったわよね?」

 ふと思い出したように口を開きながら、ぎゅっ、と、己の胸元を押さえつける。

 結局今まで、誰一人にも話さなかった……小宮雫の、最後の話。

「昔ね。家族が、殺されたという話をしたでしょう?」

「……えぇ。話してくれたわね。そのせいで、良い子でいないと、って。そんな風に、怯えるようになったっていう話」

「この話には、続きがあってね」

 その話はあくまで過去の話。

 強盗か何かに家族を殺されて、それから叔父叔母夫婦に引き取られて、義理の妹も出来て。怯えながらも、それから十年間、ちゃんと生きていた。

 でもそれでもなお。どうして小宮雫は死んだのか。

「私も、殺されたの。ある日突然、行きつけのカフェの傍で誘拐されて。多分何日も連れ回されて。家からも学校からも遠く離れたどこかの山の中で、沢山刺されて……ばらばらに、されて」

 思わず目の前でアンナマリアが顔を青くして、ぎゅっ、拳を握りしめた。

 こんな話を聞かせて気分を悪くさせるのは気が引けたけれど、でもそれでも、話しておきたかった。

 アンナマリアが勇気を振り絞って、かつての自分の死を語ってくれたように。

 知っておいて、貰いたかった。

「理由は知らない。でも、多分だけれど……犯人は、十年前に家族を殺した強盗犯の一人だと思う」

「っ……そん、なっ」

「私を殺しながら、『お前が生きていたのが悪い』『どうして死んでいないんだ』って、そんなことを沢山口にしていたから。あぁ……多分、私が生きていたら困る人だ。私が昔見たことがある、家族を殺した人の一人なんだ、って。そんな気がしていて」

 そしてそれが、小宮雫の最後の記憶だ。

「でもね。今回は違った」

 顔を上げたエイネシアに、アンナマリアもはっとして顔を上げる。

「アレク様がね。助けてくれたの」

 振り上げられた包丁に、足がすくんだ。

 でもその人の姿を見た瞬間、何もかも、怯えさえも掻き消えた。

 もう自分は、誰にも見つけてもらえずに一人殺されたバッドエンドの少女ではないのだ。

「だから。今、本当に、幸せなのよ」

「……えぇ。えぇ、勿論よ。そうでなくちゃ、駄目だわ」

 アンナマリアの震える手が、ぎゅっと、力強くエイネシアの手を掴む。

 きっと誰よりも一番不幸な最期を迎えて。でもそれゆえに、神様は誰よりも、この子を幸せにしてあげたかったはずだから。

 その幸せを、誰よりも喜んでいいはずだから。

「だから何の心配もせずに。幸せになるのよ、エイネシア」

 ニコリと微笑んでくれた微笑みがとても心強くて、エイネシアも、ほんのりと頬を緩めて微笑んだ。

「ただ一つ気がかりがあって……」

「何?」

「アイラ……森岡夢愛。あの子は、どうなるのかしらって……」

「…………」

 しばしの沈黙と。

 それから間もなく、アンナマリアは深い深いため息を、これでもかというほどに長く押し出した。

「え、えーっと。おせっかいかなとか思わなくもないのだけれど……」

 でも気になって、としどろもどろになるエイネシアに、アンナマリアも仕方なさそうに、困った顔で笑ってみせた。

「心配いらないわよ。多分だけど……ただ、二周目に入るだけだと思うから」

「っ、えっ?!」

 あまりにも突拍子もない話に、「え、何故? 一体何の根拠があって?!」と、エイネシアも慌てふためいてアンナマリアに詰め寄る。

 その様子に、ちょっと肩をすくめて。

「いやぁ……実は、小さい頃ね。あぁ、まだ記憶が戻る前の、本当に小さい頃よ。その頃に、私ってば、お祖母様……上王陛下の不審な言葉を、結構聞いているのよ」

「え……」

「確か……『デンワが無いって不便ね』とか『シャワーの開発はするべきだわ』とか」

「電話に、シャワー……」

「あとはまぁ……『人生三度目だもの』とか、ね」

 これにはポカン、としてしまった。

 そんなまさか。子供をおちょくっているだけなんじゃあ……なんて気もしなくはないけれど。

「私も正直何の事だかわかっていなかったし、すっかり忘れてたんだけど……でも最近になって思うのよ。上王陛下が治世中、なみなみならぬ情熱を捧げた下水整備とトイレ設備の向上なんかの衛生面での大改革の数々。そしてお祖母様が始めた、郵便制度の開始」

「いつでもどこでも蛇口をひねれば水が出るようにとのポンプの開発や、何よりも、“トイレットペーパー”の発明……」

「もうこれ、お祖母様が“私達と同じ”だったからに他ならないでしょう」

 そしてその上王陛下曰く、この人生は三度目――。

 多分二度目の人生では、何かやらかしてバッドエンドを迎えて。それで三度目に、突入してしまったのではないのか。


「ふっ……ふふっ。ふははっ」


「ちょっと。シア様?」

「はははっ。だってっ。道理で! 陛下なのにちっとも気取ってなくて、気さくで、柔軟で。若くして玉座に付いた方なはずなのに、とっても先進的な考え方をしていらっしゃって。あぁ、そうか。陛下も、“民主主義”ご出身だったのねっ」

 だったらなんだか、とっても納得がいく。

 道理で、なんて思うことが、沢山ありすぎる。

「ふふっ。でもこれは、私達の内緒にしておきましょう」

 そう肩をすくめたエイネシアに、アンナマリアもクスリと笑う。

「えぇ、そうね。だって私達の物語は、私達七人の物語」

 私達は皆、私自身の物語の主人公で、私達七人が紡いだ物語。


「上王陛下の物語は、上王陛下だけの物語。それは、“アンナクレア”の物語だもの」


 だからお互い、黙っていましょう、と笑い合った。







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