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七人の少女とたった一人のバッドエンド  作者: 灯月 更夜
第六章 七人の少女とたった一つじゃないその結末
183/192

6-17 少女たちの結末(1)

 寒々しいアーデルハイド領にも春の百合が芽吹き、すっかりと暖かくなり始めた王都にも随分と人が戻ってきて。いつもよりは不安そうに。けれど新たな世を待ち望むかのように。どこかハラハラとした気配が目くるめく渦巻く、春告げの季節。

 この美しい王都でも、いち早く真っ白な春の花の花弁が舞った。

 例年より随分と遅れて異例の学位認定式が行なわれたエデルニア学院の卒業課題において、エイネシアは他の追随を許さない優秀な論文で、見事首席の座を勝ち取った。

 学院の講堂で授与されたその煌びやかな証書には、一つ席を下げて二年の第三席という成績になったアンナマリアが、随分とドン引いた顔で、「あの渦中のど真ん中で一体どうやって論文を仕上げたのよ」と顔を青ざめさせてくれた。

 アイラ嬢の一件のせいで深手を負ったエイネシアは、あの後すぐに薬室経由で王宮に強制連行されたので、学院に戻ったのは一週間前の事だ。

 王宮内では、アルフォンス以下近衛達が、エイネシアを一歩として部屋の外に出してくれないほどの警戒っぷりで、随分と不自由を強いられたのだが、しかしそのおかげで論文くらいしかすることもなく、いっそ課題に集中できたといっても過言ではない。

 そして提出最終日に、「もう絶対に近衛をまいたりいたしません!」と何十回と誓って、ようやく学院に戻ってきて、一週間。

 星雲寮でも事の次第を聞いたらしいシシリア達が、怖い顔でエイネシアが一人にならないようにと徹底して目を光らせおり、おかげさまでこれまでにないくらいの穏やかな日々を過ごすことができた。

 そして三月の中旬。例年より遅れて卒業パーティーが開かれるその日の午前、やはり例年より遅い学位の授与式が行われたわけである。

 あと残すところは、卒業パーティーだけである。



「こうして姉上をエスコートするのも、今日が最後かもしれませんね」

 舞踏会場へと誘う、いつも以上に煌びやかでお美しい弟に、彼の装いと同じ春の百合の色のドレスを纏ったエイネシアも、ニコリと顔をほころばせた。

 昔は母が仕立てた姉弟お揃いの恰好に、流石に恥ずかしくない? なんて言い合っていたけれど、今日ばかりはそのアーデルハイドカラーの優しいミント色をしたペアルックが嬉しい。

 エドワードの言う通り。きっとこれが、弟にエスコートしてもらう最後のパーティーだ。

 本当は、アンナマリアも今宵のエスコートがいないことだし、最後もアンナマリアと一緒に参加しようとしていたのだけれど、エドワードに『最後かもしれませんから』といわれたのだ。

 だから先にシシリア達と会場に向かったアンナマリアからは少し遅れて、三年間通い続けた学院の舞踏会場へと足を踏み入れた。



「ジュスタスも、無事に卒業出来て良かったわね」

 エイネシアを取り囲んだ星雲寮の面々の中、そうセシリーに小突かれたのは寮長のジュスタスだった。

 エイネシアは知らなかったのだが、文官として要職に就いているノージェント侯爵家も、今回の内乱では色々と大変だったらしい。そんな実家の手伝いに駆り出されていたジュスタスは、今までならそこそこ上位の成績をキープしていたはずなのに、後期は単位もギリギリ。卒業もギリギリだったようなのだ。

「本当にどうなることかと……あぁ。文官の登用試験にも合格しましたから。春からは外務省の見習い書記官です。宜しくお願いしますよ、“シシリアお嬢様”」

 そう悪戯に笑ったジュスタスに、この度その外務省の副大臣に登用されることになったセイロン伯爵の娘であるシシリアが、一つ嫌そうに顔をしかめた。

 侯爵令息にそんな言い方をされても、怖いだけだ。

「そういうシシーは、官吏ではなくて大学部を目指すことにしたんですって?」

 そう視線を向けたエイネシアに、ぱっと顔色を戻したシシリアが、「ええ」と頷いた。

「ふふっ。シシーったら、散々姫様には“薬室の黴だなんて”って文句をいってらしたのに。薬室の研究員を目指すことにしたんですよ」

 そう横から口を挟んだセシリーには、すぐにボンッと顔を赤くしたシシリアが、「ちょっとっ、余計なことは言わないで!」と声を荒げた。

 その様子には、あらっ、と、エイネシアも目を瞬かせてしまう。

 元々前世では大学生だったというシシリアの事だから、大学生活に魅力でも感じるようになったのかしら、程度に思っていたのだが、これはもしかして、もしかするのだろうか。

「まぁまぁ! お目当ては誰? やっぱりユナン!?」

 そうニヤニヤと突っ込んだのはアンナマリアで、これにはますます顔を真っ赤にしたシシリアが、慌ててパシンッ、と、なにやら腕を抑えた。

 その腕に、ほのかに伯爵令嬢には不釣り合いな、薬草と春の花の編み込まれた素朴な腕飾りが覗き見えているのに気が付くと、エイネシアも、あら、まぁ! と、目を瞬かせる。

 もしかしなくても、ユナンからの贈り物なのだろうか。

「ち、違います! これはそのっ、ただたまたまっ」

「ほぉう、ほぉう? ただたまたま、とぉっても遠い薬室からわざわざ贈り物が?」

 にやにやとするアンナマリアに、手玉に取られてなるものかと、シシリアはキッと鋭い眼差しを投げかける。

「大学部志望の動機は、純粋に学問のためにですわっ、アン王女!」

「私はもう王女じゃないわ。アンでいいわよ」

 そんなシシリアにニコリと答えたアンナマリアには、いくつかの困ったような視線が投げかけられたけれど、アンナマリアがちっとも気にした様子もないのを見ると、「そうでしたわね」と、シシリアも頷く。

「公爵家の養女になったんだから。アンも、姫様、って呼ばれるようになるのかしら?」

 そう首を傾げたエイネシアに、「なんだかあんまり変わらないわね」とアンナマリアも笑う。

「そういうシアお義姉様は? 私、なんてお呼びしたらいい?」

 からかうように、にっ、と口端を吊り上げて覗き込むアンナマリアに、エイネシアも困ったように肩をすくめる。

 さて。なんて呼んでもらったらいいのだろう?

「今まで通り。お義姉様が嬉しいわ」

 やっぱり今更アンナマリアに、陛下、だなんて呼ばれたくない。

 だからそうお願いしたら、「シアお義姉様ならそう言うと思っていたわ」と、腕に抱き着いてくれた。

 うむ。やはりアンナマリアさんは可愛らしい。

 まぁ、エルヴィアの養女ということは、エイネシアの父の義理の従兄妹ってことになるのだが……。それについては考えるのはやめておこう。

「お賑わいのところ、失礼しても? エイネシア様」

 そこに声をかけた女生徒の声に、ふと皆の視線が向く。

 やって来たのはマクレスを伴ったメアリスで、すぐに皆が警戒するような顔を見せたけれど、「大丈夫、何の心配もいらないわよ」と口を挟んだエイネシアに、メアリスも少しばかり肩をすくめた。

「ごめんなさい。卒業のお祝いを、言いたかっただけなのだけれど。空気を悪くしましたか?」

「そんなことないわ、メアリー。やっと顔が見れて、安堵しているところよ」

「まったく……貴女ときたら。相変わらず、お人よしですね」

「褒め言葉だと取っておくわね」

 そうニコリと微笑んで見せたら、メアリスもまたほっと顔をほころばせた。

 面と向かって話すのは、半年前の舞踏会以来だ。

 あの時はどちらかというとまだメアリスも完全アイラ派に見られていたし、その前のお茶会の件もあって、星雲寮の面々には未だ敵視されているのだろう。

 だがメアリスとの話はすでに決着がついているし、それに彼女が転移者であったことはアンナマリアやシシリアにも話してある。

 メアリスが、どうしてあんな行動をとっていたのかも。

「取りあえず。ご卒業、おめでとうございます」

 そう丁寧に頭を下げたメアリスに、「ありがとうございます」と、エイネシアも丁寧に受け答えた。

 なんだかんだ言ってメアリスは、こういうところがとても礼儀正しい子だと思う。

「マクレスも。この半年、学院の統率を担ってくれていたんですってね。皆から聞いたわ。有難う」

「恐縮です。父が犯した罪と、今の自分の立場を思えば姫様にお目にかかるのも憚られるべきですが……」

「聞いているでしょう? 新王即位の恩赦で爵位も戻るし、それにアレクシス殿下は、貴方が武人としての道を断つことをちっとも望んでいらっしゃらないわ」

「ご恩情に感謝しています」

 相変わらず硬い物言いだけれど、否定をされなかったことは幸いだった。

 なんだかんだと言ってマクレスが人を率いる素質を持っていることは、この半年間、学院内のフレデリカ派と王弟派の小競り合いにギスギスしていた生徒達を調停していたという彼の働きからも一目瞭然であって、父の後を継いで国軍をまとめてくれたならば、というのは、皆の総意だ。

 彼はまだ二年だから、国軍に入るにしてもまだ先の事になるが、将来が楽しみであることは間違いない。

「メアリーも。遠慮することなんてないわ。()()なんだから。遠慮なく頼って欲しいわ」

 仲間? と、星雲寮の皆が首を傾けたけれど、話しの通じたアンナマリアとシシリアだけは、「そうね」「同感ですわ」と同意してくれた。

「姫様のアドバイスと、マクレスの戯言の通りに、最近、武芸の鍛錬をはじめました。まぁこれから私がどうするのかはわからないですが……楽しく、やっています。だから、その」

 その、えっと、と、僅かに頬を赤くしてもじもじとするメアリスの珍しい行動に、ん? と首を傾げていたら。

「ッ、ありがとうございました!」

 そう声を張り上げて、途端にギュンと振り返って走り逃げていくものだから、キョトンと目を瞬かせる。

「な、なにあれ。可愛いじゃない」

「ツンデレ? あの子、ツンだったの?」

 そうひそひそ囁くアンナマリアとシシリアに、「お、おぉっ。あれが噂の!」とエイネシアも頬を染めてしまった。

 ペコリと深く頭を下げてそんなメアリスを追うマクレスの姿も相俟って、なにやら甘酸っぱい青春ムードがこそばゆい。

「なんだか、いつの間にかハッピーエンドムードね。良かったわ」

「お義姉様が懸命にシグノーラ大将軍を庇ったのにも、益があったみたいですわね」

 そうこそっ、と付け足したアンナマリアには、エイネシアも肩をすくめておいた。

 それは彼らにはヒミツだ。余計なことをして、とか怒られそうだから。

「えーっと? それで、セシリーは、卒業後はどうなさるの? やっぱり、お姉様のレナリーみたいにお見合い?」

 ぱっと話を逸らすべく、まだ進路を聞いていなかった三年のセシリーを見やったところで、急に話を振られたことにも驚く様子を見せず、「いいえ」とセシリーは首を横に振った。

 セシリーの二つ上の姉は、卒業後すぐにお見合い結婚した。だからランドール伯爵家的には次女もそうだろうか、と思ったのだけれど、どうやらそうではないらしい。

「実は私、しばらくお祖父様と一緒に、諸外国を旅してみようかと思っているんです」

「あらっ。大貿易伯と?」

「昔は、外国なんて怖いし、旅なんて大変なだけだって思ってたんですけど、お祖父様のお土産をエイネシア様やアンナマリア王女……えと。アンナマリア様が、嬉しそうにしているのを見ていたら、なんだか私も外国の物に興味が出てきて。最近は、シシーに外国語や外国の作法を沢山教えていただいているんですよ」

 チラリと隣を見やったセシリーに、「まぁ、うちは家柄的に、外国のことには精通していますから」と、シシリアも少し恥ずかしそうにツンとする。

 元々シシリアも、珍しいものは好きで、詳しい方だ。友人が自分の知識を必要としてくれていることは、純粋に嬉しいのだろう。

「ビアンナ様にも相談したら、自分の所にも是非立ち寄ってほしいとお便りがありました。お許嫁のお家のラングフォード公爵家は、外国との流通が最も盛んなご領地ですから」

「私達の最初の同窓会は、ビアンナの結婚式かもしれないわね」

 そうエイネシアが笑ったら、途端に皆が、「え?」と目を瞬かせたものだから、エイネシアも首を傾げる。

 何かおかしなことでも言っただろうか。

 ビアンナが卒業して一年。花嫁修業に明け暮れる彼女は、大変優秀に公爵夫人としての教養を収めているらしいから、もう半年や一年もせずに嫁ぐのではないかと言われている。

 ラングフォード公爵家の令息が結婚するとなれば、アーウィン自身がアデリーン王女の子という王家に近しい血筋であることもあって、おそらく王都の大聖堂での式になるだろう。

 その場合、近しい縁者だけでなく友人なども多く式に招かれるのが恒例だ。

 だからちっともおかしなことは言っていないと思うのだが……。

「いやいやお義姉様。それを言うなら、お義姉様のほうが先でしょう」

「間違いなく、そうですわね」

「不本意ですが、そんなにあの殿下が待ってくれるはずないでしょう」

 そうエドワードにまでため息をつかれたものだから、「あ、そうか!」と、エイネシアも目を瞬かせた。

 そういえば、あの内乱以来ずっとごたごたしていて、将来の話なんて少しもしていない。

 それどころか、フレデリカ派に王宮が占拠されていた間に、紋章院がかなり荒らされていたらしく、未だに紋章院は受付を差し止めていて、エイネシアはアレクシスと正式な婚約関係すら結べていない。

 まぁ世間に公表されているので、皆が認識しているところではあるのだが、はて、それで一体これから卒業後エイネシアがどうなるのかというと、そういえばエイネシアすら知らないのだ。

「私は……まぁ。色々とやることがあって。卒業したら取りあえず北部との確約を守るために、もう一度北部に行って街道整備の件の視察と、麦関連の仕事もこれからが一番大切で。それからお父様から内乱の事後処理関係の責任者を幾つも任されてますし。あ、あと旧イースニック領の暫定領主の地位もまだ残っていて……とりあえず、どれからどう手を付けたらいいかな、みたいなことで頭がいっぱいで……」

「姫様……貴女、一体この半年、何をしでかしていらっしゃいましたの?」

 よくこの半年のことを知らないシシリアが、到底学生の領分を逸脱しているエイネシアに顔を引きつらせたけれど、そこはアンナマリアが、「突っ込んでも無駄よ。お義姉様自身が、自分の非常識さをちゃんと理解していないから」という、フォローになっていないフォローを入れた。

 そんな中、一人一際重たいため息を吐いたエドワードが、「まったく姉上は」と、苦言を溢す。

「腹立たしいことではありますが、姉上の“お体”を考えましたら、そう悠長なことは言ってられませんよ」

「うっ」

 エドワードの珍しくズキズキと鋭い声色には、エイネシアも思わず顔を染めて粗放を向いた。

 そんな様子に、皆がキョトンと首を傾げる。

 うむ……いや、忘れていたわけじゃない。ちっとも忘れてなんていない。

 でも“その件”については色々とあったので、ちょっと忘れたかったのだ。

「あらあら、何、その不穏なお顔。何かあったの?」

 そうにやっ、と覗き込むアンナマリアに、「いえ、あの、その」と珍しくたどたどしい物言いが返って来たものだから、一層、これは絶対に何かあった、と、皆の視線が集まる。

「あらお義姉様。私に隠し事をするつもり?」

「いえ、あのね。そうではないのだけれど……これを口にしたら、お母様が鬼のようなお顔を……」

「エリザベート様が?」

 一体何をしでかしたの? とアンナマリアが首を傾げた途端、ざわざわと会場がざわめき始めたものだから、ふとアンナマリアも言葉を切って視線を巡らせる。

 見れば、学院長がわたわたと誰かを引きつれてくるところで、エイネシアの護衛の為にと壁に控えていたアルフォンス達近衛まで駆けつけて威儀を正す。

 その様子に、「あぁまったく」とエドワードがため息をつくのと同じくして、颯爽と青と白の立派な装束に身を包んだ青年が現れ、途端に皆が慌てて膝をついて頭を垂れた。


 いつもより少しばかりちゃんとした、昔懐かしい王子様の装いと。でも相変わらず柔らかくちょっぴり跳ねているクリーミーブロンドと。

 何故かアルフォンスに詰め寄られてたじたじとしている王子様。

 あぁ。あれは絶対、お供もつけずに一人で、お忍びでいらっしゃったに違いない。

 なのに誰かに見つかって、学院長が大仰にしてこの場に引きずり出したのだろう。

 で、聞いていなかったアルフォンスさんに睨まれている、と。

 それがありありと見て取れて、なんだか思わず、クスクスと笑ってしまった。

 そうしていると、パッと視線を巡らせたその人が、「やぁ、シア」と小走りに駆け寄ってくる。

 お小言から逃げて来たに違いない。

「こんばんは、アレク様。ふふっ。お忍び、ばれちゃったんですか?」

「学院に入った瞬間、速攻でね……。私の偽装スキルは完璧だったはずなんだけど」

「近衛はアレク様のおかげで、日々精進しているということですね」

 あとで皆を褒めてさしあげないと、というと、流石にアレクシスも肩をすくめた。

 そう。訪れ人は、決してこんなところにいていいはずがない人。

 もう間もなく即位をするであろう、王太子殿下であらせられる。

「お義兄様。どうしてこちらに? シアお義姉様に会いにいらしたのは分かってるけれど」

 そう口を挟むアンナマリアに、「あぁ、本当はパーティーが終わるのをハインのところで待ってるつもりだったんだけど」と答えたら、ついて来ていたアルフォンスがギロリと目を鋭くした。

 うむ。まぁ、もう彼も昔みたいな根無し草な立場じゃない。

 近衛的には、看過できたものではないだろう。

「取りあえず、皆立ちなさい。突然悪かったね。私はただ可愛い婚約者を攫いに来ただけだから」

「アレクさまっ!」

 よりにもよってそんな言い方、と頬を染めたエイネシアに、突然の王太子臨御に緊張していた生徒達も、思わずふはっ、と笑い声を溢しながら顔を上げた。

 彼らの大半は、かつてのエイネシアとヴィンセントの淡泊でさめざめとした関係を見て来たから、その頃とはまるで違う二人の様子が微笑ましいのだろう。

 それは、アレクシスという人を良く知らない星雲寮の皆も同じだったようで、顔を上げつつ、セシリーなんかが思わずグスッと涙を拭っていた。

 安心してもらえるのは有難いけれど、とっても恥ずかしい。

 そしてエドワードのお顔がとっても怖い……。

「も、もうっ。本当に、どうして突然学院に? アルにも知らせていなかっただなんて」

「頼んでいたものが先程納品されたから。少しでも早く、これを渡したくてね」

 そう良く分からないことを言ったアレクシスは、おもむろに何か小さなものを取り出すと、エイネシアの手を取る。

 はて。また何か贈り物でも? と首を傾げている内に、スイと左手の薬指に吸い込まれた、銀色の指輪。

 薔薇の刻まれた綬と、冠を築いたグリフォン。

 百合の紋様の刻まれたリングの、とても美しい……。

「ッ」

「卒業に間に合ってよかった。リジーを説得するのにひと月もかかるなんて、思ってなかったよ」

 そうクスクスと笑いながら、指輪の納まったエイネシアの手を握ったその人に、みるみるエイネシアの頬が染まってゆく。

 それと同じくして、大きく目を瞬かせたアンナマリアが、「まぁ!」と、思わず声を大にして頬に手を添えた。

「アレク様……これっ……」

 これまでエイネシアが用いてきたアーデルハイド家の印章とは別のもの。

 薔薇とグリフォンを抱き、冠が刻まれているそれは、“王妃の印章”。

「おや? 受け取ってはもらえない?」

「ち、違いますッ。でも、これは……まだ、私がいただくには早すぎるっ」

「いいから。持っていてくれないか?」

 そうぎゅっと包み込まれた手のひらに、エイネシアも思わず口を噤む。

 だってこれは。王妃の印章は、実際に王妃となってから授かるべきもの。

 今はまだただの公爵令嬢でしかない自分が持つには、分不相応なものであるのに。

「受け取ってもらえるね?」

 分不相応と分かっているけれど。

 でも“形”あるそれが、どうしようもなく嬉しくて。

 きゅぅっと自分の手を握りしめて。

 コクン、と頷いて見せたら、嬉しそうに顔をほころばせたアレクシスが、「良かった」とエイネシアを抱き寄せた。

「ちょ、アレク様っ。皆が見てますからっ」

「構わない。皆にもシアが私のものだと知らしめておかないとね」

 そうぐいとエイネシアを抱き上げてしまったアレクシスには、あわあわとエイネシアも流石にもがいた。

 これは恥ずかしすぎる。

 ほらもう。シシリアが見てはいけないものを見たような顔で目を背けてますから。

 周りの学友達の顔が、ものすごく生暖かいですから。

 皆の中の冷静沈着なエイネシア姫様の仮面が、いまものすごい勢いで崩壊していますから!

 そう慌てふためいていたら。

「いい加減にしてください!」

 ベリッ、と、相変わらずアレクシスの腕の中からエイネシアを取り上げてくれたのは、頼れる弟エドワードだった。

 だが如何せん。

 そのエドワードも、すっかりと頭に血が上っているようで。


「身重なんですからっ。もっと丁重に扱ってください!」


「……え?」

「あ?」

「え?」

 ぎゅんっ、とエイネシアに向けられた沢山の目と。

「み、おも……って。え?」

「こ、子供ッ?!」

 仰天するシシリアと、素っ頓狂な声を上げるアンナマリアと。

 ハァ、とため息をついたエドワードさんに。

「お義姉様!?」

「え、えっと……ははは」

 いや。アンナマリア達にはもっとちゃんと報告するつもりだったのだけれど……。





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