6-11 上王陛下の勅命(1)
翌朝、ドンドンドン、と扉を叩いた音にビックリとして目を覚ましたエイネシアに、クスクスと笑ってむき出しの肩に毛布を引き上げたアレクシスの面差しが、エイネシアの頬を染めさせた。
「まったく本当に野暮だね」
そんなことを言いながら、「ノラを呼んでくるから」と、エイネシアの額に一つキスを贈ってベッドを出たその人が、随分と着崩した格好で扉に向かうのを見ると、一層気恥ずかしくて、布団の中にもぐりこんだ。
「いつまで姉上をッ……じゃないっ。いつまで寝ているつもりです、殿下。お早く戻っていただかねば、仕事が立て込んでいるはずですがッ」
そう強引にアレクシスを引きずり出そうとするエドワードの言葉に、「目の下、クマがすごいね」なんて言っている呑気な声色が、益々エドワードの神経を逆なでている。
「大体その淫らな格好は何ですか!」
「あぁ、はいはい。中は見てはいけないよ」
「なっっ!!」
パタン、とすぐに扉は閉められたけれど、外では益々エドワードが怖い声色を発していて、その喧騒は中々止まなかった。
弟が何もかも察してしまったであろうことがどうしようもなく恥ずかしい。
あぁ、もう本当に。
ここから出たくない。
でもいつまでたってもそうしているわけにはいかず、しばらく続いていた階下での賑やかさが遠ざかった頃、少しゆっくり目に、ノラがお湯を運んできてくれた。
ノラにそんな手伝いをしてもらうのは正直少し気が引けたのだけれど、身体を拭ってくれる手はとても一生懸命で、ついでに髪の染粉も綺麗に落としてもらってから、いつの間に仕立ててくれたのかという新しいドレスを着付けてくれた。
そうしてようやく部屋を出て階段を降りたところで、もしもエドワードがいたらどんな顔をしたらいいのだろう、と不安に思っていたのとは裏腹に、テーブルではのんびりと紅茶を傾けているアレクシスと、そんなアレクシスに書類を渡しているいつもと変わらないアルフォンスと、二人の姿しか見当たらなかった。
「あの。アレク様、宜しかったの? 随分と急かされていたようでしたのに」
「必要な書類は全部目を通して、エドに持たせたよ。エドは随分と文句を言っていたけれど」
ふふっ、と肩を揺らしたアレクシスに代わって、「エドワード卿は殿下に言いくるめられて追い出されてしまいました」とアルフォンスが続けたものだから、エイネシアも肩をすくめてしまった。
そういう言い方はしているが、おそらくエイネシアが気まずくならないようにと、二人が気を利かせてくれたのだろう。
「あまりエドに厳しくしては嫌ですよ、アレク様」
「大丈夫。可愛がっているだけだから」
そうニコリと微笑むその面差しを信じていいのかどうかはとても不安だったけれど、生憎と昔からその笑顔に弱いことは自覚していて、ポンポン、とソファーの隣を叩かれると、つい反射的に大人しくそちらに腰を下ろしてしまった。
そこにノラが暖かい紅茶を一杯と、朝食代わりに軽くつまめるパンや果物を置いてくれる。
こんなにのんびりしてしまっていいのだろうかと不安になるが、しかしおそらくこんなにもゆったりとした朝は、これからしばらくは願っても得られないであろう。そうと分かっているからこその、今朝ばかりの皆の黙認なのかもしれない。
「黒髪もいつもと違って艶やかだったけれど。やっぱりシアにはこちらの方がいいね」
そうさりげなく隣で色を戻した髪を梳く指先が、なんとも気恥ずかしい。
アルフォンスがいるのだから、あまり触らないでほしい。顔が赤くなってしまうから。
「この後、昼前には上王陛下の離宮に行くようにと指示を受けているから」
「はい。あの、アレク様も?」
「昨夜突然ブラットワイス家を飛び出して離宮にも帰らなかったものだから……その」
「上王陛下はお怒りなのです」
そうクスリと笑ったアルフォンスに、アレクシスもにわかに肩をすくめた。
「アレク様ったら……」
「いや、陛下に連絡をしなかったのは悪かったと思っている。リックあたりが使いをやってくれたとは思うけれど、早くシアの顔を見たかった上王陛下には、私がシアを独占して連れて戻らなかったのが大層ご不満だったらしい」
「ど、どうしましょう……私、そんなことまで気が回っていなくて」
そう本気で慌てたら、「本気でお怒りになどなっておりませんよ」とアルフォンスがフォローしてくれた。
「いやいや。陛下はともかく、リジーは怖い。今頃エドがリジーに何か言っていないか、それもすごく怖い」
そう真剣な声色で続けたアレクシスには、ついエイネシアも肩をすくめてしまった。
確かに、リジー、こと、エイネシアの母であるエリザベートの反応はちょっと怖い。
「叱られる時は、ご一緒に叱られましょう」
だから観念してそう呟いたなら、「それはいいね」と、アレクシスも肩をすくめて笑った。
そうして今しばらく、随分とのんびりとした時間を過ごして。
このあばら家の外にガラガラと馬車がついた音を耳にしてから、「そろそろ時間だ」というアレクシスの手に誘われて、席を立った。
王都郊外へ戻って、ほんの僅か。たった半日の休暇だったけれど、それだけの時間を皆が許してくれたことだけでも充分だった。
隠すことも無く、王家の印章を刻んだ馬車に乗り込んだ瞬間から、エイネシアも再び、その気を引き締め直す。
昨夜の事が、母に、上王陛下に、どう伝わっているのかなんて、問題ではない。
もとより、早くそれをはっきりとさせねばならなかったのだ。
それをこれから、陛下に申し上げにゆくのであるから。
◇◇◇
上王陛下の御所となっている離宮は、以前と変わらぬ風雅な装いと、しかし人が少なく穏やかな雰囲気をしていた頃とは打って変わって、どことなく物々しい、まるで王宮にいた頃のようなせわしなさが漂っていた。
それもそのせいで、離宮の表は殆ど政庁のように本と書類とインクの匂いであふれかえった執務室と化しており、慌ただしく走り回る役人も、離宮内を厳重に警備して回っている近衛も、どちらもその物々しさを増長させているようだった。
そんな離宮にエイネシアが降りたつと、真っ先に、その到着を待ちわびていたらしい母が飛んできて、豊満な胸にエイネシアを抱きしめた。
「おかえり、シアちゃん。怪我はない? 病気はしていなかったかしら?!」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、むしろ今窒息死しそうなのだが。
そう悶えていたら、「リジー、シアが苦しんでるよ」と、アレクシスが母を止めてくれた。
「殿下、私、怒っているんですからね! 可愛い娘がようやく戻ったというのに、昨夜は貴方がシアを留めてこちらに返さなかったんですってね!」
「そ、それはその……」
「エドもエドです! 黙って貴方に言いくるめられて、結局貴方と一緒になってシアと一緒にいたんですもの!」
そうプリプリとするエリザベートの物言いには、すぐにもエイネシアもアレクシスも、あれっ、と、その言葉の違和感に気が付いた。
「あ、あの、リジー? もしかしてエドは、まだ何も……」
「エドがどうしたの? あの子の事なら先にしっかりと叱っておきました! 次は貴方達ですから。陛下へのご謁見がすんだらこの続きです。しっかり反省してもらいますからね!」
これはまさかの、セーフなのか。
エドワードも、母に昨夜のことを言いたくても言えなかったのだろう。
言ったら母がどんなにか恐ろしいことになるのかは目に見えていて、ちなみに先んじて自分も被害を被ったせいで、ここで真実を口にしたら、『どうして止めなかったの!』と、エドワードの方が酷いことになりそうだったから……。
うむ。セーフだ。ものすごく。
そのほっとした顔が分かっているのか、後ろでクツクツとアルフォンスが笑っている。
「さぁ、とにかくこちらにいらっしゃいな。上王陛下がお待ちですよ」
そんな母の言葉に誘われ、改めて背筋を伸ばすと、しかと頷いてその後ろを追った。
そうして連れて行かれたのは、いつもの、陛下が日中を過ごしておられる部屋であった。
かつては寛ぎの部屋であったその場所も、今では奥に大きな机や応接用の机やソファーが供えられたきちんとした部屋に整えられており、そちらに顔を出すと、すぐにでも上王陛下が顔をほころばせて出迎えてくれた。
丁寧なご挨拶をしようとしたエイネシアを留めて、「よく無事に帰ったわ」と抱すくめて下さった行動はまったく母と瓜二つで、それが少しばかりこそばい。
陛下の御前には先んじて、エドワードやアンナマリアも待っていて、さらにアルフォンスが扉を閉ざして警護に立つと、「さぁ、本題にはいりましょうか」と、早速そう切り出した。
「北部でのことは、すべてシロンから聞きましたよ、エイネシア。本当に、よくやってくれました。イースニックでの件も。私の治世から行なわれていた非道。本来ならば私がどうにかせねばならなかったことだったわ」
「いいえ……イースニックの民は、皆陛下の御世を懐古しておりました。例え非道が見過ごされてしまっていたとしても、陛下の存在は彼らにとって決して小さなものではございません」
「有難う、シア。彼らに対して私の名誉が守られたことも、すべて貴女のおかげよ。貴女はそれを誇るべきです。そうでなければ、私も、私の見逃してしまった罪を永遠に悔み続けねばなりませんからね」
そう言われては確かにその通りで、エイネシアもぐっと言葉を呑むと、「そのお言葉を、有難く受け取らせていただきます」と頭を垂れた。
後悔はある。もう少し早ければ、と、そう何度思ったとも知れない。
けれどそれはノラの笑顔と、上王陛下のお言葉と。そしてそっと背に手を添えてくれたアレクシスの優しさに、どうしようもなく慰められた。
「北部の件も。それに、そこの困った子に重たい腰を上げさせてくれたことも。私は貴女に感謝をしていますよ」
ぴくり身を揺るがしたエイネシアは、それでも上王陛下の顔を見ることはできず、ぎゅっと掌を握りしめた。
けれどそのせいで、上王陛下には実の我が子と反目せねばならない状況にあるのだ。
それを、一体どう償えばいいというのか。
けれどそう拳を震えさせていたなら、やんわりと肩に置かれた上王陛下の手が、エイネシアの顔を跳ね上げさせた。
「そのような顔をしなくていいの。心優しく英明な貴女が、個人的な恨みでヴィンセントに仕返しをしようとしているだなんて、誰も思っていませんよ」
「……陛下」
「貴女がその決断をするのに、どれ程思い悩んだのか。どれ程苦しんだのか。それはよく分かります。そうでなければ、この頑固なアレクシスが、自ら政治に関与などするはずがないわ」
「酷い言われようですが……仰る通りです、陛下」
そうクスクスと笑うアレクシスには、「まったく貴方は相変わらずなのですから」と、上王陛下も一つため息を溢した。
その飄々とした物言いに、陛下も何度もはぐらかされてきたのだろう。
それがようやく、その重たい腰を上げてくれた。
今この情勢に、自ら指揮を取って、誤りを正そうとしてくれている。
くしくも、玉座を退いた自分の代わりに。
「ですが……陛下は。国王陛下は、それでも上王陛下の愛おしい我が子。私は陛下に責められこそすれ、許されるはずもないことを致しました」
そう後悔を口にするエイネシアには、「そうではないわ」と、すぐにも否定の言葉が返ってきた。
「私の気が付かなかった過ちを我が子の過失として押し付けることは間違いだけれど、ウィルがそれを主導していた者達を重用していたことは事実よ。そして今なおそれを咎めることなく、多くの者を苦しませている。その責任を取ることは、ウィルフレッドの責務です」
厳しい言葉ではあるが、それこそが、長い間女王としてこの国を治めた陛下の本心なのだろう。
我が子であったとしても、玉座を穢したことを、先王として許すつもりはないのだと。
「無論、私も、あの子が目を覚ましてくれることを望んでいました」
そう悲し気にエイネシアの傍らのアレクシスを見やった瞳に、アレクシスも困ったように肩をすくめた。
やはり、彼女は知っているのだろう。
我が子が、義理の弟となった人物の命を幾度となく脅かしたことを。
それを暗に咎めながら、それでも罰しなかったのは、母としての想いだろうか。
だがそれはとどまることを知らず。
つい先日、アレクシスが大怪我をおった際、すぐにもアレクシスをこの離宮に引き取ったという上王陛下の行動も、きっと国王への牽制を孕んでいたのだろう。
それでもなお、フレデリカ派の増長は止まなかった。
むしろ国王は政務の場からも姿を消して行った。
「フレデリカの過ぎたる行動も、最早目に余るどころではありません。国政を欲しいままとし、民にそのための苦役を課し、さらには王の許しも得ずにその印章を用いて私的に国軍を動かすなど、もはやこれは謀反です」
「陛下……」
国軍の一件については、エイネシアは固く口を噤んで誰にも報告しなかったのだが、やはり上王陛下には、シロンが報告してしまったのだろう。
上王の言葉にアレクシス含め誰一人驚いていないのを見ると、皆にも知れ渡っているようだ。
そしておそらくは、そこでヴィンセントと何があったのかも。
「この事態を諌めんと、私も王に、ヴィンセントの廃太子とフレデリカ妃の断罪を求めましたが、王は、フレデリカを妃としたのは自分であり、すべての責も自分にあると、言って寄越しました。そしてその責任として、最後まで、フレデリカに付く、とも」
王ともあろうものが嘆かわしい、という上王の言葉はまったくその通りで、だがその言葉がどことなく嘆きを孕んでいながらも怒りを孕んでいないことが、上王陛下なりに、我が子を憐れんでいるのだと言っているようだった。
フレデリカは、たとえ何をしでかした人物であったとしても、国王ウィルフレッドがただ一人愛し、欲した女性。それはきっと、ヴィンセントにとってのアイラと同じなのだ。自分が求め、そのせいで運命を狂わせてしまった人。決して放ってはおけない、放り出すことのできない人。
「だが王である以上、それではならないのです。この国の伝統を打ち壊すことのすべてを否定するつもりはないわ。けれど、伝統を貶め、傷つけ、守らねばならないものを守ることのできない王は、もはや王ではありません。それを私は母としてではなく、先代の王として、許すことはできません」
それが、陛下の決意であり、覚悟。
「よってこの国のために。私は今日この日を以て、国王陛下に譲位を勧告します」
上王が命じる、国王への勅命――。
本来上王は政治の場を退いた立場であり、国王の治世に口を挟むことは許されないが、それでも上王の立場が低いわけではない。
その勅命は、誰にも覆すことはできない。
上王陛下がそれを求め、もしも国王がそれを拒んだとしたら、この国は完全に真っ二つに分かれることになるだろう。
それを覚悟の上で、陛下はそう口にしたのだ。
「すでにその旨の勅書の案は、ジルが今用意してくれているわ」
そうこの部屋にはいない宰相閣下を持ち出した上王陛下に、エイネシアもようやく、どうして父がここにいないのかを悟った。
すでに前もって陛下と話を詰め、そのための仕度に取りかかっている。
つまり、今陛下が話している内容は、すでに“決定事項”なのだ。
「さぁ。それでも貴方達をこうして集めたのは、“その後の事”を話すためよ」
そうようやく本題を切り出した上王陛下に、思わず、きゅっ、とエイネシアも手のひらを握りしめた。
その拳に、すぐにもアレクシスの手が重なる。
いつもは温かいその手が、今ばかりは冷たく凍えていた。
今確かに上王陛下は、我が子を咎めることを口にし、譲位を自ら突きつける準備があることを知らしめた。けれどそれでも、アレクシスにとってその人は義理の母であり、ウィルフレッド王は義理の兄なのだ。
片や実の母のように思い、自分を育ててくれた人。片や、いつかその人を支えられるようにと慕っていた兄。
その実の親子である二人を切り裂いて、自分がその玉座を受け継ぐなどと口にするのは、どれ程に心苦しく、辛いことであろうか。そんな親不孝はない。
その想いが、どうしてもアレクシスに口を噤ませてしまう。
それが分かっているから、エイネシアも何も言えず。ただただ、その冷たい手を握り返すことしかできなかった。
そうしている内にも、深いため息を溢しながら踵を返した上王陛下は、二歩、三歩と考え込むように歩を進めると、やがておもむろに、少し離れた場所に腰かけていたアンナマリアを見やったものだから、視線を投げかけられたアンナマリアが、キョトンと瞳を瞬かせた。
「フレデリカは罪に問われる。ヴィンセントの罪も、許されはしないわ。けれどそうなったとして、何の過失もない貴女は、紛れもない私の孫。ウィルフレッドの娘。この国の王女。次に王位に近しいのは、貴女よ、アンナマリア」
思わず息をひっ詰めたアンナマリアが、やがて困惑気に、きょろ、きょろ、と、辺りを見回す。
その視線が、困ったように上王陛下を。口を噤んで身を硬くしているアルフォンスを。何も言わないアレクシスを。そして、焦燥をにじませるエイネシアをと彷徨う。
それでもエイネシアも、ここで上王陛下と王女殿下との会話に割って入ることはできず、口を噤むしかない。
それを見て取ったのか、パッと上王陛下を見やったアンナマリアは、「待ってください」と慌てて口を開いた。
「私はお兄様みたいに、国を担うための勉強なんて何もしていませんッ。社交もサボってばかり。政治のことも何も知らないし、よい王になれるとはちっとも思えません!」
「それでもアン。貴女も、王位継承者の一人なのよ」
「でもっ」
食らいつこうとしたアンナマリアだったが、上王陛下は有無も言わさず、「我儘で投げ出せるものではありませんよ」と厳しい声色を続ける。
「政治の勉強ならば、これからでもいくらでもできます。そもそも王女が王位を継ぐ場合には、公爵家か大公家から夫を迎えるのが慣例。貴女が政治のノウハウを知らずとも、貴女に、それに相応しい相手がいれば、何ら問題はありません」
そうでしょう? と、上王陛下が見やった視線の先を、自ずとすべての視線が追い掛けた。
それは一人、何も言わずに静かに佇んでいたエドワードへの視線だった。
そう。いまなお許嫁もなく、高い王位継承権と、すべての発端でもあるシルヴェスト家の血も引くアーデルハイド公爵家の嫡男。今この場で、アンナマリアの伴侶として最もふさわしい人物だ。
視線を受けてなお当人はとても物静かな面差しでいるが、逆にエイネシアは、とんでもない焦燥に駆られた。
エイネシアだって、妹のように可愛いアンナマリアが弟と結ばれてくれたら、なんてことを考えたことはあった。
でもそれでは駄目なのだ。
アンナマリアには、エドワードではない。別の、想い人がいる――。
そのことを、エイネシアはもう、知ってしまっている。
だがどうしたらいいのか。
上王陛下が命じれば、それはもう覆ることのない“勅命”である。
元より、自分の結婚相手は父か王がいずれ定めるでしょう、だなんて言っていたエドワードに期待なんてできないし、だがアンナマリアに対して王家の責務を課す上王陛下のお言葉に、エイネシアが反論するわけにもいかない。
みるみる青ざめてゆくアンナマリアの面差しに、エイネシアも言葉が浮かばない。
どうしたら。
どうしたらあの友を助けられるのか。
たとえ罰を受けたとしても。それでも自分が、その友を助けねばならない。
そう。いつもアンナマリアがそうしてくれたように。自分が、と、一歩を踏み出そうとしたところで。
「それはできません。陛下」
そう涼やかな面差しのまま、恭しく拒絶したエドワードの一言に、ぎょっ、と、皆の驚嘆の視線が集まった。




