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七人の少女とたった一人のバッドエンド  作者: 灯月 更夜
第五章 金の麦と銀の獅子
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5-8 続きは夢の中で

 滞りなく晩餐会を終えた会場は、そのまま広間へと場所を移し、堅苦しさを取り払った無礼講となった。

 この日遠方から駆けつけてくたびれていた貴族達もいたであろうが、皆一言だって情報と権益を逃さないようにと警戒しているのか、ほとんどすべての貴族達が参加し、この機会にと、エイネシアに様々な質問を投げかけ、また、自分達の考えや思いも、忌憚なく話してくれた。

 中には、王国への離反の意思はないと言いながらも、だが王国が次々と北部の中でも裕福な土地ばかりを召しあげて新興貴族に下賜した歴史に、王国への懐疑心が強いのは仕方がないことだと言う者もいた。

 また、王妃を必ず公爵家から輩出するという慣習を古臭いと一喝する者もいれば、だが外戚勢力がどれほどの力を持つのかが一目瞭然な今、王妃輩出家の規制をなくすことは、外戚の地位を狙う貴族達の醜い闘争と出し抜きあいを助長させるだろう、と慎重な見解を持つ者もいた。

 そんなバラバラの見解を持った彼らは、先んじてエイネシアの申し出に誓約をしたわけだが、それでも一様に『本音を言えば、王家に未練があるかと言われても、正直ピンとはこない』と、エイネシアに聞かせてくれた。

 そもそも王国とは何なのか。

 エーデルワイス王国とシルヴェスト王国との違いは何なのか。

 王国の一部であることと、独立国であることと。そこに生まれる権益の差とは、どれ程の物なのか。

 そんな風に、いつの間にやらエイネシアも置き去りに議論を交わす彼らの様子は実に熱心で、そんな彼らが中央に出仕することもなく、北部に引き籠ってきたのだと思うと、なるほど、やはり北部とはかなり閉鎖的な土地柄だったのだと思わされた。

 王国はそんな王国治世への関心を持っている北部貴族達を、もっと中央に登用しなければならなかった。その道を開かねばならなかった。

 それを改めて考えさせられるひと時でもあった。


「北部がこんなにも、閉ざされた土地だっただなんて……」

 一通り皆の見解を聞き終えた中、夜風に当たろうと少し席を離れたところで、そう感想を漏らしながら息を吐いた。

「中央に出仕しない地方貴族というのは、大体何処でもこんなものですよ」

 ただの独り言に言葉が返ってきたことに驚き振り返ったところで、その絶対にこんな場所にはいないはずの人物の姿を見て、一二度、大げさに目を瞬かせてしまった。

 はて。目がおかしい。見間違えだろうか。

「え? あれ……? あの」

 どうして。なぜこんなところに。

「ヴィヴィ、司祭?」

「ごきげんよう、姫君」

 恭しい礼を尽くしてくれる聖職者服の司祭様。夜会には絶対に不釣り合いな装いのその人に、エイネシアはもう一、二度、目を瞬かせた。

「これはまた……どうしてヴィヴィ司祭がこちらに?」

「教会本部の巡回司祭になった私は、点々と地方を練り歩かされたあげく、横暴な王弟殿下のご命令で、今度は北部に飛ばされることになりました」

 そうクスクスと笑うヴィヴィは、「なんだか最近、臂力も逞しくなってきた気がします」と握り拳を掲げてみせるものだから、エイネシアも呆れた顔をしてしまった。

 まったくあの王子様は……今度は何をやらかしているのやら。

「巡回の途中なのですが、姫様がこちらにおいでと伺い、お目にかかれるようリカルド卿に手紙をお出ししておりました。こちらの居城に入ったのは、つい先程です。色々と、私にもお力添え出来ることがあるのではないかと」

「そうするように、アレク様が仰ったのね」

 そうクスと笑ったエイネシアに、「宜しければ少し外を歩きませんか?」と促したヴィヴィに頷いて、共にテラスに出た。

 適度に酒宴の様子を見やりつつ、彼らには聞こえない場所へ。

 さりげなくテラスの扉の前にはリカルドとオーブが立ってくれて、更にエイネシアに良からぬ噂を寄せ付けぬようにと警戒するジェシカが同席してくれた。

「王都の様子はどうです?」

「何の心配もありません……と言いたいところですが。そうもいかない様子ですね」

 そう素直に言ったヴィヴィに、エイネシアも頷いて見せる。

「フレデリカ派が連日不法な議会を開催し、すでに外務大臣、民生大臣が越権をしていると、糾弾を受けています。買収された官吏からの不正告発も相次いでいます。司法省については宰相府が最優先で追及を躱させていますが、状況としてはフレデリカ派の優勢、といったところでしょうか。あくまで表向きに、ではありますが」

「国軍省はどうかしら? シグノーラ将軍は?」

「今のところは沈黙を守っています。たしかシグノーラ将軍は国王陛下とは学院時代からの旧知だと聞いていますが」

「ええ。実質的な陛下の腹心です。軍内での支持も厚い方だから、影響力は相当のものだと思うのだけれど……」

 しかしそのシグノーラが動きを見せていないということは、幸いにして、彼は国王の寵妃であるフレデリカではなく、あくまで、国王に忠誠を誓ってくれているということだ。

 国王の命令なしに、フレデリカや議会の決定で安易に北に軍を派遣するようなことはしないでくれるはず。

 そう、信じたいが……正直、国軍の動きはまだ少しも検討がつかない。

「心配ね……」

 思わず、宮中にいる大切な人たちを思いながらポツリとこぼした言葉に、クスクスと笑ったヴィヴィの声色を耳にして、はたと口を噤んで顔を上げた。

 そんなエイネシアに、ヴィヴィがスッと差し出した一枚の紙面。

「今日の催しについてお聞きになった殿下も、同じように……いえ。姫様よりよほど険しいお顔で、『心配だ』とこぼしていらっしゃいましたよ」

 そう言うヴィヴィの手に持たれた封筒の、見慣れた美しい文字に、忽ち、エイネシアの頬が薄桃色に染まった。

 まさか。いや、そのまさかだ。

 彼は、アレクシスからの手紙を届けてくれたのだ。

 それに気が付いた瞬間、思わずパッと手を伸ばしそうになり、しかし手紙に触れる直前でそんな自分の反応が恥ずかしくなって、もじっ、と受け取るのを躊躇ってしまった。

 だがその行為が一層ヴィヴィの笑みを深くして、「受け取って下さらないと、私が殿下に酷い目にあわされます」などと言うものだから、うんと肩をすくめながらも、恐る恐ると受け取った。

 くるりと裏を向けてみれば、赤い封蝋に、カモフラージュのためなのであろう、可愛らしい眠り鹿の印が押されていた。

 一体どこで手に入れた印なのだろうか。思わずクスリと笑ってしまう。

 でも、このセンスは間違いない。アレクシスからの手紙だ。

「ごめんなさい、ヴィヴィ司祭……こんな、伝書鳩みたいなことまでさせてしまって……」

「このくらい、大したことではありません。むしろ託された荷物がこれだけだったことに驚いたくらいです」

「司祭様ったら……」

「殿下も、随分とご心配なさっておいででしたよ」

 その心配の量が、その分厚い封書では? というヴィヴィに、もう一度肩をすくめたエイネシアは、きゅっと手紙を握りしめる。

 今すぐに読んでしまいたい気持ちが半分と、なんだか何もかも見透かされて色々と窘める言葉が書いてありそうで、読むのが怖い気持ちが半分だ。

「お二人を見ていると、世の中はかくあるべきだという心理を見せつけられる気がします」

 エイネシアの胸の内など捨て置いて、そうどこへともなく言ったヴィヴィに、うんうんとジェシカが頷く。

 そんな二人に今一度かっと頬を赤くしたエイネシアは、「そんなことよりっ!」と、慌てて手紙をポケットに押し込んだ。

「イースニック関連の動きについては何かありませんかっ?」

 今しばらくクスクスと笑ったヴィヴィは、「いくつか伝言を預かっていますよ」と、すぐに話に乗ってくれた。

「姫様の報告を受けて、イースニック伯の更迭についての計画は最終段階まで整ったと。いつでも報告をお待ちしているとのことでした。ただしすでに布陣が整った以上、長引けば長引くほど此方が不利になるため、“次の一手で何とかしろ”、というのが、アーデルハイド公からのご伝言です」

「お父様まで……」

 いつの間にか、ヴィヴィが司祭としての道を大きく踏み外してしまっているのは、気のせいだろうか。

「あとは大公殿下から、『今回の件で十分だから帰ってこい』とのご伝言を」

「それは……どういう意味での、“帰ってこい”なのかしら」

 そう苦笑交じりに肩をすくめたエイネシアに、ヴィヴィも同じように肩をすくめた。

 おそらく本気でそう言っているのではなくて、心配だからもうこれ以上危ないことをしないで帰ってきて欲しいという、願望の意なのであろう。

 大体“帰ってこい”だと、父からの伝言に矛盾している。

「もし姫様がシルヴェスト領に行くなどと言っていたら全力でとめるように、とも言われているのですが……」

「私はむしろヴィヴィ司祭のお顔を見た時から、これでシルヴェスト領に入るための最後のピースが揃った、くらいの心地がしています」

 そう言ったエイネシアも、司祭様を利用だなんて、人のこと言えないな、と自分で自分を嘲笑った。

 それが分かっているらしいヴィヴィも、「私も、姫様の私を見る目を見た瞬間から、そう言われる気がしておりました」と肩を落とす。

「はぁ……一体私は、どうしたら良いのでしょうか」

「ご安心なさって、ヴィヴィ司祭。アレク様も、私には何を言っても無駄なことなんてご承知の上だから」

「とはいっても……」

「“止めろ”というのは、心配していることを忘れないで、と。そう仰って下さっているという意味よ」

 決して、詭弁を弄しているわけではない。

 言われずともわかる。シルヴェスト領には近づくなというその忠告は、決してエイネシアの行動を抑圧するための言葉ではなく、ただ、近付いて欲しくない。危ないことはしないで欲しい、という、本心なのだ。

 そしてエイネシアがそれを守ってくれないことも、百も承知の上。分かっているから、言葉を重ねる。

 これでエイネシアがシルヴェスト領に向かったという報告を聞いたところで、きっとアレクシスは深いため息を吐きながら呆れた顔をするだけだろう。

 いいや。むしろ分かっていて、アレクシスはヴィヴィを北方になど派遣してくれたのではなかろうか。少しでも安全にエイネシアをシルヴェスト領まで届けるために。いざとなれば、教会にエイネシアを匿ってもらう。その事さえ、視野に入れて。

 だからこの手紙はこんなにも分厚くて。きっと沢山の心配事と、窘める言葉と。でもそれを聞いてはくれないであろうエイネシアへの恨み言が、書いてあるのだと思う。

 それを思うとどきどきと居てもたってもいられなくて。

「あ、あの。詳しい話は、また後でも宜しいかしら?」

 そうそわそわと言ったエイネシアに、一度キョトンとした顔を向けたヴィヴィだったけれど、すぐにもジェシカと二人肩を震わせて笑うと、「ええ、どうぞごゆっくり」と送り出されてしまった。

 それがどうしようもなく恥ずかしかったけれど、今はそんなヴィヴィの前で姫君を装う事さえもどかしくて、「では」と、急いでテラスを飛び出した。

 手元のただの紙が、なんだかどうしようもなく暖かくて、心がせく。


 急いで宛がわれている部屋に飛び込むと、固く扉を閉ざして、さらに天蓋に覆われたふかふかのベッドの中に飛び込む。

 その薄暗さの中で、ペリッと剥がした封蝋に、その分厚い便箋を広げて。

 何度も何度もその手紙を読み返した。

 思った通りの、沢山の心配の言葉と、窘める言葉と、でもきっと言う事なんて聞いてくれないんだろうね、という恨み言と。

 まるですぐそこでガミガミとお小言を言っているような、形式ばらない書き振りが、その人をとても身近に感じさせる。

 でもやっぱり、なんだかんだと言いながらも、最後はとっても優しくて。

 ちょっと困ってしまうくらい、甘やかで。


『おやすみ、エイネシア。良い夢を』

 まるで見ているかのような微睡に誘う言葉が、うっとりとエイネシアの目を閉ざさせる。


『続きは、夢の中でにしよう』

 そう結ばれた言葉に、思わずクスリと笑いながら。


 この数日の不眠気味だった瞼が嘘のように重たく。

 誘われるようにして、夢の中へと落ちて行った。






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