4-10 何をすべきか
学院の図書館に足を運んだエイネシアは、王国の古い歴史書の背表紙を指先で追った。
学院内は今はまだ授業が行われている時間帯で、最早、受講を希望している二つ三つの授業と卒業論文の他にはすべて単位を満了してしまったエイネシアでもない限りは、他にこんなところにいる学生もいない。
ただカウンターの司書しかいないその場所で、奥の棟の二階の隅に腰を下ろせば、一層人の気配のない雰囲気が漂い、物思いするには絶好の場所となった。
窓辺の机に分厚い本を広げ、パラリパラリと紙面を捲る。
その昔、王国で起きたことのある王位争いの歴史。
王家と公爵家の、仲違いや和解の歴史。
どうして今のような一王家四公爵制が生まれたのか。
それを円滑に運営してきたこの国の、過去の話。
決して今と全く同じ状況となるような過去は存在しないため、所詮は本の中の話であり、何かが参考になるというわけでもないのだが、図書館で物思いにふける上で何となく選んだ本だった。
すでに幼い頃からみっちりと教え込まれた分厚い歴史書は、内容も結構覚えていたけれど、今読めば少しは違う感想も出てくるだろうか。
そんな本の一角に、“未来を見た”と言って、隣国との戦争を予見した王女の話が載っていた。
ほんの五行ほどの短い文章だったが、大規模な東方での戦争に際し、大いに活躍をした聖女だと記されていた。
この王女というのも、自分たちのように、何処からともなく送られてきた転移者だったのだろうか。
このあたりを読んだのはまだエイネシアも前世の記憶を思い出した頃より前のことで、きっとその時はさらっと読み飛ばしてしまっていたのだろう。
こんな一節があったことは、知らなかった。
「この王女も。ゲームとは違って複雑難解な現実に、一喜一憂したのかしら」
パラリと捲った紙面に、王女の肖像が描かれていた。
毛先が少し巻いた長いストレートの金の髪。優しそうな目尻の垂れた目元と、少しふっくらとして愛らしい面差しは、少しアンナマリアに似ている。
今まで気にしたことはなかったけれど、アンナマリアは父親似。上王陛下似だろうか。
言われてみれば、そうかもしれない。
ヴィンセントとは、目元の他にはあまり似ていない。
でもそれでも……その人はアンナマリアの兄であり、父である。
それを自分は、一体、どうすればいいのか。
ほぅ、と息を吐いて見やった窓の外で、選択芸術の授業中らしい二年生の集団が、キャンバスを手に賑わっていた。集団の中には、イザベルやカレンナ。グエンの姿もある。
エドワードとアンナマリアは音楽選択だっただろうか。姿はない。
学院の中はこんなにも平和だというのに、一歩外を出れば、そこはもうかつてないほどに混乱をきたしている。それが嘘のような光景だった。
生徒たちの中にも多少の派閥割れや距離感は出来ているが、よもや国内にクーデターの風潮があることなど微塵も感じさせない光景だ。
窓際にエイネシアの姿を見つけたらしいイザベルが、トントンと隣のカレンナの肩を叩いて振り返り、図書館に向かって大きく手を振る。
そのあどけない姿にクスリと微笑みながら手を振りかえしてやると、周りの生徒達がきゃっきゃと色めき立ちながら、ちょこんと礼をして、足早に通り過ぎて行った。
笑顔を振りまいて肩を寄せ合う彼女達が、今きっと話題に出しているであろうエイネシアは、果たしていつまで、彼女達の知るエイネシアでいられるのか。
父が宰相職を追われるまでの猶予が、一体どれほどあるのかは知らないが、このまま何もしなければ、きっとそれは遠い未来の話ではないのだと思う。
父も何かしらの手は打つはずだが、それも、父が国を見捨てなければの話。
きっと宰相府がそんなことになっているだなんて、彼女たちは知らないのだろう。
ゲームではあんなにも容易く“おしまいおしまい”で終わった未来が、こんなにも複雑だなんて。
そんな複雑にねじれたこの現実で。さぁ。選ぶべきものとは、何なのか。
今一度目の前の本に目をとしたエイネシアは、パラリと紙面を一枚めくる。
小さな頃に読んだ。王位争いに敗れ、実の兄に処刑された弟王子の話。
とてもじゃないが、見ていられない……けれど、現実にあった過去の逸話。
この逸話と違って、弟の王子……アレクシスは、王位を望んでなどいない。そう、ずっと思っていた。そう、決めつけてきた。
でも果たして、本当にそうだったのだろか。
ハインツリッヒが言っていたように、彼がそれを望まなくなった一因は、自分にもあるのではないのか。
確かに最初は、義兄を支えたいと願い、養子である我が身を思って身を引いてきたのだろう。
だが今のこの世相でもなおそれを貫くのは、本当に彼の真意なのか。
「真意を……知りたい」
そうポツリと呟きながら、金の髪の若き王子様の肖像を指先で辿る。
そんなエイネシアに……「ねぇ」、と、かけられた不躾な声。
ピタリと指先を留めて。
ゆっくりと顔を上げた先には、腕を組み、見下すようにこちらを見るローズピンクの髪の少女がいた。
それは、この困った情勢を助長させた、ご当人。
「今は授業中ではなくて? アイラさん」
パタンと本を閉じ、関わることがもはや面倒で仕方のない少女に、密やかなため息を吐く。
会いたくなくて、わざわざ授業中に図書館に来たというのに。
あぁ、そういえば二年生は今、選択授業の自由課題中だったか。
「そういう貴女こそ。優等生がサボってるだなんて、いい噂にできるわ」
クスクスと笑うアイラに、「あぁ、いえ、私はそうではなくて」と言いかけた言葉を、途中で噤んだ。
アイラに単位の話なんてしたって、仕方がない。何それと首を傾げられるだけだろう。
「図書館は本を読むところよ。貴女も図書館に御用なら、そうなさったら?」
だからそう言葉を替えて、机に置いていたもう一冊の本を引き寄せ、表紙を開く。
先ほどの本から、もう三百年ほど後の時代の歴史書だ。
だがページを一枚めくったところで、その書面にドンッと叩きつけられたアイラの手が、エイネシアの視線を遮った。
まぁ……本を読めば、なんて言ったところで、わざわざエイネシアの姿を見かけていらっしゃったアイラさんが素直に言うことを聞くだなんて、思っていなかったけれど。
では一体、何のご用事なのか。
「貴女。ヴィンセント様の申し出を、断ったんですって?」
アイラが切り出した話題に、エイネシアは思わず、ピクリと肩を揺らして動きを止めた。
ヴィンセントの申し出……というと。
夏休みの、そのことだろうか。
アイラはそれを、知っているのだろうか。
「何の……お話?」
いや。まさかヴィンセントだって、そんな無神経なことはしないだろうと、ゆるゆると顔を上げてアイラを見やる。
確か、エイネシアと離宮で話をするという件については、アイラにも話してあると言っていた。
それで、かまでもかけているのだろうか。
「とぼけないで。私、ちゃんと知っているのよ。ヴィンセント様が、貴女に何を言ったのか」
傲慢に。まるで誇るかのように言うその口ぶりに困惑する。
それは彼女にとって、誇っていい内容ではないはずなのだが、どうしてそんなにも自信満々なのだろうか。
「ご存知でいらっしゃるなら、どうして殿下をお止めしなかったの?」
「仕方ないじゃない。ヴィンセント様が、政治的な理由で、どうしても貴女の血が必要だって言うんだもの」
驚いた……本当に、知っているのだ。
あの日ヴィンセントが、エイネシアに何を持ちかけたのか。
次の王太子は、シルヴェストの血を引いていなければならない――。
そんなバカみたいな話を、アイラは受け入れたというのだろうか。
妻に、王妃にと望まれていながら、アイラの子は王太子にはなれないと言われたも同然。
とてもじゃないが、受け入れられない話に違いない。
そう……彼女が本当に、ヴィンセントを愛しているのだとすれば。
「私だって嫌よ。貴女と一緒なんて。でもヴィンセント様がどうしてもと言うのだもの。王家の妃ならば、受け入れて欲しい、って。だから私、本当は嫌だけど。ヴィンセント様には私だけを見ていて欲しいけど、仕方なくっ」
髪を振り乱し、目に涙なんて浮かべて見せて、態度を一変させて悲劇のヒロインを演じるアイラに、妙に胸の内が冷めた。
あぁ、そうか。彼女はヴィンセントを手に入れ、虐げられる存在から崇められる存在になり、そしてそのハッピーエンドに、“飽きた”のだ。
手に入った王子は手に入った時点で攻略済み。後はただ精々、アイラの余生を彩るだけの存在でしかない。
その退屈な日々の中で、ヴィンセントが持ちかけたのは、かつて“アイラを散々に苛めた令嬢”を、妃とせねばならないという、苦渋の相談。
アイラにとって、こんなにも面白い話はなかったのだろう。
アイラは忽ち、悲劇のヒロインへと逆戻りし、涙をこぼしながら、『それがヴィンセント様の為なら』と憐れな少女を装って見せた。
そうすれば、アイラを憐れんだヴィンセントや、他の多くの人達が、アイラを慰めた。
憐れなアイラ――。
それは彼女にとって、何よりの愉悦なのだ。
だがその愉悦は、エイネシアがヴィンセントの申し出に頷かねば成立しない。
エイネシアが拒んでいては、アイラはいつまでたっても憐れにならないのであり、それどころか周りはどんどんとエイネシアを気にかけ、その身を自陣に取り込もうと躍起になっている。
物語の中心は自分でないといけないはずなのに、皆が見ているのはエイネシアばかり。
それはアイラにとってたまらなく許しがたいことで、現に悲劇のヒロインを演じながらも、ジロリとエイネシアを見やった視線に、言いようのない憎悪が過っているようだった。
邪魔をするなら、許さない。
そう言っている視線だ。
でもそんな思惑に乗ってあげる必要なんて、ちっともないわけで。
「では私がお断り申し上げたことは、アイラさんにとって良いことだったのでは?」
そう冷静に返したところで、「まぁ、なんて酷いことを言うの!」と、相変わらず文脈の滅裂な反応が返ってきた。
「私は“ヴィンセント様のために”、それを受け入れたのに。なのにどうして貴女がヴィンセント様を傷つけるようなことをするの?!」
「どうしてって……」
ハァ、と、ため息が零れ落ちてしまう。
どうしても何も、普通に考えて、当たり前ではないか。
政治的な理由があってなくなくエイネシアも保留にはしているが、だが個人的な感情だけで言うのであれば、そんな申し出は絶対に受け入れられない。
アイラだって、それなりに日本という一夫一妻制の国で、それなりの人生を送ったはずだ。なのに当たり前みたいに婚約者に二股宣言されて、どうしてそうも平然としていられるのか。
理解に苦しむ。
「私、悲しくて。裏切られたみたいな気持ちでっ。でもヴィンセント様が悩んでいらっしゃるから、困らせたくなくて。だから、貴女の血を引く王太子が必要だっていうヴィンセント様に、私から提案して差し上げたのよっ。“だったらエイネシア様を、正妃に”って!」
涙ながらに。でもどこか楽しそうにそう言ったアイラには、流石にエイネシアも驚嘆に目を見開いた。
あぁ、そんな馬鹿な。
アイラに慮って、エイネシアをただ子供を産む道具のように扱おうとしたヴィンセントの方が、よほど人間らしい。
だがまさかあの、エイネシアを側妃に。そして『エイネシアが望むのであれば、正妃に迎えたいと思う』というその言葉が、アイラを発端にしていただなんて。
どうして想像できようか。
アイラの思考の関節は、完全に外れてしまっているのだ。
本当に大切にすべきものが、彼女には見えていない。
「それは……随分なお節介を、して下さったのね」
だから思わず口をついて出たのは、そんなただの本音だった。
「お節介ってっ。何言ってるのよ! 私は貴女の為を思って!」
「生憎と私の優先するべきものは、貴女と同じではないのよ、アイラさん。貴女、私のためにと言ったけれど、貴女に私の何が分かるの? そもそも、どうしてヴィンセント様が私の血筋が必要だなんてことを言い出したのかも、ちゃんと理解できているの?」
「馬鹿にしないで! 分かっているわ。ヴィンセント様が優しく教えて下さったもの! ヴィンセント様が王様になるには、どうしてもシルヴェスト公爵家の血が必要なんだって。そのためには、貴女を手中に収めておかないと駄目なんだって! 私さえ我慢すれば、全部丸く収まるって!」
なるほど。優しく……か。
非常にざっくりしていて、頭が痛くなりそうだ。
本当に大切なのは、そこじゃない。
ヴィンセントが焦っているのは、北部が王国から離反しつつあるこの現状と、最早王宮内部でも明確化しつつある王位争いの風潮のせい。そしておそらくは、フレデリカが目論む、ジルフォードの宰相解任と、それに伴ってアーデルハイド公爵家さえも手中に納めようとしているその計画の一端でもある。
そうでありながら、ヴィンセントも随分と言葉を簡略化させて説明したものだ。
それも巧みに、どう言えばアイラが納得するのかを、きちんと理解した上で。
「要するに、殿下が私を妃とするのは、殿下が王位に就くためでしょう? でもアイラさん。私はその殿下に、一度は婚約を破棄されたの。なのに今更、もう一度、王位に必要だから協力しろ。妃にしてやるですって? 貴女、そんなことを言われて本気で私が喜ぶとでも思っているの?」
一度は裏切られた自分が、協力してあげる筋合いなんて存在しない。
そう……。
「どうして私が、ヴィンセント王子の王太子位に拘る必要性が?」
そんな必要性は、無いはずなのだ――。
「貴女っ、よくもそんなことを!」
「個人的感情だけが理由じゃない。これも、殿下のやっていることと同じ。今の政情に則した冷静な判断の一つでしかないわ」
もしフレデリカが本気でアーデルハイドを国政から排除するのだとしたら、もう父も、エイネシアの答えを待ってなどはくれないだろう。
アーデルハイドは忽ちに、反フレデリカ派の首班に立つ。
そのアーデルハイドの娘が、何故ヴィンセントに味方し続けねばならないのか。
そちらの方が、よほどおかしな話だ。
「やっぱり貴女が……貴女が、国外追放にならなかったから……」
ブツブツと囁きながら爪を噛むアイラに、エイネシアは吐息に変えて憂えを吐き出した。
確かに。すべてが狂ったのは、そのせいなのかもしれない。
「責任を取りなさいよっ。貴女のせいで、こうなっているんだから! 絶対に嫌だけど、仕方なく私が受け入れてあげるって言ってるのに。何で断るのよ!」
堂々巡りする自己主張に、エイネシアはぼんやりと手元の本を見つめる。
確かに。自分が国外追放にならなかったせいで、アレクシスは自分に縛られてしまった。
行き場を失ったエイネシアに、手を差し伸べて、エイネシアを欲してくれた。
そのエイネシアの心無い言葉で、彼は自分で自分の道を選べずにいるのだ。
ならばもし、エイネシアの事が無ければ?
国外追放になって、この国から去ってしまって。
そして何のしがらみも無く、彼がただの元王子様だったのなら?
そしたら彼は今、どんな道を選んでいたのだろうか。
国を混乱に貶め、己の意に沿わぬ貴族を貶め、味方ばかりを国政に参与させるフレデリカ。
彼女の強引な手段は、確かにこれまで軽んじられてきた中小貴族への出世への道を大きく開くことになったが、これに驕った彼らは、最早伝統も格式も失い、贅を尽くして権門を虐げ、王家の支柱の意味さえ見失い、公爵家さえも蔑ろにしてきた。
決して正しくはない方法で、国政から伝統と名のつくもののすべてを排斥し、だが都合が悪くなれば、一度は捨てたものを摘まみ上げて取り繕って見せる。
決してフレデリカの行いが最初からすべて間違っていたわけではない。
だがその理想はもはや瓦解し、この国は澱みの中へと埋もれつつある。
そんな現状を憂えていると言ったはずのヴィンセントは、だがその個人的な感情……おそらくは幼い頃から抱いてきたアレクシスへのコンプレックスで、彼の存在を忌み、彼の齎すすべての政治的な恩恵を反故とし、政局をかき乱し続けている。
アレクシスがようやく繋いだ北部とのパイプが、今なお国政に全く活用されずにいるのも、ただただそのためでしかない。
そしてそんなヴィンセントを、悪い道へ、悪い道へと誘うような、ただ無邪気で心無い、アイラという少女。
その少女の言葉を発端に……エイネシアが恐れる未来とやらを聞いたアレクシスは、王位を望まないどころか拒みさえして、あえて、“上王陛下が保留にした”はずの、王家の印章さえも自ら葬り捨ててしまった。
そして今も彼は自分を押し殺し、フレデリカ派とヴィンセント達の齎す混乱に、命を狙われてさえひたすらに耐え続けている。
ただ……エイネシアが、そう望んだから――。
「あぁ……私という枷が、無ければよかった」
そしたら。
ただでさえ不自由に生きてきた彼を、これ以上苦しめずに済んだのに。
その命を脅かすような目に、あわせずに済んだのに。
その後悔に零れ落ちた独り言に、「分かってるじゃない」なんて嘲笑うように言ったアイラに、エイネシアは再びゆっくりと視線を向ける。
楽しそうに。でも可哀想に。時折傲慢に。そして狂ったように。
自分を憐れみながらも、他人を傷つけることなど少しも気にしない、“可哀想”な子。
「そうよ。貴女がいなければ、全部上手くいったのよ!」
エイネシアの言葉の意味を取り違えて、調子付いた声色は、とても軽やかで。
「だから早く、居なくなってくれない?」
そうよ、それがいいわ。とってもいい考え、と、自分を称賛するその言葉の意味を、理解しているのだろうか。
「あ、でも貴女頭いいんだから。ちゃんとヴィンセント様の為になるような死に方をして頂戴ね」
なんだ。そのために国外追放にならなかったのね、だなんて笑うアイラに、エイネシアはただボウっと、窓の外を見やった。
もはやアイラのことなんて、ちっとも頭の中になんてない。
ただエイネシアの頭にふと思い浮かんだのは、“アレクシスのための居なくなり方”。
本当に命を絶つほど馬鹿ではないし、悲劇のヒロインぶる気も毛頭ない。
でも、アレクシスが本当に考えていることは何なのか。
エイネシアという枷が無くなった時、彼が本当に心から望むものは何なのか。
「ちょっと、聞いてるの?!」
目の前で、わいわいと騒いでいるアイラ嬢。
とても的外れで非常識で、どうしようもない子供だけど。
「ええ。貴女のおかげで、ようやく分かったわ……」
でも今回ばかりは、中々いいところを付いてきたと評そう。
お陰で何をやるべきなのかが……分かった気がする。
「有難う、アイラさん」
だからそうお礼を言って席を立ったエイネシアに、何やらアイラはポカンと目を瞬かせて。
ふらりふらりと去ってゆく後ろ姿に、「わ、分かってくれたならいいのよ!」と、まったく見当外れな言葉で見送ってくれた。
分かった。
何をしなければならないのか。
それは、エイネシアのためにではなく、ただ彼のために。
彼自身が、どうしたいのか。
彼は本当は、この国をどう思っているのか。
どう結論付けることが、彼の本意であるのか。
そう。
まずはそれを、知らねばならないのだ――。




