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七人の少女とたった一人のバッドエンド  作者: 灯月 更夜
第一章 定められた配役
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1-7 忘れられない思い出(2)

 エイネシアのためにと離宮の前には馬車が用意されていて、それで内廷へ戻ったエイネシアは、ヴィンセントに引き連れられたまま図書館へと誘われた。

 そこでは案の定少しばかりの騒ぎになっていて、エイネシアが顔を出すなり、図書館を飛び出してきたアレクシスが、ちょっと大げさなくらいに安堵の吐息を溢した。

 いわく、荷物を持ってきた侍従がそのあとすぐにお嬢様を心配して庭に様子を見に行ったが、そこにいたのはアンナマリアだけで、王女様に聞いてみたところ、『あっちへ行ったわ』と、庭の奥を指差したという。

 だからもしかしてと、数人の侍従が庭を探したが、どこにも見当たらない。

 そこで図書館の司書にも声がかかり、図書館にいたアレクシスも、ヴィンセントの部屋やら女王の庭の中やらを探したが、やはり見当たらなかった。

 もしかしたら何かあったのではと、近衛に声を掛けようかという段になって、幸いにしてエイネシアが何事も無く図書館に顔を出したわけである。

 あと少し遅かったら、本当に大事になっていたかもしれない。


「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした、皆様……」

 迷ってしまって、と口にしたら、そこでしょぼんと肩を落として青い顔をしている荷物運びをお願いした侍従が責任を感じてしまうかもしれない。

 だからどうしたものかと思っていたところで、「悪いのは私だ」とヴィンセントが口を挟んだから驚いた。

「エイネシアを見かけて引き止めたのは私だ。エイネシアも、私に気を使って言い出せなかったのだろう」

 その助け舟には皆がほっと安堵し、そうでしたか、と微笑ましい小さな許嫁同士に暖かい顔をしてくれる。

 けれどヴィンセントに罪を着せるなんてエイネシアには冷や汗もので、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「それより皆、もういいだろう。私たちは図書館に、課題をしに来たのだから」

 そう皆を散らすヴィンセントの物言いに、「そうですね」「お引止めして申し訳ありません」と皆が去ってゆく。

 ただ一人アレクシスだけが、「君が、図書館?」とヴィンセントに対して目を瞬かせていたが、それにむすっとした顔だけを向けたヴィンセントは、何も言わず、そそくさと図書館の奥へと足を進めた。

 てっきり送ってくれたらここで別れるのだとばかり思っていたエイネシアも、それにはとんでもなく驚いたのだけれど、「何をしている」とヴィンセントが振り返ったものだから、慌ててアレクシスに一礼をしてから彼を追った。

 まさか、ヴィンセントも図書館で過ごすつもりなのだろうか。

 何やら巻き込んでしまったようで申し訳ない。


 奥の部屋へと足を踏み入れると、「今日の課題とは何だ?」と問うヴィンセントに、折よく、図書館侍女のニカが「お荷物です」とその課題の山を持ってきてくれた。

 その一番上のものを手に取ったヴィンセントは、さっとノートの中を見てから、奥の一角のテーブルの側に腰を下ろした。

 ちょうど、最初の課題に近しい分野の本が並ぶあたりだ。

 ようするにこれは……一緒の机で勉強をしろ、と。そういうことなのだろうか。

 思わず緊張をしながらそちらの席に歩み寄ったところで、またもニカが、「課題の本はこれですね」と、あっという間に机に必要な本を置いていくから、では私は本を捜しに、とこの場を離れることもできなくなった。

 なので大人しく席について、大人しく課題のノートを開く。

 最初の課題は、古バレット詩文の読解と解釈に関するレポートだ。

 指定された本は精霊文字で書かれた古い文献だったが、ニカがそれを読むのに必要な辞書や論文、参考書も取り揃えてくれたから、教材は充分にそろっていた。

 目の前で別の、おそらく自分の課題であろう本を開いたヴィンセントの様子は先ほどの離宮での様子とちっとも変らず、きっと彼はそうして一人で勉強して一人で答えを出すスタンスなのだ。

 エイネシアにとっても、一人での勉強はごく日常的なものであって何の疑問も持ちうるものではないが、しかしつい先日この図書館で優秀な教師のもと有意義な議論と有意義な時間を過ごしたばかりなことを思うと、先程見かけたはずのアレクシスがすっかり奥に引っ込んでしまって姿を見せないことが残念でならなかった。

 今朝までは約束していた小麦議論が出来ることを楽しみにしていたのだが、最早すっかりとそんな空気ではなくなっている。

 どうやらあまり仲の良くないらしいヴィンセントとアレクシスのことを思えば、ここでアレクシスを捜しに行くなんてもってのほかだし、エイネシアも大人しくノートにかじりつくしかなかった。

 その静かな時間は、それはそれで有意義なのかもしれない。

 目の前でもくもくと課題を消費していくヴィンセントの姿はエイネシアにも焦りをよんで集中を促したし、適当なところで、「少し休憩にしませんか」と声をかけてくれるアマリアの気の利いた間の手が、課題消費の効率を大幅に上げてくれた。


 ただそうやって一心不乱にノートにかじりつく中で。

 時折筆を止めて疑問に考えふけるたびに、その視線がアレクシスを探してしまった。

 静かに本を読むヴィンセントには声をかけ辛くて。

 でもキョロキョロとしたところで、あの有意義な議論をしてくれるアレクシスは見当たらず。

 見当たったところで、親しく言葉を交わすわけにもいかず。

 そんなエイネシアに、「何かお探しの本が有りますか?」と声をかけてくれるニカに、ただ取り繕ったような笑顔を張り付けながら、「シグノーの辞書を」なんて注文をしていたが、それも間もなく底を付いた。


 そうして二度目の図書館は、ただただ黙々と。

 その日が傾くまで延々と、課題をこなすだけで終わった。

 おかげさまで課題はすっかりと片付いたけれど。

 帰宅してベッドに倒れ込んだエイネシアは、そのまま夕飯も忘れて寝息を立てるほどに、完全燃焼したのである。


 ◇◇◇





 エイネシアの図書館通いはそれからも続いた。

 但しあまり朝は早くなり過ぎないよう、昼前くらいを目指して登城し、普段は内廷の王子の日常の間で勉強をしているらしいヴィンセントに拝謁し、それから四阿やサロンで一緒に軽食をとるのが日課になった。

 そこは離宮や図書館と違って様々な貴族達の目がある場所でもあり、睦まじく昼食を共にしている二人の様子に、貴族達はこぞって微笑ましい顔をし、この国の将来が安泰であることを喜んだ。

 そんな目にさらされての昼食だから、当然エイネシアもピンと背筋を伸ばして立ち居振る舞いには一層気を付けたし、出された昼食のメニューに手をつける順番から何から、全てに気を使った。

 どんなに好きな物があっても、そればかりは口せず、またすべてのものに少しずつ手を付けることが、作ってくれた者への礼儀だ。なので苦手な野菜も、好きな果物も、全て平等に手をつける。

 始めは侍女のアマリアが気を使って、「お嫌いな物はありませんか?」などと聞いてくれたが、“嫌いな物”だなんて子供っぽいことを言うのは躊躇われ、「ありません」と虚勢を張った。


 そうして昼食を終えたら、図書館へ向かう。

 ヴィンセントが一緒の時もあったが、殆どは入口まで送っていただいて、そこで別れた。

 どうやら、ヴィンセントはこの図書館があまりお好きではないのだそうだ。

 それは多分、「私が入り浸っているせいなのかな」と。そう言ったのは、アレクシスだった。

 そのアレクシスは、エイネシアが図書館へ行くと、ほぼ百パーセントの確率で図書館にいて、時折ハインツリッヒにも会った。

 ヴィンセントには、「図書館へ行くのは良いが、くれぐれも叔父上には近づくな」と念を押されたため、基本的には一人で黙々と課題をこなすことにしているが、課題に詰まって筆を止めていると、大抵彼らが声をかけてくれた。

 そうしてかわす議論はやはりどう考えても有意義で、何度も課題を脱線してはハインツリッヒに叱られながら、一緒に議論を重ねた。




 それはとても楽しくて。

 その度に、自粛、自粛、と自分に言い聞かせねばならないことが、少し辛かった。






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