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七人の少女とたった一人のバッドエンド  作者: 灯月 更夜
第三章 幸せな結末を探して(下)
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3-22 舞踏会(3)

 一斉に人々の視線を釘付けにする、開け放たれた会場の入り口。

 華麗な装飾の扉の前に仁王立ちしているのは……アイラ嬢だった。

 そういえば今日はまだ見かけていなかった顔で、あるいはすでに殿下と一緒なのだろうかなんて思ったのはつい先程のことながら、どうやら彼女は一人で入場したらしい。

 しかもどうしたことか。

 髪を振り乱し、膨れ面をして、その上散々に裾や袖が切れ切れに刻まれた酷いドレス姿。

 怒り心頭といった面差しと、ギロリと会場を見回した気迫に、すぐにもザワザワと人が割れ、遠巻きにして息をひそめた。

 これは一体、何事なのか。

 上座と下座と、どちらも驚く事ばかりが起きて、一体どちらを構えばいいのかもわからない、と、困ったようにエイネシアが眉尻を下げたところで、キッ、と、何かを探すようなアイラの鋭い視線が会場中を射ぬく。

 これは……もしかしなくても。また、“厄介”なことを目論んでいるのだろうか。


「アイラ様、あそこですわ」

 さらにはアイラの後ろから入ってきた、地味目の目だたないドレスに身を包んだメアリスが、そうエイネシアの方を指差してアイラに囁く。

 それを引き金に、ドスドスと破れたドレスの裾を振り乱しながら歩み寄ってきたアイラが、エイネシアの目の前までやってきて睨み上げる。

 その顔は……今までと同じ、演技だろうか? それにしては随分と鬼気迫った気迫で、今まで見たことが無いほどに、深い深い怒りを感じた。

「貴女っ……“また”、やってくれたわね!」

 出会いがしら、早速ドンッと肩を押された反動で、ぐらりと傾いだ体を、危うげも無くエドワードが受け止めてくれる。

 だがアイラはそんなエドワードの存在さえ目に入らない様子で、ズイ、とエイネシアに向かってピンク色のキラキラとした宝石を突きつけた。

 その割れてぐしゃりと歪んだ細工物には見覚えがあった。

 ピンクスピネルの薔薇の髪飾り――。

 去年、ヴィンセントがアイラにあげた贈り物だ。

 でもそれが壊れているではないか。

「アイラさん……この髪飾り……」

「ヴィンセント様に戴いた大切なもの。部屋に置いていたのに、少し席を外した間にこんなっ。このドレスもよ!」

「え?」

 ざわざわとざわめく周囲。

 その視線が僅かに、エイネシアへの不信感を孕んでいるのにはすぐに気が付いた。

 去年、アイラがエイネシアのいる控室に連れ込まれてドレスを切り刻まれた、みたいな大騒ぎをしたことは、まだ二年、三年の学生達の記憶には新しいだろう。

 昨今アイラへの不信感が増長しているとしても、去年を思い出してエイネシアに、まさか、という懸念の視線が向くのは無理も無く、それを狙っていることは一目瞭然だった。

 ましてや、今回はドレスだけじゃない。

 ヴィンセントにもらった、薔薇の髪飾りが壊れている。

 下手をすれば、重たい罪にも問えるような材料だ。

 だが当然ながらエイネシアにはそんな覚えは微塵もないわけで、アイラにそんなことを言われたところで、困ったような顔をするしかなかった。

 一体何を理由にでっち上げて、そんなことを言い出すつもりなのだろうか。

「あの、アイラさん? 髪飾りとドレスはとてもお気の毒だけれど、それで一体、どうして私が犯人のような言われ方をするのかしら?」

「私の控室に出入りをしていた貴女やシシリアを見たという人が沢山いるのよ! それに貴女はこの髪飾りが私にとってすごく大切なものだって知っているでしょう?!」

 だって貴女は昔、この髪飾りに嫉妬して、私に酷いことをしようとしただもの! と主張するアイラに、またもざわざわと周囲がざわめいた。

 酷いこととやらが何なのか、具体的には何も言っていないし、そんなことは身に覚えがない。でもアイラの主張が、“もしかしたらそんなことがあったのかもしれない”なんていう雰囲気を生みだす。

 とはいえ正直、エイネシアは今更、そんな誹謗などどうでもいいのだ。悪く言われたところで、もうエイネシアには失うものなど何もない。

 ただ気になるのは、周りがアイラに抱く感情。そしてその上座の物陰で様子をうかがい、出てくる気配もない“殿下”のこと。

 何故だ。

 どうしてヴィンセントは出てこないのか。

 以前のように、こちらの言い分も聞かずに早々とアイラを庇って怒鳴られるかと思ったのに、その気配がまるでない。

 あるいは近衛たちが止めてくれているのか。だとしたら好都合で、息をひそめるようにしていたエイネシアは、ほっと俄かに息を吐いた。

 その吐息に、アイラが目くじらを立てる。

 あぁ。一体どうして、そんなにも腹を立てているのか。

 今回の件も自作自演なのだろうか。それとも、また誰かが裏でアイラを操っているのだろうか。

 そう……例えばそこで。にやにやと笑っている、メアリスなんかが。

「落ち着いて、アイラさん。私でしたら此方についてからこの方、自分の控え室から一歩も出ていませんわ。隣室には寮の皆もいましたし、目の前の廊下にも常に人の行き来があったはず。そもそもアイラさんがどこの控室をお使いだったかも私は知りませんし、お伺いなんてしていません。本当に私やシシーを見かけたという人がいるのか、もう一度きちんとお尋ねになって。そんなはずはありませんから」

「嘘ばっかり! 貴女、まだ私のことを妬んで、恨んでいるのね! こんなにもエイネシア様と仲良くしたいと思っているのに、またこんなことをして、しかもまた私を悪者に仕立て上げるのね?! 仕返しのつもり?」

「仕返しだなんて……」

「私の寮にいたレイジーを近衛に引渡したのも貴女だわ! お茶会に招くふりをして、その権力で近衛を学院内にまで入れて、私の目の前でレイジーを逮捕させたりしてっ。私への牽制なのでしょう!? もういやっ。こんなの堪えられない!」

 自分の体を抱いて身を震わせて見せるアイラの姿に、周りにも同情の目が過った。

 何しろ今のアイラときたら酷い有り様で、乱れた髪や破れたドレス。その姿で怯えるような仕草をされれば、俄かに同情が煽られないはずはない。

 だが周りも、もう簡単には騙されたりはしない。


「レイジーって……寮内の事故で退学になった子じゃなかった?」

「それがどうして星雲寮のお茶会に?」

「近衛の件って、エイネシア姫がお引き入れになったの?」

「そういえば姫は何か事件に巻き込まれて、近衛の護衛をうけていらっしゃるとかいう話ではなかったかしら……」

「それとレイジー嬢に関係があったという事?」

「え? でもその子は七星寮の……」


 交わされる会話が、とぎれとぎれにエイネシアの耳に入ってくる。

 そう。冷静に考えればすぐに皆分かる。

 そもそもどうしてレイジーが星雲寮にいたのか。どうして近衛に逮捕されたのか。レイジーが元々、何処に所属している人物だったのか。

「どういうこと?」

 ジトリ、と、皆の視線が訝しむようにアイラを見やる。

 それに気が付いているのかいないのか。今なお涙をこぼして見せながら被害者面をしているアイラの様子に、エイネシアは焦燥を抱いた。

 誰の入れ知恵か知らないが、その発言はアイラの信頼を落とす。

 春にエイネシアを襲った事件については箝口令が敷かれているものの、それを知る貴族は多く、犯人がベイクウェル子爵家に関わる人物であったことも、じきに知られるところとなるだろう。

 その上で、レイジーの逮捕がアイラへの牽制になる、だなんてことを、アイラ自身が口にしてしまった。

 それは、逮捕されるようなことをしでかしたレイジーが、アイラの指示下にあったことをほのめかすことになり、アイラの身自体をも危険にさらす。ましてや、アイラの許嫁である“王太子”の立場さえも揺るがすことになり得るのだと、アイラは分かっているのだろうか。

 それに気が付いた瞬間、エイネシアはゾッと顔を冷めあがらせた。

 そんなことは望んでいない。少しも望んでいないし、ましてや今上座には、その王太子がいるのだ。

 いつまでもこんなところで、アイラに失言をさせては不味い。

「誤解ですわ、アイラさん。近衛が学院に入ったのは確かですが、私の指示などあろうはずもありません。レイジー嬢の件も私のあずかり知らぬ話。“アイラさんも”そうでしょう?」

 そう強調して言ってみたところで、「知らないふりをするんですか!?」と、案の定望んでいる解答とは全く違う返事が為されて、うーんっ、と頭を抱えそうになってしまった。

 どうしよう。

 ここには人目がある。しかもほぼ全生徒の人目が。

 それを何とかかわしつつ……そう。できれば今すぐにでも、アイラを奥に引っ張ってゆくべきだ。

 というかまさか、アイラはここにヴィンセントがいることを存じていないのだろうか?

 有り得る。

 あぁ、そうだ。その恰好も。仮にも王太子の許嫁が、ドレスが破られたからといって、そのままの姿で舞踏会場に乗り込んでくるなんて、ありえない。

 しかるべきドレスに着替えて、しかるべき手順を踏んで法に照らし合わせるべき案件だ。

 だがそれさえできない惨めな姿のアイラは、きっとそれで周りの同情をひけると思ってやっているのだろう。

 それは確かに一瞬の効果を発揮したかもしれないが、しかしすぐに皆も気が付く。


「ふふっ……それにしても。何、あの恰好」

「あのドレスには同情するけれど、そんな恰好で堂々と舞踏会にいらっしゃるなんて、どうかなさっているのではなくて? 替えのドレスの一つもお持ちではないのかしら」

「酷い。アレで本当に、王太子殿下の許嫁なの?」

「流石、元男爵家出身の“庶子”よね。お母様、平民なんですって」

「道理で、みすぼらしいはずよね」

「私、やはり王太子殿下にはエイネシア様の方がお似合いだと思うわ。貴方達はご存知ないでしょうけれど、二年前、まだ一年生だったエイネシア様が殿下と舞踏会にお出ましになった時のお二人は、本当に素敵だったのよ」

「それにこんな大衆の面前で誰かを怒鳴りつけたりだなんて……エイネシア姫ならなさらなかったわ」

「私も。姫様が誰かを悪く言っているところって、聞いたことないわ」

「それに比べてアイラ様って……」


 エイネシア様はこう。アイラ様はこう……。そう二人を比較する言葉の数々が、至るところで囁かれる。

 同じ“王太子の許嫁”という肩書が、二人を比較させる。

 それはある意味では仕方がないことで、けれどそんなことをされて再びエイネシアを懐古するような風潮が生まれることは、エイネシアの本意ではない。

 むしろ、困るのだ。

 エイネシアとヴィンセントの物語は、もう幕を下ろした。二度とその幕は開いてはならない。そのためにも、アイラには何の憂いも無くヴィンセントの妃となってもらわなければならない。そう周りに認めてもらわなければならない。

 それこそ、“エイネシアのため”に。

 だから咄嗟に自分の肩にかけていたショールをアイラの肩に纏わせると、キッ、と周りを睨みつけた。

 そうすればたちまち、アイラの姿に苦言を溢していた学生達が息をひそめて言葉を噤む。

「とにかくアイラさん。次期王太子妃ともあろう御方が、いつまでもそのような格好でいては、殿下がお心を痛めますわ。まずは控室に戻りましょう? 私と二人が怖いと仰るのであれば、メアリーや、誰かアイラさんの信頼のおける方もご一緒に。アイラさんさえ宜しければ、私が代わりのものをご用意させていただきます。腕の良い細工職人も知っていますから、髪飾りの修理もお願いしてみましょう」

「なっ。何を言ってるの!? 貴女、私を馬鹿にしてッ」

「いいえ。ただ……」

 そっと、アイラの耳元に声を寄せて。

「もうデモンストレーションは充分でしょう。いいから黙ってついて来なさい。これ以上衆目の前で、その淫らな格好を晒し続けるおつもりですか?」

 それは、同情を引くものではない。もはや、貴女の恥にしかならない、と、さりげなく周りに視線をやったところで、ようやくはっとしたように、アイラが周囲の状況を目に入れた。

 去年ならば、涙ぐんでアイラを憐れんでいた人達。

 それが今は、コソコソと顔を寄せあい、クスクスと嘲笑を溢す。

 眉を顰め、「なんて惨めな王太子妃様」と嘲る。

 そんな言葉が耳に入ったのか、カッと顔に血を昇らせたアイラが、拳を握って、「貴女ッ!」と声を荒げかけたのを、急いでエイネシアが掴み止めた。

 苛立ちに目まで充血させ、逆これ以上ない憎しみを募らせたようなキツイ眼差しが、咎めるようにエイネシアを見る。

 かつてはその顔を潜め、無垢な演技をしていたというのに、今やそれさえなく、感情のままに動いている。

 ヴィンセントの許嫁という目標を達したアイラにとって、それはもう永遠に変わることのない未来であり、覆ることなど微塵も想像していないのだろう。なのに何故か思い通りにはいかない現実に苛立っている。

 それはようやくアイラが自覚した焦りであり、迷いなのだろう。

 でも彼女はそれを深く考えることをしない。

 気に入らない。どうにかしなければならない。だから、“今までと同じやり方”で、コンティニューしようとする。

 けれど周りの反応が今までとは違うせいで、それは何度試みても上手くいかない。

 そんな悪循環ばかり。

 アイラが今すべきことは、エイネシアを睨むことではないのだ。

 それはむしろ逆。


「今、アイラさんを悪く言った御方はどなた?」

 アイラを傍らに押しやりながら、エイネシアがその視線を鋭くして周りを見渡す。

 その声。その視線に、途端に皆が息をひそめて背を伸ばす。

 きょろきょろとお互いを見渡しながら、幾人もの人達が口に手を当てて息をひそめる。

 そう。今最も効果を発揮するのは、“エイネシア”が、アイラへの中傷を咎めること。

「私は自分がされて嫌だったことを、他人にして欲しいだなんて思わないわ。もし今の心無い言葉が私を想ってのことだと仰るのであれば、それは不本意です。どうか、お止めになって」

 ざっと見渡した面々の中には、それを不満に思い顔を顰める者もいた。

 だがそれでも主立って反論の声が飛んでこないのは、エイネシアに慮っての事だ。

 エイネシアのためのアイラを貶める言葉。だからそれをエイネシアに咎められてしまえば、最早彼女たちにはアイラを悪く言う“大義名分”がなくなる。

 彼らはただ、エイネシアの威光を借りて自分達の想いを発奮しているだけ。そんなのに利用されるのは、まっぴらだった。

 だからこれはアイラのためが半分。もう半分は、自分のため。

「お分かりいただいたようで、良かったわ」

 最後はそうニコリと微笑んであげればいい。

 そうすれば気まずい思いになった人達も、ひとまず安堵に肩を降ろす。

 緊張の解けた中ではアイラも再び喚くことはできず、顔を歪めて立ちすくむばかりで、エイネシアがアイラを見やれば、彼女はあからさまに眉をひそめて視線を逸らした。

 どうやら、退席する運びで一応は納得してくれたと見える。


 それで……いいんですよね? と。


 エイネシアの視線がゆっくりと。ゆっくりと、上座の奥を見やる。

 警戒をしていた近衛達が俄かに散り、そこでジッとこちらを見るその人と、視線が合う。

 今なお出てくることなくそこで事の成り行きを黙って見ているその人は、一体今、何を考えているのか。どういうつもりなのか。

 ただ退席の許可を求めるように、僅かにドレスの裾を摘まんで目礼して見せたところで、確かにヴィンセントが頷くのを見た。

 それに促されるようにして、押し黙っているアイラの背に手を添えると、「さぁこちらに」と出口へ促す。

 エドワードが心配そうな顔をしたけれど、すでにすぐそこに殿下が出御しているとあっては、エドワードを連れて行くわけにはいかない。「エニーが一緒だから大丈夫よ」と、居残るように促すと、エドワードも、心配そうに集まってきたシシリア達も、了承するように頷いてくれた。

 だからあくまで仰々しくはならないように、ひっそりとアイラの背を押して扉を出た。




 外には、すでに中での何かの騒ぎを聞きつけてハラハラしていたらしいエニーがおり、出てきたエイネシアとアイラを見るや否や、顔を真っ青にして警戒をあらわにした。

 エニーも、去年から散々なことをしでかし続けてくれているアイラのことは好からず思っているようで、しかしエイネシアがそんなアイラを連れて出てくる状況が理解しかねた様子で、「お嬢様……」と、アイラからエイネシアを引き剥がすように引っ張った。

 そんなエニーを「大丈夫よ」と一言窘めると、代わりにアイラを、エニーの方へと差し出す。

「一体何が……」

「エニー。ひとまず私の控室で、アイラさんに新しいドレスを。髪も整えて差し上げて」

「ッ、ちょっとっ! 私、そこまで貴女に頼んだ覚えはッ」

「いいから。お着替えになって。これ以上、貴女自身を貶めないために」

「おとしめ? 何?」

 何を言っているの、と憤ったように身を乗り出そうとしたアイラだったが、驚くことに、そんなアイラの腕をガシッ! と強引に掴み止めたのはエニーだった。

 それをアイラが睨みつけるようにして振り返ったが、流石に場馴れしていらっしゃるエニーは、ニコリと恐ろしいような作り笑いを浮かべると、「確かに、これは酷いお姿ですものね」と容赦のない一言を告げる。

「エニー……」

「ズタズタな上に髪まで振り乱されて。これでは確かに、舞踏会なんて恥ずかしくて逃げ出したくなりますわね。お早く着替えた方が宜しいです」

「ちょっ……」

「お嬢様、こちらのお嬢様のことはどうぞ私にお任せください。控室に誰も袖を通していない予備のドレスなども置いてありますので、その中からお気に召すものを選んでいただきます」

 暗に、エイネシアのドレスなんて差し上げる必要はないですよ、と言っているわけだが、何しろエニーの声色が有無を言わさぬ様子なものだから、「は、はい。お願いします」と、エイネシアもつい敬語になってしまった。

 本当に……恐ろしいくらい頼りになる侍女殿だ。

「……今回の事。貸しだなんて思わないで頂戴よ。貴女が勝手にやったんだから」

 エニーに腕を引っ張られつつ、まだきつくエイネシアを睨んだままそう吐き捨てたアイラには、正直もう、「あー、はいはい」みたいな気分だったのだが、そこは一応丁寧に、「そんなことちっとも思っていませんから、ご安心なさって」と微笑んでおいた。

 そうして何とかアイラが大人しく(?)エニーに引っ張られていったところで、ようやくほっと息が付ける。

 よかった。取りあえず、どうにかなった。

 どうにかはなったけれど、このまま再び舞踏会場に戻る気にはなれなくて、もういっそふけてしまおうか、と、控室の並ぶ廊下の方へと足を向けた。

 空き部屋で適当に時間を潰すのもいいが、どうせなら少し夜風にあたりたい。


 通用口の普段は閉まっている扉を開けて、階段を下りて外に出れば、途端に夏の熱気が身を包み、夏の虫のざわめきが耳に飛び込んできた。

 その生暖かい空気が、今は少し心地よい。

 はてさて、まったく。

 取りあえずどうにかはなったし、取りあえず一番適切と思しき行動はとれたように思う。

 だが正直、アンナマリアが傍に居ないことがこんなにも不安であるとは思いもしなかった。

 いつもなんだかんだ言って、最後はアンナマリアが場を締めてくれた。

 緊張感を解きほぐすような笑顔と有無を言わさない物言いで、いつもさりげなくエイネシアの背中を押してくれた。

 何があっても大丈夫。最後は任せて、と。

 そう言われているような安心感があった。

「何処に行ったのよ……もう」

 フゥと息を吐いて見やった空では、けたましく星が瞬いている。

 かつての世界では、夏の夜空には天の川なんてものがあって、年に一度だけ織姫と彦星が遭うことができる、なんていう伝承があったけれど、こちらの世界の夜空の節操のなさといったらとんでもない。

 夜空中が天の川なんじゃないかというほどに、ぴかぴかと瞬きまくっている。

 この天の川の下で。

 アンナマリアは今、誰かと二人、ダンスでも踊っているのだろうか。

 帰ってこないという事は……上手くいったということなのか。

 それが良いのか。悪いのか。それは分からないけれど、でもアンナマリアが幸せな顔をしてくれていたならいいと、そう思う。


 カレンナのように。アンナマリアも。


 それから……。

 それから――。





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