運命
※死亡描写にご注意ください
たーたらりーらー、たーらったー。
たらららりーらー、たららたらー。
たーららたららー、たりらりらー。
一体ここはどこの寂れたメリーゴーラウンドだろうか。
たったらりーら、たららたらー、たったらりーたららー……。
間の抜けた、甲高い管楽器音を模したような機械音。
メルヘンとかファンシーとかいう言葉が似合いそうな白い景色に、擬似的な雲っぽい足場と、折り紙か、はたまたベニヤ板かというような張りぼての星やらなにやらの飾りがちらほらとぶら下がる奇妙な光景。
この状況を、一体どう受け止めたらよいのであろうか。
この空間には、同じようにポカンとして周囲を見ている少女達がいた。
人数は自分をいれて七人。
服の傾向からみても年齢はまちまちだ。スーツに学生服。私服に寝間着。小柄な子から背の高い子まで。色々いるが、多分皆似たような年頃かと思う。
“顔”は認識することができなかったが、そんなのは大きな問題ではない。ただ彼女達が自分と同じように、訳も分からず立ち尽くしていることだけは確かで、即ち誰もこの場の説明を出来る者はいないということだけは分かった。
それからふと、自分の体を見下ろした。
思わずぎゅっと押さえつけたのは、つい今しがた、真っ赤に染めあがったはずの心臓だった。
服は最後に着ていたワンピースとジャケットで変わりなく、けれどそこには一滴の血糊もついていない。それからもがきかきむしったはずの首にも触れてみたけれど、やはり荒縄の一つも喰い込んではおらず、呼吸は驚くほどに楽だった。
でもだからこそ、妙に納得がいった。
要するに、自分は死んだのだ――。
入学したばかりの大学。授業を真面目に受け、学校帰りによく通う喫茶店に立ち寄って、すっかり顔なじみになったマスターのサーヴィスしてくれた星形のクッキーを齧りながら、美味しい紅茶を頂く。
そんな当たり前で、なんてことのない日常。
ただ違ったのは、帰り際、喫茶店の裏手でコーヒー豆などを卸している男性が、なにやら足を抑えてうずくまっているのに声をかけたことだ。
近くには重たそうな箱が置かれていて、怪我でもしたのだろうかと心配して声をかけた。
それが過ちだった。
強い衝撃と共に意識を失い、一体それから何日連れ回されたのか。
空腹と吐き気と全身の痛み。常に訪れる恐怖心と失われていく体力。
袋に詰められ移動を繰り返し、気が付いた時には真っ暗な倉庫だか何だか分からない薄汚い場所で縊り殺されていた。
首を縛ってもなかなか死ななかったのか、さらには何度も何度も体を刺された。
アドレナリンが大放出してくれたおかげか、激痛を知る間もなく、だが意味も理由も分からないままに死に向かってゆく恐怖と、諦めきれずにもがくせいでなかなか死ねない息苦しさ。真っ暗になってゆく視界の中で、ただひたすらにぐちゃぐちゃになって死んでいった。
その死に行く感覚は今もくっきりと残っていて、その視線の先にギラギラと光っていた大きな刃物やのこぎり。ゴミ袋といった光景が、今も目の裏に張り付いて恐怖と共に離れない。
多分あの後……自分はその男にバラバラに切り刻まれてどこかに捨てられたのだ。
なんてひどい人生だ――。
殺されている最中はきっと、どうして、何で、と、そんな思いに混乱し怯えていたが、いざ死んでみると、ポカンとやるせない思いだけが残った。
恐怖は残っている。
だが触れてみた体が冷たいのは、怯えきっているせいなのか。あるいは、死んでしまったから冷たいのか。それは分からないけれど、少なくとも死んだのだと理解しているせいか、今以上の恐怖心は生まれなかった。
だからだろうか。このとても奇妙でメルヘンでファンシーな異形な空間にあって、とんと危機感がわかない。
多分、これから何かが起きるのだとしても、最後の瞬間よりも悲惨なことが起こるとは思えない。そのことが自分を落ち着かせているのかもしれない。
かといって、ここで壊れた遊園地のBGMみたいなものを延々聞かされるだけというのも納得がいかない。
どこで何をどうすればいいのか。
再び辺りを見回したところで、一人の女性と視線があった。
ガリガリと不健康そうなほどにやせ細った体に、しっくりと着こなした細身の紺のスーツ。社会人のようだが、おそらくまだ若い。
相変わらず目が合っても顔を頭で認識することができなかったけれど、その視線が此方を見ていることだけは分かった。
悪い人のようには感じない。だから声をかけてみようか、という気になった。
とはいえ、何と声を掛ければいいのか。
『貴女も死んだんですか?』は……流石にデリカシーが無さすぎるだろうか。
そう思ったところで、パッパラパーン!! と、ラッパ音を模した擬音を口に出しながら、目の前に白くてふわふわとしたものが降りてきた。
相変わらず顔というものが認識できないこの空間で、しかしふわふわとした真っ白なドレスや寝心地の良さそうなもっふもふの二枚の羽なんかを見るに、いわゆる天使とか、神様みたいなやつだろうかと漠然と思った。
それでも如何せん嘘くさく見えてしまうのは、自分が仏教徒だからという理由ではなく、この光景とこの状況のせいだと思う。
「えー、六月二十九日午後六時。と、誤差前後二十四時間。日本国内で不幸な最後を迎えた七人の“乙女”の皆さん、こんにちは。転生のお手伝いをしているフィーと申します」
にこっ、とお微笑み遊ばした女神さまに、予期せず顔が歪んでしまった。
同じようにスーツ姿の女性が、あからさまに忌々しそうな舌打ちをするのが聞こえる。
彼女も……“乙女”、だったらしい。
「突然ですが、我ら転生課の課ちょ……主神は近年の人口爆発による業務過多を憂えておいでで、人員増強を却下するという大主神様の横暴にブチギ……お嘆きになり、バカン……ゴホン。天岩戸へお引き籠りになってしまわれました」
宗教観が色々とおかしい上に、何でそんなブラック企業みたいな神様の内情を話されれねばならないのか。
天岩戸は関係ないだろう。バカンスだろう。ただの職務放棄だろう。今確かにそう言った。
「つきましては、とても強く心残りを持って亡くなってしまったためにすぐに輪廻の輪へ入ることのできない憐れで清らかな乙女達には、自力で魂を浄化していただくべく、輪廻の前に穏やかなハッピーライフを送っていただこうと、我ら一同が心を込めて特別なアフターデスケアサービスを企画させていただいた次第でございます」
素敵でしょう? とピースサインでウインクなどして遊ばされているフィーに、ただはげしくため息をつきたい今日この頃。
要するに何か。
輪廻を司っている神様が職務放棄して、そのせいで心残りをしたまま死んでしまった自分達は、死んでいるのに魂が輪廻の輪に入れないという待機状態に陥っていると。
それで、神様が仕事をしないから、代わりに自分たちで頑張って心残りを浄化して、自力で輪廻の輪に戻って来てね(ハート)、ってことだろう。
そんな馬鹿な話があるだろうか。
最悪だ。
「そんな怖い顔しないで、ねっ、ねっ。大丈夫! 若くして亡くなってしまった憐れな乙女たちへのご褒美だと思って、気楽にね!」
ちょっと前の記憶が若干残っているだけの、最近はやりの転生物ラノベっぽいやつだから大丈夫! と、微妙に現世の人間の、しかも日本のごく一部の流行に通じているフィーの主張に、いや何それ、貴女が楽しみたいだけなんじゃあ、なんて思ったのは一瞬のこと。
今にもどこからから、「貴女ねぇ」と非難の声が上がりそうになったのを察したのか、「じゃあ行くよ!」と、フィーは、幼稚園児がおもちゃ屋さんで買ってもらって振り回しているようなプラスチック製のうさん臭すぎる魔法のステッキを掲げて。
「それでは良い二度目の人生を。いってらっしゃーい!」
どこの遊園地のアトラクションのスタッフだよというノリで手を振るその声と共に、パァと足元が光を放った。
これ、抜け出したら何とかならないのかっ、と踏み出そうとしたが、残念ながら光も足元と一緒に動いてしまった。
なるほど。回避不可能というわけだ。
だったら大人しく受け入れるしかない。
これから何が起こるのかは知らないけれど、悪いことじゃないと言っているのだから、それを信じてみよう。
でもどうせなら……こんな悲惨な過去の記憶。
全部消して、別の人生を歩ませてくれればよかったのに。
克服だなんてちっとも望んでいない。
全部忘れて。何もかも忘れて。
自分を殺した男のことも……どうやって殺されたのかさえも忘れてしまえたら。
それだけで良かったのにと。
神の与えた試練とやらに深い深いため息をつきながら。
薄らと消えてゆく自分の体を見下ろした。
こんな記憶を抱えて、一体どうやって輪廻の輪に戻れるくらいにスッキリできるというのか。
そんなの絶対に無理で。
やっぱりこれ。なにかの罰ゲームなんじゃ、と、消えゆく中で手を振るフィーを見やった。
見れば他の大半の皆も、うさん臭そうにフィーを見ている。
そんな視線を受けながら。
「あ!!」
途端にフィーが声をあげて、身を乗り出す。
「でも一人だけ“バッドエンド”必至だから! そうならないように、皆頑張ってね!」
そしてよりにもよって最後に。
そんな不穏な言葉を、残してくれちゃったりしたのである……。
ふぃーさまの作った面倒くさいしがらみだらけの世界へようこそ。