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元人間の天狗徒然紀行  作者: 唐墨 いくら
第一章 山籠もり編
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その五、旅立ち

 羽が生えて二か月目、季節はもう桜は散りかけ、多くの人は入学式やら進学・入社やらで新生活がスタートする季節。急成長を遂げていた羽は、今はもはや踝あたりにまで伸びていた。


 午前10時頃の、あたたかな日差しとそよぐ風を楽しみながら家具を大体処分。アパートから街並みを見下ろしていた光翼にとっても、新たな生活をする時期となっていた。一か月前には降りる時間を延ばすだけで精一杯だった彼女の飛行力も、現在ではアパートのベランダ周りを自由に飛べるようになっていた。もちろん練習は人目に付くリスクが一番低いと考えられる午前2~4時に毎日やっている。室内ではもう練習できるスペースの余裕はない。


 「出発の日はいつにする?もう荷造りもほぼできたからそろそろじゃない?」


 香音が光翼の分の紅茶も持って近寄る。旅立ちを催促する割に、その表情には微笑みの下の憂いの色が隠しきれていない。飛ぶことには問題はなくなり、アパートの引き取りの準備も粗方終えた今、山籠もりへの出発は秒読みに近いことは明らかだ。そうなれば、親友としても別れの心の準備のためにいつ彼女が旅立つのか、細かい日程を少しでも知っておきたい。


 「うん、天気予報だと明日と明後日は俄か雨降るかもだから、晴れが続きそうな3日後くらいにしようと思う。アパートもあと一週間で退去だからね。」


 そっか、と少し寂しそうに返事をする香音。それに対して、光翼は自分でも驚くほど落ち着いていた。それは、彼女が旅立ってからも親友と連絡できる策をまだ持ち合わせている安心感があるからかもしれない。


 「スマホはね、まだ契約を続けようと思うんだ。通帳に余裕はあるから当分使えるはずだよ。電池はね、最新型の太陽光発電の充電器を買ったから連絡はできると思うよ。だから旅立っても最低週に一度は連絡する。二度と話せないわけではないから。だから安心してね。」


 それを聞き、香音の心は少し穏やかになった。いざとなったら、自身が光翼の元に駆けつけると言うと、彼女は面白い冗談を聞いたかのように、しかしとても嬉しそうに笑った。

 翌日、出発まであと2日となった時に二人は山籠もりの荷造りを確認した。光翼が持っていくのは主に次の通りである。


――超軽量の一人用小型テント、サバイバルナイフ、ペン型の釣り竿、寝袋、マッチ、小型軽量フライパンとコップ、化粧水と着替え数着など――


 細かい要り様なものはほぼ折り畳みテントを入れるバッグに一緒に入れ込み、あとの大きなものはリュックに入れる。リュックを前に背負う形になれば飛ぶ邪魔にはならないし、体に密着している分幾ばくか飛びやすい。他に必要に感じるものがあった場合は、山のふもとの町でコスプレイベントが定期的に行われているらしく、その時に乗じてコンビニなどでゲットする算段だ。

 

 実は、光翼は山籠もりする最終地点をとある山奥にと決めている。そこには滝から流れる清流と近くに天然温泉が湧き出る場所があり、長い間生活しても大丈夫であろうと判断したためだ。しかしながらそこへは一晩では飛べそうにないため、数か所の休憩ポイントで寝泊まりしながら目指すことになる。ある程度人里に近いスポットで休憩しながら生活しつつ、足りないものをふもとで手に入れ、全ての生活の準備が万端になった時に本格的に山籠もりできるという効率的なルートを通る。


 そのためには最初は、荷物は少なくてもよい。寧ろ移動するためになるべく少ないほうがいいのだ。


 「よし、準備万端!いつでも出発できる!」


 満足そうに手を腰に当てる光翼と、よく頑張ったとでも言わんばかりの香音。二人はひと時の間分かれるが、決して今生の別れではない。そのことを昨日話し合い、光翼は山籠もりに落ち着いたらこっそり会いに来ると彼女と約束した。今から山籠もりをした後のパワーアップした光翼の姿を見るのが楽しみだと揶揄する香音と笑いながら、二人で夕飯の支度をするのであった。

 

 出発する前日、日がほぼ沈み、外の活発な人の動きの音がする中、光翼と香音はお互い沈黙を守っていた。出発する前日と言っても、今夜の12時を過ぎた午前2時にそっと飛び立つのだから、二人がこうした時間を過ごせる最終日である。自然と、寂しさと緊張感から空気が張り詰める。


 「お茶にしよっか。昨日作ったキッシュ残ってるから、晩御飯兼遅いアフタヌーンティーでもどう?最後の晩餐みたくパーッとやっちゃお!」


 努めて明るくしようと変に声が上ずる光翼。本当はこれからのことがとても不安でならないし香音と別れるのが寂しくて悲しい。だけど、そんなことを言っていたらますます不安や悲しさと言ったマイナスな感情が膨らんできそうなため、明るく振舞う。そんな彼女の機微を十二分に解っている香音はいてもたってもいられず、光翼を抱きしめる。

 

 無意識に、大きく成長した翼が香音に答えるように腕と一緒に包み返した。


 「光翼、不安だろうけど、今だけ少し頑張ってね。私、光翼に何かあっても、なくても、できるだけすぐに駆け付けるよ。早く大学を卒業して、仕事片手間に会いに行ける状況を作れるように頑張る。いや、必ず作るから…!だから、今から少しの間だけ、寂しいだろうけど辛抱してね。」


 香音からの精いっぱいの想いを受け取った光翼は、膨らみかけた不安が少し引いたのを感じた。


 「ありがとう、香音。香音にそう言ってもらえたなら、私頑張れる気がする。絶対生き抜くから。香音も無理しすぎないでね。自分の幸せのことも考えるんだよ~ちゃんと。世話焼きさんだから自分のこと後回しにしがちなところがあるんだから。でも、こんだけのことをしてくれて、言ってくれて、私はつくづくいい友達を得たなぁと思ったよ。」


 光翼も香音のエールに応えるように抱きしめ返す。溢れた感情を止めることなく、二人はしばらく泣き続けたのち、いつもの笑顔に戻って遅めのアフタヌーンティーをした。

 

 夜中2時30分、平日の真っただ中で、周りは寝静まっている。風も穏やかな月明かりの中、飛び立つには絶好のタイミングだ。


 「それでは、いってきます。」

 「行ってらっしゃい。とりあえず一つ目の目的地に着いたら連絡してね。今まで通り、何でも相談してね。」

 「うん、ありがと!じゃあまた連絡するね!」


 全ての荷物を持った光翼は大きく広げた翼をはばたかせ、アパートから飛び降りる。一瞬落ちたかと思った次の瞬間、いつもより多めにはばたいている光翼が、夜空の方へと上昇していった。


ようやくプロローグにあたるところが書けました。次回から本筋の山でのサバイバル生活が始まります。

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