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転生者には二本目の右手がある   作者: 林田伊助
第一章 人種の壺
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第五話 魔術には格差がある

「もう十分見学しただろうし、早くこの部屋から出てもらえないかな?」


 サンは例の謎のガラス器具に光を当てるという、非常につまらなそうな事をしながら、少し強い口調でそう言った。


 現在、俺は異世界にきて早くも三日目に入ろうとしている。一日目はアカネ、サン、ジェンティルに会った後、病み上がりだから休めと言われ、宿の部屋でおとなしく過ごした。二日目は宿に例の三人が見当たらないから、バストロフィアという名前らしいこの街を少しばかり探索した。

 今日は、昨日街の人の噂話を盗み聞きして集めた情報の、詳細な部分を尋ねに、蔵書庫にあるサンの研究所らしき施設を訪れた。本当はアカネかジェンティルに聞きたかったのだが、あの二人は昨日と同じくどこかに行ってしまったので、仕方なしに信用されてない彼のもとへ行ったという所縁だ。


「しかしこの部屋は何のためにあるんだ?蔵書庫のオーナーは今日も寝ているし、お前はどういう権限があって、この部屋を使わせてもらってるのかがさっぱり分からねえ」


 荒れた街の中では、明らかに立派であるこの建物には、人が出入りしている様子が全く見られない。そもそも蔵書庫とは一体何なんだ。本屋や図書館とはまた違うのだろうか?


「この部屋は僕が期間限定で借りているんだよ。見てのとおり僕は魔術師で、それも国家魔術師だ。だから蔵書庫を勝手に使えるんだ」


「いや、その論法でどうして蔵書庫を勝手に使えるのかが分からないんだが。そもそも国家魔術師も蔵書庫も、もっと言えば魔術師ってやつもぼんやりとしか理解してなくて、正確には分からないから、そこから教えてほしいんだよな」


 その質問にサンは驚いている。あれだけ凝視していた器具から一回目を離して、俺の顔を信じられないといった表情で、じっと見つめてくるほどだ。


「まさかここまで記憶がないという設定を突き通すとは……、いやそもそも本当に記憶がないのか?」


「だから記憶がないって言ってるじゃん」


「まあ知らないなら教えてやろう。

 そうだな、ここから説明すべきなのか分からないが、一応説明しておくと、魔術とは体内にあるマナを使って、身体の外部に何かしらの力を及ぼす術式のことだ」


 マナ?固有名詞の説明をされると、またまた新しい固有名詞が飛び出してくるこのループ現象はどうにかならないだろうか。


「マナってあれか?なんか生命力とか、そんな感じの見えないパワーみたいなやつか?」


「うーん、あってるのかあってないのか微妙なところだが……、大体そんな感じだ。ツルガにもあるだろう?ひょっとして使い方も忘れちゃったのかい?」


「え!俺にもあるの!?」


「そりゃあ、ツルガが生き物だというならあるさ」


 ここでまさかの新展開。もし本当に俺にマナがあるのだとすると、すなわち……


「じゃあ俺にも魔法とか使えるってことか!?」


「当り前じゃないか、本当にマナの出し方とか魔法の使い方も忘れてしまったのか……」


「なら俺にもやり方を教えてくれ!あの街でたまに見る、手から光出すやつとか!今お前がやっているそれとか!てゆうか魔法なんて、光を出すやつしか見てないような気もするが」


 とうとう俺にも魔法が使える日が来るのか!これでようやく異世界に来た甲斐があったとわけだ!おそらく神に選ばれて転生してきた俺にはさぞかし強い力が……


「面倒くさいから嫌だ」


「なんじゃそりゃ!謎の光をずっと出している、暇そうなお前なら、時間はたっぷりあるだろ!」


「……まさか君は瞑想も知らないのか。いや、魔術を知らないならそれもそうか」


「瞑想?お前、今ずっと瞑想してるっていうのか?その割には俺と喋ったりして、全然集中してないけどな」


 サンがやっている行動は、俺が知っている瞑想とは全然違う。俺の知る瞑想は座禅を組んで、目を閉じて、長時間じっとしてるイメージなのだが。


「それはツルガがいるからだね。君がいるから、今は非常に瞑想の効率が悪い。この話を聞いたなら、早く出て行ってほしいのだけれどね」


「それで、その瞑想とやらは何の意味があるんだ?」


「……瞑想は身体のマナの通りをよくするんだ。マナの通りをよくすることで、一回で出せるマナの量が多くなり、その分強力な魔法を使えることができる」


「ん~、すなわち瞑想ってのは魔術の修行ってことかな?じゃあ俺も瞑想をしまくれば、強力な魔法が使えるという事か?」


「いや、ツルガには強力な魔法は無理だ。どれほど瞑想してもそんな芸当はできない。

 まあ、基本的な魔法の仕方が分からないなら、少しは瞑想の必要性はあるが、ある程度まで行くと、もう瞑想なんてする必要はない。だってツルガからは膨大なマナの量は感じないからね」


 いきなり魔法チートを全否定されてしまった。そんな簡単に魔法の才能とやらは見抜けるのだろうか。正直なところサンの言葉は、俺にとってかなりショックな出来事であるのだが。


「早いな、才能を否定するの!だがまだこれが全てというわけじゃないだろう!?マナの量とやらは少ないけれど、隠れた才能が……!」


「いや膨大なマナがないと魔術師になる土俵にも立てないよ。隠れた才能というのは、膨大なマナがあってこそ、初めてそこで生きてくる」


 これにて俺の異世界で無双する物語は終了を迎えた。彼の説明をドラクエ風に例えると、俺には最大MPとやらが圧倒的に少ないらしく、それがこれから伸びる見込みもないという事なのだろう。いくら強力な魔法をレベルアップで覚えても、それを使うためのMPが最大MPよりも多かったら話にならないという事だ。


「ええ、ショックなんですけど……。これじゃあ俺はどうやって生きていけばいいんだ……」


「ショックも何も、そんな膨大なマナを持っているフラン人なんて、そうそういるわけないだろう。街にいるほとんどのフラン人が、ツルガと大して変わらないマナの持ち主だよ」


「フラン人……?マナの話とフラン人がどう関係があるんだ?」


 たしかフラン人とは俺や街の人のような、元いた世界の人間に似ている、耳の尖っていない人のことだ。それがどうマナと結びつくのだろうか。


「君はそのことも知らないのか。じゃあツルガはフラン人とシャフト人の違いをどう捉えていたんだい?」


「え、耳が尖ってるか尖ってないかじゃないのか?」


「確かにそれもあるが、そんなものは些細なものに過ぎない。フラン人とシャフト人のもっとも大きな違いは……、マナの量だ」


 マナの量、先ほどサンはマナの量が膨大でなければ魔術師になれないといったが、そこに差があるという事は……魔術の能力に決定的な差があるという事か。この世界の魔術とやらは、どのくらい凄いか分からないが、もし魔術が決定的な差を産むなら、それは俺の世界にあった黒人差別のような人種差別どころの話ではなく、もっとどうしようもない差別になる。


「そのマナの量とやらはどのくらい差があるんだ?」


「そうだな、力の差を分からせるためにも、見せてもいいかもしれないな……」


 サンは小さい声でそう呟き、先ほど名前が分かった瞑想という行動をやめて、こちらを向いて話し始めた。


「まず注意してほしいのは、僕は君と同じフラン人だ。本来なら、フラン人は強力な魔法を使えない。僕のような者はあくまで例外として覚えておいてくれ」


 そういうと、サンの手にはいつの間にか、ペンらしき黒い棒状のものを持っており、それを使って机の上に、何やらノートサイズの魔法陣らしきものを黒い線で描き出した。


「多くのフラン人が使える魔法は指先サイズの火を起こしたり、手のひらサイズのものを動かしたりするのが限界だろう。しかしシャフト人は違う」


 少し複雑な魔法陣を描き終ると、それに手をかざして青く光らせた。すると魔法陣の方も黒から青い光に変化し、さらにサンの手が上にあがると、それに引き合うかのように魔法陣が机から空中に浮きあがった。


「これは刻印型の水属性の魔術師になるための登竜門となるルグエラ・クエラという魔法でね、多くのシャフト人は練習すれば使えるようになるものだ」


 そう言うとその浮いた魔法陣を俺に向かって投げつけた。


 あまりに突然でそれも至近距離から投げられたので、その魔法陣を直撃してしまった俺は一瞬驚き、仰け反った。

 だが驚いたのは一瞬であった。なぜなら直撃した後、何も起こらなかったからだ。少し時間が空いても特に痛みとかが来たわけでもない。

 だが安心して元の態勢に戻ろうとしたとき、その真価が分かった。


 何故なら俺は何も起こせなかったからだ。正確に言うと、仰け反った態勢からピタッと止まったかのように動かないからだ。一応呼吸やまばたきなど、意識しなくても起こる生理現象は止まっていないが、自分の命令で体を動かすことなどは一切できなかった。


「これが、多くのシャフト人が練習すればできる魔法だ。アカネとジェンティルは、魔術の系統が違うから今はできないけど、練習をすればもちろんできる。当然ながらこんなこと街にいる大勢のフラン人はできない。それはツルガも含まれている。まあ僕は特別だから、フラン人でもこれを使えるんだけど。

 それで一体何でこんな魔法をわざわざツルガに見せたかというと思う?」


 そう言うと、俺の口元部分だけは自由が戻った。恐らくその質問に答えろという意味なのだろう。


「フラン人とシャフト人の違いを説明するためか」


「全然違うよ。これはツルガに対する牽制さ。最初は君が何か隠し事をしていると思ったけど、さっきの話し合いをしている内に、どうやら本当に君の記憶が無くなったとみても、おかしくないかもしれないな。

 だからと言って妙なことをしてもらったら困るんだよね。少し前に王国で事件があってね、僕は国家魔術師と言ったが、当然君が他国のスパイなんかと分かったら、即座に捕まえることになる。勿論スパイじゃなくても、怪しい行動をしたら同じだ。

 幸いなことに僕は君をスパイとは思ってないし、アカネは国家魔術師ではない上に、王宮や国教をあまり信奉してないから見過ごしている。可能性はあったジェンティルは、君の言い分を完全に信じているから、今のところそんな事にはなっていないけどね。

 だがもし、嘘をついていようが、記憶を無くなっていいようが、妙な真似をしたら、その時は覚悟はしておいた方がいいよ」


 俺は仰け反っていてサンの顔は見えなかったが、それでも彼の言っていることが、冗談ではないことが伝わってきた。


 これが魔術というものなのか。相手の行動を完全に封じるなど対処不能ではないか。シャフト人がこの世界で何人いるのかは分からないが、こんな事をできるやつがゴロゴロいる世界で、俺は生きていかなければならないのか。だがこれは街にたくさんいるフラン人には当たり前のことなのだ。

 俺はフラン人がシャフト人を差別する理由が理解できた。


 だが待てよ。そんな絶対的な強さを持つシャフト人がなぜ差別されているのだろうか。この街でシャフト人はアカネとジェンティル以外見たことがないのに、非力なはずのフラン人はそこら中に溢れかえっている。


「じゃあ、この街でそんなに強いシャフト人を全く見かけないのはなんでだ?」


 いつの間にかサンは魔法を解いていたようなので、俺は元の態勢に戻って、喋ることができた。


「それはこの街の歴史を知ればすぐにわかるよ。このバストロフィアという街は、近年レンデルフ王国がしてきた事を一番表している街といってもいい」


「……その歴史ってやつは北方戦争のことか?」

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