第三話 恩人の手には光がある
きっと俺は異世界とやらに転生したのだろう。漫画やラノベやらを読んできた俺は、ようやくこの事実を受け入れた。
街の景観はまさしく、それらで見てきた光景とそっくりであった。中世ヨーロッパ風の街に、その時代に来ていたであろう服装をしている人々。ドラゴンなのか、馬なのか、トカゲなのかよくわからない生物。そして商店でたまに目にする、手のひらから出る謎の光。
なるほど、この世界には魔法と呼ばれるものもあるのか。もしかしたら俺も魔法が使えるのかもしれない。
だがそれでも俺が元いた世界と変わらないところもある。街ゆく人々の姿だ。
俺のような黒髪の黒い瞳を持つ、ザ・日本人といった特徴を持つ人はほとんどいないが、それでも人々の容姿は、俺が知っている外国人とそう変わらない。
それゆえ目の前を歩く少女の容姿は、この街においても異色なのだ。街の人々に誰一人耳がとがっている者などいないのだから。
目の前を進んでいるアカネは、宿の中では被っていなかったローブについている帽子を今は深々と被っている。
外にあまり出たがらなかったのも、それが理由だろう。そう考えるとすごい罪悪感を感じてしまう。
それ以外にも気になる点がある。街の建物や人々の様子だ。一部かけていたり、傾いたりいしている建物が非常に多い。他にも目に付くのが、街の隅に集められたがれきの山だ。そのがれきの山で遊んでいる子供たちもいる。
さらに貧相な身なりの人々もたくさんいることだ。おそらく俺が今着ている民族衣装は、街の人々と比べると、相当上質なものだろう。
完全に想像だがこの街でかつて戦争があったのだろう。この荒廃ぶりはそうとしか考えられない。
そんなことを考えていると、いつの間にか蔵書庫の目の前にいた。蔵書庫は相変わらず石レンガでできているが、この荒廃した街の中ではかなり立派な建物である。扉の荘厳さからして、既にほかの建物とは一線を画している。
中に入るとあたり一面に本棚が並んであり、その本棚の奥に店主らしき人物が椅子に座って、居眠りをしている。一体万引き対策はどうなってるんだと思うが、アカネは構わずその店主がいる場所のさらに奥へ進んでいく。するとまた扉があり、アカネは遠慮せずその扉を開ける。
「おい、大丈夫なのか?勝手に入って」
店のスタッフ用の場所に、勝手に入るような感じがして気が引けるので、一応アカネに確認してみたが
「全く問題ない」
とそっけなく返し、俺の言っていることなど、全く気に留める様子などない。
扉を開けると、何やら実験室のような部屋がある。実験室には本棚と、よく分からないガラスでできた機材に、なにが書いてあるのか全く分からない書類、いろんな場所に描かれた魔法陣のようなものがある。
そしてその部屋の中央に、二十歳前後の男性が、謎の機材に手をかざして、光を放っている集中している。彼が何をやっているかは全く分からないが、そのやっていることの怪しさに対照して、その風貌はガタイの良いスタイリッシュなショートの赤髪をした、男らしい顔をしたイケメンだった。ただし服装は黒くて分厚い羽織を着ていて、いかにも魔術師らしさ全開だが。
「おいおい勝手に入るなと言ってるじゃないか、オーナー」
男性はまだ誰が入ってきたか分かってないようだ。それもそのはず、誰かが入ってきても彼の目は謎の機材に釘づけで、光をかざすことをやめないのだから。
「オーナーじゃない、アカネ」
「アカネ?お前が日中、外を出歩くなんてことがあるのか?」
ようやく男性は謎の行動をやめてこちらを見た。手のひらから光が消えていく。
「奥の男は……、ああ君か!なんだ、もう元気に歩けるようになったのか」
「あなたが言うほど心配するほどのことじゃなかった」
男性はうれしそうな表情をして、こちらに向かってくる。
「いやー、助けてくれてありがとうございます。このお礼はどうやって返したらいいのやら」
「いいよいいよ、そんな事。街で急に倒れている人を見捨てられないしね。それに、僕に対して畏まらなくていいよ。もっとフレンドリーな感じでいいからさ」
先程の怪しい行為はどこへやら、男性の雰囲気はとてもさわやかでいい人であった。
「じゃあ遠慮なくそうさせてもらいますか。ちなみに俺の名前は西垣敦賀。ツルガと呼んでくれ。ちなみにあんたの名前は?」
「僕の名前はサン・デヴァイア。よろしく頼む」
そういってサンは握手を求めてきた。この世界にも握手という文化は存在するのか。そんなことを思いながら、俺はそのまま手を握る。
そういえばサンの手は、さっき禍々しい光を放ってたばかりではないか。そんな手に触れて、一体大丈夫なのだろうか。俺は手のひらを確認する
「はっはっはっ、大丈夫だって。そんな魔法をかけるような真似は僕はしないよ。それよりツルガは、アカネの姿を見ても何も思わないのかい?」
アカネの姿?もしかしてそれは、彼女の耳のことを言っているのだろうか?もうしそうなら、そこに軽々しく言及して大丈夫なのか。
「え、そこに触れても大丈夫なのか?割とデリケートな部分だと思ってたんだが」
そう言ってアカネの表情を見ると、相変わらずのいつもの不愛想な表情のままだ。初対面の人なら怒っているように見えるが、アカネのこの表情は、全く怒ってないといってもいい。
「デリケートって言葉の意味はよくわからないが、そんなことでアカネは怒ったりはしないよ。でもこの感じなら、ツルガはシャフト人に対して、差別していることはなさそうだね」
シャフト人?なんじゃそりゃ?多分アカネのような、耳の尖っている人のことをさしているのだろうか?まあそういうことにしておいて、話を合わせておくか。
「まあ俺は、あんまりそういうことは気にしないけどな」
「気にしない?へ~、それはかなり珍しい答えだね。まあレンデルフ様を信仰するレンデルフ国民なら、差別しないのは当たり前か」
またまた謎の単語が出てきた。今度はレンデルフだ。信仰といっているから、宗教のことか?しかしレンデルフ国民とも言っていた。国民ということは、レンデルフは国なのだろうか。
「ところでツルガはどういう経緯で、バストロフィアにいるんだ?見たところ暮らし向きに困っている人の服装とは思えないけど……、どうしての街中でふらふらさまよっていたんだ?」
とうとうこの質問が来るか。バストロフィアとはここの地名のことだろうと思うが、俺の身元を聞く質問はいつか絶対に来るとは予想していた。目が覚めて、いきなりアカネにこの質問されたら非常にまずい事態になっていたが、幸いなことにアカネはそのことに関して触れず、蔵書庫へ行く道中に、その言い訳は思いついてある。
「実は俺起きた後、あまり記憶が戻ってなくてさ~、自分が誰で何でここにいるのか思い出せないんだよな」
自分が別世界から来た転生者です!なんて言っても、どう考えたって信じてもらえるわけがない。そこで俺は気を失ったことを利用して、この作戦を思いついたのだった。これならこの世界に関する事柄について知らないことがあっても、言い逃れができる。
「さっき自分の名前はツルガって知ってたじゃないか」
俺の作戦の風向きは早くも怪しくなっていった。