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違和感

文章を久しぶりに書くので、体慣らしに。(大義名分)

それと、妄想を発散させたくて。(本音)


二話完結です。


「─────あれ?」


わたしは、なんとなく開いたスケジュール帳に違和感を感じた。


なにかが気にかかる。なんだろう。

でも、それがはっきりしない。


首をかしげてしばらく今月の予定を見つめた。

が、見つかるのは、まばらに散っているわたしのクセ字だけ。


書き込まれた部分は、どの予定も覚えがある。

おかしくない。

そう時間をかけることなく、曖昧なひらめきは消えていった。


───まあ、いいか。


代わりにわたしの頭の中は、大学一年の夏を彩る、楽しげな約束の予定(しるし)たちで染まるのだ。






わたし『宮谷はる』は、この四月に大学生になり、一人暮らしを始めた。

それまでの地味な学生生活とおさらばしたいと願い、雑誌やテレビにネットを漁り、見た目から変えて。

それなりに順調な大学デビューを果たした、と思う。


どう順調かというと、人生初の彼氏ができた。

同じ学科で、同い年。

物静かで落ち着いた人だ。

あまり語らない者同士ながら意気投合し、付き合い始めて数ヶ月だが、いい感じだと思う。

わたしをよく理解してくれている。


またなにより、快活で優しい友人たちに恵まれた。

元が内向的なもので、出不精に戻りがちなわたしを、うまく“外”に導いてくれる。


そう、うまくいっているのだ。






「────ねぇ、はる? はるってば!聞いてた?」


「・・・え? なに?」


ぼやけた視界がクリアになると、わたしの目の前に、友人ともこの顔が迫っていた。


整えられた眉が逆ハの字に上がってる、なんて、まじまじと見つめてしまった。

わたしは、とまどいながら目だけを動かして周囲を探った。


がやがやとした喧騒に白でまとめた明るい内装。

思い出した、いつものカフェだ。


目をやると、身を乗り出したともこの奥に、苦笑いのけんじ君。

そしてわたしの隣には、しき君。

けんじ君はともこの彼氏。

しき君はわたしの───。


「はぁーるっ」


視界を遮るように、ともこの顔が割り込んだ。

近い。すごく近い。


ああ、またやった。


「ごめん、なに?」


わたしはへらっと笑い、カバンからスケジュール帳を出した。

聞いてなかったけど、多分これ。


しき君はまっすぐ前を見ていて、動じていない。

いつものことだから慣れてしまったようだ。


つまり、わたしは考え事を始めるとそちらに没頭してしまい、よく周りが見えなくなる。

寝てる以外で、気付いたら一日の半分くらい考え事に使っていたこともある。

冗談抜きで、顔をあげたら数時間経っていたりするのだ。

こういう集中力は自慢にならなくて困る。


「またまた、はるぅ~。もう、あんたはいつも通りだわ! あのね、来週のバーベキュー、雨になりそうだから日にちずらそって。ほら!はるのスケジュール直して」


ともこは手をぱたぱた振り、どっかりとチェアに座り直した。

わざと尖らせてみせている唇がかわいい。


うっかり話を聞き逃すわたしのかわりに、ともこはいつも世話を焼くのだ。

今日みたいな予定は必ずチェックしてくれる。

ありがたい。


わたしは黒字の予定の上から、直した予定を赤で書き入れようとして───。


「どしたの?」


ともこの声に答えられない。

ペンで書き込む姿勢のまま、わたしはじっとスケジュール帳を見た。


一点に目が定まり、気付いたことを理解する前に、背中から頭にぞくりと波が走る。

自然と手がおりた。指先が、かたかたと震えるのをテーブルの下に隠す。

こんなに冷房がきいていたのかと、無性に寒さを感じた。


わたしの様子におかしさを感じたのか、しき君が眉をしかめてこちらを見ている。


「大丈夫か?」


大丈夫、なんだろうか?

よく分からない。

不可解過ぎて理解が追い付かない。


「────なんでもない」


なんでもない訳ない。


スケジュール帳に、見覚えのない予定があるなんて。

それが、今直そうとした予定。

まるで最初からその日だったみたいに書かれていて、今まで気づかなかったのだ。


いつから書かれていたんだろう?

誰かのいたずら?


大学では貴重品だけ持ち歩き、スケジュール帳を含めた教科書類を、カバンごと講義教室の席取りに使うことがある。

やろうと思えば、わたしが席を離れた隙に、勝手にカバンからそれを出して予定を書き加えることくらい・・・。


にしても。


多分顔色が悪くなっているだろうわたしを見ていたしき君は、なにかを言いかけて、やめた。







「────なの。信じられないよ。女心をわかってないよねぇ!」


ともこがぷんぷんと鼻にシワを寄せている。

こんな顔もかわいい。


「けんじ君らしいじゃん。あんまり力こめるとシワ残っちゃうよ?」


冗談めかしても、気の収まらないともこをカフェに誘った。

いつもこんなときは甘い物で溜飲を下げるのだ。

今日は午後の講義がひとつだけ。

それが済んでもむくれているともこの手を引いて、歩いていった。


白い四角形の石を敷き詰めた床。

壁は板張りで真っ白に塗られている。

高い天井の上の方に窓が細く横長についていて、店内は明るい。

金色のアクセントを付けた大きなシーリングファンがくるりくるりとゆっくり回っている。


あれ、時計が遅れてる。

あとで店員さんに教えた方がいいのかな。


ふと目についた壁掛け時計は本当に変わったデザインで、まるでオブジェみたいだ。

多分、止まっていても壁飾りだと思われ、違和感ないくらい。


「あ、やっときたー。こっちこっち!」


六人掛けに座る華やかな集団がこちらに向かって手を振っている。


「ん?あれ、ゆき達よね。私らを呼んでる?はる、約束した?」


ともこが不思議そうに小首を傾げた。わたしはふるふると小さく首を振る。

ゆきちゃん達は同じ学科の同級生だ。

知り合いの多いともこを呼んだのかと思ったけど、違ったらしい。

もちろんわたしでもない。

そもそも彼女達とは挨拶を交わすだけの仲だし。


様子見で、入り口あたりで佇むわたし達にしびれを切らしたのか、向こうの一人が小走りしてきた。


「もーぉ、はるちゃん!遅刻だよ。話してたあれ、『DIVISION』のライブパンフ持ってきてくれた?」


期待に満ちた顔と声で、わたしは右手を握られた。


ともこが「え?」と目を丸くして見てきたが、わたしだって同じだ。


わたしには少ないながら濃い趣味がある。

人気バンドグループ『DIVISION』が熱烈に好きなのだ。


テレビやラジオ、雑誌のチェックは欠かさないし、当然ファンクラブにも入っている。

ライブツアーは可能ならば複数回赴く。

だって開催地域によってライブの販売グッズやパンフレットが違うから。

ファン同士連絡を取り合って、複数手に入れた戦利品を譲り合うこともあるけれど、やっぱり自力で手に入れた方が────って、そんなことじゃなかった。


なんで彼女達が知っているんだろう。

最近、ようやくともこに勇気を振り絞って、コレクション等々話すことができたところで、かなり内緒にしてたことなのに。


それに、まるで約束してたみたいな。


余りに反応の薄いわたしに、目の前の子も不安になったのか、きょろきょろせわしない。


「忘れちゃってた? 約束、したよね?今日この店に集合だよってさ、そう私は聞いたんだけど・・・」


「はる、手帳。スケジュールは?」


はっとなったともこが、わたしの服を引いた。

そうだ、わたしは忘れやすいから、約束したなら必ずメモしているはず。


ごそごそとカバンを漁ると、かつんと半透明のプラスチックケースが手に当たった。

普段は講義のプリント類を仕舞っているやつだ。

掴んで引き出したそれの、透けて見える中身に、息を飲んだ。


それは、わたしのコレクション、話に出たパンフレットたち。

見覚えがありすぎる物なのに、入れたという身に覚えがない。


「あ!それ! 良かった~、用意してくれてたんじゃん」


喜びはしゃぐ子をぼんやりと視界に入れて、痺れたように感覚のうすい手を再び動かす。

なんとか取り出したスケジュール帳を開いた。

急ぎたいのに、スローモーションみたいだ。

もどかしい。まるで自分の体じゃないみたい。


予定の今日の部分を見たわたしは、びくりと体を震わせた。


『PM3:00、カフェ、DIVISION』


店内の時計を見上げる。

今の時間は、午後3時半過ぎ────。







どうやって部屋まで帰ったのか覚えていない。

ゆきちゃん達とは結局話ができなかったと思う。

動揺しすぎて記憶が曖昧なのだ。

顔を見て、話した気もするし、すぐに店を出た気もするし。

時間も長かったような短かったような。

多分、わたしの代わりにともこがうまく話をしてくれたんだろう。


とにかく頭が重くて痛い。


帰宅するなりベッドに倒れて、わたしは動けずにいた。

一緒に顔付近に落としたスマホが何度も振動していた。

薄暗い部屋にチカチカ点滅するライトすら頭に響く気がして、つい顔を背けていた。


見なきゃとは思うんだけど、今は何もかも億劫だ。

きっと、ともこからだろう。

驚かせたし心配かけちゃったな。

ゆきちゃん達にも明日謝らなきゃ。


まどろんでいると、ピンポンと高く軽い音が響き、次にガチャンとドアの鍵が外された。


「入るぞ」


この低い声は、しき君。

合鍵を持ってはいるけど、今まで連絡無しに入ってくることはなかった。


「大丈夫か?様子が変だって聞いた。それに連絡つかないし。だから見に来たんだ」


しき君はキッチン側の明かりだけつけて、ベッドスペースを覗き込んでいる。

わたしが明かりもつけずに横になっているからか、小声だった。


そっか、ともこから今日のことを聞いたんだろう。

それにスマホにも連絡くれてたんだ。


「だ・・・大丈夫。頭が痛いんだ」


少し顔を向けたわたしに、しき君は軽く頷くと、慣れた様子で棚から痛み止を取り出し、冷蔵庫からペットボトルの水を持ってきてくれた。


しばらくして薬が効いてきたのか起き上がれるようになった。

そのままベッドに座ると、事情を聞くまでは動かないといった風のしき君に苦笑いを浮かべる。

彼は、勉強机とセットで買った椅子に足を組んで座り、こちらを静かに見ていた。


「わたし、頭がおかしくなったのかもしれない」


手帳に書いた予定を、すっかり忘れてしまっている。

準備までしていて忘れてしまうなんて、もう病気じゃないだろうか。


そんな内容を途切れ途切れながら説明した。


わたしのスケジュール帳をぱらぱらと見ていたしき君が、そうかな?と(つぶや)いた。


「それ、誰か、別の奴が書いてるんじゃないか?」


「でも、わたしの字だし、約束も、パンフレットも・・・」


握ったこぶしの親指部分をとんとんとあごに当てて、しき君はうーん、とうなる。


「それ、はるのことを知る他の奴でもどうにかできるんじゃない?」


彼が言うには、わたしの記録にはクセがあるらしい。

クセというか、間抜けな間違い?


「はるは時間を書くときAM、PM使うだろ? 午後1時はPM1:00なのに、はるはPM13:00って書いてる。ほら、PMつくやつ全部そうなってるし」


ぐっ、とわたしの目前にスケジュール帳が開かれる。


一瞬なにを言われているのか分からなかったけど、間もなく理解できて一気に顔に血が集まった。

これはめちゃくちゃ恥ずかしい!


しき君は、ふっと口の端を持ち上げると話を続けた。


「その『忘れてた予定』っていうのは、正しくPM使えてる。よく見ると字も違う気がするし・・・俺はプロじゃないからアレだけど。誰かのいたずらで、反応を面白がられてるんだろ」


なんだかこじつけみたいだ、それにパンフレットのことは?という不満げな表情をしていたのかもしれない。


「それは本当に、入れたのに忘れたのかもな」


健忘症か、としき君が笑っている。

ちっとも疑問は解決していないけど、つられて笑ってしまい、気持ちが浮上してきた。


この時、いたずらにしても実行できる人間がほぼ特定できてしまうことを、わたしは考えないようにしていた。

だけど、しき君に相談していれば良かったと後から悔やむことになるのだ。






「っ、」


まただ。

大学内を歩くわたしに、知らない人が手を振っている。

向こうは笑顔だし親しげだ。


ひきつり笑顔で、ひらひらと申し訳程度に手を振り返した。


最初は気のせいかと思ったけど、これまでに何回かは肩を叩かれ直接挨拶された。


おはようとか、やあとか挨拶ならまだなんとか。

でも、楽しかったねとか、また今度とか・・・意味が分からない。


自慢じゃないがわたしは友人が少ない。

というか大学でやっと作れたという感じで、それまでは筋金入りの孤独な陰キャというやつだ。


スケジュール帳の一件以来、注意深く持ち物を管理するようになって、予定が書き替えられたり追加されたりすることは無くなった。


かわりにこれだ。


まだ対人スキルレベルが低いから正直勘弁してほしい。

他人に気の利いた返しなんかできないのだ。


第一何がなんだか。

どこでなにがあって、皆さんわたしに構うのか。


「はる、友達増えたのねぇ」


と、ともこが目を細くしてしみじみしている。

なかなか他の人と交流を持てないわたしを心配してくれていたのだ。

だから、違うと言いたいけど、この人の良い友人が嬉しそうだからなにも言えなくなった。






ファーストフードのバイトを終えて、とぼとぼと最寄り駅を出た。

夜でも人通りが多く、街灯もあり不安の少ない道だ。


大学の講義に被らないように、平日夕か土日祝日にバイトを入れてもらうと、終わりが夜になることも多くなる。


今日はくたびれた、とトートバッグを引っかけた肩を下げながら、重い手足は惰性で動いている感じだ。


学生アパートのある通りは若干静けさが増す。

そこまで遅い時間ではない。

でもすれ違う人もまばらで自分の足音が聞こえるくらいだ。


後ろにも足音がするなぁと思いながら歩いていると、ふと靴に入った小石が気になり出した。


いつから入ってたんだろう。

痛くはないけど、この足裏のゴロゴロした不快な刺激が嫌だ。

わたしは電柱に手をかけ、よいしょと靴を外した。


足音が、止んだ。








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