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片思いが動き出す

大学3年生のゆかりは片思いをしていた。相手は同じゼミの同期。名前を達也という。毎週木曜日のゼミの時間はゆかりにとって幸福の時間であった。総合大学に通う彼女たちは、ゼミの同期といえども他の講義が被ることは少なく一緒にいられて話せることはほとんどないのだ。


ゆかりには仲の良い友人が2人いた。個性的な印象のショートカットヘアの真由子と真面目で可愛らしいロングヘアの穂波だ。それぞれ所属ゼミは異なるがゆかりのゼミの前の昼休みには、3人でよく昼食をとっている。広いキャンパスにある五ヶ所の食堂のうち、ゼミ室に近い場所で昼食をとるため、自然とゆかりの所属するゼミのゼミ生が近くにいることがあった。故に、達也と一緒に昼食をとるチャンスだってあったのだ。しかし、ゆかりは奥手だった。自然に、「隣いい?」と言って同じテーブルに座ることくらい出来そうなものだが、できなかった。近くにいるのに、遠かった。


しかし、達也もまた奥手だ。ゆかりのゼミ内でのポジションはいじられキャラだった。他の人はゆかりをいじり、ゆかりもそういう人には何も考えず仲良くすることができた。ただ、ゆかりが達也に惹かれる理由はそこにあった。いじってくる男達より、寡黙で大人っぽい方が魅力的に見えていた。


それは春休みのある日突然訪れた。

ゆかりは家で毎週楽しみにしているバラエティ番組を観ていた。すると机の上に置かれたスマートフォンが振動した。バラエティ番組がCMに入ったところで通知を確認すると、達也からだった。ゼミの話で連絡がくることはある為、それほど緊張していなかった。しかし、その文章を見てゆかりの心はうるさくなった。

『話があるから、電話してもいい?』

これまで、二人が電話することはなかった。バラエティ番組のCMが明けて、テレビからは愉快な笑い声が聞こえる。ゆかりはテレビの電源を切ると、達也への返信を打つ。

『いいよ』

ゆかりは意識して、呼吸をした。数分後、スマートフォンが鈍い振動を繰り返した。着信だ。相手はもちろん達也だ。

「はい、もしもし」

ゆかりは緊張していた。素っ気ないような「もしもし」しか言えなかった。

「あ、俺だけど」

「うん。どうしたの?」

ゆかりはベッドの上で枕を抱いた。落ち着けなかった。手に汗が滲んだ。

「……ダメだ、恥ずかしい」

ゆかりだって、恥ずかしかった。こんなことになるとは思っていなかった。話とはなんだろうか。ゆかりの中には淡い期待があった。この流れ、多分あり得ると思った。

「早く、してよ」

ゆかりは恥ずかしさを隠すように、素っ気なく言った。

「いつも一緒にいる子で、髪の毛が長い子ってなんていうの?」

予想外の言葉にゆかりは拍子抜けした。

「穂波ちゃん?」

「たぶん、そうだと思う」

「が、どうしたの?」

「うん、穂波ちゃん可愛いと思って。紹介してくれないかな」

期待で膨らんだものが、急にしぼむことがわかった。ゆかりは返事をするのに精一杯だった。

「わかった。今度ご飯でも行こうか。また連絡するよ」

一刻も早く電話を切りたかった。

「ありがとう」

達也の声は心なしか嬉しそうだった。

「うん、じゃあまた」

ゆかりはそう言ってさっさと電話を切った。静寂が広がった。テレビの電源を切ったことを後悔した。静かな部屋は悲しみをより深くした気がした。


それから数時間が経った。ゆかりのスマートフォンが再び振動した。現在23時を少し過ぎた頃だった。温かいお風呂に入り、静かな部屋でホットミルクを飲みながらぼーっとしていたゆかりを動かす音になった。スマートフォンの画面を点け、表示された名前は達也だった。これまでなら少しは意識した名前なのに、今は何も思わなかった。メッセージは次のようなものだった。

『早速、穂波ちゃんに聞いてくれた?』

ゆかりは悲しみと怒りを同時に受けたような、複雑な感情に苛まれた。この男は私の気持ちに気づいていないのかと思う反面、好意がバレてなくてよかったという感情だ。ゆかりは穂波の顔を思い出した。きれいなロングヘアで可愛らしい顔立ち。彼氏が欲しいと言っていた。ゆかりは好きな人が幸せになればそれでもいいと言い聞かせた。好きな男も好きな友達も上手くいけば両方とも幸せになれる、その恋のキューピッドになろうと思った。

ゆかりは穂波にメッセージを送った。

『今度、私のゼミ生の達也くんと一緒に食事行こうよ』

そのあとで、達也にも返信した。

『聞いたよ、返信待ち』

ゆかりは大きく息を吐いた。


その後、ゆかりと達也のやりとりは着々と進んだ。達也と穂波は話したことがないこと、達也はいつの間に穂波に惹かれていたこと、恥ずかしくて話しかけに行けなかったこと、ゆかりにもっと早く相談したかったことなどを聞いた。ゆかりは達也の思いを聞くたびに、悲しみがより広がった気がしていた。近くにいても、ゆかりは達也の視界に入っていなかったのだ。それでも、ゆかりは達也を愛おしく思った。自分からはどうしようもできない弱い男。私を頼ってくれる男。ゆかりの母性が疼いた。スマートフォンが鳴った。今度のメッセージは穂波からだった。

『行ってもいいけど急にどうしたの?』

穂波は小さな画面を凝視した。理由を考えなければならない。達也の好意を穂波に教えていいのか、と悩んだ。

『やった!なんか今度飲みたいね、って話してて、穂波もどうか?って言われたから』

文字を打っては消してようやく考えた文章を送信した。

『それなら真由子も?みんなで行こうよ』

ゆかりは悩んだ。真由子は個性的だし、よく話すし、たぶんこの場合はいない方が良いと直感した。達也も三人で行きたい、と望んでいた。

『達也が、三人で行こうって。穂波と話したいんだって』

ゆかりは正直に言った。

『わかった、いいよ』

穂波も何かを感じたのか了承した。達也に伝えるととても嬉しいと言った。ゆかりの胸が締め付けられた。計画はすぐに立てられた。二週間後、三人で食事に行くことになった。

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