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二話 顧問の先生~死亡フラグは憂鬱な香り~


 翌日の朝、物凄く憂鬱な気分とは裏腹に、空は天高く澄み渡っていた。

 玄関先では清々しいくらい笑顔の母と兄が見送りに来ていて、ポストから出した新聞を不機嫌に押し付け、やけくそ気味に「いってきます」と旅立っていく。

 溜め息が出そうになるのを堪えながら通学路に目をやると、斜向かいの屋敷に住む跡取りのお兄さんが白い猫を抱えて出てきていた。

 長髪に甘いマスクの青年は紫色のシャツ、黒いスーツをすらりと着こなし、立ち居振る舞いはどこか優雅である。たまに着物の時もあるが、見た目は完全にホストなお兄さんで、実際外で職業を聞かれた時はそのように答えることもあるらしい。

「あっワカさん。おはようございます」

「ああ、土晴くんおはよう。相変わらず朝早いね」

「ワカさんはこれから散歩ですか? 良かったら途中までご一緒しますよ」

「いいね、それじゃ一緒に行こうかな」

 ワカさんは白猫を下ろし、リード無しの白猫カレンが先導する形で散歩を始める。

「そういえばワカさん、今度部活の立て直しというか、部活を復活することになったんですけど……どうすれば上手くいきますかね」

「組織の立て直しねぇ……」

 難しい顔で顎に手をやるワカさんは、跡取りらしい顔つきだ。冗談も言うが基本的には真面目な人なので、イザという時には頼れる大人である。

「組織の再編っていうと大概裏切り者が出たときだけど、立て直しだしね。組織が弱体化してダメになった時はやはり難しいよ。以前のままじゃダメだってことだからね」

 思ってもみない部分を指摘され、土晴は少し目を丸くする。復活させるにあたり、活動内容などについては以前の防災部を参考にしようと思っていたが、衰退の一途を辿った原因を知っておく必要があるのかもしれない。元々数十年続いていた部活であり、兄の代の時も十数人は在籍していたはずなのに、そこから二年で廃部になった。もちろん部活の流行り廃りは時代によって異なるが、何かしらの理由がありそうだ。

 ――兄はその辺の事情も聞いているのだろうか、帰ったら聞いてみよう。

「あとは……人を集めるのに何かアドバイスありますか?」

「カリスマ性かな」

「すみません、それ以外で。活動内容とかはしっかりお話しようかとは思うんですけど」

「それは当たり前だけど、勧誘される側にも興味がないと話も聞いてもらえないと思うよ」

 当たり前といえば当たり前の指摘に、現実から目を逸しがちだった思考に釘を刺された形だ。カリスマ性は今すぐ獲得できるようなものではないので論外だが、勧誘の仕方もきちんと考えておかねばならなかったらしい。

「うっ……そりゃそうですよね。それじゃ、あんまり気は進まないけど楽しさを前面にアピールして……」

「気の進まないことはやめておいたほうが良いよ。それに楽しさとかに惹かれて覚悟もなく入ってきた人間って、キツいことがあるとすぐ抜けようとするからね」

 部員集めが既に最難関と化している状況に、始める前から気が重い。やりたくない、と思うと途端にやれなくなりそうなので、その部分だけはぐっと堪える。それに、嫌々勧誘する相手に人がついてくるとも思えないからだ。

「興味のない人間に、っていうのは難しいんですね……」

 しかし積極的に興味のある人間をすぐに見つけられるなど、都合の良いことはそうそう起こらない。

「難しいけど不可能じゃない。活動云々より前にその人間をよく知って、こういう理由でお前に入ってもらいたいってキチンと誠実に話すことが肝要だよ」

「うーん……人間関係の構築ですか……その時間があるかな」

「それができなきゃ、結局どこかで破綻するよ。組織にただ入っただけじゃ幽霊と一緒。役割を与えて、それをそれぞれがキッチリこなして始めて組織が上手く回るんだよ」

 これは小さい頃から見てきた経験則、とワカさんは付け加える。流石地元でも一目置かれる組織の跡取りは言うことが違う。

「まぁどうにもならなかったら、周りの人間や人望のある人間に相談することだね」

「それは任せてください! そういうのは得意ですよ!」

「あっはっは、それは頼もしいね」

 報告・連絡・相談は生きていく上でも大切なことだ。自分ではどうにもならない時は、悩んだり足踏みしたりするより、他人の小さな助言に耳を傾けたほうが上手くいくことの方が多い。稀に、実のない助言もあるが。

「ワカさんも相談することとかってあるんですか? 立て直しとかは無縁でしょうけど」

「組織内では日々いろいろな問題が発生するからね。立て直しは確かに今はないけど、これから先の時代どうなるかはわからんさ」

 世知辛い台詞が出てきてどう返そうか早速悩む。地元からは慕われているが、新しく来た人からは恐れられているのもまだ事実だ。

「ま、かといって組織の拡大とか大っぴらに語ると、警察が来ちゃうからね。ハハハハ」

「やだなーワカさん。拡大とかしなくても、十分組織大きいでしょ。ハハハ」

 ハハハハ、と笑い合う二人に、白猫が数歩先でにゃぁと鳴く。

 その後は庭の柿をどうするか悩んでいるというワカさんに、柿ジャムや天ぷらを作る方法などを話しながら通学路を歩く。

 高校近くまで来たところで、海の方まで行くというワカさんと白猫カレンと別れを告げた。


 まずやるべきことは顧問の確保である。前任の先生は今年の春で別の学校に行ってしまったため、早急に確保しておかなくてはならない。狙うは新任の先生だが、果たして上手くいくだろうか。

 朝の職員室は人もまばらだったが、運良く担任を発見する。

 二十代後半と思しき女教師人野は、昨日より明らかに顔色が悪く、辛そうな表情で栄養ドリンクを煽っていた。少し話しかけづらいが、この先これよりやり辛いことが控えていると思うと、ここで立ち止まっている場合ではない。

「人野先生、今、お話良いですか?」

「ああ、えーっと……福田くんだったかしら、いいわよ」

 イキナリ名前を間違えられたが、こんなところで凹んでられない。それに近づいてみてわかったが、このほのかなアルコールとすえた臭いから察するに、泥酔→嘔吐→二日酔いのコンボだろう。今、相当調子が悪いに違いない。

「福井です。ええと……実は、まだ部員は集まってないんですけど、顧問の先生を探してまして……」

「あたしは無理よ。テニス部と喫茶部と囲碁部を掛け持ってるんだもの、これ以上増やせないわ」

 なんだその組み合わせ、とは思ったが、部活数に対して顧問の数が足りてない事の表れだろう。明らかに専門外なことも押し付けられているのかもしれない。

「ええ、それはわかってます。それで、新任の先生か誰かにお願いできないかと思って」

「今年新任は二人いるけど、片方は既にいくつか兼部が決まってるわよ。サッカー部と美術部とアニメ研究会」

 割り込むのは難しそうな組み合わせが既に出来上がっていた。

最悪、部員が集まっても顧問が見つからないのでは、という不安が襲う。

「も、もう一人の先生は……? もう部活決まっちゃってますか?」

「昨日の飲み会で陸上部を打診されて断ってたわね。でも断りきれるか微妙なトコね」

(飲み会で部活の顧問を打診されるもんなの……?)

 やや教員の世界にカルチャーショックを受けつつ、一応はフリーの事実に少し安堵する。

 運動部と文化部をいくつか掛け持っている状態が普通なら、最悪陸上部を引き受けて、さらに防災部も受けてくれるかも、と期待を寄せる。

「あれ? でもうちの学校の陸上部って、インターハイの常連ですよね」

「そうね……」

「それをイキナリ新任の先生が指導できるもんなんですか?」

「さぁ? でも、引き受けたらやらなきゃいけないわね」

 教員の世界を垣間見て、少し背筋がゾッとした。素人が半端な指導しても生徒から反発されるだろうし、まったく関わってこなかったジャンルなら未知の世界だろう。

「え、えっと……一応、頼んで見るので、どこにいるか知ってたら教えてください」

「さっき学園長に呼ばれてたから、学園長室じゃない? そういえば何の部活なの?」

「防災部です」

「防災部だって!?」

 食い気味に来たのは教頭先生だった。横から大声がかかったので、思わずビクリと反応してしまう。そして禿頭の教頭はずんずんとこちらに近づいてきた。ヒィー! 何その反応!?

「君、防災部を復活させるつもりなのかね!?」

「え、ええ、あの、はいそうです」

 近い近い唾飛ぶイヤー! 思わず半歩下がったところで両肩を掴まれる。退路を塞がれた。

「で、その顧問を黒純先生に頼むつもり、と」

 新任の先生、黒純っていうのか。この流れ嫌な予感しかしないんだけど。

「よろしい、許可しよう! その代わり! 必ず復活するんだよいいね!」

「は、はい! ……て、顧問って本人の許可無く勝手に決めて良いんですか?」

 この問いには二方向から異なる返答が来た。

「黒純先生ならやってくれる!」

「……一応、本人に訊いといたほうがいいんじゃないかしら」

 双方に礼を述べ、担任の意見を採用することにした。


 (くだん)の人物は、学園長室前の廊下の窓から、ぼんやり外を眺めていた。

「……ああ、早く、死にたい……」

 この人に頼んで本当にいいの、と己の善の声が語りかけてくるが、背に腹は代えられない。

 ごくり、と生唾を飲み込み、意を決して話しかける。

「先生! 防災部の顧問、引き受けて下さいませんか――?」

 くるりとこちらを向いた顔を見て、昨日の気怠げな教員だということに気づく。

「……福井くん」

 担任すら間違え、名乗ってもいないはずの人物から名前を呼ばれ、内心驚く。

「……先生は、肉体労働とかすごく苦手です」

「な、何かあったら力になりますんでお願いします!」

「……事務仕事は得意ですが、余計な面倒事も好みません」

「先生を頼る時は部費の確保とか、大人の名前が必要な時とか、必要最低限に努めることを誓います!」

「……であれば、引き受けましょう」

「やったぁ――! ありがとうございます!」

 ここまであっさりと承諾されると思ってなかった土晴は、ガッツポーズで喜ぶ。

 ――これが、後に先守高校の悪夢と呼ばれる顧問と、防災部が契約を結んだ瞬間であった。そのことに土晴が気づくのは、随分後になってからのことだった。


 顧問が確保出来たら、今度こそ部員集めである。

(ワカさんの助言に従うなら、その人物をよく知っていて、かつ何故その人物が必要なのかをしっかり話せること――か)

 そんな人物は今のところ一人しか該当しない。

 土晴は迷わず1-Aの扉を叩き、その人物を見つけた。

 巨漢の小心者は、明らかに運動部と思しきガタイの良い人だかりに囲まれていた。

「おい! 潮が欲しいなら俺を通してからにしてもらおうか!」

 この先数多の運動部に狙われるだろう潮は、防災部の正部員となり、手芸部を兼部する。

 これはもう防災部存続の要であり、決定事項だ。

「潮には防災部に入ってもらう――!」

 福井土晴は、鋭い無数の視線に向けて、高らかに宣言した。

 宣戦布告だ。


よろしい、ならば戦争だ!

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