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3 四年目、月島幸子 三角まで

 昨年、一昨年の大嵐とは打って変わって、今年の天皇賞は二年ぶりの快晴だ。

 一番人気は大方の予想通り六枠十一番、シルフィードウインド。見た目としては何の特徴も無い、典型的なお馬さん色の真っ茶色な鹿毛牝馬だ。跨がる騎手も、乗り替わる事なくいつも通り月島幸子。

 陣営は、万全の状態でシルフィードウインドをターフへと送り出してきた。照り付ける日差しを反射して輝くほどに馬体がキラキラ。パカパカと小躍りしているかのように軽やかな脚取り。もはや絶好調であることに疑いの余地はない。

 それに付随して、一番人気になってしまうだろうことも。








 あからさまに絶好調なシルフィードウインドに、スタンドから送られるとても悲しげな視線が四つ。月島騎手の親友、門倉優里愛とその兄慶輔だ。

 自分達が出せる額を全て二番人気の馬に注ぎ込んだが、それでもまだシルフィードウインドの一番人気は動かず。今でこそ単勝三倍であるものの、門倉兄妹が散財するまでは零・一倍という、旨味の全く無いオッズだったのである。

 パドックでの周回を終え、一枠一番マキノクレイモアから順繰り場内へと移動していく。パドックからレースコースへと移動した馬達が次々とスタートゲート前に集結し、そして、ゲート内に収まっていった。特に暴れているような馬も無くすんなりとゲートイン完了。

「ここまででなんかある?」

 優里愛が兄に問う。

「期待せんほうがいい。月島さんだっけ、彼女まず助かんねえよ」

 慶輔は長年同じ屋根のしたで生きて来た優里愛に対して、今迄見せたことのない、本気で何かに怯えているような顔を向ける。

「駄目だ、俺にゃどうにも出来ん。多分……、誰にもどうにも出来ん」

 陰陽師であった父の血を最も強く受け継いでおり、門倉十兄弟の中で一番の除霊能力を持つこの慶輔が、優里愛を絶望の淵へ叩き込む。







 九枠十八番、マキシマムスターがゲートに収まり、ファンファーレが鳴り響く。


 そして、発走。


 一番人気シルフィードウインドとそれに跨がる月島幸子騎手が、黄泉への旅路を疾りはじめた。


 時間にして二分プラスマイナス二秒の世界。だいたいどこの競馬場でも、芝二千メートルの勝ちタイムはこの範疇に収まるのだが、この短時間に様々なドラマが展開される訳である。

 一番人気シルフィードウインドは、事前に優里愛に告げていた通り、最後方にいた。この馬にとって二千メートルは、バテるかバテないかのギリギリの距離であるため、体力をひたすら温存してゴール前で一気にブッコ抜く【追い込み策】を採るのは当然といえば当然かもしれない。


 慶輔の視線はレースそっちのけで四角に釘付けとなっていた。三年間立て続けに死亡事故が発生した現場に。そこに超常的な何かが存在していることは、ほぼ間違い無いだろう。

「慶輔くん? 一体何が見えるのさ」

 独特の節回しで優里愛が尋る。

「レギオンだ……。今までに斃れた人や馬の無念さや怒りが一緒くたに凝り固まった、最凶クラスの集合霊が四角に取り憑いてやがる」

 手摺りにつかまる手が腕ごと震えている。いつも平然と地縛霊の横を通過していく慶輔が、プルプルと震えているのだ。優里愛はその慶輔の様子から、四角に居るのが並の悪霊ではないのだということを、まざまざと感じ取ってしまった。

 

 スタート直後、レースの四角となる小カーブを過ぎたところで、幸子が少し震えたことを優里愛は見逃さなかった。

「今ユッキ、ちょっと震えたけど、トイレでも行きたくなったのかな」

 もはや質問にも値しない戯れ事を口にする。

「あ? 別に排泄欲求はねえだろうよ。普通のやつでも震えが来るぐらいのレギオンが、あそこに居るってことだ」

 そう受け答えた慶輔が、さらに言葉を続ける。

「おまえも来年、嫌っつう程震えるだろうよ。あの白いのに跨がってこのレースに疾るならな」

 そして、こう締め括った。

「さっきも言ったけど、俺にゃどうにもできん。今俺が優里愛ちゃんにしてやれることは、死にたくねえならこのレースに出るなって提案と、ダチが死ぬのを見たくねえなら、もう帰るぞって催促だけだ」






 レースは二角を曲がって向正面まで進んでいる。相変わらずシルフィードウインドは、最後方をチンタラと追走していた。あれなら追い出しのタイミングさえ誤らなければ、ほぼ負けない。勿論、無事に四角を通過できればの話なのだが。


 馬群が地響きを発てて、二人の前に向かって来る。慶輔の震えが、先頭馬が四角に近付くにつれ次第に激しさを増してくる。それに釣られるように、隣に居る優里愛もまた震え始めていた。

「正直もう、ここに居たくねえ。人が死ぬのも、ダチが死ぬのを見たおまえのツラも、どっちも見たくねえんだ」

「大丈夫。ユッキなりに対策は打ってあるみたいだし、それがうまくいくかどうか見届けるのは、来年呪いを受けそうなあたしの参考になる」

 優里愛は震えながらも、その提案を受け入れなかった。受け入れることなど出来る筈もない。幸子は優里愛のために、色々と対策を立てているのだから。勿論それは幸子本人のためでもあるのだが。

「駄目だったら駄目で、別な手を打てばいいんだから」









 レースは三角に向かっている。いよいよ四角突入への秒読みに入った。シルフィードウインドは少し位置を上げているものの、まだ中団やや後ろ。ここからさらに上がる【まくり戦術】なのか、四角を抜けるまでひたすら後ろに居る【直線一気】なのか。ここでの動き方によって危険度はかなり違ってくる。


 言うまでもなく、四角を抜けるまでは後ろに居れば居るほど安全だ。


「半端に上がってきたけど、どうする気なんだろ?」

 正直、狙いが読めない。まくるにしろ、まくらないにしろ、とにかく位置が半端過ぎる。

「振り向かなきゃいいんだって腹なら、普通は後ろのままだろうな」


 三角に入って、シルフィードウインドは慶輔の予想とは逆の動きに出た。まるで何かに吸い寄せられるかのように、スルスルと前に上がっていく。そして、三番手にいる状況で四角に入っていった。




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