ニノ、攫われる
今回ニノ視点でお送りします。
なお、★印からあとは短いですがリアンナ視点に切り替わります。
夜中ふと目が覚めたニノは、寝入る前まで横にいたはずのリアンナがいないことに気がついた。
「リアンナ?」
何だか心細くなった。リアンナがどこかへ旅立ってしまったんじゃないか、そんな不安が頭をもたげる。リアンナは黙って去ってしまうような人じゃないと思いながらも夜の闇は不安を掻き立てるには充分なのだ。
ニノは泣きそうな気持ちのまま家を出て、そのまま河原から橋の方へ崖を上がっていた。この時振り返れば少し離れたところでリアンナとジュードが対峙しているのが見えたかもしれないが、生憎ニノはそれに気がつかなかった。
そして橋のたもとへたどり着いたとき。
「ーーーー!」
突然背後から口を押さえられ、抱きかかえられた。
必死に暴れ、少しだけ口を押さえる手が緩む。
「リアーーーー」
けれどニノの悲鳴が響く前に再度口を塞がれて、近くに停めてあった馬車に放り込まれてしまった。両手を縛られ目隠しをされて、ニノは自分が誘拐されてしまったことに気がつく。
(どうしよう……どうしよう!)
体の底から震えて止まらない。心臓は早鐘を打ち、呼吸も荒くなってしまう。
(どこに連れて行かれちゃうんだろう……これじゃネリーにも二度と会えないんじゃ)
頭の中をグルグルとそんな考えが回るが、ふと思いついた。
(ひょっとして、ネリーもこうやって攫われた? このまま連れて行かれればネリーに会えるかもしれない)
そう思ったら少しだけ頭が冷えた。
ガラガラと激しい勢いで走っていた馬車がやっと止まり、ニノは男の肩に担ぎ上げられ馬車から降ろされた。どうやらどこかの建物に入って階段を降りているようで、途中からコツコツと室内に響く靴音と振動を感じるようになった。
(地下室、かな)
そう思ったら何だか空気が湿っぽくて埃くさいような気がする。ニノを担いだ男が一歩降りるたびにぐっと振動で腹を圧迫されて苦しい。
が、そう時間を置かず床に下ろされた。目隠しも縛られた手もそのままで、重い扉が閉まる音が聞こえた。
「まってよ、目隠しくらい外してから行けよ!」
「うるせえガキ。そんなに長いことここにいるわけじゃねえからもうちょっとおとなしくしてろ」
低い男の声が扉の外からくぐもって聞こえてきた。
「なんだよ、けち!」
転がされたまま悪態をついたが扉の外から足音が遠ざかっていった。
「――――はぁ」
思わずため息が出た。ネリーが無事か確かめたいが、この状態では文字通り手も足も出ない。なんとか手の縄をはずそうともぞもぞ動いていたら、背後から何かが動く気配がした。
「だいじょうぶ?」
女の子の声だ。聞いた雰囲気ではニノより年上だろうか。綺麗な声だが震えている。
「だれ? あいつの仲間?」
「違うわ、私もここに連れてこられたの。今外してあげるね」
そういって冷たい手がきつく結ばれた目隠しを何とか外してくれた。目隠しのせいで暗闇に慣れていた瞳に、綺麗な金髪が映る。金髪が縁取るのはまるで人形のような整った顔立ちの美少女だ。
「怪我はない? 私はサリエ。今、手の方も外してあげる」
「――――ありがとう。俺、ニノ」
サリエが必死に縄を解こうとするが、大人の男が縛り上げた結び目がなかなかほどけない。部屋の中は壁際に小さなランプがつけてあるだけで薄暗く、よく見えないのも一因だろう。
「サリエ、代わるよ」
また他の子供の声がした。今度は男の子だ。
「ありがとうデリック」
サリエより少し年下だろうデリックという男の子がやっと縄をほどいてくれた。
「ありがとう。ねえ、二人とも攫われてきたの?」
少し縄の痕が残ってしまった手首をさすりながら振り返る。デリックは暗い髪色の、12〜3歳くらいの男の子で、見た感じは二の鳥居同じように宿無し子に見えた。
「うん。俺は攫われてきた。でもサリエは違うらしいぜ」
そうなの? と振り向くとサリエが悲しそうに眉を下げた。
「私は教会の孤児院に住んでたの。もう15歳になるから独り立ちすることになって、教会の神父様が紹介してくれた働き口に行くはずだったのよ。神父様が用意してくれた馬車に乗せられたのに、連れてこられたのはここで」
暗い顔でそうサリエが話しているのを遮ってデリックが声を荒げた。
「だから、サリエは神父に騙されたんだよ! あいつ、サリエを売り飛ばしたんだ!」
「そんなふうに言わないで! 神父様はそんな人じゃない。優しい人なの!」
わあっ、とサリエが泣き出した。デリックも慌てて「悪かった」と慰めているが涙が止まらないらしい。
「ねえ、静かにしてよ! ネリーちゃんが起きちゃう」
もう一人の女の子が声を潜めながら言葉をはさんできた。ここに来てニノは部屋にまだ子供がいることに気づいた。サリエとデリックの他に女の子が二人、うち一人の膝にもう一人の子が膝枕で寝ている状態だ。寝ている子は暗い髪の色で、まだ小さくて。そして今聞いた名前は――――
「ネリー!」
ニノは勢いよく立ち上がった。そこにいたのはネリー、ニノが見間違えるわけがない。ずっと二人で肩を寄せ合って暮らしてきた、大事な妹だ。駆け寄って触ろうとしてぴたりと手を止める。よく寝ているので、起こしたらかわいそうだと一瞬躊躇したのだ。
「え、君その子を知ってるの?」
「妹だ、いなくなって探してたんだ、俺」
「妹……じゃあ、ネリーちゃんがずっと呼んでたお兄ちゃんって、ニノ君なんだね」
ネリーから目を離さずに大きく頷いた。
「ネリー」
起こさないようにそっと手で髪を撫でてやる。けれどピクリと瞼が動いて、すうっと大きな瞳が開いた。
「ネリー?」
「おにい、ちゃん?」
「うん、俺だよ。ニノだよ」
ぼんやりしていた目に光が灯る。ぱっと飛び起きてそのままニノにしがみついてきた。
「お、お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
そのまま大きな声で泣き出したネリーをぎゅうっと抱きしめているうちに、ニノの目からも大粒の涙がこぼれてくるのだった。
それからどのくらいの時間が経っただろう。
ニノはふと誰かに呼ばれた気がして顔を上げた。扉の方を見たが、誰もいない。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
ネリーの声にはっとして「なんでもないよ」と首を振った。けれどやっぱり扉の外が気になる。
「ちょっとまってて」
ぎゅっと抱きしめていたネリーを離して扉の所まで歩いた。扉に耳をつけて外の音を伺う。やっぱり何の音もしない――――
いや、違う。確かに自分を呼んでいる気がする。
「――――リアンナ?」
何となく、直感的にそう思った。リアンナがこの場所を見つけられるわけもなく、万が一見つけられたとしてもこんなに早くはないだろう。そう考えているのになぜかそう思ってしまったのは、胸に下げた水色のビーズがほのかに熱を帯びているように感じたからかもしれない。
そしてそれが決して気のせいなんかじゃないとわかるのは、その直後だった。
<ニノ! そこにいるのか>
扉を隔てた向こうからくぐもった声が聞こえたのだ。
「リアンナ!」
ダンダン、と扉を叩く。
<ニノ! 扉から離れて。壊す>
確かにリアンナの声だ。ニノは言われたとおりすぐに扉から離れた。
「ニノ君?」
「みんな扉に近づかないで。助けが来たんだ」
「助け?」
「うん」
大きく頷いた。と、同時に。
ガガガン!!!
扉が激しく音を立てて揺れた。反射的にニノ達はビクッと一歩引く。それと同時に扉が切り裂かれたように分裂し崩れ落ちた。
いや、切り裂かれたように、ではない。切り裂かれたのだ。崩れ落ちた扉のあとはぽっかりと四角い穴が空き、 剣を構えた人物が浮かび上がっている。
「リアンナ!」
ニノが明るい声で呼びかけた。その声を認めリアンナがにっこり笑う。その姿はランプでぼんやりと照らし出された室内と違い、ひときわ明るい。それはリアンナの手にしている剣ーーーークレイモアと呼ぶには少し短めの剣が淡く光っているからだということにニノは気がついた。光っていると言ってもギラギラした眩しさはなく、真珠のような柔らかな輝きだ。
ニノはそれをとても綺麗だと思った。
★☆★☆★
「ニノ! 無事?」
「うん! ダイジョブだよ。でもどうしてここがわかったの?」
「まあ、その話は後で、な」
愛用の剣を腰に取り付けた鞘に手早くおさめ、切り崩した扉の残骸を踏み越える。見ると薄暗い室内には年齢も様々な子供が五人、固まっている。
「こんなに……」
一番年上そうな女の子でも15歳といったところか。そういえば見たことのある顔だ。すぐに教会で水をくれた女の子だとリアンナは気がついた。
「みんな攫われてきたのか。私はリアンナ、ニノの友人だ。助けに来た」
わあっ、と子供達の間に希望の光が広がる。ただ、年嵩の男の子デリックだけは懐疑的だ。
「助けに来てくれたのは嬉しいけど、奴ら五人以上はいるんだ。あんた一人じゃあ」
そう思うのも無理はない。何しろ今ここにいるのは華奢な女性が一人。確かに剣は持っているし扉を切り倒すなんて非常識な力も見せてもらったが、それでも多勢に無勢というものだ。
けれどそんなデリックの不安を、リアンナは唇の端をきゅっと持上げた笑顔で釣り上げてしまった。
「安心しろ。私は、負けない」
リアンナの言葉が終わらないうちに、こちらに向かって人が集まってくる声が聞こえてきた。
「来たなーーーー皆、あっちにまとまって隠れていてくれ」
リアンナはそう言って部屋の奥を指差してから腰の剣を抜いた。剣にさっきのような輝きは今はない。
そこへ男が二人現れた。扉がなくなっているのを見て驚きの声を上げ、女が一人剣を手に佇んでいるのを見てまた声を上げた。
「だっ、誰だてめえは!」
薄暗がりの中不敵に笑った彼女は、はっきりと名乗りを上げた。
「私はジグハルド王国白狼騎士団第三部隊隊長、リアンナ=オリエ=エリダール! 命が惜しければ道をあけろ。そっ首惜しくなければかかってこい!」