エトランジュ、探し当てる
馬車の音をたどり大通りまで来たが、やはり馬車の速度にはかなわない。あっという間に行方がわからなくなってしまった。
そもそも馬車にニノが乗せられている確証があるわけではないから、深追いするべきかしないべきか、そこも悩みどころだ。
「畜生、もしニノも奴らに連れ去られたなら時間がないかもしれない」
ジュードが忌々しげに吐き捨てる。
「どういうことだ、ジュード」
「いいか、サイモン神父は子供を売りつけるやり手の奴隷商だと思っていいだろう。やつの孤児院から巣立ったはずの子供たちの行方がしれないということはおそらくその子達も売られている。
孤児院の子どもたちを見ただろう? 小奇麗で礼儀正しい。サイモンに従順。おそらく奴は子どもたちの商品価値を上げるためにあの子達をそう教育してるんだ」
「なんだと?」
「なのに教育の行き届いていない街の宿無し子を連れて行く。単純労働用の奴隷に需要があったか、あるいは納期までに数が合わなかったか――――言い方が悪いけどな」
「つまり、納期が近い……買い手に引き渡す日がすぐ、ということか」
どうやら猶予はほとんどなさそうだ。できるだけ早くニノとネリーを見つけなければならない。リアンナは決心してジュードを見た。
「ジュード。ニノや他の捕まっている子を見つけ、かつサイモン神父やその協力者を一網打尽にする必要がある。神父の悪事を暴くのに、捕まえるだけの材料は揃っているか?」
つまり、確固たる証拠があるか、ということだ。ジュードは即座に頷いた。
「神父の状況証拠は固めている。あとは共犯の騎士団員には目星をつけているんだが、決定打が必要だ」
「わかった。そうしたらニノは私が見つけるから、事後処理を頼むな」
「見つけるって、そんな簡単に」
「勘でたまたまその場所に行き当たったとでも言ってくれ。あながち間違いじゃないから」
そう言うとリアンナは目を閉じた。心を集中し、自分の中の魔力を練り上げる。リアンナの足元が光りだし複雑な模様を円形に描きあげたと思ったら足元からふわりとその円が浮かび上がった。光はリアンナを取り囲むように回っていたが、やがて彼女に吸い込まれるように消えていった。
光が消えると同時に目を開いたリアンナは一方向をじっと凝視した。
「な、何だ今のは」
「こっちだ、ジュード」
迷うことなく走り出したリアンナを慌ててジュードも追いかける。
「おい説明してくれ。何がどうしたんだ」
「魔術だ。ニノには昼間私の魔力を込めたお守りを渡してある。私はそんなに魔力が高くないので魔術はあまり使えないのだが、自分の魔力の気配を探すことくらいは出来るんだ。それでニノのお守りを探した。こっちだ」
「はあ?」
「まあ、信じるかどうかはジュードしだいだよ」
正直なところ信じがたい話というかおとぎ話の類だと思うのが普通だろう。だがジュードには他のあてなどあるはずもないのだからリアンナについて行くしかない。
半信半疑のジュードと夜の街を走り抜け、街の東側へ出た。
「このあたりは貴族が好んで別荘を建てる別荘地だ。今の季節は人気もないから隠れるにはもってこいだ」
「なるほどな」
それに別荘なら普段人がいないところに複数の人がいてもおかしくない。おまけに貴族の別荘というだけあってそれぞれ敷地が広い。イコール人目につきにくい。そういうことか、とリアンナも納得した。
その中でも木々が鬱蒼と茂った中に建物が見えるあたりで彼女は止まった。見たところ2階建ての、そんなに大きくない建物だが、ところどころに置かれた彫像や建物に彫り込まれた細工はどう考えても金回りのいい貴族の屋敷だ。物陰から伺うと金属製の背の高い門に大きく紋章のレリーフが施されているのが見えた。
「あそこは?」
「あの紋章、確かピアス子爵……」
苦々しくつぶやくジュードは、横にリアンナがいなければ舌打ちしていたのではないかと思うほど不機嫌な空気を纏っている。
「ピアス子爵自身は可もなく不可もない人物だ。だが甥っ子のディンゴ・フェイノルンは曲者だ。何というか……ずる賢い」
「詳しいな。知り合い?」
「同僚だ」
「ああ……」
反りが合わないんだろうな、となんとなく想像がついた。
「で、ここにニノがいるってのは確かなのか」
「だな。おそらく地下だ」
ニノの首飾りは少なくともそこにある。そこからリアンナ自身の魔力を感じるので間違いない。
「で、だ。乗り込んでいってニノを助け出すことは簡単だけど、その騎士団の誰かは教会や奴隷商とのつながりがあるのだろう? そこも何か証拠になるものがないかどうか確かめたいところだろう」
「ああ」
「乗り込んでいって私が派手に騒ぎを起こす。ニノを助け出してくるから、ジュードはそのすきに中を探ってみるというのは」
「いや待て、それ逆だろう。ニノを助けることを第一に考えるなら、俺が騒ぎを起こして引きつけるってのが道理じゃないか」
「でもそれだとジュードは証拠を探せないじゃないか。何とかするよ」
「――――大丈夫か?」
「任せろ」
話はまとまった。
「でもいいか、リアンナ。無茶はするな。何度も言うが目的の一番はニノを助け出すことだ。ニノを確保したら逃げることだけ考えろ」
「はは、ありがとう。久しぶりだな、そんな風に心配されたのは」
「あんたが強いのはさっきの手合わせでよくわかったよ。だがな、人一人守りながらってのは勝手が違うだろう。優先すべきはニノとあんたの安全、いいな?」
「わかった」
二人は気配を殺して別荘の門に近づいた。こっそり伺うと、門には門番らしき男が一人いる。
「リアンナ、ここは俺が奴の気をそらす。あんたはその間にあの男を落としてくれ。できるか」
「了解」
夜陰に乗じてリアンナの姿どころか気配も消える。こりゃあ確認するまでもなかったか。ジュードはクスリと笑った。
男は貴族の持ち物だという別荘で門の番をしていた。しかしここは別荘地の上にその外れに位置していて人っ子一人通らない。時折遠くで獣の鳴き声がしたりするくらいで、拍子抜けするほど退屈だった。
ただ今夜は来客があると言われているのでまだマシだ。
(とはいえ早く来ねえかなあ)
来客が帰ればいつも通り安い酒をチビチビ飲めるのに。それだけが不満だ。
がさり。
葉ずれの音が聞こえて男はハッと振り向いた。いつの間にか男が一人立っている。
「誰だ?」
門番は誰何の声をかける。現れた男はニコニコしながら近づいてくる。
「あれ、今日来客があるって聞いてないか?」
「来客……ああ、あんたがケアリー商会の人か」
門番は少し警戒を解いた。が、すぐに思い直した。
なぜこんな暗い森の中を一人で歩いてきたのか。来客なら馬車なり馬なりで来るのではないか。
「何者――――」
そう問いかけようとした瞬間、背後に現れた新手に当て身を食らわされ門番は意識を失った。
「ケアリー商会、って言ってたな」
門番の男を草むらに縛って隠し、ジュードが考え込んだ。
「ケアリー商会といえばこのあたりで幅をきかせている大店だ。あまりいい噂は聞かないが、奴隷商いもしてやがるのか」
「それより今の話だとこれからそのケアリー商会がここに来るんじゃないか?」
二人で顔を見合わせる。
「――――ひょっとして、今日が子供達を引き渡す予定の日だったのか」
「だとしたら……なあ、リアンナ」
ジュードが申し訳なさそうに言葉を続ける。
「ニノを助けるのを、ほんの少しだけ待ってもらえないか」
「そのケアリー商会も一緒に摘発しようっていうんだな」
「俺の命に替えてもあんた達は守る。だから、そのケアリー商会が出てくるまで――――」
「いや、ニノには悪いけどそれがいいだろう」
意外にもリアンナはすんなり同意する。
「もしここでニノを助け出せたとしても、おそらく捕まえられるのは三下だけだ。黒幕までは行き着けないだろう。それでは宿無し子であるニノはこれからも狙われる可能性があるということだ。――――私はいつまでもカリンガルにいることは出来ない。だから、ニノが安心して暮らせるように出来ることはやってから旅立ちたいんだ」
「リアンナ……」
「ジュード、頼む。私がいなくなった後もニノたち兄妹を目にかけてやってくれないか」
「旅立つって、どこにいくんだ」
「わからない。私は世界から世界を渡り歩いているんだ。その行き先は自分では決められない。この世界を旅立ったら次にどこに行くかは魔術次第なんだ。――――詳しいことはまたこれが片付いたら話すよ」
ちらりとかすめ見た胸元にかかるペンダントの色はうっすらと淡い青。世界を渡る力はもう溜まり始めている。今までの中で最速かもしれない。
いや、今はニノを助けることと悪事の証拠を掴むこと。この二つが優先だ。リアンナは切り替えてこれから忍び込もうとしている屋敷を見上げた。
夜の闇にそびえ建つ蔦の絡まる石造りの屋敷は、ちょっとしたホラーのようだ。ニノはここで心細い思いで閉じ込められているのだろうか。そう思うと気が逸る。
「行こう、ジュード」
ふたりは夜の闇に音もなく消えていった。