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漂泊のエトランジュ  作者: ひろたひかる
カリンガル編
6/16

エトランジュ、話し合う

説明回です・・・すみません。

 

「つまり、行方不明のニノの妹を探すために教会に来た、と」


 リアンナとニノが頷き、ジュードが難しい顔になった。三人は先ほどの場所で向かい合って座っている。教会への道かは林を深く分け入っており、あたりに人気はないので内緒話には好都合だ。


「教会にはネリーはいたのか?」

「いや、見当たらなかった。ただ――――」

「ただ?」

「私はネリーを探していることと、教会にネリーがいるかどうかは訊かなかった」

「なんで!」


 ニノが信じられないという顔でリアンナを見た。ジュードがそれに気づいてニノの肩を叩く。


「まあ待て、ニノ。リアンナ、理由は?」

「うん、説明する。なあニノ、ネリーがサイモン神父を怖がっていたと言ったよな」

「言ったよ。だから孤児院には行かなかったんだ」


 それがどうしたの? とニノが首をひねっている。


「実は私も教会に行って、なんとなく胡散臭いと感じたんだ」

「――――具体的に話してくれるか」

「ああ、だがその前にジュード、貴方のことをまだ聞いていない。私たちは話したのに、不公平だと思わないか?」


 リアンナとニノ、二人の視線がジュードに集まる。ジュードは緑色の瞳を見張り、それから肩をすくめて見せた。彼自身は優男風ではないのに、なぜだかその仕草がひどく嵌まって見えた。


「そうだな、すまない。俺がリアンナを最初に問い詰めた理由はそこなんだ――――俺は、あの教会を調べている。あそこの教会で不審な点がみつかってな」

「不審な点?」

「ああ、だがこれ以上はお互いの情報を交換といこう。うまくいけばネリーを探す手伝いも出来る」


 まっすぐに二人をみる緑色に曇りはない。

 リアンナはこれまで騎士団の第三隊長としてたくさんの人々の謀略や嘘にかかわってきた。人を見る目は結構自信がある。だから、自分の勘にかけてみることにした。


「――――私が胡散臭いと感じたのは、あそこにいた子供達を見たからだ」

「子供達?」

「うん。何というか……ちぐはぐだったんだ。教会は取り立てて豪華でも大きくもなくごく普通。外では自給自足のための野菜を作っていると神父は話していた。なのに、子供達はみんな綺麗な手をしていて、服装も比較的新しくてぱりっとしていた」

「いいことじゃないか。どこに問題が?」

「少なくとも畑仕事を日常的にしているなら手は荒れるだろうし日にも焼ける。服だってまめに洗濯しなきゃだめだから、もっと使い古し感が出てくるだろう? なのにそれがない。ということは、手荒れをするほど農作業をすることがないとか、普段から手を保護するためのクリームを使えたり、服もそこまで傷む前に新しいものを手に入れられるっていうことだ。

 ジュードさん、ここの孤児院は預かっている子供全員にそれくらいまかなえる程度に資金が潤沢なのかな? そう思ったら、サイモン神父の笑顔がひどくいびつに見えてきた」

「……」

「ひょっとしたら子供達のために他を節約して身ぎれいにさせているのかもしれない。そうなら私がサイモン神父を不審に思うのはお門違いだ。だが、何かが違うんだ――――ただの勘なんだけれど。だからネリーのことを聞けなかった。もしサイモン神父が私の考えているような後ろ暗い人物なら、私がネリーを探していると知ったらネリーを隠してしまうんじゃないかと」


 本心ではもっと最悪な状況も考えていたのだがニノの手前そこまでは口に出せない。

 ジュードがしきりにあごをいじっている。難しい顔でリアンナの考えについて思案しているらしい。


「なあ、リアンナさん。あんた、サイモン神父は何を隠してると考えている?」

「まだ推理の域だからむやみには……」


 ふむ、とまたジュードがあごを撫でた。それからおもむろに口を開いた。


「二人とも、ネリーのことは俺に任せてくれないか。二人はこれ以上あの教会に近づいちゃだめだ」

「なんでだよ! 俺の妹だぞ!」


 ジュードの言葉にいきりたったニノが大きな声を上げる。ニノとしてはいてもたってもいられないだろう。ましてやこんな小さな子だ、理屈を理解できても我慢できるかどうかは別問題だ。


「いいか、ニノ。リアンナさんの考えはそう間違っちゃいないと俺は思ってる。あの神父はどこか怪しいんだ。へたにつっつくとネリーが危なくなる可能性だってあるんだ」

「わからないよ! ただ怪しいっていうだけで、どうそれがネリーとつながってくるんだよ! 第一、ジュードさんだって充分怪しいじゃないか。何なんだよ」

「ニノ、ジュードさんはおそらくサイモン神父が悪人だと考えているんだよ」


 リアンナが口を挟んだ。ニノは「え?」とリアンナを振り返り、それからジュードをもう一度振り返った。リアンナは続ける。


「ここには騎士団があると言ってただろう? おそらくは騎士団、あるいはもっと上の部署から派遣された調査員というところか」


 ちらりとジュードを振り返るとジュードはがっくりと肩を落としてため息をついた。


「そうたやすく看破してくれるなよ……ああ、そうだ。俺はこのカリンガルの騎士団員だ」


 やっぱりな、とリアンナは肩をすくめて見せた。あの動き、物腰、場慣れしている態度。この世界の騎士団を知っているわけではないが、どこに行ってもまともな騎士という奴は共通した雰囲気を持っているのだ。特にジュードはわかりやすい。


「で? サイモン神父を調べていたんでしょう」

「そうだ。ただし、根はもっと深い。神父は氷山の一角みたいなもんだ」

「黒幕は別にいる、と?」

「そうだ。だから二人はこれ以上首を突っ込むべきじゃないんだ」


 厳しい目でこちらを睨むジュード。ニノはびくりと背を震わせていたがもちろんリアンナはどこ吹く風だ。


「それで納得できると思う? 私だってニノを危険な目に遭わせるのは心外だ。でも、いくら騎士団の人間だからといってそれで初対面の人間にはいそうですかとお任せできると思う?」

「う、だが、本当に危険なんだ」

「――――首を突っ込む突っ込まないはともかくとして、こちらは手の内を明かしたんだ。不公平じゃないか?」

「う」


 ジュードはさらに肩を落とした。


「――――いいか、本当に首を突っ込むな。そして今から話すことは絶対人に話さないでくれ」

「わかった。ニノもいいな?」

「うん、約束する」

「約束だぞ。――――このカリンガルは栄えている街でな、領主様が良い統治をしていると王家からも覚えがめでたい場所だ。だが、光があれば必ず影が出来る。特にこういう栄えている場所には仕事を求めて人が集まってくる。それは大人だけじゃない。ニノのような親を亡くした子供も、だ。これは王国の他の大きな街でも同じ現象が起きている」

「うん」

「そのはずなんだが、ここカリンガルでは極端にそういった宿無し子が少ないんだ」

「――――どういうこと?」

「いるはずのものがいない。それは誰かが宿無し子を引き取って世話をしているか、宿無し子がこのカリンガルからいなくなったということだ。だがカリンガルは王国でも有数の大きな街、宿無し子達が自分からこの街を去る理由がないんだ。念のために調べたが、近くの街で急に宿無し子が増えたという記録もない。彼らがどこにいったのか、全くわからないんだ」

「孤児院には?」

「孤児院の記録も当たったが、ごく平均的な人数や経理状況の書類があるだけで、とてもたくさんの宿無し子をひきとっているとは思えないんだ」

「で、ジュードはそれを調べていくうちにサイモン神父が怪しいというところに突き当たったんだな」

「ああ」


 教会の経理を密かに調べたところでは、孤児院の経営はかつかつのはずだった。なのにリアンナが気がついたように子供のみなりはよく、教会自体もこざっぱりとして壊れているところもない。要は「羽振りが良すぎる」のだ。


「そしてもう一つ。あの教会の孤児院から巣立っていった子供が何人もいるのだが、皆行方がわからないんだ」

「わからない?」

「あそこからは15歳になると独り立ちしなきゃいけない決まりになっているんだが、どこそこの街に働きに行くと話していた子供がその街に行った形跡がない、そんな案件がいくつもあって」

「待って待って、それはものすごく怪しいじゃない」

「怪しいな――――で、すべてを考え合わせるとサイモン神父は密かに集めた街の宿無し子や孤児院の子供達を売り飛ばしているんじゃないかという結論に達したんだ。それで領主様から直々に命を受けて俺が来た」

「直々に? 騎士団としての仕事じゃないって事?」

「――――騎士団の中に、サイモン神父の協力者がいる」





 テーブルの上には巨大な皿。その上にはうずたかく積まれた料理。パスタに焼いた肉、ゆでた野菜や芋などが皿がみえないほどに盛りつけられている。

 それがニノの目の前にでんっ、と効果音つきでその存在感を主張しているのだ。ニノはどこか恐れおののいているように見える。


「ほら、食べろ」

「食べろって言われても……」


 街へ戻ってきた三人はとりあえず腹ごしらえしようと食堂へ入った。もちろんニノの働いていた食堂ではない。「青い牡鹿亭」という、騎士団の建物に一番近い食堂だ。


「味はともかく量は多いぞ、騎士団御用達だからな」

「いいんですかい旦那、そんなこと言って。旦那の分にタバスコたっぷりかけますよ」


 店のおかみさんが笑顔で――――ただし目は笑っていない――――ジュードの前に料理を置いた。


「なんだ、ジュードは辛いものが苦手なのか」

「タバスコの辛さはだめなんだ! マスタードならいける」


 雑談をしながら食事を開始。直後に山盛りのジュードの皿がみるみるうちに空になっていく。


「さすがは肉体労働」

「その言い方やめろよ(ムグムグ)」

「ジュードのおじさん、ちゃんと口からっぽにしてからしゃべれって俺母ちゃんによく叱られてた」

「む」


 そのまま三人で黙々と皿の中身を減らし続けた。「うめえ!」と夢中で食べていたニノはさすがに三分の一も食べられなかったが、幸せそうな顔でぱんぱんにふくれたおなかを撫でている。


「さて、これからなんだが。俺は一旦報告のために騎士団へ戻らなきゃいけない。二人はどうする?」

「一回家に戻ってネリーが帰ってないかどうか確かめたい」


 それがいいだろうな、とジュードも頷いた。


「いいか、しつこいようだが首を突っ込むな。ニノの住処で待っていてくれ、また状況を報告しに行くから」


 くれぐれもと念を押され、またニノの家の場所を聞かれて店の前でジュードと別れた。


 そこからまだ賑やかな市場を横目で眺めつつリアンナとニノは川をめざす。さすがに朝ほどの活気はないし生鮮食品を扱っていたテントは店じまいをしている。が、雑貨屋なんかはまだまだ営業中だ。


「――――あ」


 リアンナはふと足を止めた。そこにはきらきら光るアクセサリーを扱うテントがあり、年配の男性がぷかりとパイプをふかしながら店番をしていた。

 アクセサリーといっても宝石を扱うような高級なものではない。色の綺麗な石をはめ込んだ金属製のレリーフが主で、どちらかというとカジュアルな品揃えだ。そして店先にはアクセサリーにはめ込まれているような色石がかごに入って売られている。


「これは……」


 リアンナは思わずかごを覗き込んだ。石はどうやらビーズに加工されているようで、いろいろな色がごちゃまぜになって入っている。


「ご主人、このビーズはいくら?」

「それかい? どれでもひとつ50ギルだよ」


 50ギル、朝のラップサンドがひとつ100ギルだったので大体推して知るべきの価格だ。リアンナはそのビーズをざらざらとかき回し二つ取り出した。一つは水色、一つはピンクのビーズだ。


「じゃ、これを」

「100ギルだよ」


 店主に金を支払いビーズを購入した。どちらも宝石のように透き通った石ではないが、色は綺麗だ。

 店を後にしてニノと二人でまた歩き出した。


(魔術のないこの世界にこんなものがあるとはなあ)


 リアンナは今買ったビーズを歩きながらちらりと見た。手の中の二粒のビーズは、大きさはどちらも小豆粒ほど。まるでリアンナの手のひらのぬくもりで眠っているようだ。だがこれは「魔石」だ。リアンナのジグムンド王国にもあった、魔力を込められる石。様々な魔術を込め、戦いの折の武器として、あるいは防衛のため、はては小さな粒ならお守りとして魔術を練り込んで持ち歩くことが出来るので、ジグムンド王国ではごく普通に流通していた。それと同じ性質をもつ石が魔術のないこの国にあるのだから不思議なものだ。

 リアンナは歩きながら再びビーズをにぎりしめてビーズに魔力を送る。するとビーズは今目覚めたというようにふんわり暖かくなった。

 リアンナの世界ではだれでも多少の魔力は持っているので、ご多分に漏れずリアンナも魔力を持っている。ただ、魔術師になれるほどの魔力量はないので、せいぜい使う魔術は生活魔術と、戦いの最中に剣に魔力をまとわせる程度の魔術だ。

 だから気休めに過ぎないかもしれないけれど。

 そう思いながらも2粒のビーズにへたくそながらも守護の魔術を練り込み、ポーチから革紐を一本取り出し適当な長さに切ってビーズに通した。


「やっぱり帰ってないか……」


 いつの間にか川までたどりついていて、先に走って家をのぞき込みに行っていたニノは肩を落として家から出てきた。その頭をぽんぽんと撫でてリアンナはニノの前にしゃがんだ。


「ニノ、これ」


 あげるよ、といいつつ水色のビーズを革紐に通しただけのペンダントをニノの首にかけた。


「え、これ」

「これはね、お守りだよ。もらってくれる?」

「――――でも、俺、リアンナとジュードにごはん食べさしてもらったりしてるし」

「ああ、別に恩を売るわけじゃないよ。私の自己満足。この首飾りにはね、私が魔術をかけたんだ。ニノを守ってくれるようにね」

「けど」

「ごめんね、腹立たしいかな? じゃあこうしよう。この首飾りをもらうかわりに、ニノはがんばって幸せになる約束を私とする。どう?」

「幸せに……」


 ニノはあぜんとしていたが、やがてふと目を落とした。


「幸せに……どうやったらなれるんだろう」


 ぽつりとつぶやき、受け取った首飾りのビーズを撫でる。


「ねえ、リアンナ。リアンナの幸せって、なに?」

「私? そうだなあ」


 リアンナは空を見上げた。曇っていた空は雲が切れはじめ、ところどころきれいな青空が覗いている。その青はリアンナの祖国で見た空の色と違い、少し緑がかった青だ。ここが祖国でないことを思い知らされるようで少しだけ胸が詰まる。

 隣にいてほしい人がいないことを思い知らされるようで。


「――――大切に思う人のそばでお互いに笑顔でずっといられること、かな」

「それって、誰?」


 ふふ、と笑ってニノの頭を撫でた。


「ねえリアンナ、その人に会いに行かないの?」


 そういったニノの目に映るリアンナはどこか寂しそうな笑顔を浮かべている。


「私はね、ニノ、その人に会いに行く途中なんだ」


 いつになったら会えるのかわからないけど、と小さくつぶやいた言葉はニノの耳には届かず空へ消えていった。

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