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漂泊のエトランジュ  作者: ひろたひかる
カリンガル編
4/16

夜の街のエトランジュ

カリンガル編のはじまりです

 


 ふわり。


 青い光が繭のように膨れあがり、ぱん、とはじけ飛ぶ。

 後には夜の石畳の街と、リアンナが残された。そんな光などなかったかのようにただ静かで誰もいない、夜の街だ。

 転移はもう数回経験した。別れ際にレギオンが言っていたように、しばらくその世界で過ごしていると次第にペンダントの石が青く染まり、転移のためのエネルギーが蓄積されてきたことがわかる。それはほんの数日のこともあれば1ヶ月ほどを要したこともある。ペンダントが蓄積するエネルギーはその世界が世界を保とうとするエネルギーだと以前行った世界で出会った魔女が言っていた。現に、最初に転移した世界は1ヶ月以上の時間を要したのに、ほんのいままでいた世界は5日ほどでエネルギーが貯まってしまった。どういう理屈なのかはわからないが、そのあたりは自分の専門ではないのでリアンナは考えても無駄だとありのままに受け入れることにした。


 石畳をカツカツと音を立ててリアンナは歩き出した。

 街は道幅が広く、ぽつりぽつりと街灯が立っている。ぼうっと高い位置で光る照明は魔法ランプではなさそうだ。少なくとも街灯に魔力の気配はない。

 今まで見てきたどの世界でも、魔力の気配は同じ感覚だった。だがそれを感知できないということは燃料を物理的に燃やすかなにかして光を出しているのだろう。


「だとすると今回もハズレかぁ……また違う世界か」


 リアンナはため息をついた。彼女の世界にも街灯はあったが、全て魔法ランプだったからだ。リアンナが自分の世界を離れてから彼女の体感時間で半年程度。その期間でそんな大々的に街灯の入れ替えがなされるわけがない。

 今回の転移でも自分の世界に戻れなかったのは仕方がない。とりあえず休める場所でも探そうか。

 静かに眠る街を起こさないように、足音を控えながら歩いて行くと――――


 がらがらがらがらっ


 遠くから馬車らしき音が聞こえる。咄嗟にリアンナは建物の影に身を潜めた。やましいことは何もないのだが、できれば面倒ごとは避けて通りたい。


 がらがらという馬車の音が近づいてくる。どうやら自分のいた世界と馬車の音はそんなに変わらない気がする。そんなふうに細やかな情報を得て、短い期間だがお世話になる世界に目立たないように溶け込むのだ。


 ――――そう心がけているのだが、今までも何でかわからないけれど必ずと言っていいほどトラブルに巻き込まれている。


「今回はのんびりとエネルギーが貯まるのを待っていられるといいんだけど」


 思わず独り言が口をついて出た。

 その、瞬間。


 どしん!


 何かが通りからリアンナのいる建物の影に飛び込んできて、リアンナと派手に衝突した。


「うわっ!」


 叫んだのはリアンナではない、ぶつかってきた相手の方だ。軍属のリアンナはあの程度の衝撃で転ぶことはない。が、相手はころんと転がってしまった。

 相手は小さな子供だった。暗がりでよく見えないが、身長を見ると7,8歳くらいだろうか。


「すまない。怪我はない?」


 手を引いて子供を立たせ、服のほこりをぱたぱたと払ってやる。街頭にぼんやりと照らされた子供はお世辞にも身なりがいいとは言えず、着ている服はつぎあてだらけでサイズも合っていない。けれど大きな瞳の、顔立ちの整った男の子だ。


「ごめんなさい! 俺、じゃない、僕がよそ見しながら走ってたから!」


 男の子は泣きそうな声で必死に頭を下げた。どうやらリアンナ相手に萎縮しているらしい。


「いや、それなら私もよそ見していたから同罪だよ。君だけが悪いわけじゃない。お互い様、だよ」


 そう言ってポケットからハンカチを出し、男の子の顔をぬぐってやった。こぼれかけの涙がハンカチにしみこむ。


「――――怒らない、んですか」

「怒らないよ。言っただろう、お互い様だって」

「だって、お姉さんは領主様のところの騎士様でしょう?」

「え?」


 そういえば今は白狼騎士団の制服を着ている。前にいた世界で必要に迫られて礼装し、そのまま転移したからだ。男の子から見れば騎士団の制服はどれも同じように見えるのだろう。リアンナは生憎ここの領主の騎士団を知らないが、ひょっとしたら似たようなデザインなのかもしれない。


「私は確かに騎士だけど、この国の騎士じゃない。よその国から来たんだ。ここには今日ついたばかりだよ」


 男の子はぽかんと口をあけていたが、やがて「よかったぁ~」と吐き出すように言ってへなへなとまた座り込んでしまった。


「領主の騎士だと怖いの?」

「怖いよ。だって領主様自体が怖いもん」


 圧政を敷いている、ということだろうか。


「こーんなにおっきくて、いつも怖い顔してて、おまけにひげがピンと上向いててさ」


 ああ、子供だからな。見た目がいかつくて怖いんだろう。


「そっか、それじゃ私も目をつけられないようにしないとな」


 冗談めかしてウインクしてみせると、男の子はつられてぷっと噴き出した。


「それにしても、こんな暗い時間に君みたいな子供がどうしたんだ? 走り回っているなんて」

「――――そうだ! 俺、ネリーを探してたんだ!」


 さっと男の子の顔色が変わる。慌てた顔でまた走り去ろうとするので思わず肩を掴んで引き留める。このまま走り出したら角から飛び出した途端に今度こそ馬車かなにかに轢かれそうだ。


「急に走り出すな、危ないだろ。ネリー? その人を探しているのかい?」

「俺の妹だよっ、暗くなっても帰ってこないから心配になって探してるんだ」

「妹? それは心配だな。親御さんは?」

「いないよ。俺、ネリーと二人で暮らしてるんだ」

「え? 二人だけで?」

「うん。二人っきりだよ。宿無し子だからな」



 宿無し子。つまり孤児ということか。この土地は、身寄りの無い子供達に冷たいのだろうか。

 むくむくとリアンナの中に住んでいる虫が活動を始める。「おせっかい」という名前の虫が。


(ああ、この世界に来た初っぱなにトラブルが来た)


 そう思いながらも放っておけない。自分からついトラブルの渦中に飛び込んでしまっている自覚はあるのだが、こればかりは小さい頃からの性分だ。


「それこそ騎士団とかに頼んで探してもらえないのか?」

「俺たちみたいな宿無し子なんて相手にしてもらえないよ」


 だめだ。こうなると首を突っ込んでしまうのは性分だ、そもそもこんな小さい子を放っておけるか。リアンナは男の子の頭をぽんぽん、と撫でた。


「よし、一緒に探してあげるよ」

「――――お姉ちゃんが?」

「うん。だって心配じゃないか、小さな女の子が行方不明だなんて。だから協力するよ」


 大きな瞳がますます大きく見開かれ、それからぱあっと笑顔が広がった。


「ありがとう! お姉ちゃん」

「私はリアンナ。君は?」

「俺、ニノ!」










「ネリーは留守番してたんだ。俺、仕事に行ってて」


 夜の街を二人で歩きながら話した。

 話の中でネリーの特徴も聞き出した。ネリーは6歳、紺の長い髪で身長はニノの胸くらい、ということはリアンナの腰くらいだろうか。左の手首にほくろが三つ三角形に並んでいるとニノが話した。今朝は灰色のワンピースを着ていたらしい。

 一方のニノは同じく紺の短髪、茶色のシャツとズボンを履いているが、少しサイズが小さくなっているようだ。大きな瞳がきらきらと輝いていて、きちんと整えてやればなかなかの美少年だろうと柄にもなくリアンナは考えた。


「ニノは働いてるのか」

「稼がないとごはん食べられないもんな。料理屋で水くみとか掃除とかさせてもらってるんだよ」

「そうか、がんばっているんだな」


 えへへ、とニノが照れ笑いする。


「で、いつもネリーはうちにいるか、近くの公園にいるんだ。なのに帰ってきたらいなくて」

「ニノが帰ってきてからどのくらい時間がたってる?」

「そうだなあ、3時間くらい?」


 ふとまたニノの表情が曇る。それは心配だろう。小さなニノよりもさらに小さな妹がいなくなってしまったのだ。


「ニノ、まずは一度住まいに戻ってみたら? ひょっとしたら戻ってきてるかもしれない」


 それにそんな小さな子の足だ。遠くまでは行けないだろう、という考えもある。


「ニノも仕事から帰ってきてすぐに探しに出たのなら疲れているだろう? だから一旦戻って、もしネリーがいなかったら一休みしてからまた捜しに行こう」

「――――わかった」

「いい子だ」


 ぽんぽんと軽く頭を撫でてやるとニノはちょっとびっくりした顔をしたが、すぐににこっとうれしそうに笑った。


「リアンナはいい人だ」

「そう?」

「こっちだよ、来て」


 手を引かれて案内されるままリアンナは夜の町を歩いて行った。







 大きな橋の下の、板や藁でまわりをかこんだだけの掘っ建て小屋がニノの家だった。ほんの小さなこのスペースだが、中はきちんと片付けてあってニノが一生懸命生きてきた様子が垣間見える。


 けれど、そこには誰もいない。


「帰って……ないね、ネリー」


 わかりやすくがっくりと肩を落としたニノの肩をぽん、と叩いてリアンナは「とりあえず一休みしよう」と座らせた。椅子などもちろんないが、かわりに小さな箱が並べられて寝台として使っているだろう場所にリアンナも並んで座った。


「ほら、おなかがすいてるんじゃないか」


 リアンナがポーチから携帯食料として持ち歩いているビスケットを取り出し、ニノに手渡した。


「いいの?」

「ああ、ちょっとで申し訳ないけどな」

「ありがとう!」


 ニノはうれしそうにビスケットを両手で持ち、まずパキンと二つに割った。それから片方を小さな布に包んだ。


「食べないのか?」

「ネリーにあげるんだ!」


 どうやら妹のために取っておくつもりらしい。リアンナはビスケットを包むニノの手に手をのせて「いいから、お食べ」と止めた。


「だって、ネリーの分」

「大丈夫、ちゃんとネリーの分もあるよ。ネリーが見つかったらあげようと思っていたんだ」

「本当?」

「ああ、嘘はつかないよ」


 やっと安心したようにビスケットにかぶりつくニノがなんだかほほえましくて、リアンナもまた笑顔になった。



 結局ビスケットを食べ終わってすぐにニノは動力が切れたように寝てしまった。働いて、そのあとずっと小さな妹を捜し回っていたのだ。疲れ切っていたのだろう。現にニノの家まで案内されている最中も何度も欠伸をしていた。

 こんな小さな子供が子供だけで暮らさなければならないとは、この国はどうなっているのだろう。身寄りの無い子供を保護する孤児院とかはないのだろうか。

 そう、領主がいると言っていた。領主は彼らに救いの手をさしのべていないのだろうか。


 そしてネリーはどこへ行ってしまったのだろう。


 疲れ切った顔でぐっすり眠っているニノの額にかかった髪をそっと避けてやりながらリアンナはこれからどうするべきか思案し始めた。

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