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漂泊のエトランジュ  作者: ひろたひかる
狭間の国編
13/16

エトランジュ、森で迷う

大変ご無沙汰いたしております。

新章「狭間の国編」です。短いですが全3話、連日投稿いたします。

「これは……綺麗だな」


 リアンナはあたりを見回して感嘆のため息を漏らした。


 カリンガルを後にしてたどり着いた世界はひどく幻想的な光景が広がっていた。

 空は水色や緑、ところによってはピンクのグラデーション、それが白い木々の林から覗いている。木々の葉は淡い藤色、緑じゃないのが不思議だ。

 ぐるりとあたりを見回した。こんな変わった植生は見たことがない。考えるまでもなくここはほぼ自分の世界ではないだろう。


「まだまだ先は長い、か」


 ため息混じりの言葉は風に消えた。どこか花の香りの混ざる風だ。

 ふと見ると足元には小さな花がたくさん咲いている。この香りだったかと納得し、改めて周囲を見回した。


 ここは林の真っ只中のようで、どこを見ても林が続いて見える。空を見上げても太陽らしきものは見えず、太陽の向きから方角も割り出せそうにない。もっとも、その常識がこの世界で通じるのかどうかも怪しいが。木に登ってみようかとも思ったが、どの木も背が高い割に細い枝振りで、大人が登ったら折れてしまうのではないかという雰囲気がビシビシする。


「これは……ううん」


 仕方がないのであてもなく歩き始めることにした。ぐるぐる回ってたらいやなので、手近の石を三つ並べて木の根元に置いておいた。


 さくさくと草を踏みわけ歩いて行く。けれどどこまで行っても林は続いていて、人どころか動物一匹見かけない。あまりに似たような光景が続くとなんだかおかしくなってしまいそうだ。

 とりあえず必要なことは水場の確保。そうは思うが川も池も見当たらない。正直なところ、こういう事態も想定してカリンガルで水と食料を数日分は確保してきたのだが、この世界で何日過ごさなければいけないかわからないので、手持ちが尽きる前に何とかしなければいけない。


「さて、どうしようか」


 首をひねったところで目の端に見覚えのある石が見えた。三つ並んでいる。


「ーーーーグルグル回っていたのか、私は」


 いわゆる迷いの森的な場所なのだろうか。

 ちょっとばかり途方に暮れてしまった。





 かといってただボーッとしている訳にはいかない。


「違う方向に歩いてみるか」


 さっきはまっすぐ行ったから今度は右に行ってみることにする。石の代わりに、もっと目立つ赤い髪紐を白い枝に結びつけてから歩き始めた。


 またどんどん歩いて行って、どのくらい経っただろうか。案の定しばらくいったあたりに赤い髪紐を結びつけた枝が見えてきた。


「こっちもだめか」


 さてどうしようかと考え込んでいた、そのときだ。


 キャン!


 どこからか声がした。動物の鳴き声だろうか。よくわからないけれど、悲鳴のように聞こえた。

 リアンナは声のした方へと足を向けた。



 声を頼りに歩いて行くと比較的すぐに他の木よりも大きな木が目についた。そこに大きな蜘蛛の巣が見える。透明な糸が繊細な幾何学模様に編まれていて、ところどころについた水滴がまるで宝石のようにきらきらと輝いて見える。

 そしてその罠にかかった獲物が一匹。その目の前には巨大な影が迫っている。

 大きな丸い胴体は黒に紫の筋が入っている。そこから伸びる8本の脚。

 そう、巨大な蜘蛛が今まさに食事にありつこうとしているのだ。

 一方のかわいそうな獲物は真っ白い毛玉だ。毛玉がキャンキャンと悲鳴を上げていた。


『――――けて! たすけて!』


 毛玉が一声鳴くたびにリアンナの脳裏にその意思が伝わってくる。

 よく見ると毛玉には顔がある。足もある。ぷわっぷわの毛並みの、子犬に見えた。


「待てっ!」


 思わず声をかけてしまった。すると蜘蛛がギロリとリアンナを振り向いた。

 馬鹿なことをした、言葉で通じるわけがないだろうと思ったが。


『む、なんだお前は』

「蜘蛛が喋った?!」


 大蜘蛛の返事にいささか戸惑ってしまう。会話ができるとは全然思っていなかった。


『話せるとわかって話しかけたのではないのか? そうでないなら何とも非合理的なことよの』


 もがく毛玉の前で大蜘蛛がカカカッとわらう。


『いずれにせよ、わしは朝餉の最中じゃ。邪魔するでない』

「失礼した。だが、その者に助けてと言われたのでな」

『よいか。生きとし生けるものは皆食わなければ生きては行けぬ。その者も、お主も、わしもまた然りじゃ。その者を逃がせばまた他の者を捕えて食す、そういうことになるな』


 つまりはここでリアンナの嘆願でこの毛だまを解放すれば他の誰かが犠牲になる、その誰かを犠牲にして毛玉を助けるのか……と蜘蛛は聞いているのだ。


「ああ、わかってはいる。だが、見捨てるわけにもいかない。蜘蛛殿、蜘蛛殿は血肉を食らうのか」


 大蜘蛛の口の形を見てリアンナが問う。どう見ても獲物の肉を食いちぎるには小さすぎるのだ。むしろ血を吸うと言われる方がしっくりくる。


『わしが食らうのは血肉ではないぞ。魔力じゃ、小さきものよ』

「ならば蜘蛛殿がこの子を見逃す代わりに、私の魔力を差し上げよう。

 私にもしなければならないことがあるから命を落とすまで吸い尽くされてはかなわないが、死なない程度であれば」

『ほう』


 大蜘蛛は頭をのけぞらせ体をゆすり始める。と同時に大きな音が振動になってあたりを揺らす。

 蜘蛛が大笑いしているのだ。

 ビリビリと木々が揺れ葉が何枚か落ちる。


『小さきものよ、なかなか面白いことを言う。まあいいだろう』

「では蜘蛛殿」

『交渉成立じゃあ』


 蜘蛛がそう告げた。次の瞬間。


 ドシュッ!


 刹那、肉迫してきた蜘蛛の口がリアンナの肩に刺さる。


「く……っ」


 肩には咬んだ時に肌を裂いた血が滲む。大蜘蛛は一番前の脚二本でリアンナを抱きかかえていて彼女は身動きがとれない。

 身体の奥底からどくんどくんと何かが吸い取られていく。自分の中を満たしていたものが、手の先から足の先から徐々に空っぽになっていく感覚は本能的に恐ろしかった。


 ふと足元で悲痛な鳴き声がしているのに気がついた。目の端に白い毛の塊が映る。さっきの毛玉がキャンキャンとけたたましく吠えながら必死にリアンナに噛みつく大蜘蛛の脚の一本を引きはがそうとしているのだ。


<小童、やかましいわ>


 その脚にぽんっと弾かれてころころころっと転がっていって、また立ち上がってはキャンキャンと吠えているのだ。


「だめだ……にげ」


 逃げて。そう紡がれるはずの言葉は途中で途切れ、リアンナは冷たい泥の底のような暗がりへと意識を沈めてしまった。








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