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漂泊のエトランジュ  作者: ひろたひかる
カリンガル編
12/16

カリンガル、その後

本日2話目の投稿になります。更新チェックからいらっしゃった方、もし未読のようでしたら前話からどうぞ。

 以前、このカリンガルの街を震撼させた事件があった。


 記録によると、複数の人物が身寄りのない子供を集め奴隷として売っていた、というショッキングな事件だった。事件の主役は二人。一人は当時孤児院を営んでいた教会の神父サイモンで、自分の育てた子どもたちを高級奴隷として売り払っていた。もう一人はサイモンが活動しやすいよう彼のやることを見逃し、また一方で奴隷の数合わせのために街の宿無し子を誘拐していた騎士ディンゴ・フェルノインだ。最初はサイモンから持ちかけた悪事だったが、フェルノインは貴族であり、その立場と奴隷商人との仲立ちをすることで次第に主導権を握るようになっていったようだ。


 これをすべて暴いたのが現在のカリンガル騎士団長であるジュード・ハイデクスだ。彼は単身フェルノインたちが隠れ場所兼取引場所として使っていたフェルノインの叔父の別荘へと乗り込み証拠の書類を押さえ、更に全員を捕縛した。

 そうしてこのカリンガルの街に起こっていた誘拐、人身売買の事件に関わった犯人は一網打尽にされた。


 その後、カリンガルの領主ジェイムス・マルク・カリンガルは自らの監督不行届を深く恥じ、様々な改革を行った。特に宿無し子対策には力を入れた。問題は現在も根強く残っているが、他の街よりは格段に減少しているのは確かだ。



 だが、そこにはジュード・ハイデクス現騎士団長の協力者がいたことは伝えられていない。



★☆★☆★


「行ってきます!」


 青年は着込んだ制服の襟元を鏡で整え、腰に剣をはいて奥にいる家族に声をかけた。すぐにバタバタと足音がして年配の女性が出てきた。


「あらぁ、もう行くの? 襟章はつけた? ハンカチは? お財布は?」

「母さん……俺もう18歳だから……」

「子供の心配するのは親の特権なんですー。息子はいつまでたっても息子なんですー」

「もう、勘弁してよ」

「ほらほら、髪もちゃんと整えて」


 女性が青年の紺色の髪をささっと整える。


「うん、かっこいい! 流石は私と父さんの息子!」

「……」


 青年は頬を赤くして目を逸した。


「あっ、兄さん! もう行くのね。今日から正式な騎士様かぁ、緊張してる?」

「そりゃあね」


 母親の後を追うように出てきた妹に苦笑を返しながら青年は頷いた。そう、今まで騎士団の訓練生として研鑽を積んできた彼も、ついに今日からは正式な騎士なのだ。パリッと糊のきいた新品の騎士服を着ると身の引き締まる思いがする。


「あっ兄さん、お守りは持った?」

「もちろんだよ、ちゃんと身につけてるよ」


 青年はそう言って首元から首飾りを引っ張り出した。革紐に水色のビーズが通してあるだけのシンプルなものだ。


「私もつけてるよ!」


 そういう妹の首にはピンクのビーズが通された首飾りがある。


「ニノにもネリーにも、大切な宝物だものね」


 母親がそう零すと兄妹の「うん」という声が重なる。


「さあニノ、初日から遅刻して父さんの顔に泥を塗らないようになさい!」

「うん、騎士団長の息子が遅刻じゃ示しがつかないよ。行ってきます!」


 青年ーーーーニノは笑顔で家を出た。



 あの事件の直後、ニノとネリーはジュード夫妻の養子になった。十年経った今では血の繋がった親子のように接している。ニノはジュードから剣の手ほどきを受け騎士を目指し、見習いを経て今日無事に騎士としての第一歩を踏み出すのだ。


「この姿、見てもらいたかったなあ」


 ふとニノが零す。脳裏に浮かぶのは首飾りをくれた人。一緒にいたのはほんの一週間ほどだったけれど、鮮烈な記憶を残していった、ニノとネリーの恩人だ。


 あの大捕り物の後、リアンナは数日ニノたちと一緒にいた。ニノ、ネリーと共にジュードの家で泊めてもらっていたのだが、ジュードの妻ソフィがニノたちをひどく気に入って二人を養子に迎えることが決まった。


「よかった。安心して次の世界に行けるよ」


 リアンナはそう言って、ネリーにもピンクのビーズがついた首飾りをくれた。その後、それとは別にジュードとソフィにも赤と青の石を一つずつくれた。やはり魔力が込めてあり、大したことはないけれど災難よけくらいにはなる、と笑っていた。


 それから、ニノ達を追い出した親戚はやはり捕まった。

 ニノ達が追い出されたあと、近隣の住人から「ニノ達がいなくなったこと」から怪しまれ、さらに「二人は住み込みの働き口が見つかって出ていった」と説明した内容が嘘だったこと偶然発覚したことなどから、村の中で糾弾されたそうだ。そこで揉め事になり、暴力沙汰を起こしてしまった。そこからの調査の過程でニノ達を追い出したことが発覚し、無事に土地はニノのものと正式に認められた。

 だがニノはその土地をジュードに手伝ってもらって手放した。両親の思い出は詰まっているが、自分達が前に進むために土地を売ったお金で二人で学校に行くことにしたのだ。





 リアンナのペンダントの石が鮮やかな青に染まった日、彼女は旅立っていった。青い魔法陣が現れ、光の繭の向こうで手を振って消えたリアンナ。ニノはそれを必死に笑顔で見送った。

 光が弾け、何もなかったかのように全てが消えてしまった跡を見て、ニノは初めて大泣きした。今思えばあれは淡い初恋のようなものだったのかもしれない。


(リアンナ、帰れたのかなあ。大事な人と会えたかなあ)


 空を見上げて思いを馳せる。

 確かめる術はない。だから彼女が帰れたことを祈り、信じるしかない。


 父のように、あの人のように強くなる。

 そう心に誓って、ニノは朝の街を一歩踏み出した。

カリンガル編はここで終了です。

少しお時間いただきまして、次章を投稿するつもりです。

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