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漂泊のエトランジュ  作者: ひろたひかる
カリンガル編
11/16

エトランジュ、戦う

「リアンナ!」

「ジュード。無事か?」

「ああ、まあな。そっちは」

「うん、問題ない」


 ジュードとはまるで緊迫感のない会話を交わしていたリアンナだが、すぐにその雰囲気をがらりと変えてジュードを取り囲む男たちを睨みつけた。男たちは思わず気圧されて後退ってしまう。が、すぐに気を取り直して睨み返してきた。


「女! おまえが地下にいたネズミか!」


 チェスが吼える。だがリアンナは意に介さずにやりと笑った。


「ネズミ? そうか、自分たちと種類は違うが同類と言いたいのか」

「なに?」

「なあ、ドブネズミ諸君――――いや、それとも袋のネズミか」


 チェスの顔が怒りで真っ赤に染まる。今にも飛び出していきそうなチェスをディンゴが止めた。


「まあ待てチェス。それより私はその女がさっき降りていった四人をどう躱してきたのかに興味があるな」


 にやにやと嗤いながらもその視線はリアンナをじろじろと検分していく。


「そうか? ただ全員のしてきただけだけどな」

「――――のした?」

「四人、いや最初の二人含めて六人。仲良く昼寝を楽しんでもらっている。なあ、ニノ?」

「うん! すごかったよリアンナ! 大っきい男の人、ババババっとやっつけちゃったんだ!」


 階段の入り口に立つリアンナの背後からニノが顔を出した。その後ろにはネリーや他の子供たちも続いている。誘拐されていたとは思えないほど元気そうな顔をしているが、ニノはディンゴの顔を見ると目を丸くした。


「あ、蛇の人だ」

「蛇?」

「うん、公園に毎日巡回に来ていた騎士の人。蛇に似てるって友達が言ってたから覚えてた」

「蛇」


 ジュードの肩が小さく震えている。笑いをこらえているのだろう。


「つまり、巡回と称して獲物を物色していたわけか」

「人聞きの悪い。よりよい商品を届けるためには努力を惜しまないだけだ」

「物色してるじゃないか」


 思わず呆れ声が出てしまう。リアンナは後ろを振り返った。


「ニノ、それからみんな。この階段から出るな。地下に転がしてきた男たちは縛り上げてきたから、ここにいれば安全だ」

「わかった!」


 ニノと、その後についてきた子どもたちが一斉に頷いた。それに頷きかえしてから改めて男たちを見やる。


「さあ、こいつらで全部か? ジュード」

「ああ」

「そうか――――それで結局、ジュードの推理は当たっていた訳か」

「そのようだ。サイモン神父は子供達を高級奴隷として売るために育てていると言っているし、この騎士達は自分たちの荒稼ぎを邪魔するなと仰せだ。そこの小男はケアリー商会、奴隷を買い取りに来たらしい。ニノを攫ったのは数あわせだと自分たちから話していた」

「つまりは全員真っ黒ということだな」


 淡々とジュードとリアンナの会話が続く。だがリアンナは相変わらず階段の入り口に立っていて、ジュードはディンゴ達に囲まれて玄関ホールの真ん中あたりで座ったままだ。離れているというのに危機感を見せない二人の会話に、さすがに男達も焦れてきたようだ。


「――――話は済んだか、ハイデクス。遺言くらいは聞いてやろうかと思っていたが、これだけしゃべれば充分だろう」


 ディンゴが改めて短剣をジュードに突きつけた。多少いらついてはいるもののディンゴは自分の優位を全く疑っていないのだろう、得意満面で言葉を続ける。


「おお、そうだ。自分が殺された後にあの女や子供たちがどうなるのか気になるだろう。私は優しいからな、後顧の憂いは取り払ってやるとしよう。子供たちは当然このままケアリー商会に売り渡すことになる。そしてハイデクス、貴様はあの女――――リアンナとか言ったか。あの女と道ならぬ恋の末に手に手を取って心中するのだ。どうだ、泣かせる脚本だろう」

「陳腐すぎるな」


 そもそも俺は新婚だ、とジュードがばっさりと切り捨て、リアンナもうんうんと頷いている。


「ディンゴといったか。文才がなさすぎる、脚本家になるのは諦めろ」

「――――そうか、そんなに先に逝きたいか」


 冷静そうでいて底に怒りを含んだ言葉と同時にディンゴの左手がシュッと動く。緩慢に見えるようで実は俊敏な動きで、ジュードが「何かを投げた」と気がついたときには、


 ――――キィン!!


 鋭い金属音が響き、リアンナの足元にダガーが転がる。

 リアンナは剣を胸の前に斜に構え涼しい顔をしているが、避けられるなどとはかんがえてもいなかったのだろう、一方のディンゴは何が起こったか一瞬理解できないようだった。が、すぐに自分の投げたダガーをリアンナが剣で弾いたのだと気がつき、その表情から余裕が消えていく。


「あの四人……いや六人を倒したと言っていたな。ならばこの場でそれを証明してもらおう。騎士たる我々を見事倒してみせるがいい」

「断る」

「なに?」


 リアンナがディンゴの言葉を一蹴する。断られ慣れていない貴族出身の男はそれだけで頭に血が上ってしまったようで、怒りに顔が赤くなっていく。


「まあ、百歩譲ってそこの騎士は私が倒してもいい。だがディンゴとやら、貴様はそこにいるジュードの獲物だ」


 私はただ手助けをするだけだ、とリアンナは不敵な笑みを浮かべた。


「そうか。ならば――――!」


 その瞬間、ジュードに剣を突きつけていたチェスが動いた。剣を構え、勢いをつけてリアンナに斬りかかる。


 ガキィッ!!


 剣と剣が一度ぶつかりあい、お互いにはじけて後退る。


「リアンナ!」

「ジュード、こいつは任された。ジュードは親玉を」


 言い終わる前にチェスが一旦剣を引き突きに転じる。切っ先をリアンナに向け、勢いをつけて突進してきた。


「うおおおっ!」


 チェスの雄叫びが天井の高いホールに反響する。ほの暗い中で剣がランプの光に反射しギラリと光り、空を切り裂いてリアンナに鋭く迫る。

 リアンナもそれを躱すが大きく体勢を崩された。


「女ぁっ、おまえの余裕もここまでだ!」


 チェスの大剣が振り下ろされる。切れ味はわからないが、少なくともまともに当たれば骨が砕けそうな大きさの剣だ。崩れた体勢からその剣を躱し、リアンナはすっとチェスの懐へ飛び込んだ。


「遅い」


 刀身が短い分小回りのきく剣で斬撃を繰り返す。スピードはあからさまにリアンナの方が上だ。チェスはどんどん防戦一方に追い詰められていく。

 すぐに大きな柱に背中がぶつかる。はっと追い詰められたことに気がついた瞬間、リアンナは剣をぐるりと反転し、踏みこんだ勢いも利用して剣の束でチェスの顎を思い切り突き上げた。その衝撃はチェスの脳を揺らす。チェスはずるずると柱に背中を預けたままずり落ち、動かなくなってしまった。


「い、一撃……!」


 その様子を見ていたケアリーが呆然とつぶやいているのが見える。その声にリアンナの視線がケアリーと護衛に向かい、二人は「ひっ」と息を呑んだ。


 その間にも剣を抜いたディンゴがジュードと対峙している。室内に響き渡るのは剣と剣が打ち合う金属音、そしてせわしなくステップを踏む足音。


「ハイデクス。貴様、部下の分際で上司にたてつくとどうなるかわかっているんだろうな」

「今更そんなことを言われるとは思ってもみなかった。あんたは確かに上司だったかもしれないが、今はただの犯罪者、俺が取り締まるべき対象だ」


 勢いよく剣をふりおろし、ディンゴが躱したところで切り返して袈裟懸けに切り上げる。相手の身体には届かなかったがディンゴの髪が一房はらりと宙に舞った。が、そこをディンゴの剣が突いてくる。それを躱しディンゴの側面に回るとタイミングを計ってジュードは肘を勢いよく振り下ろした。肘はディンゴの背中を見事に打ち付ける。


「ふぐっ!」


 カランカランと大理石の床をディンゴの剣が滑る。たまらず倒れ込むディンゴに素早くジュードが剣を突きつけた。


「ここまでだな」

「く……」


 ぎりぎりと奥歯を噛みしめ、たまらず周辺を見回すが、腰巾着チェスは気絶したまま、そしてケアリーとその従者は戦いに集中している間にリアンナに捕縛されてしまっている。

 孤立無援になったディンゴは蹴られた鳩尾が痛むのか、そのあたりの服をぎゅっと握りしめジュードをにらみつけている。


「終わったな。おめでとう」

「リアンナ、すまない。面倒をかけた」

「私はニノを探したかった。持ちつ持たれつという奴だ」


 そんな風に話しながらリアンナがジュードに近寄ってきた。


「それに、ネリーも見つかった。やはりこいつらに誘拐されていたらしい」

「そうか! 無事だったか」

「ああ」


 吉報に一瞬だけジュードの視線がディンゴから逸れる。だがディンゴはその瞬間を見逃さなかった。


「ハイデクス!」


 上着の内ポケットから細身の銃を抜き、振り向いたジュードを標的に引き金を引いたのだ。耳をつんざく爆裂音ときつい火薬のにおいが広間を席巻し、狂気あふれる笑い顔のディンゴのすぐ前でジュードが崩れ落ち膝をつく。子どもたちからも悲鳴が上がる。


「ジュード!」

「大丈夫、かすっただけた」


 ジュードの右肩から血が流れ出す。幸い本当にかすっただけのようだ。

 だが、リアンナは驚きを隠せなかった。


「今の武器は何だ?」

「何だ、って銃だろ」

「銃?」

「知らないのか。あの筒の中で爆薬を爆発させて、その勢いで鉛の玉を撃ち出す機械だ。当たればただじゃ済まない」

「鉛……なるほど」

「でも一発撃つたびに弾と火薬を込めなきゃならないからな、次はないと……」

「おい! 悠長に喋っているんじゃない! 一発撃ったから次はないと思ったら大間違いだ! これはな、最新式の連射銃なんだからな!」


 ディンゴが狂ったように笑いながら二人に銃口を向ける。するとリアンナが立ち上がり、剣を胸の前で水平に構えた。


「やってみろ。無駄だ――――ジュード、すまないがちょっとばかり手出しさせてもらう」


 いうと同時にリアンナの足元が赤く輝く。複雑な模様が絡み合うような円が現れ、リアンナを包むように光が立ち上る。


「相手が飛び道具ならこちらもそれなりの手を出すまでだ――――緋の剣の一、『とばり』」


 リアンナの言葉に呼応するように水平に構えた剣が赤く輝き始める。


「な……何だ、それは!」


 ディンゴが狼狽えた声を上げる。


「魔術だ。私はあまり得意じゃないがな、このくらいの芸当はできる」

「魔術だと……? ふ、ふ、ふざ、ふざけるなああぁあっ!」


 ディンゴの指が引き金を引くのと、リアンナが真っ赤に輝く剣を振り抜いたのはほぼ同時だった。リアンナが剣を振り抜いた、その切っ先を追って瞬時に足元の円から勢い良く炎が噴き上がる。豪炎は床から天上までをごうごうとふさぐ。ディンゴが撃った鉛玉はリアンナを狙い真っ直ぐ飛んだが、炎の壁に阻まれてそのまま蒸発してしまった。


「終わりか?」


 ふっと炎の壁が消える。が、床にも天井にも焦げたあと一つ残っていない。まるで炎など無かったかのように。


「ひ、ひいいいいっ! 何なんだ……何なんだ、おまえはっ!」


 さっきまで狂ったようだったディンゴは、今はひどく怯えている。尻餅をついたまま顔は蒼白、銃を持った手がカタカタと震えて取り落としてしまった。


「私か? 私はただの旅人だ」


 光の消えた剣を鞘に戻し、リアンナは笑ってみせた。

本日午後6時にあと1話投稿いたします。

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