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漂泊のエトランジュ  作者: ひろたひかる
プロローグ
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プロローグ

初めてのかたは初めまして、おなじみのかたはいつもありがとうございます!

しばらくは週1更新でがんばりたいとおもいます。よろしくお願いいたします。

 馬車が賊に襲われたのはまだ日も高い時間だった。


 その日、伯爵令嬢フローリアは幼い頃からの親友である子爵令嬢を訪ね、昼食を共にした。その帰り道。


 森の中を伸びる一本道。あたりはうっそうと木が茂り、天頂から少し傾いた日の光が葉の間を抜け地面に複雑な模様を描いている。

 そんなうららかな昼下がりに相応しくない無骨な男たちの怒号が聞こえたと思ったら、あっという間に馬車は大勢のならず者の集団に囲まれてしまっていた。


「お、お嬢様! 賊でございます!」


 まだ年若い御者が上ずった声でフローリアに叫んだが、直後に悲鳴が聞こえ、それきり御者の声は聞こえなくなった。声が遠ざかっていったので、御者は逃げていったのだろう。


 フローリアは馬車の中で背筋を伸ばして座り、胸元でぎゅっと手に持ったハンカチを握りしめた。


「来たわね」

「はい、お嬢様」


 返事をしたのはフローリアと馬車に同乗している侍女だ。彼女も綺麗な姿勢でフローリアの向かい側に座っている。ただし、ハンカチは握りしめていない。


「お嬢様、危険ですので馬車からは外へ出ないでくださいね」


 侍女の言葉に頷くか頷かないかのうちにバン、と勢いよく馬車の扉が開けられ、そこからひげ面で巨体、粗野な風貌の男が中をのぞきこんできた。





 フローリアは伯爵令嬢。父は軍の重鎮で、国内でも発言力の強い人物だ。

 それに加え、フローリア本人の美貌も相まっていつも求婚者が絶えない。ピンク色のふんわりした髪、大きな青い瞳、華奢な腰。フローリアと結婚すれば彼女が手に入るだけでなく、伯爵の後ろ盾まで出来、あわよくば伯爵家を継ぐことだって可能かもしれない。つまり「超優良物件」なのだ。

 けれど数多ある縁談をフローリアは断り続けてきた。父である伯爵は政略結婚を良しとせず「できる限りフローリアの意に沿う結婚を」という考えの持ち主だったので、断ることについては何も言わなかった。


 そんな折り、一人の男がフローリアに求婚してきた。名をランド=ヴェルキと言う。


 ランドは王都より南の地方領主の三男で、あまり評判の良くない人間だった。見てくれだけはほっそりとした色男なのだが、その実は女にだらしなく金遣いも荒い放蕩者。当然フローリアは首を縦に振る気はこれっぽっちもなかったし、両親も大反対だ。丁重にお断りした。


 しかしランドはあきらめなかった。

 しつこいほどに求婚を繰り返し、そのたびに決して安くはない贈り物を持ってきた。領民の血税をそのように浪費するランドには嫌悪感しか沸かず、フローリアは一切贈り物を受け取らない。ついにランドが訪ねてきても決して取り次がないように、と伯爵からの通達が家中にまわり、ランドは出禁をくらってしまった。更にランドの両親もランドの素行の悪さには手を焼いているらしく、見てみぬふりをするようだった。そもそもランドの家は爵位は伯爵で同格だが実績や宮廷での発言力はフローリアの父が上、そうするしかなかったのだろう。


 けれどランドは諦められなかったようだ。名声、女、金。その三つを運び込んでくれるフローリアはランドにとってはネギも白菜も土鍋まで背負った鴨にしか見えないらしく、出禁をくらったあとは遂にストーカーに成り果てた。フローリアが行く先行く先に現れてはただじっと見つめている。フローリアと話したいようだが、護衛が常に複数ついているフローリアには近づくことさえ出来なかったのだ。

 こうなるといい加減恐怖しか感じない。伯爵はランドについて調べると言って、フローリアには極力家から出ないように申しつけた。

 そして現在に至る。


 この経緯を考えれば、普段屋敷からほとんど出ないフローリアが外出するタイミングを見計らってランドが手を回したとしか思えない。






「ほぉう、二人とも上玉じゃねえか」


 馬車をのぞき込んだ男がよだれを垂らしそうな顔でフローリアと侍女を舐めるように眺め回した。フローリアは毅然とした表情で男の視線を跳ね返した。

 それが不愉快だったのだろう。男は野太い腕を馬車の中に伸ばし、フローリアの腕を取ろうとした。


「おい、令嬢には手を出すな。そっちの侍女は好きにしていいぞ」


 その時男の向こうから声がした。

 男の後ろに視線をやると、男よりも更に下卑た笑いが見える――――案の定ランドだ。

 ランドは馬車をのぞき込んでいた男をどかせ、今度は自分がのぞき込んできた。


「まったく、おとなしく俺と結婚していればこんな怖い目には逢わずに済んだのに。これからその侍女がめちゃくちゃにされるのは、主人であるおまえが俺の言うことを聞かなかったからだ。おまえが悪い」


 めちゃくちゃな理論を展開しつつくくくっと喉の奥で嗤う。


「ああ、人のことに構ってる場合じゃないぞ? 俺に傷物にされちまえば、おまえは俺と結婚せざるを得なくなる。そういうことだ」


 ランドはにやにや嗤いながらも目の奥に獣のようなぎらついた光を宿している。


「ほら、出てこいよ」


 ランドが馬車の中に手を差し込んで――――



 そのまま後ろへ飛んだ。

 文字通り放物線を描いて飛んだ。

 馬車の扉からは侍女用のブーツをかっちりと履いた脚がすらりと伸びているが、残念ながらその脚線美を堪能できる余裕のある男はいない。


 どさっと地面の上に落ち、土埃を吸ったのがげほげほとむせかえるランドに他の男達――――10名はいるだろうか――――は驚いてランドと馬車を交互に見比べた。


「お嬢様には指一本触れさせません」


 馬車から侍女が降りてきた。馬車の扉を閉めると、その前に立ちふさがる。が、軽く足を開き構えた姿はひどく不用心に見えた。


「女のくせに、大の男十人相手にお嬢様を守るつもりか?」


 ランドがせせら笑った。

 だが、賊の男のうちの一人は気がついた。


 ――――この女、隙がない。なさすぎる。


 そしてゾッとした。まるで蛇に睨まれた蛙のような心地しかしない。


「おい、やっちまえ!」

「ま、待て!」


 ランドの掛け声で男たちが一斉に侍女めがけて突進する。 ただ二人、ランドと「待て」と止めた男を除いて。


 一人目の男が手を伸ばしてお仕着せの侍女服を掴もうとする――――が、彼女はするりとその手を避けると逆に男の袖を掴み、一気に腰を落としてから男を跳ね上げる。


「うおっ?!」


 間髪入れず二人目を蹴り飛ばし、三人目、四人目をなぎ倒す。

 土煙をあげて四人が地に這う前に姿勢よく居住まいを正し、侍女は残りの男たちに不敵な笑みを見せる。


「次は、誰?」


 馬鹿にされたのがわかった男たちは、一斉に顔を真っ赤にして腰にはいた剣を抜く。


「女一人に男が多勢で剣まで持ち出すとは。こちらは丸腰なのにねえ」


 しょうがないですね、と彼女が手近な木から小枝を一本折り取った。それを短く持って、男たちに向き直った。


「さあ、どこからでもどうぞ」

「ば、馬鹿にしやがってええええっ!」

「おいっ、一斉にかかれ!」


 男たちが囲むように殺到する。一気に振り下ろされる剣、剣、剣。そのすべてが彼女を切り裂こうとした、が。


 ガキィッ!


 聞こえたのは剣と剣が打ち合う金属音。誰の手にもずくりと肉を切り裂く手応えは伝わってこない。それを疑問に思う間もなく、男たちの中で一番小柄な男の悲鳴が上がった。


「うぐっ!」


 振り向いた時には小柄な男は地に倒れ伏し、彼の立っていた場所には――――女が立っていた。


「ふん」


 女は手に剣を持っている。それが倒された小柄な男のものだと他の男たちにはすぐわかった。短く持った枝の鋭い折れ口で目をやられたのだろう、顔を押さえてのたうち回っている。


「ポール!」


 一人が名を呼ぶ。小柄な男の名だろう。

 が、それと同時に彼らの背に戦慄が走る。ポールは仲間の中で最も俊敏で気配に敏い。確かにパワーは足りないが、剣を使わせたら仲間内でもトップクラス。そのポールをあっさり倒し、あまつさえその剣を奪った、女。


「ち、畜生! てめえっ、何者だ!」


 すると彼女は口元を歪めてにやりと笑う。背筋をぐっと伸ばし胸を張り、顎を軽く上げ――――吼えた。


「私はジグハルド王国白狼騎士団第三部隊隊長、リアンナ=オリエ=エリダール! 命が惜しければ投降しろ! そっ首惜しくない者はかかってこい!」


 男たちは呆然とした。騎士団? 隊長?

 それよりも。


「聞いたことねぇや、ナントカ王国なんざ」


 最初に馬車を覗き込んだ男・ヒックスは思った。確かにこの女は腕が立つようだ。だが、所詮は女、力押しになれば自分たちが負けるわけがない。おまけに、聞いたこともない国の名前なんか出して、ははあそうか、ハッタリかましてやがるんだな。


 しかしそれはヒックスの大きな誤算だった。そんなことを考えている間に逃げ出さなかったことを、ヒックスは後々後悔させられることになる。


「ないだろうな。ここには我が祖国は、ない」


 ぽつりとリアンナが零す。


「は、はは、やっぱりはったりか。おいお前達、金は渡してるんだ。こんな女の一人くらいとっととかたずけろ」


 ランドが居丈高に男達をせき立てた。男達は同意見なのだろう、もう一度武器を構える――――が、リアンナは冷静な笑みを浮かべた。


「やはりボンクラはボンクラだな。あれだけ厳重に警備を置き屋敷の中にかくまわれていたお嬢様が護衛の騎士一人つけずのんびり外出することを怪しいとは思わなかったのか?」

「なに?」

「まだわからないなら言って聞かせよう。ランド=ヴェルキ、あんたはまんまとおびきだされたんだ」


 いくら厳重に警備しようと事態の原因たるランドが野放しでは枕を高くして眠れない。だからこそ言い逃れの出来ないよう、フローリアは自ら囮役を買って出たのだ。

 そう聞かされたランドは呆然とした顔がみるみるうちに怒りで真っ赤になっていく。

 それに構わずリアンナが他の男達をぐるりと見回した。


「さて、まだここにいるということはどいつもその首は惜しくないということだな」

「あぁん? ちったあ腕が立つからって、自惚れてんじゃねえ! とっ捕まえてひん剥いて、ボロ雑巾みたいになるまでブチ犯して殺してやらぁ!」

「野蛮だな。野蛮な上に下品だ。だが、命が惜しくないことだけは理解した」


 リアンナが剣を体の前に構えた。刃が木漏れ日に鈍く光る。


「――――斬る」


 刹那。

 優雅に流れるように、一本の線がきらめいた、と同時に男たちの数名がぐらりと傾き、そのままどうっと地に倒れ伏した。


「な! どうした、おまえたち」

「馬鹿野郎ヒックス! 逃げるんだ!」


 最初にリアンナの強さに勘づいた男が声を上げ、自分も逃げ出した。


「あっ、おい!」


 慌てたのはランドだ。馬車に乗っているのは年若い御者の男とあとは女が二人。よもや反撃されるなどと露ほども考えていなかった。それが、どうだ。蓋を開けてみたらこうやって呆然としているうちに逃げ出そうとした男を含め、ランド以外は全員木漏れ日の中倒れてしまっている。

 そのランドにリアンナが一歩近づいた。

 一歩。また一歩。


「ひ、ひいいいっ!」


 ランドの悲鳴が木々を縫って響き渡った。






「リアンナありがとう。何度お礼を言っても足りません」


 伯爵家の応接室でフローリアが言った。向かいに座るのはリアンナ、今はお仕着せの侍女服ではなく、赤い騎士服をまとっている。この国では見たことのない赤い騎士服、リアンナ曰く「白狼騎士団女性部隊の制服」は赤を基調とし、袖やズボンは白、それにぴかぴかの黒いブーツが印象的だ。


「ランドは今回の件で捕縛されました。やっと枕を高くして眠れます」

「大げさです」

「いいえ、とんでもない! 私がどれほど感謝していることか」


 フローリアは乗り出すようにしてリアンナを見た。


「ねえリアンナ。このままこの伯爵家に、わたしのもとに残ってくれる気はない?」


 リアンナは少しだけ目をまるく見開いた。


「そばにいてほしいの。リアンナみたいに頼れる人に」


 フローリアはすがりつくような目でリアンナを見る。それは、リアンナの答えを本心ではわかっているからだ。

 そしてフローリアの予想通り、リアンナは首を横に振った。


「申し訳ありません。私は――――帰りたいのです。自分の世界へ、大切な人の元へ。そのためにはここに留まっているわけにはいかないのです」

「わかっていたわ。ただ、一度くらい引き留めたかったのよ――――ねえ、リアンナ、この世界にはいつまでいられるの?」


 そう、リアンナは異世界からの旅人。フローリアのいるこの世界には違う世界から渡ってきたのだ。リアンナの言葉を信じるならば、彼女は世界から世界を渡って旅を続けているという。いつか故郷の世界へ帰ることを夢見て。


「そうですね、あのボンクラは片がつきましたし、そろそろと思っておりました」

「そんなに早く?」

「ええ、世界を渡るためのエネルギーは十分に蓄積されましたし。それに――――」


 リアンナは胸元にかけたペンダントに触れた。金の地金に青い石の嵌まった、大ぶりの丸いペンダントだ。

 大事そうに愛おしそうにそっと指先でペンダントヘッドを撫でた。フローリアはそれを見てリアンナから聞いた話を思い出し、説得を諦めなければならなかった。


「そうよね。リアンナの故郷には大切な人が待っているんですものね」


 騎士然としたリアンナの表情がその瞬間だけ女性のかわいらしいそれになったことをフローリアは見逃さなかった。フローリアは寂しそうに微笑んで、リアンナを笑顔で送り出すことを決意した。




 3日後、また違う世界へと旅立っていったリアンナ。どんな世界へいったのだろう。

 彼女は世界を渡る。懐かしい故郷を、そして愛する人を求めて。







2016.9.27 リアンナの故国「ジグハルト皇国」を「王国」に訂正いたしました。

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