第四話「さながらイヌのような」
魔力(仮)を動かす訓練をはじめてから二ヶ月ほどが経過した。
正直言ってあまり進歩はない。
確かにある程度動かすことはできるようになったのだが、
何か引っかかるような感じでスムーズにはほど遠く、
相変わらず半端じゃなく疲れる。
動かす訓練をすると必ず寝てしまうので、訓練を行うのは少ない活動時間の終盤にした。
いつの間にか寝てしまうと言っても、どれぐらい起きていられるかは傾向でわかるのだ。
初めの頃は、動かそうと力みすぎてその......
何がとは言わないがモノを漏らしてしまうことがあったのだが、
別に力む必要はないとわかってからは改善している。
まあ訓練で漏らさなくても普通に漏らすんだけどな。
そういう時は遠慮なく泣き叫ばせてもらっている。
羞恥心 は 不快感 に 敗北 した !
魔法面ではあまり進歩がないものの体の成長は順調そのものだ。
動かせないもどかしさはあるものの、目に見える成長があるおかげで我慢できている。
なにより首が座ったことが大きい。
これまでは抱かれることはあっても、生活は全て部屋の中で完結していた。
それが最近では部屋をでたり、起きている時間とあえば食事の席についたりしている。
といっても俺の食事は食卓に並んだ料理ではなく母乳なのだが。
どうやらこの世界の主食はパンであるらしく、代わりにイモや豆が上がることもある。
副食はもっぱら野菜や名前の分からない草であり、時々魚や卵が出るときもあるが
肉を食べているところは一回もみていない。
またスプーンやフォークといった現代社会の食器はないようで、
スープなどは片面の窪んだ木製のヘラのようなもので食べているようだ。
これは当分ハンバーグとか食べられそうにないなぁ......実に残念だ。
そもそも牛がいるかどうかすら定かではないが。
たしか世界観としては中世ヨーロッパがベースだったはずだから
いるところにはいるのだと信じたいところだ。
世界観と言えばこの世界の技術はあまりにもアンバランスすぎる。
例えば中世の住宅の多くは木造だったと記憶しているが、我が家は立派な石造である。
窓から見える家は木造と石造どちらもあったのでどちらが主流なのかは分からないが
実物がある以上は少なくとも技術はあるのだろう。
食料事情は中世なのに調理方法は現代より少し遅れている程度なのも疑問だし、
そういえばこれまでに室温の変化を感じたことがない。
この世界には魔道具でもあるんだろうか。
それだけにしてはズレが大きすぎる気がするが。
それと探していた本はどこにもなかった。
言語は習得したので必須というわけではないものの、魔法書でもあればこの世界における
魔法の扱いが分かると思っていただけに残念だが、ないものを求めてもしょうがない。
ただ羊皮紙らしきものは存在しているようだ。
ナールが父の部屋に連れて行ってくれた時に何かを書き込んでいるのをみた。
父が抱いてくれた時に参考に一枚もらっておこうと思って掴んだのだが
取り上げられてしまった、残念。
やはりそれなりに値段が張るものなのだろうか。
これまでに見る限りはだいたいこんな感じの技術レベルなのだが、
あちらの世界の技術を基準とすればおおよそ8世紀前後の開きがあることになる。
魔法があるからか、それともゲームがベースだからか、
はたまた別の世界では文明の発展も違うのかは不明だが、ともあれ奇妙な感覚である。
それについても要調査だな。
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首が座ってから三週間ほどが経過した。
自分で寝返りをうてるようになり、母乳以外のものを食べ始めた。
自分である程度動けるようになったのはいいのだが、
自分で部屋から出られない状況なのは変わっていない。
また魔法については一向に目覚しい成果をあげる事ができていない。
魔力(仮)を全身に行き渡らせられるようになってからも動かし続けているものの
一向にスムーズに動かすことができないのだ。
おかげで最近は気分が沈みがちだった。
だが今日はいつもとは違う楽しみができたのでかなり気分がいい。
落ち込んだ様子の俺を見かねてか、初めて家の外に出してくれることになったのだ。
外に出れば当然分かることも増えるだろう。
母に「アーウィは外に行きたい?」と聞かれたとき、
俺は「散歩いく?」と聞かれたときの犬のごとく大げさに喜んだ。
街にまった外出!この機会を逃すわけにはいかなかった。
母も「あら、そんなに行きたかったの?それじゃ明日出かけましょうね」と
微笑んでいたので気持ちは伝わったのだろう。
起きたあとわくわくしながら待っていると、ナールが部屋になってきた。
「アルウィン様!許可がもらえましたからお外にお出かけですよー。
外にはいろいろなものがあるんです!楽しみにしていてくださいね!」
母と行くのかと思っていたが、相変わらず元気っこなナールと行くらしい。
許可がもらえたということは外出もナールが提案してくれたのかもしれない。
ともあれ素直に嬉しかったので「あうぃ!」と元気よく返事をした。
あれ?今、俺自分の愛称で返事をしなかった?